(掌編)-蒼夢『流木』
(641文字)
このまま波が攫ってくれないだろうか。
男は節くれだった指で、ぎこちなく女の髪を耳にかけた。女の髪は手入れが行き届かなくて、ぱさついていた。二人は流れついた流木のように、寄り添っていた。
少し高いうねりが二人を閉じ込めてくれるといいのにと、ごつごつした黒い岩と岩の間で男は女に覆い被さった。
女の体には、波が幾重にも寄せたような濃い痣が残っていた。
潮の匂いが乾いた女の匂いと混ざってくる。
男の喉はどこまでも渇いたままだった。
空が紫色に変わる頃、男は女の手を引いて宿に向かった。
宿の手前まで土産物屋が立ち並び、練り物屋の店先では家族連れが並んでいた。
女はフェルトでできたキーホルダーの前で立ち止まった。
小さな手が脳裏をよぎった。
男は女と繋いでいた手を離し、腕組みをしたまま、女の背中を眺めていた。
男は孤独から逃げてきた。
女は夫から逃げてきた。
宿についた男と女は、味のしない刺身を突いた。
夜も更ける頃、男は女を誘い、月明かりの下、崖へ向かった。
岩にぶつかる波音が、二人を急き立てる。闇は大きな口を開け、二人をのみ込もうと待っていた。
冷たい風が突然背中を押してきて、女はぐらりと体が傾いた。
男は慌てて女の腕をつかんだ。
男の手の節の皺が、一段と深く刻まれたようだった。
男は震える手で女の手を引いて、宿に戻った。
並んだ敷布団の上で、男は天井の年輪を眺めていた。金はもう底をついていた。
男は女の鞄の中身を思った。
明日はもう帰ろう。
俺は流木にもなれない。
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