選集2巻インタビュー『シュガシュガルーンの描き方』
安野モヨコ選集『シュガシュガルーン』2巻末に収録されたインタビューをnoteに再掲載いたします。(スタッフ)
シュガシュガルーンの描き方
シュガルンに関しては、他の私の作品とまったく違うということをよく言われます。たしかに掲載誌が小学生向けであったために、普段の仕事の仕方とは意識して変えた部分も多かったと思います。
今回は、漫画としての画面づくりやストーリー、構成なども含めて解説してみたいと思います。
連載していた「なかよし」は、掲載されている他の作品もとにかくキラキラしている少女漫画誌なので、そのなかで画面が地味であっさりしすぎて読んでもらえないということがないように、だいぶカロリーを使って最初に画面づくりのセオリーを考えました。
通常の私の作品では、読みやすさを最優先して、斜めのコマや不規則なコマ割りすら使わず、四角四角断ち切り、というような規則的なコマ割りを基本としていました。
シュガルンでは、そのやり方をやめて、とにかくページを開いた瞬間に目を奪われるような、世界がドーンと飛び出してくるようにしたかった。
少女の読者が、「あ、なんかキラキラしてる」と、入ったらそのまま世界に吞み込まれていくようなイメージです。
そこで可愛いものや美しい言葉をシャワーのように浴びさせたい、全身に浴びてもらって、読んだ子もみんなキラキラになってしまえ! みたいな気持ちでした。

そのためモノローグやコマの枠線も、この世界をつくる要素のひとつとして考え、デザインしていました。特に枠線は、この世界のなかでシーンを割っていくものなので、そこにもニュアンスを入れたかった。
そうすることで枠線自体もひとつのレイヤーとして機能するので、奥行きが出ます。ちょうど額縁のような役割ですね。
装飾的な額縁越しに絵を見ることによって、すでにその時代性が表現されているように、漫画の枠線そのものが可愛いことによって、世界観が補完されるのです。
「補完」ということでいうと、キャラクターによって枠線のデザインが決まっていたので、画面転換のときにその枠線が入ると、「次はこのキャラのターンです」という予告にもなっていました。
例えば作中でずっと悪役を担うピエールの枠線は、いばらや氷の結晶をイメージしたエッジの効いたデザインなのですが、その枠線が入るとちょっと画面がキリッとするんですね。
ピエール専用枠線は、当時「ピーさま」と呼ばれていました。アシさんたちはピエールを「ピーさま」と呼んで可愛がっていたので笑。

その枠線も、デザインセンスのあるアシさんがネーム待ちの時間などを利用して、せっせとつくってくれていましたよ。
手描きでモチーフを描いたり、フリー素材などを使って原本をつくり、コピーできる無地のスクリーントーンにプリントして、自作の「枠線トーン」を全キャラ分つくってストックしてありました。世界観のある画面づくりには、こうした職人気質のアシさんたちの力もかなり大きかったです。
私が意識していたのは、紙芝居とかお芝居の書き割りみたいに絵が重なっていくことで奥行きを出して、読者が「そこに入っていく」みたいな感覚になる画面づくりです。コマをきっちり割るよりも、一枚の大きな絵としてぐるりと視界を取り囲むようなイメージです。
そのため最初のネームの段階では、普通の漫画と同じように細かくコマを割っているのですが、下絵に入ってセリフを入れて、絵も入れて……と作業が進むうちに、「このコマの枠線いらないかも、こっちもいらないな」という具合にどんどん枠線を削っていき、最終的には枠線のなくなったページなどもありました。
少女漫画の複雑なコマ割りは、順番がわからなくて読みにくいという意見もあるのですが、慣れてくれば文脈でわかるようになるんじゃないかなと思っていて。
あとは順番はどちらが先でも良くて、情報として同時に認識していく、大きな川に流されていくような感じで読んでもらえたらいいなという思いもありました。
その大きな川の流れのなかに、同時に可愛いものとか綺麗なものもたくさん流れているから、自由に手に取って見てみてね、という感じで、小物やインテリア、お洋服なども入れていく。
青年向けの作品では、そこまで可愛いものやインテリアにはこだわらないというか、作品によってキャラクターの設定に従うという感じなんですよね。
例えば『ハッピー・マニア』の主人公は、洋服にはある程度お金をかけるけど、インテリアのセンスはあまりないしこだわりもないので、特に部屋をおしゃれにすることはありません。むしろ流行が終わって行き場を失ったふなっしーのぬいぐるみをクローゼットに入れていたりします。
シュガルンの場合は魔法の世界なので、「主人公の収入的にこんなインテリアの部屋に住めるはずがない」などの整合性をとらなくてもいいのと、とにかくお部屋や生活のすべてが美しくて可愛いものに囲まれているという世界にしたかった。

「キラキラした綺麗なものが好き」というベースは、みんな同じようにあると思うんですよ。ただその基準が子どものうちは育っていない。
なんとなく玉石混交で、色のついた透明な石ならプラスチックでも本物のカラーストーンでも、どれも綺麗でどれも好きと思ってしまう。
もちろん個人差はありますし、プラスチックのストーン風パーツが悪いというわけではありません。
今は子どものお洋服やランドセルでも、センスの良いニュアンスカラーのものがたくさん出ていますが、シュガルンを連載していた当時は、どぎついピンクや彩度の高い紫など、パキパキした色の組み合わせが流行っていたんですね。
とにかく極端な色調のものが多くて、その方が目立つからなのか、人気もありました。
実際アニメ化の際も、原作者としてだいぶ強くお願いしたのですが、結局聞き入れてもらえず、ショコラとバニラの衣装はまさにどぎつい色になってしまったのは皮肉なことでした。あれは本当に悔しかったです。
しかし絵を描く者としては、すべての色が綺麗だと思っています。それが綺麗に見えないときって、おそらく組み合わせの問題なんです。
それで子どものうちにそういった極端な色の組み合わせしか選択肢にないと、それが基準になってしまう。店頭にそれしかなければ、選びようがありませんからね。
そんな流行を見ながら、中間色にも素敵なものがあるということを知らないで大きくなって欲しくないと思っていました。

ただそうはいっても漫画なので、表紙以外は白黒なのですが、少しでも色彩感覚を養ってもらえたらと思い、「うすみどり」とか「夕闇色」といった言葉を使い、出てくるものがどんな色をしているのか、どの色の組み合わせが美しいのかを、あえて言葉にするようにしていました。
そうやって漫画を読んでいるうちに、意識しないで呑み込むように美しい言葉にも触れてもらえたらいいなと考えていたのです。
読者がまだ基本のボキャブラリーが完成していない状態のため、親など周りの大人が言ったことやテレビで見聞きしたことを、そのまま使ってしまう。その子達の語彙の一部をつくっているんだということを、常に意識していました。そのため、特に事象を形容する言葉の選び方には気をつかいましたね。
日常にはない言葉であっても、言い換えずに使うようにしていました。
例えば「空気がかぐわしい」だったら、その前後の文脈で空気がいい香りなんだということはわかるから、「かぐわしい」はその延長線上にある言葉なんだってこともなんとなくわかる。
そこからその言葉がより一層美しい香りで官能的な香りであるということが、いつかわかればいい。
ただし全部の言葉を丁寧な美しい言葉だけにしてしまうと読者からは親しみを感じてもらえないし、何より読みにくい。
だから主人公のショコラの普段の言葉づかいは、結構乱暴です。それと対比させて、モノローグでは美しさを出すというようにしていました。

読みにくさや退屈さなどに関しての基準は、自分の子ども時代の読書が元になっています。
道徳的にとても正しい話は説教くさくて退屈だったりするので、私などは途中で読むのをやめたくなってしまう。反対に道徳的に正しいとはいえない主人公にも、譲れない思いや強い希望があると引き込まれていたものです。
そのほかにも、美味しそうな料理の描写や見たことのない景色、知らない国の風変わりな風習など、何が楽しかったか、どこに夢中になったかをよく憶えているので、自分もその当時の気持ちを思い出して描いていました。
なので今でも、当時の読者から「娘も夢中で読んでいます」というようなことを聞くととても嬉しいです。
そんな漫画が描けたことも嬉しいですし、「なかよし」という雑誌で仕事ができたこと自体が、作家として非常に貴重でありがたい経験でした。
今にして思うと、あの雑誌を窓口にしてあの年齢の女の子達のエネルギーをもらって、その夢を漫画にして返すという感じだったように思います。
今はウェブなどでも優れた作品を単体で読めることもあり、雑誌の存在意義が薄れていますが、私自身は雑誌があったからこそ描けた作品もあったなと思います。
シュガルンは絵が苦手で読まない、と当時もよく言われたのですが、それも雑誌の醍醐味というか。好きな漫画もあれば嫌いな漫画もある。
でも月刊誌って、小学生にとって決して安くはないお金をお小遣いから出して、月に一回の楽しみとして何回も何回も繰り返し読むものですよね。
「もったいないから嫌いだけど読もう」と思って読んでいくうちに、「あれ?面白いかも」となったりすることもある。
好きなものだけ単体で買えば無駄もないし不快なものに触れなくて済む。でも雑誌だと、そうではないものも目に入ってきて、なんとなく読んでいるうちに許容範囲が広がって精神的に成長する。
私自身もそうやって心が育っていったと思います。そういう意味で、何重にも「なかよし」には感謝しています。
協力 門倉紫麻
初出 安野モヨコ選集『シュガシュガルーン』2巻

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