客単価を上げたいなら、値上げより先に見直すべきもの
「値上げしたら客が減る」のは、あなたの店だけじゃない——ミスドが20年かけて学んだこと
高校生の頃、ミスドで肉まんを食べた記憶がある人は多いと思う。特に疑問も持たず、ただの「おやつ」として食べていた。
でもよく考えると、ドーナツ屋さんが、なぜ肉まんや麺類を売るのか。今日はミスドという会社を分解しながら、「なぜドーナツ市場は牛丼と違って値上げに強いのか」まで掘り下げてみる。
1. もっちゅりんの裏側にある、緻密すぎる話題性設計
2025年、ミスド55周年を記念した新商品「もっちゅりん」は発売直後から品切れが続出し、「幻のドーナツ」と称されるほどの人気になった。2026年の再販時も、事前予約でサーバーがダウンするほどの過熱ぶりだった。
これ、単なる人気商品では終わらない。よく見ると「買い逃しゼロ」と「売れ残りゼロ」を両立させる、かなり計算された仕組みになっている。
事前予約システムを導入し、各店舗の販売予定数をホームページで事前公開する。「できるだけ多くの人に食べてほしい」という姿勢を見せることで、単なる焦らし商法という印象を消している。それでも初回は品薄が起き、その悔しさが翌年の再販時の期待値を跳ね上げる燃料になる。1年目は伝説を作る回、2年目は伝説を回収させてあげる回、という役割分担だ。
広告面でも工夫がある。俳優が初めて食べる瞬間のリアルな反応をそのまま使うことで、「宣伝っぽさ」を消しながら口コミ的な説得力を持たせている。完売という現象そのものが、最大の広告になるように設計されている。
2. 箱と紙袋、単価より総額を意識させない仕組み
もう一つ、地味だが効いている仕掛けがある。ミスドは、個食用は紙袋、お土産用は箱に入れる仕様になっている。
箱に入れる場合、箱のサイズに対してスカスカだと見栄えが悪いという心理が働くので、箱を埋められる個数まで、自然と買い足したくなる。人は単価では判断できても、総額はその場で暗算しないと出てこない。箱を埋めたいという感情が先に立つので、金額計算は後回しになりがちだ。
これは値上げという、客に嫌がられるリスクのある手段を使わずに、箱のサイズという誰も文句を言わない場所で、客単価を静かに引き上げているということだ。同じ単価のままでも、箱を8個用ではなく10個用に設計するだけで、平均購入額は上がる。
3. お土産需要と「通り道型」立地戦略の掛け算
ミスドの店舗展開には、明確な立地哲学がある。目的地型ではなく通り道型の店舗であることが最大の特徴で、駅前・商業施設・繁華街といった人通りの多い立地で強みを発揮するため、駅ナカやショッピングモール内への出店が多く、日常の動線上で自然に利用される設計になっている。
これは、お土産需要と完璧に噛み合う立地選定だ。手土産は「これから会う人のために買う」ものなので、その人と会う直前、つまり駅や会社の近くで調達できることが重要になる。ミスドはまさにその最後の調達ポイントとして、動線上に配置されている。
これ、551蓬莱と同じ構造だと思う。新大阪駅や伊丹空港など、大阪を離れる直前の動線上に集中して配置され、「大阪に来たら551」という手ぶらで帰れない空気そのものがブランド化されている。豚まんも冷めて美味しく、持ち帰り前提で商品設計されている点が共通している。
ミスドと551に共通するのは、商品そのものが渡す前提で作られているということだ。個包装しやすい形状、常温でも品質が落ちにくいこと、渡しやすいサイズ感と価格帯。逆に、その場で食べないと成立しない業態は、この土俵に最初から立てない。ラーメンや牛丼のような「できたてが命」の業態は、どれだけ美味しくてもお土産需要という収益源をそもそも持てない構造になっている。
4. なぜドーナツ市場は牛丼と違って値上げに強いのか
牛丼3社を追った前回の記事で見た通り、牛丼は客単価を上げると客数が落ちる構造に苦しんでいた。ドーナツ市場は、これとは違う土俵で戦えている。
牛丼は毎日の食事の置き換えだ。だからこそ値上げに敏感で、客数が落ちやすい。一方ドーナツは、市場成長の要因として手頃な価格のおやつ、プレミアムなベーカリー体験、コーヒーとの組み合わせ、期間限定の季節商品への嗜好が挙げられていて、自分へのご褒美、たまの贅沢という位置づけになっている。
生活必需品は値上げに弱く、嗜好品やご褒美は値上げに強い。牛丼で20円の値上げは毎日食べるから痛いが、ドーナツで20円の値上げはたまのご褒美だから気にならない。ここが一番大きい構造差だ。
もう一つ、テイクアウトとの相性もある。牛丼はできたて・熱々が価値の中心で、持ち帰ると質が落ちやすい。ドーナツは元から常温で美味しく、箱買い・シェアに向いた商品設計になっている。コロナで後押しされたテイクアウト習慣が、牛丼より圧倒的にドーナツと相性が良かったため、コロナが明けても習慣として定着しやすかったと考えられる。
さらに、スナック消費全体の増加が世界的な成長を牽引しているというデータもある。これはドーナツ単体の人気というより、しっかりした食事から小分けで気軽に食べるスナックへの、消費行動全体のシフトの一部だ。牛丼が「1食まるごと」を売る業態なのに対し、ドーナツはその大きな流れの受け皿になれている。
5. 100円セール廃止、V字回復までの3年間
ここが今日の一番の核心だと思う。ミスドは約20年間続いた100円セールを、2016年に廃止した。理由は、セール期間中だけ客が殺到し、その日だけ人員を増やす必要があり、原価と人件費が跳ね上がっていたことだ。「セールの日しか来ない客」に依存する構造が、経営を圧迫していた。
ただし、廃止してすぐ良くなったわけではない。売上は2016年の440億円から、2019年には354億円まで、3年連続で右肩下がりが続いた。
回復のきっかけは、主力商品を「セールの日だけ100円」ではなく「常時100円」に値下げしたことだ。フロント商品として恒久的な入口を作り、そこに高単価商品やご飯系メニューの充実で客単価を引き上げる、バックエンドを同時に組み立てた。有名ブランドや人気キャラとのコラボで話題性を演出する動きも、この頃から本格化している。もっちゅりんの原型は、ここにある。
安売りをやめるだけでは、単なる客離れで終わる。やめた分の穴を、別の設計で埋められるかどうかが生死を分けた。しかもその設計をやり切るまでに、3年もかかっている。価値や体験は、思いつきでは作れない。試して、検証して、また試すという時間がどうしても必要だということが、この3年間の数字にそのまま表れている。
6. これは、大企業だからできる話でもある
ここまでの話、素直に「真似しよう」とは言えない部分がある。飲茶・ゴハン系メニューで午前からランチの時間帯を埋める戦略は、その時間帯に配置できるスタッフがいて初めて成立する。大企業はシフトを分散させて営業時間を増やせるだけの人員のプールがあるが、小・零細にはこの前提がそもそもない。
働き方改革や労働基準法の改訂で、長時間労働はもうできない時代になっている。オーナー自身が現場に立つ店では、営業時間を増やすことはオーナー自身の稼働時間を増やすことに直結する。
大企業は広げて埋める。人員のプールを使って営業時間・メニューを増やし、稼働率を上げる。スモールビジネスは絞って濃くするしかない。限られた時間、限られた人員の中で、単価と満足度を最大化する設計が要る。深夜割増が発生する22時以降を避け、仕込みから閉店まで8時間で完結させる。この発想は、ミスドの広げる戦略とは正反対だが、同じくらい理にかなっている。
7. JIN-DOGならこうする:アクションプラン
自分の店の商品が、その場で食べないと価値が落ちるものなのか、持ち帰っても価値が落ちないものなのかを、まず整理する。後者ならお土産需要という、まだ拾えていない収益源がある
お土産用の箱・パッケージを別に用意し、サイズを少し大きめに設計してみる。単価を上げるのではなく、総額を静かに引き上げる設計は、値上げよりずっと反発が少ない
安売り・セールをやめる決断をする前に、代わりに何で客単価を埋めるかを先に決めておく。やめてから考えるのでは遅い。ミスドも3年苦しんだ
自分の店が「生活必需品」枠にいるのか「ご褒美・嗜好品」枠にいるのかを考える。前者は値上げに弱く、後者は値上げに強い。今のメニュー構成が、意図せず値上げに弱い枠に寄っていないか見直す
営業時間を広げてアイドルタイムを埋めようとする前に、今の限られた時間の中で単価をどこまで上げられるかを先に検討する。人を増やさずにできることを、増やす前にやり切る
ドーナツ屋さんが、なぜ肉まんを売るのか。なぜ箱を大きくするのか。なぜセールをやめてから3年も苦しんだのか。全部、理由がある。何気なく通り過ぎている日常の裏側に、これだけの設計が積み重なっている。今日はここまで。
いいなと思ったら応援しよう!
この記事は noteマネー にピックアップされました

