日本もそろそろ「相互依存社会」脱却へ:自立とは?
お盆休みを過ぎた先日のこと。
私は40代になったばかりの友人と、お酒を飲んでいました。
彼女は今、離婚調停中です。
2人の子供を育てながら頑張っています。
「調停も3年ですよ。
でもやっと終わりが見えてきました。」
今の彼女は、離婚したころの私と重なります。
子供を育てながら、四苦八苦していました。
そうとう大変に違いない彼女。
しかし、いつも明るくパワフル。
賢いうえに勉強も欠かさず、おまけにお酒も強い(笑)
私は彼女と飲むと、いつもベロンベロンです。
彼女は、お盆に帰省した実家に住んでいる、
妹のことを話し始めました。
上手くいかないのは誰のせい?
彼女の妹は、離婚して実家に戻り、
父の事業の手伝いをしているといいます。
妹は、仕事や実家での自分の立ち位置に不満をもっている。
それを母親に当たり、彼女は見ていられないといいます。
「何を言っても、全く響かないんですよ。」
彼女は、以前も妹のことを話していました。
「自立って、何でしょうね?」
妹は結婚が上手くいかず、実家の両親も心配して、
「帰って来い」と言いました。
両親は娘が帰ってきてくれて嬉しい。
妹も安心です。
とはいえ、妹は満足していないのです。
「占いに行くとか。
そんなことばっかりしてるんですよ。」
彼女は言いました。
「イヤなら自分で自活する道を探すべき。
そうじゃないなら今の状況に向き合う。
どっちかしかないですよね。」
結局「何かのせい」と思っているうちは、無理なのかも知れません。
全くつまづかない人生はありません。
しかし、
「何でこんな目に合わなきゃいけないの?」
そう思っているうちは、無理なのかもしれません。
つまづいたことが、
「降って沸いた理不尽なこと」だったとしても。
日本は「相互依存社会」
日本は「相互依存社会」と言われます。
昔は、助け合わなければ生きていけなかった。
「家」を中心とした共同体社会でした。
家制度の前に「個」という概念は必要ありませんでした。
「家」制度のもと、
人の精神的未熟さも「家族」が受け皿になってきた「皆婚」世代。
時代は変わったのに、
精神的には「依存社会」のまま。
彼女の妹が通っている「占い」。
あるスキルマーケットで、一番売れているサービスカテゴリーは「占い」だそうです。
家族や職場という目に見えるものに「依存」出来ないから、
目に見えないものに救いを求める。
「SNSで注目を浴びた」
「投資でうまくいった」
「良いこと」が急に、自分にも起こるかもしれない。
そんな「夢想」に依存しているのかもしれません。
でも、そう都合よくはいかないんじゃないかな。
※占い自体を否定しているわけではありません。
私も見ますけどね。良いことだけインプットします(笑)。
「依存」は自覚しづらい
「依存」が自覚しづらい時代になっています。
女性の社会的立場が明らかに下で、
「食べさせてもらっている」という昔とは、見た目は変わったから。
「そのほうが得」とか「妥協してあげている」という、
自分が「選択」しているつもりだったりします。
お互いそれで良いなら、良いんじゃない?
でも、依存させてくれる人やものは、永久に存在する?
自分と向き合い、
どんな海でも、自分で漕いでいく覚悟をもつこと。
そうしないと、「個」の時代「変化」の時代に、
80年も90年も、もしかしたら100年までも、
生きることは難しい。

