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忘却のアポカリプス 10話

10話




 メタトロン帝国にシャルムから一通の書簡が届いた。差出人は、ダークエルフのレンである。
招かれざるものアウトサイダーと結託して優勢であるにも関わらず、あちらから休戦を申し入れてくるとは……」
 これは罠ではないか、と厳しい顔をさらに顰める元・〈フレイア〉騎士団長のウォルト。
 彼は67を超えた年齢から最前線で戦う〈フレイア〉に戻る事はない。が、能力と頭脳を買われて今も“皇帝の無二の友“として仕えている。


「此度の襲撃でセシリアも傷を負ってしまった。それに、クレセント大神殿の復興には兵の派遣が不可欠。エデン内で争っている余裕はない」
「しかし、書簡の内容は信頼できるのでしょうか」
「信じるしかないだろう。いまの我々には戦力が足りないのだから」
 ウォルトの言葉にヨハネスは苦笑して言葉を濁した。
「失礼いたします。クレセント大神殿より、イリア様がお見えになりました」
 警護兵の報告にヨハネスは驚愕し、目を大きく見開いた。彼女が自ら神殿を離れるということは、よほどの非常事態が発生したのだろう。

 すぐさま謁見の間に通されたイリアは、顔に明らかな疲労の色が浮かんでいた。
「イリア様、法力が回復しないとの報告をヴィクトールから受けておりますが、ここまでお越しになられて大丈夫なのですか?」
「ええ……ありがとう、ヨハネス。その件で相談に参ったのです」
 そう言った途端、イリアは突然前のめりに倒れ込んだ。
「なんと……ディオギスはいるか! 早くイリア様を〈へプル〉の治療室に運び込め!」












「全く……だから私がクレセント大神殿に行くと言ったのに、どうしてあなたはいつもいつもいつも一人で無茶をするのですか?」
 ブツブツと不満を言いつつイリアの治療に専念する〈ストラテジー〉の特別研究員ディオギスは、魔法師団・〈へプル〉に在籍していたことがある。
 敬愛するイリアの力になりたいが為に独学と研究で学んだ“法力を回復させる方法“が、ようやくここで実を結んだのだ。

「ありがとう、ディオギス。おかげで楽になったわ」
「イリア様、破壊の巫女は何者ですか? 何故あなたと同じ容姿をしているのです?」
「それが、わたしにも分からないの。でも、あちらの招かれざるものアウトサイダーはわたしのことを《破壊の巫女》と呼んでいた」

 メタトロン帝国およびクレセント大神殿の人間族ヒューマンは、イリアを創世神の生まれ変わりの《救国の巫女》として崇めていた。
 それに対して、エデンとアルカディアを破滅に導く《破壊の巫女》という意味はまるで正反対である。
「イリア様にそっくりな女魔族が、シャルムの者たちにとって救国の巫女なのでしょうか」
「そうなるわね。もしかすると、あちらの崇める巫女がエデンを救う存在なのかもしれないし」
 寂しそうに己を否定するイリアにディオギスは突然声を荒げた。
「いいえ、私は認めません! イリア様こそが救国の巫女であると我々は信じていますから」
「その言葉だけで十分よ」
 イリアの笑みにディオギスは言いかけた言葉を飲み込んだ。短い沈黙の後、コンコンと治療室のドアがノックされる。



「邪魔するぜ。おっと、取り込み中だったかな」
 中に入ってきたのは、すっかり回復したリーシュだった。タイミングが悪い、とディオギスは小さな声で呟いた。
「リーシュくん、もう体調は良くなったのかい?」
「ああ。いつまでも転がっている訳にはいかねえからな。それに、巫女サマに礼も言ってない」
「えっ?」
 イリアの驚きは隠し切れなかった。彼を治療している間もずっと避けられていたので、嫌われていると思っていたのだ。
「俺は2回も命を救われた。ありがとな」
 リーシュの笑顔にイリアは頬を染めた。
「〈フレイア〉に、リーシュは必要ですから」
「……悔しいなあ、私がこんなに尽力しても、全部リーシュくんにおいしいところを持って行かれてしまう。イリア様、彼にも破壊の巫女についてお話しした方が良いですよ」
「そうでした。リーシュ、あなたはアウトサイダー……所謂いわゆる《魔族》の血を浴びてしまったのです」
「いきなりだな、でも巫女サマに似た女に無理矢理血を飲まされた記憶がある」
 リーシュは顎に手を当て、眠っていた時のことを思い出す。
 突然口の中に冷たい舌と猛毒が入り込み、呼吸ができなくなったこと。朦朧とする意識の中でイリアに救われたこと。
「つまり、俺も《魔族》になっちまうのか?」
「いいえ……ヴィクトールのおかげで被害は最小限で済みました」
「あー、だから首がずっと痛いわけだ……団長は加減を知らねえ」
 下手すると神経までやられていたのではないかと危惧するほど、ヴィクトールは手加減をしない。

「精霊の力を借りる事が出来れば、リーシュを魔族の血から解放できます」
「エデンの精霊力は招かれざるものアウトサイダーの出現で弱っております。地上アルカディアに降りるしかないかと」
「ヨハネスにゲートの使用許可を貰って、早く行かなくては」
 ベッドから起き上がったイリアは、強い眩暈を覚え、再び前のめりに倒れそうになった。その瞬間、リーシュの屈強な腕がしっかりと彼女を支える。
「おい、無理すんなよ。まだ動くのがやっとなんだろ」
 イリアは法力が回復しない間、リーシュの治療に己の命を削っていた。本来ならば絶対安静の状態だ。
「ごめんなさい。せめて、あなたにお守りを渡しておきます」
 彼女が差し出したのは綺麗に織られた青いバンダナだった。手に取ると懐かしいような、不思議な暖かさを感じる。
「これ、何?」
「邪を祓う効果があります。あと、このマントもあなたを守ってくれるかと」
「丁度いいや。〈フレイア〉は皆赤いマントで下は誰が誰だかわかんねえ状態だったし。団長には言っとくよ。ありがとな」
 イリアからバンダナと青のマントを受け取ったリーシュはふっと嬉しそうに微笑んだ。
「やっぱりリーシュくんが美味しいところを全部持って行ってしまうなあ。でも、イリア様が私にだけ特別な感情を見せてくれるから、それだけで我慢するしか……」
「救国の巫女はそうあるべきと言ったのはディオギスでしょう! わたしも堅苦しい言い方を続けるのは──あっ」
「……」
 ディオギスだけではなく、リーシュもはふまだ部屋にいるのをすっかり失念していた。
 また嫌われるかもしれない、とイリアが少しだけリーシュから視線を逸らすと、頭の上にポンポンと硬いガントレットの感触があった。
「救国の巫女だの、創世神だの、勝手に俺達がつけた肩書きなんだから、そっちの方が自然でいいんじゃねえの? 
「あ〜! ずるいよリーシュくん。君がイリア様を名前で呼んでしまったら、ポイントが急上昇じゃないか。どうして君はいつもいつもいつも私のプランを壊して、イリア様と2人──って、リーシュくんちょっと?」
「俺達はさっさと退散するべきだろ、いつまで体調悪い奴の所に居座るつもりなんだよ」
「いや、それはそうなんだけど! せっかくイリア様と2人きりの機会がっ……ちょ、イリア様!法力回復の術はヨハネス様との謁見の後にまた、それまで──」
 治療室の扉が自然に閉まるまで、リーシュに引きずられて部屋から追い出されたディオギスの嘆きが、帝国の廊下に虚しく響き渡っていた。






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