役員になると、相談できる相手が少し減る
昇進した日の夜、ふと感じた”静かな違和感”
役員に昇進した。あるいは部長になった、店長になった、リーダーを任された。
その日は、間違いなく嬉しい日だったはずです。長年の努力が認められた、そういう手応えがある。家族に報告して、ちょっといいお酒を開けたかもしれません。
でも、それから数週間、数ヶ月が経つうちに、多くの人がふと気づくことがあります。
「あれ、最近、誰にも本音で相談していないな」
これは、決して大げさな話ではありません。私はこれまで30年近く、経営者や組織のリーダーたちに取材を重ねてきましたが、肩書きが変わった直後にこの”静かな違和感”を口にする人は、本当に多いのです。部下には弱みを見せられない。上司には数字と結果しか報告できない。同僚だと思っていた人は、気づけば競合相手になっている。——いったい、誰に相談すればいいのか。管理職や執行役員クラスの人たちから、コーチングの現場で最もよく聞かれる言葉のひとつだといいます。
これは「友達がいない」という話ではありません。組織の中に置かれた、構造的な孤立なのです。
なぜ「相談できる相手」は減っていくのか
まず、この現象がなぜ起きるのか、少し整理してみましょう。
理由その1:部下には弱さを見せられない
チームの成果が出ても、上司の立場だからと手放しでは喜べない。逆に苦境に陥っても、部下に弱音を吐くわけにはいかない。周囲には人が大勢いるのに、心の内を打ち明けられる相手がいない——そんな”孤独なリーダー”の姿は、管理職研修や取材の場で繰り返し語られるテーマです。
経営層に対しては「進捗が厳しい」「このゴール設定は無理がある」とは言いにくい。部下に対しては「自分も迷っている」「怖い」という本音を見せることで、マネジメントの権威が揺らぐと感じてしまう。上にも下にも本音を言えない、まさに”サンドイッチ状態”です。
理由その2:肩書きが上がると、フィードバックの質が変わる
これは意外と語られない点ですが、非常に重要です。地位が上がるほど、周囲から届く声は”当たり障りのない意見”に変わっていきます。360度評価のコメントは丁寧に言葉を選ばれ、タウンホールでの質問は「安全だと思われたもの」だけが選ばれる。1on1での発言も、部下が「上司が聞きたいだろう」と思う内容に寄っていく。
つまり、意思決定の重みは増していく一方で、自分が本当にどう見られているかという正直な情報は、むしろ減っていくのです。
理由その3:数字が語ってくれる、“孤独”のリアル
これは感覚論ではなく、実際にデータでも示されています。
海外のある調査会社(RHR International)が経営者を対象に行った調査では、CEOの約半数が、自身の役職において孤独を感じたことがあると答えており、そのうち6割以上が「その孤独感が自分のパフォーマンスに悪影響を与えている」と回答しています。
日本国内でも、状況は似ています。ある調査では、中間管理職の約3割が「仕事上の悩みを相談できる相手がいない」と回答し、別の調査では管理職の6割以上が「職場で孤独を感じる」と答えています。その主な理由として挙げられているのが、まさに「上司と部下の板挟み」です。
さらに興味深いのは、スタンフォード大学ビジネススクールが実施した調査結果です。CEOのほぼ全員が「コーチングやアドバイスを受けるのは有益だ」と回答しているにもかかわらず、実際に外部のコーチや相談相手からアドバイスを受けているCEOは、全体の3分の1程度にとどまっているというのです。
つまり、「相談したい」という気持ちがないわけではない。「相談できる仕組みや相手を、自分から作りに行っていない」だけなのです。
一人で判断し続けると、何が起きるのか
相談相手がいない状態で判断を重ねていくと、どうしても過去の成功体験や、慣れたやり方に頼りやすくなります。別の視点があれば避けられたはずのミスや、早めに気づけたはずの問題も、一人で考え続けていると見落としやすくなる。厄介なのは、判断が偏っていることに本人がなかなか気づけない点です。結果が伴わなくなってから、初めて自分の視野の狭さに気づく、というケースも少なくありません。
これは経営者だけの話ではありません。チームリーダーになったばかりの人、PTAの役員を任された人、地域のコミュニティで代表を務めることになった人——立場が変われば、誰にでも同じ構造が生まれます。「決める人」になった瞬間、相談できる相手の”数”ではなく、“質”が変わってしまうのです。
それでも、孤独は”弱さの証拠”ではない
ここまで、かなり厳しい現実を書いてきました。でも、私が30年の取材で確信していることがひとつあります。
この孤独は、あなたが間違った道を進んでいるサインではなく、むしろ”責任を引き受けられる立場まで来た”という証拠だということです。
責任のない立場であれば、この孤独は生まれません。誰にも相談せずに決めても、失うものが少ないからです。逆に言えば、相談相手が少しずつ減っていく感覚は、あなたがそれだけ大きな決断を任される存在になったことの、静かな裏返しでもあるのです。
相談相手を、もう一度”つくる”ためにできること
大切なのは、この孤独を「仕方のないもの」として抱え込まないことです。実際に、多くのリーダーたちが取り入れている方法があります。
1. 守秘義務のある”外の相手”を持つ
社内の人間関係では担保できない安全性があります。経営層への不満や、自分の迷い、弱さ。これらを安心して口にできる場があるだけで、孤独感は大きく解消されると言われています。プロのコーチや、社外のメンターはこの役割を担ってくれます。
2. 「答えをもらう」ではなく「考えを整理する」場だと捉える
相談というと、つい「解決策をもらう場」だと思いがちです。しかし実際に効果があるのは、「自分の中にある答えを、話すことで引き出してもらう場」であることが多いのです。話すことで、こもっていた緊張がほどけ、答えが出なくても「聞いてもらえた」というだけで前に進めることがあります。
3. 同じ立場の人と、意図的につながる
社内で相談できないなら、社外に目を向ける。経営者同士の交流会や、同じ職位の人が集まる勉強会など、“同じ景色を見ている人”との接点を、意図的に作りにいくことが大切です。一人で抱え込まなくていい、という感覚そのものが、判断の質を支えてくれます。
4. まずは一つだけ、小さく始める
対策は、いきなり全部やる必要はありません。「気軽に話せる交流会に一度顔を出してみる」「信頼できそうな社外の先輩にメッセージを送ってみる」——そのくらいの小さな一歩でいいのです。
相談相手が減った分、あなたは進んでいる
「役員になると、相談できる相手が少し減る」
これは、多くの人がぶつかる現実です。でも、それはあなたが弱いからではなく、あなたが引き受けられる責任の大きさが変わったからです。
そして、孤独を感じているということは、あなたがまだ、ちゃんと自分の判断に真剣に向き合っている証拠でもあります。もし今、「最近、誰にも本音で話していないな」と感じているなら、それは立ち止まるサインではなく、次の一歩を探すタイミングなのだと思います。
大きな相談相手を、今すぐ見つける必要はありません。まずは一人。今日話せそうな誰かに、少しだけ本音を漏らしてみる。そこから、また少しずつ、あなたの周りの景色は変わっていくはずです。
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます! 