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猫とのこと

 今や、ネットを開くとかわいい猫の動画があふれている。いくらでも観ていられる。が、これから書こうとする猫とのことは残念ながら愛猫家の心温まるエピソードではなく、どちらかといえばちょっとほろ苦い思い出であることを予めお断りしておきます。

 生まれ育った田舎の稲作を営む実家には猫がいた。名前はミー(何と安易な!)。ネズミは農家のやっかいものだったし、当時は夜になればネズミが屋根裏で運動会をしていて、ミーはちゃんとネズミを獲っていた(そう言えば、それを作文に書いたこともある)。まだ(少なくとも我が家には)キャットフードはなく、主に煮干しの入ったみそ汁をかけた文字通りのネコマンマや焼き魚の骨などを与えていた。ミーは田舎の家の内外を自由に行き来して、その存在は空気のように自然で当たり前だった。最近の動画を観ていると、猫がヘソ天で(お腹を上にして)万歳しながら寝ていたりしてびっくりする。昔はそういう姿を目にした記憶がないので、この半世紀で猫は野生を失った(安全を手に入れた)ということなのだろう。尤も、先にヘソ天で寝るようになったのは私たち人間の方なのだけれど。
 今住む家を建ててしばらくした春の夜、裏から子猫の鳴き声が聞こえてきた。明るくなるのを待って行ってみると、雨水用の側溝の中で、ようやく離乳した位の子猫が全身で鳴いていたので抱えて帰った。リビングの床に降ろすと、いきなりレースのカーテンを破りながらカーテンレールの上に駆け登って私たちを見下ろした。警戒心の表れだったのだろうが、思えば最初からお転婆だった。全体がベージュ色で顔や尻尾が茶色いシャム系で、目が青かったのでイタリア語のアズーリからアズと名付けた。食事とトイレの掃除は私が担当して、あとは家族に任せていた。猫との暮らしは子供たちにとってもいい経験になると思ったのだが、子供たち一人一人がどう受け止めていたかは分からない。外には出さないよう気を付けてはいたものの、ドアを開ける一瞬の隙をついてアズは素早く外に飛び出した。夜鍵をかける前に呼んでも帰ってこない日もあって、そんな日は翌朝鍵を開けると同時に家に入ってくるのが常だった。アズがやってきて1年半が経ったある秋の朝、ドアを開けてもアズが帰ってこない。おかしいなと思って探しにいくと、アズは裏の県道に横たわっていた。どこがぶつかったのか分からない眠っているようなアズを毛布に包んで帰って、私はそれを実家の裏の杉林の端に埋めた。
 それから数年経ったある春の朝、やわらかい雨が降るうちの庭で子猫が鳴いていた。見に行くとアズだった。いや、アズのはずはないのだが、アズとそっくりだった。登校前の長女が傘を差し掛けるその猫を、アズ2世として家に迎えた。やっぱりお転婆だった。今でも、家のソファにはアズ2世が爪を研いだひっかき傷が無数に残っている。その頃はまだ爪研ぎボードというものの存在を知らなかったのだ。今となっては、記憶の中でアズとアズ2世の暮らしぶりの区別がつかないのだが、家に来て1年半後の秋の朝、アズ2世はアズと同じ場所に同じように横たわっていた。それからしばらくして朝の散歩をしていたら、とある家の外階段で、一目でアズたちの母親だ!と分かる猫を見かけた。当時はうちの裏が栗林だったから、春に産まれた子猫を飼い主がそこに置いていったのかもしれないと思った。
 その後、家で猫を飼ったことはない。今なら以前よりもっと仲良くなれそうな気がするけれど、飼ってしまえば気軽に家を留守にもできないし、年齢的に自分たちが最後まで面倒をみれるかどうかも分からない。なのでネットでの動画視聴に留めているのだが、もしまたアズたちのように向こうから来てしまったら仕方がない、不可抗力というやつだ。そんなことを考えていたある日の夕方、三日月でも眺めに出たのだったか、私が玄関先で西の方に目をやると、暮れゆく空を背に一匹の子猫が縁石沿いにとぼとぼとこちらに歩いてくるのが見えた。まっすぐ前を向いて歩いてきた猫は、一度立ち止まって来た道を確かめるように後ろを振り返ると、また前を見て歩き始めた。健気でちょっと寂し気なその姿に惹かれるものを感じた私は、目が合ったら声をかけてみようと心に決めてその猫が近づいてくるのを待った。道の向こう側を歩いてきた猫は、結局私に気付くことはなく、真っ直ぐ前を見つめたまま目の前を通り過ぎた。余程声をかけようかと思ったけれど、縁が無かったのだと自分に言い聞かせてその後ろ姿を見送った。あの子猫は、あれから一体どこまで歩いて行ったのだろう。
 

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