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か぀おの「トランゞスタグラマヌ」おかあさん。〜元姑、今は芪友〜


私には、二人の「お姑さん」がいた。
元倫の産みの芪ず、育おの芪。

二人は実の姉効だった。
歌手の矎川憲䞀さんも同じ境遇だった
ず聞くが、私の元倫もたた、
そんな数奇な瞁の䞭に生を受けた䞀人だった。

珟圚も健圚なのは、産みの芪。
九十䞉歳。
今は「おかあさん」ず呌んでいる。

認知症が少し顔を出し始めおはいるが、
おかあさんは
今も元気いっぱいだ。
週二回のデむサヌビスでは、
持ち前の話術で
呚囲の笑いをさらっおいるずいう。

「九十䞉歳ず蚀うずね、みんな若いですねっお蚀っおくれるのよ」

【トランゞスタ・グラマヌだった誇り】

そう語るおかあさんは、か぀お小柄でふくよかで、可愛かった。

「私ね、トランゞスタ・グラマヌでしょ」
「おかあさん、それっお䜕」

聞き慣れない蚀葉に問い返すず、おかあさんは少し埗意げに笑った。
「今は䜿わないのかね。トランゞスタカセットのように小さいけれど、グラマラスな䜓のこずよ」

そんな䌚話を亀わしおから、もう四十幎。
あんなに匵りがあったおかあさんの身䜓も、今ではすっかり小さくなった。

【激動の人生ず、凛ずした知性】

おかあさんの人生は、激動そのものだった。
二十六歳で未亡人ずなり、
生埌半幎だった幌子私の元倫を姉に預けお矎容孊校ぞ通った。
そこで女孊校時代の恩垫ず再䌚し、
埌劻ずしお嫁ぐこずになったずいう。
預けられた子はそのたた姉の逊子ずなり、
育おられた。

実の母ぞの愛ず、離れお育った苊悩。
元倫の心にどこか
屈折したものがあったのは、
その生い立ちゆえだったのかもしれない。

か぀お、私が倫婊喧嘩をしお
行き堎を倱いそうになった時、
おかあさんはこう蚀っおくれた。

「倫婊喧嘩したら、実家に行かないで
うちに来なさいね。
皆さん心配されるでしょ」

その蚀葉に甘えお、
私は䜕床もおかあさんのずころぞ
逃げ蟌んだものだった。

「私が育おおいたら、あんなふうにならんやったかもしれん。ごめんね」

い぀かおかあさんがこがした謝眪に、
私は
「誰が育おおいおも、䞀緒だったずよ」
ず笑っお返した。
それが、粟䞀杯の私の優しさだった。

おかあさんの凛ずした知性は、
亡くなったご䞻人ずの日々の䞭で育たれたものだろう。
ご䞻人の氞田茂暹さんは、
八女高校の校長を務められた教育者だった。
小孊校の校歌の䜜詞を手掛け、
亡くなった際には䞭曜根康匘元銖盞から賞状が届くほどの功瞟を残された方だ。
埌日線たれた远悌集には、
ブリヂストンの石橋瀟長、
久留米が生んだ近代掋画の巚匠・坂本繁二郎、
そしお近代日本文孊を代衚する詩人・䜐藀春倫。
倚数の重鎮たちの蚀葉が添えられおいるずいう。
名士を支え、蚀葉を倧切にする家庭を守っおきたおかあさん。
だからこそ、九十䞉歳になった今の圌女から溢れ出す蚀葉は、どれもナヌモアず気品に満ちおいる。

【再䌚、そしお「芪友ぞ」】

元倫ずの別れを機に、
䞀床はおかあさんずの瞁も途切れた。

けれど数幎前、元倫の異父効から
「にぃちゃんは出犁になったから、
぀やこねぇちゃん、遠慮なく遊びに来お」
ず誘いを受けた。

それを機に、私たちの亀流は再開した。
今でも、効ちゃんずは仲良しで、
定期的におかあさんの様子を
LINEで知らせおくれる。

「認知症なのに、『぀やこさんは今床の日曜日に来るのよね』っお、そこだけはしっかり分かっおいるみたいよ」

そんな䞀蚀に、離れおいおも繋がっおいる絆の深さを感じる。

【八女茶の銙りず邞宅の蚘憶】

久しぶりに蚪ねたおかあさんの家は、
懐かしさに胞が震えるような、
私の倧奜きな癒しの空間だった。

時が止たったような叀民家。
幎代物の噚や、
人が入りそうな倧きな壺。
壁には有名な絵画や版画が食られ、
たるで矎術通か由緒ある邞宅のよう。

かくれんがをしたら二床ず芋぀からないのではないかず思うほど郚屋数があり、
迷路の先に秘密基地があるような、
今でいうアミュヌズメントパヌク
のような堎所だった。

玄関先の倧朚、
庭には珍しい草花が咲き誇り、
庭園を蚪れおいるかのよう。

春に蚪問したずきは、
庭の「タラの芜」を摘んで
倩ぷらをご銳走しおくれた。

「お父さんがね、毎日毎日孊校の先生を連れお来るから、お金をかけない料理を頭を捻っお考えおたわ」

お茶は地元の八女茶を、
茶筅ちゃせんを䜿っお
本栌的に点おおくれた。

しかし、残念なこずに八幎前。
この由緒ある邞宅を、
西日本豪雚ずいう猛嚁が襲った。

か぀お名士の生掻を圩った矎しき空間は、
䞀瞬にしお濁流に呑たれ、
泥にたみれた「廃墟」ず化しおしたった。


【女ずしおの矎孊】

ずいぶん前に
おかあさんず熊本・阿蘇の枩泉に入ったずきのこず。

「おかあさんの乳銖、真っ癜で色が綺麗ね」
そう䌝えたこずがある。

「女じゃなくなるず、こんな色になるずよ。
幎配のご婊人を芋おごらん、
みんな綺麗だから」

その蚀葉を聞いお以来、
私ぱステティシャンずしお
お客様の䜓に觊れるずきも、
枩泉ぞ行ったずきも、
幎を重ねた女性の䜓の矎しさを
意識しお芋るようになっおしたった。

おかあさんの「女」ずしおの珟圹ぶりには、
い぀も驚かされる。
八十歳のずき、昔からの知り合いにプロポヌズされたずいうのだ。

「駅で埅ち合わせたら、
圌に昔の面圱がなくおね。
遠目で芋぀けた瞬間に嫌になっお、
改札を出るこずなく
逃げ垰ったずよ」

そんな抱腹絶倒の話を、
おかあさんは愉快そうに話しおくれる。

「぀やこさん、こんな私が
八十になっおもプロポヌズされるずよ。
あなたも頑匵りなさい」

【93歳の芪友ぞ】

今幎の2月。息子嚘ず共に
久留米に移り䜏んだ
おかあさんのずころぞ、
子䟛たちず二人の孫を連れお䌚いに行った。
おかあさんにずっおは、可愛い孫ずひ孫だ。

少し早めに着いおチャむムを鳎らすず、
扉の向こうから、おかあさんが珟れた。

「あら、早かったね。あなたたちが来るず思っお、今、バケ化粧よったたい」

埌で、私の息子が感心したように蚀った。

「九十䞉歳になるのに、
俺たちが来るだけで化粧しお迎えるずか、
矎意識、高くない」

お客様におかあさんの話をするず、
皆さん「元姑さん」ずの関係を
興味深く聞いおくださる。

おかあさんも同じだ。
呚囲の人に私ずの関係を驚かれるず、
こう蚀っお笑うのだずいう。

「元嫁ずはね、芪友なのよ」

元嫁ず元矩母。
䞖間が聞けば驚くような関係だけれど、
私たちは「家族」ずいう枠組みを卒業しお、
もっず深いずころで結ばれおいる。

今、私の郚屋の壁には、䞀枚の矎しい版画が掛けられおいる。

数幎前、おかあさんが熊本たで遊びに来おくれたずきに莈っおくれたものだ。

お排萜で、どこか凛ずした䜇たい。
私の郚屋になくおはならないその存圚感は、私の䞭のおかあさんそのものだ。

私の憧れであり、最高の芪友。
圌女は、老いるこずの豊かさず楜しさを、
身を持っお教えおくれおいる。

電話で長話をしおいるず、
どちらからずもなく
「話しおるず䌚いたくなったねぇ」
ずいう蚀葉がこがれる。

こうしお筆を動かしおいるうちにも、
たたおかあさんの顔が芋たくなった。

来月は、母の日もある。
車を二時間走らせお、䌚いに行こうか。

「芪友」が、鏡の前で化けお
きっず、埅っおくれおいる。


いいなず思ったら応揎しよう