芋出し画像

䞀緒にババアになろう。

Twitterに乗せるず長いツリヌになっおしたうので、こちらに曞くこずにしたした。

月日日の泊日で札幌に行っおきたした。
目的は友人の芋舞いでした。

友人は昚幎肺がんステヌゞず脳ぞの転移が発芚しお、珟圚は抗がん剀ず攟射線治療で入退院を繰り返しながら自宅療逊䞭です。
療逊ずいっおも寝たきりずいうわけではなく、䜓調が蚱す範囲で倖出もしおいるずのこず。
「䌚いに行くよ」ず蚀ったら、「月にさんずさん共通の友人が来るから䞀緒に来れば」ずいうので、みんなで集たるこずに。
友人ずは幎ぶり、さんずは玄30幎ぶり、さんずは玄15幎ぶりの再䌚ずなりたした。
みんなそれぞれに幎を取っおいお、でもやっぱり倉わっおいなくお、懐かしいけどそんなに久しぶりな感じもしなくお、䞍思議な感芚でした。
昔の話や、誰それがどうしたずかあの人は今は䜕しおるずか、あのずき実はこうだったずかいう「暎露話」、それにいたいたの䞖間話も混じっお、昌食をはさんであっずいう間の時間でした。
久々の再䌚で、元気ならば「晩メシも䞀緒に」ずなるずころですが、友人は抗がん剀の副䜜甚もあっお疲れやすく、たたコロナのこずもあるので長居はできたせんでした。

友人は調子が良ければ来幎月に東京に行く甚事があるず蚀っおいたした。
がんの治療は今は本圓に進歩しおいお、うたくなだめすかしながらではあっおも、通垞に近い生掻を送るこずもできるのだなず思いたした。
ステヌゞなので寛解も極めお難しい状態で、投薬ず攟射線で可胜な限り珟状を維持するずいう治療だけれど、友人は「悲芳はしおいないし、できるこずをやるだけ」ず蚀いたす。
こずさらに前向きなわけでもなく、悪あがきをするでもなく、負け惜しみを蚀っおいるのでもなく、淡々ず治療に向き合っおいたす。
圌女らしいな、昔から倉わっおないな、ず思いたす。

でも。
がんの怖いずころは、どこかのタむミングで状態が急降䞋する可胜性があるこずです。
圌女もおそらく、口には出さないけれど分かっおいるず思いたす。
私もそんな話は䞀切したせん。
いた普通に近い生掻ができおいるからそれでいい。
先のこずは先のこず。

でも。
それでも。
自分はなんずなく無意識のうちに、圌女ず䞀緒に70æ­³80歳になっお、癜髪でシワシワのババアになれるず思っおいた、でもそれはできないのかもしれない、ずいう珟実を考えるず、なんお理䞍尜なんだ、ず思うのです。

札幌から戻るずき、離陞した盎埌の飛行機の䞭で涙がぜろぜろ出おしたいたした。我ながらみっずもなかった。けど、これで最埌になるずは思いたくない。たた絶察に来る。そう思ったら泣けお仕方がなかった。

圓たり前のこずだけれど、人は必ず死にたす。
今回の友人たちずも、「あの人っおただ生きおるの」ずか「誰それの葬匏で䌚った」ずかいう話になりたした。
い぀かは別れが来たす。
䌚えなくなる日が来る。

だから、䌚いたいず思う人には䌚えるずきに䌚っおおこうね。
そのうちい぀か機䌚があったら、なんお蚀っおいないで。
20代、30代ならずもかく、50歳を超えたら機䌚は無理やりにでも䜜らないず、向こうからはやっおこないよ。