見出し画像

英語フレーズの記録No.5         カズオ・イシグロ『わたしたちが孤児だったころ』

数あるnoteの中から、こちらをご覧いただきありがとうございます。

カズオ・イシグロさんの『わたしたちが孤児だったころ(When We Were Orphans)』を読み進めながら、気になった英語フレーズを紹介していきたいと思います。

※物語の一部に触れていますので、未読の方はご注意ください。


今日は、「これってこんな意味なんだ…」と思わされた英語フレーズを1つご紹介します。

"One simply knows people."
「人のことなんて自然に分かるもんだろ?」

— When We Were Orphans, Part One, Chapter 1, p. 6


《場面説明》
昔の学友ジェームズ・オズボーンが帰った後、主人公クリストファー・バンクスは様々なことを思い返します。

オズボーンに「君は学校では変わったやつだったよな」と言われて不愉快に感じたこと。
学生時代の友だちがオズボーンには「人脈がある」と話していたこと。
自分がオズボーンをしつこく問い詰めていたなど、どうしても想像できないこと。

そして一度だけ「君って人脈があるよな?」と尋ねたときのことを思い出します。
それは小学5年生の頃、クロスカントリー走の記録係をオズボーンと担当した時のことでした。
バンクスが「人脈」について質問したとき、活発な一面がありながら控えめな性格のオズボーンは話題を変えようとしましたが、バンクスはしつこく問い続けました。

するとオズボーンはこう答えます。
「いい加減にしろよ、バンクス。こんなのナンセンスだよ、分析するような話じゃない。人のことなんて自然に分かるもんだろ? 両親がいて、親戚がいて、家族ぐるみの付き合いもある。何をそんなに不思議がってるのか、俺には分からないな。」

自分の言葉にハッと気づいたオズボーンは、バンクスの腕にそっと触れ、「本当にすまない、ごめん。ひどく無神経なことを言ってしまった」と謝ります。

この後のパラグラフで、バンクスが孤児であることが分かります。
今回オズボーンが「パーティーに一緒に来てくれ」と誘ってきたのも、あの時の失言がずっと良心に引っかかっていて、どこかで償いをしようとしていたのかもしれない――バンクスはそう回想するのでした。


🌀今回のフレーズ

“One simply knows people.” 

こちらの一文には、イギリス英語特有のニュアンスが強く表れています。

One

英語では一般論を述べるときに「one(人は〜するものだ)」という主語を使うことがあります。
これは イギリス英語でよく使われる控えめで上品な言い方で、「I」や「you」よりも距離があり、客観的な響きを持ちます。

simply

「ただ」「単に」「自然と」という意味。
努力して身につけるのではなく、当然のようにそうなるという含みがあります。

knows people

直訳すると「人を知る」ですが、
「(育った環境や社会で)人と関わる経験を積めば、自然と人が分かるようになる。」というニュアンスが含まれています。

※ちなみにアメリカ英語では、“You just know people.” と言われます。
アメリカでは一般論を述べるときに you を使うのが自然で、one は少し堅苦しく感じられるため、日常会話ではほとんど使われないそうです。

例文:
One simply knows people
after spending enough time with them.
(ある程度時間を共にすれば、人というものは自然とわかる。)


英語学者・新井潤美さんの『英語の階級 ― 執事は「上流の英語」を話すのか?』では、イギリス上流階級には「人間関係は家庭環境の中で自然に身につくものだ」という価値観があると紹介されています。

オズボーンが「人脈や人間関係の理解は分析するものではなく、家庭の中で自然と身につくものだ」と言っていたことに加え、バンクスの回想に「他の生徒と変わらないのに、なぜかオズボーンは『人脈がある』と言われていた」とあることから、オズボーンには育ちに由来する階級的な価値観や言語感覚が自然と身に付いていたのかもしれません。

救われたのは、オズボーンの『失言』(原文では faux pas と表記。フランス語で「社交上の過ち・失敗」という意味)に対して、バンクス本人はまったく気にしていなかったという点です^^;

バンクスが寄宿学校にいた頃には、
「親がいないことは大した不便ではなくなっていた。皆が親なしでやっていく術を身につけていたし、自分の境遇が特別というわけでもなかった」
と感じていたといいます。
そのためか、寄宿学校の友だちが他の不運については冗談めかして話すのに、「バンクスに両親がいない」という話題になった時、急に深刻な態度になることに、むしろ不快感を覚えていたと語っています。

さらに、今振り返れば、オズボーンの人脈の広さに妙に惹かれていたのは、当時のバンクス自身が寄宿学校の外の世界とまったく繋がりを持てていない、と感じていたことも一因だったかもしれないと述べています。

こうした心の動きが少しずつ積み重なるところに、イシグロさんらしい繊細さを感じました。

今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました☺️

#英語がすき

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集