第十条 理念を行動に変える
■ 理念は「掲げるもの」ではなく「動かすもの」
理念や方針は、掲げただけでは意味を持たない。
壁に貼られたスローガンや、会議の場で読み上げられる正しい言葉も、それだけで現場を変えることはできない。
理念が力を持つのは、それが日々の判断や行動に変わったときである。
企業理念とは、組織の判断軸であり、目指すべき方向を示すものである。
だが現場で働く人にとっては、理念そのものよりも「その理念をもとに、どう考えるのか、どう動けばよいのか」が重要になる。
だからこそ理念は、具体的な行動へと移さなければならない。
経営者が掲げた理念や意志、あるべき姿を、自分たちの言葉に置き換え、現場で使える行動指針として落とし込むこと。
それがマネジメント層である私たちに求められる大切な役割の一つである。
方針を伝えることと、理念を具体的に動かすことは似ているようで違う。
理念を行動に変えるためには、まず理念を理解し、共感し、自分の中で咀嚼する必要がある。そのうえで、自分自身の行動で示し、店長やクルーさんの日々の行動につなげていかなければならない。
理念を体現できる人が増えることで、一店舗一店舗の判断が少しずつ変わる。
より早く。より正しく。
そして判断が変わることで行動が変わる。
行動が変われば組織が変わってゆく。
より強く。より拡大へと向かう組織となっていく。
第十条では、『理念を行動に変える』をテーマに、経営の意志をどう現場の日々の行動に落とし込んでいくかを考えていきたい。
企業理念と行動指針、そしてクレド(行動規範)との関係にも触れながら、理念を語る人ではなく、理念を動かす人を増やしていくために何が必要なのかを整理していきたい。
■ 1. 企業理念を持つということ
企業理念とは会社組織が存在する理由であり、何を目的として、どのような価値を提供していくのかを示したものだ。
経営の羅針盤として判断と行動の出発点となり、同時に目指すべき到達点とも言える。
何を大切にするのか。何を目指し、どこへ向かうのか。
何のためにこの仕事を続けていくのか。
その根本にある『意志』こそが企業理念である。
理念があるからこそ、判断に軸が生まれる。
売上を伸ばすこと。利益を残すこと。人を育てること。
お客様に選ばれる店をつくること。
どれも店舗運営において大切なことである。
しかし、それらをどの順番で考え、何を優先し、どのような姿勢で実行していくのかは、組織の理念によって変わってくるものだろう。
たとえば、同じ「利益を残す」という目的であっても、短期的な数字だけを追うのか、長く選ばれる店をつくることで利益を積み上げていくのかでは、現場での判断は変わる。
同じ「人を育てる」という言葉であっても、ただ作業を覚えさせることを育成と考えるのか、自分で考え、自分で判断し、自分で動ける人材を育てることを目指すのかでは、日々の関わり方は変わる。
だからこそ、理念は単なる飾りではなく、経営と現場をつなぐ大切な判断軸でなければならない。
理念は『考え抜かれた言葉』でなければならない。
耳ざわりのよい理想論ではなく、私たちに根づく言葉であること。
日々の判断や行動と深く結びつき、迷ったときに立ち返れる言葉でなければならない。
私たちが何を大切にし、どのような組織でありたいのかを示す言葉でなくてはならないからだ。
ただし、額縁に飾られただけの理念や、掲示されたスローガンだけでは、現場を変える力にはならない。
理念は、日々の判断や行動と結びついて初めて意味を持つからだ。
だからこそ、理念を「どう使うか」「どう伝えるか」が問われる。
私たちが理念を体現し、その姿を見せることで、理念は少しずつ現場に浸透してゆく。理念を伝えることとは、言葉を広げることだけではなく、行動で示すことでもある。
しかし、行動で示すだけで理念が正しく伝わるとは限らない。見る人によって受け取り方は変わる。立場や経験によって、理解の深さも変わる。だからこそ、理念を現場の判断や行動に結びつけるためには、言葉として整理し、具体的な行動に落とし込む必要がある。
理念は、ただ掲げるものではない。
伝え、示し、使い、行動に変えていくものである。
そのために必要なのが、理念を現場の言葉に翻訳することである。
■ 2. 理念を翻訳し、現場に落とす
理念を現場で動かすためには「翻訳」が必要である。経営が掲げる理念や方針は、大きな方向性としては正しくても、そのままでは現場の行動に結びつきにくい。現場で働く人にとって必要なのは、「何を大切にするか」だけではなく、「具体的にどう動けばよいのか」である。
たとえば企業理念として、「お客様のために行動する」という言葉を掲げていたとする。この理念が、接客業として正しいことに異論はないだろう。
お客様を大切にすること。お客様の期待に応えること。お客様に選ばれる店であり続けること。どれも店舗運営において欠かせない考え方である。
しかし、この言葉だけで現場の行動は変わるだろうか。
「お客様のために」と言われても、現場で働く人によって受け取り方は違ってくる。ある人は、丁寧な接客を思い浮かべるかもしれない。ある人は、欠品をなくすことだと考えるかもしれない。ある人は、清潔な売場を保つことだと捉えるかもしれない。そして、どれも間違ってはいない。どれも大事な行動である。
しかし、解釈が人によってばらついたままでは、組織としての行動にはならない。
だからこそ、理念は現場の言葉に翻訳する必要がある。
「お客様のために行動する」とは、レジで迷っているお客様に先に声をかけることかもしれない。売場の乱れに気づいたとき、誰かに任せるのではなく自分で直すことかもしれない。欠品を見つけたとき、「仕方ない」で終わらせず、発注や品出しの仕組みを見直すことかもしれない。クレームを受けたとき、面倒な対応として処理するのではなく、次に同じことを起こさないための改善につなげることかもしれない。
理念を翻訳するとは、きれいな言葉に言い換えることではない。抽象的な言葉を、現場で実行できる行動項目に変えることである。
そもそも、この十か条自体も同じ構造を持っている。
「数字は現場で確かめる」
「正しい店長を育てる」
「基準をつくり、仕組みで動かす」
「理念を行動に変える」
これらは、マネジメントにおいて大切にしたい考え方であり、組織として目指すべき方向性である。しかし、それだけで現場は動かない。
「数字は現場で確かめる」と掲げたとしても、では何を見に行くのか。どの数字を確認するのか。誰と何を話すのか。何をどのように改善につなげるのか。そこまで落とし込まなければ、行動にはならない。
「基準をつくり、仕組みで動かす」と言っても、どの基準を、誰が、いつ確認し、どう修正するのかが決まっていなければ、お店には定着しない。
理念や方針は、掲げた瞬間に完成するものではない。そこから現場の行動へと分解し、具体的な実行に変えていく過程が必要になる。
理念があり、方針がある。その方針が舵となり、大きな方向性に沿った取り組みがある。
お店に必要なのは、そこからさらに一段下げた具体ではないだろうか。
なにか新しい取り組みを明日から始めるとする。
そのとき、明日の夕勤クルーさんには、どう指示すれば伝わるだろうか。
たとえば、そのクルーさんが日本語の理解にまだ不安のあるネパール国籍の方だった場合、「あれをやっておいて」という一言だけで伝わるだろうか。
何を、いつまでに、どの状態までやるのか。終わったら誰に報告するのか。できなかった場合は、どの時点で相談するのか。
そもそも、その作業の目的を理解できているのか。
ここまで考えなければ、指示は指示として機能しない。
誰に何を伝え、何を教え、どこを確認し、どのように指導するのか。
店長は、店舗全体をどう動かし、どの時間帯に、誰が、何を実行できる状態をつくるのか。
そこまで考え、実践して初めて、理念や方針はお店の行動となる。
理念を現場に落とすとは、方針を施策に落とすこと。
施策を、店舗の運用に落とすこと。
店舗の運用を、クルーさん一人ひとりの具体的な行動に落とすこと。
この階段を下りていく作業こそが、現場におけるマネジメントである。
私たちに求められるのは、店長や現場に対して「やれ」と一方的に伝えることではない。
理念や方針を受けて、店長自身がどう考え、どう計画し、どう実行に移せるか。その過程を促し、段取りを組ませ、実行させ、結果を検証していくことが必要になる。
店長が、自分の店舗に置き換えて考えられるようにする。
自分の言葉でクルーさんに伝えられるようにする。
自分の判断で優先順位を決め、実行し、結果を確認できるようにする。
そのために、私たちは一方的に答えを与えるのではなく、計画を立てさせ、実行を促し、結果を一緒に振り返る必要がある。
そして、実行後に確認し、必要であれば教え直すことも必要になる。
一度伝えたから終わりではない。同じ指示を、何度でも繰り返して伝える。必要であれば、言葉を変え、手順を見せ、できたところまで確認し、もう一度教える。
もちろん、すべてのクルーさんに最初から自律・自考・自走を求めることはできない。現実には、そこまで求めきれないだろう。
場合によっては、店長自身にも同じことが言えるかもしれない。
それでも、私たちはあきらめてはいけない。
そこであきらめることは、お店や店長、クルーさんの成長をあきらめることでもあるからだ。
できないから任せない。伝わらないから教えない。動けないから期待しない。そうなってしまえば、お店の成長はそこで止まってしまう。クルーさんの成長、店長の成長をあきらめないことこそ、組織の成長となる。組織の成長なくして、私たち自身の成長もない。
マネジメントとは、できない現実を見ないことではない。
できない現実を受け止めたうえで、そこからどうすれば一歩でもできる状態に近づけられるかを考え続けることである。
うまくいかなかったときも、単なる反省で終わらせない。
なぜできなかったのか。どこで止まったのか。指示が曖昧だったのか。
理解が足りなかったのか。時間帯の組み立てに無理があったのか。
そこを確認し、次の仮説や計画につなげていく。
この積み重ねこそが、負のスパイラルを断ち、正の循環をつくる。
少しおこがましい言い方かもしれないが、マネジメントとは、店長やお店の状況と向き合いながら、よりよい状態へ導き伴走することではないだろうか。
理念を掲げるだけではなく、方針を計画に変える。
計画を行動に変える。行動を検証し、次の改善へつなげる。
理念を翻訳し、現場に落とす。それは、経営の意志と現場の行動をつなぐことである。そして、そのつながりを担うことこそ、マネジメントとしての重要な仕事ではないだろうか。
■ 3. クレドを活用して理念を行動に変える
ここまで書いてきたように、理念を現場の行動に変えるためには、判断と行動の基準が必要になる。
理念を現場で使える形に変え、日々の状況判断や行動に落とし込むための指針が必要ということである。
この『基準であり、指針となるもの』がクレド(行動規範)である。
理念が「何を大切にするか」を示すものだとすれば、クレドは「その理念に沿って、どう判断し、どう行動するのがよりよいのか」を示すものである。
そしてこのクレドもまた、どのように活用するか、どうやって機能させるのかが重要となってくる。
クレドを作ったとしよう。
たとえばバックルームに掲示する、たとえばミーティングで唱和する、たとえばカード化し携帯できるようにする。
こういったアクションに意味はある。
しかし、それだけで現場の判断や行動が変わるわけではない。
日々の判断や行動の中で使われ、必要な場面で参照されることで、クレドは意味を持つ。
そのためには、クレドを抽象的できれいな言葉のまま置いておかないことが重要である。
もっと言えば、この行動指針を、日々のタスクや確認項目まで落とし込む。
誰が、いつ、何を、どの状態まで実行するのか。
それをどのように確認し、どのように振り返るのか。
ここまで設計されて初めて、クレドは現場で使われるものとなるだろう。
『飾られた言葉ではなく、現場で使われる言葉』にする。
この一文にこそ、クレド運用の本質がある。
それらしい言葉や美しい言葉は、世の中のあちこちに書かれている。
多少なりとも仕事をしてきた人間であれば、組織として、会社として、または店舗としての『あるべき姿』を書き出すことはできるだろう。
大切なのは、その書き出した言葉に本当に向き合えるかどうかである。
私たちは何を大切にするのか。
どのようなお店でありたいのか。
どのような組織でありたいのか。
どのような自分でありたいのか。
その姿を目指して、行動を続けられるかどうか。
問われるのは、それだけだ。
当然、立ち止まることもある。くじけることもあるだろう。
思うように伝わらず、思うような行動につながらずに、何度も同じところに戻されることもあるかもしれない。
それでも、まだ向き合う。また動き出そう。
実現するまでは行動を止めない。必要であれば、何度でも伝える。
何度でも教え、何度でもやり直せばよい。
■ 4. 理念を行動に変え続ける
改めて伝えたい。理念やクレドとは、正しい言葉を並べるためのものではない。その言葉に正面から向き合い、日々の仕事に取り組む中で行動し続けるための判断軸であり、基準である。
理念を共有し、クレドを活用し、行動し続ける。
その繰り返しの中でしか、自ら考え、自ら判断し、自ら動ける人材は育たないのだと思う。
そしてこれこそが『人の育成』であり、『組織の成長』に欠かせない取り組みである。
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