子供の幸せを願うのなら、あなたが幸せでいること
やってしまった。
どうにも我慢ができなかった。
ことの発端は、母から届いたLINEだった。
ごめんなさいというばかりです
母からのLINE。
「今日はお父さんの月命日です。
何もできなくて、ごめんなさいと言うばかりです。」
私は返信しました。
「そういうの、やめて。
充分すぎるほどやったよ。
それより、自分が楽しく生きることの方がよっぽど大事。」
兄が、
「その想いは、父に届くと信じています。」
と返しました。
そのあと、私はこう書きました。
「私たちが、お母さんに残りの人生を幸せに生きてほしいという願いは、
なかなか届かないね。」
母は、家族のLINEグループから退会しました。
どうして、こんなにざわざわするのだろう
私の知る限り、父と母は生前、
決して仲が良くありませんでした。
誕生日に「おめでとう」と言い合ったことなど、あったのだろうか。
それなのに、「月命日」?
家では母ばかりが動き、父は「何もしない」人でした。
それなのに、母が謝る?
母からこういうLINEが届くたびに、
私は吐きそうなほどざわざわする。
なぜ私は、こんなにも反応してしまうのだろう。
愚痴を聞き続けた娘
私は20代の頃まで、母ととても仲が良かったです。
母は仕事をしながら、家事や、
私たち兄妹の進路に関して、引っ越しなど、
生活に関わるほとんどすべてを引き受けてきました。
そして私は、母から、
「何もしない」父への愚痴を、あふれるほど聞かされてきました。
優秀だった兄が、母の期待どおりに勉強をしないこと。
母が望んだ道に進まないことも。
母には、夫や息子への不満を娘に言ってはいけない、
という感覚はなかったのだと思います。
今も、覚えてさえいないでしょう。
母との関係が大きく変わったのは、私の離婚でした。
夫の借金に10年苦しんだ末に、
離婚しようとした私に、母は言いました。
「あなたが我慢すればいい。」
幼い娘を連れて実家に戻った私に、
母は「世間体が悪い」とも言いました。
そのとき、私は思いました。
ああ。
母は、あれほど愚痴を言い続けてきたけれど、
何かを解決しようとはしてこなかったんだ。
私は黙って実家を出ました。
母に喜んでもらいたかった
私がこんなにもざわざわするのは、
あれほど不満を言っていた父が、
亡くなった途端に美化されていくからだろうか。
それは、ある。
でも、それだけではない。
いま書きながら、ようやく気づいた。
私は、母に幸せに生きてほしかったのだ。
私は母に、喜んでもらいたかった。
けれど、何かをプレゼントしても、
「使わないのにもったいない。」
「あなたが使えば。」
と言って、返されたこともありました。
青森から東京へ来たとき、どこかへ連れて行っても、
母はいつも楽しそうではありませんでした。
私と娘が行きたい場所に、
自分が付き合わされているとまで言いました。
食事に連れて行けば、
「高いのにもったいない。」
と言う。
一生に一度くらい、ディズニーランドへ連れて行きたいと思ったけれど、
それも叶いませんでした。
母は、
「行っても楽しめないと思う。」
と言いました。
話すことがなくなった
母はいつも、私や兄や、孫である私の娘の心配ばかりをしていました。
少し電話の間隔が空けば、
「何かあったのかと思った。」
と、暗い声で言いました。
母から新しい出来事や、
他愛もない雑談を聞くことはほとんどない。
私が近況を話しても、特に反応はない。
たまに口を開けば、心配事か、ネガティブな話。
30年近い積み重ねの中で、
私は母に話したいことが、ほとんどなくなってしまいました。
ADDressの家に来る人や、友人や娘に話したいこと。
noteに書きたいことは、こんなにもあるのに。
聞きたかった言葉
母に心配されたところで、
「良くない」ことを防げるのだろうか。
「良くない」ことが起きたとき、
80歳を過ぎた母に何ができるのだろうか。
それでも、心配してくれることを、
ありがたいと思うべきなのだろうか。
心配されるたびにざわざわする自分は、
冷たい人間なのだろうか。
私は、
「あなたのことが心配なのよ。」
ではなく、
「私は今日、こんなことをして楽しかった。」
と聞きたかった。
子供は、自分のことを四六時中心配されるより、
親が生き生きと暮らしている姿を見る方が、
ずっとうれしい。
私は母に、母自身の人生を生きてほしかった。
この胸のざわざわは、
その願いが届かなかった、怒りと悔しさなのだ。
子供に幸せでいてもらいたいのなら、あなたが幸せでいること
子育て期は、せいぜい20年。
いまや人生は、そのあとのほうがずっと長い。
子供には子供の人生がある。
そして、親には親の人生がある。
親が子供の幸せを願うように、
子供も親の幸せを願っている。
もしあなたが、子供に幸せでいてもらいたいと思うのなら、
あなたが幸せでいること。
子供が本当に見たいのは、
親が幸せそうに笑っている姿なのだから。
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※こちらの最後に記載あります
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