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鶯谷(うぐいすだに)幻影 2026年夏

【鶯谷幻影】① 
東京・上野公園に近い鶯谷。「オールナイトニッポン」で笑福亭鶴光が「うぐいすだにミュージックホール」(作詞作曲・山本正之、1975年)を番組内での売りにしたことから、全国に知られる地名となった。駅裏に広がるラブホテル街の猥雑さを拡張させて歌のイメージにしたのだろう。しかし調べてみると、これらのホテルは戦後に大量に流入した東北からの出稼ぎ労働者や集団就職向けの簡易宿舎に源流があるらしい。

【鶯谷幻影】②
東北本線で上京すれば、鶯谷は上野の一つ手前。そこに戦前の近代日蓮主義を確立した田中智学の「国柱会(こくちゅうかい)」という在家仏教団体の教育道場があった。宮沢賢治も親に内緒でそこで下足番などをしながら修行をした。日蓮主義の特徴は徹底した此岸主義にある。よって「あの世」ではなく「この世」での法華経の実践が重視される。時には他宗を認めない排他主義ともなる。石原莞爾ら軍人にも多くの共鳴者を作った。寺内大吉『化城の昭和史 二・二六事件への道と日蓮主義者』は必読の書である。

【鶯谷幻影】③ 
最近できた高輪ゲートウェイ駅を除けば、JR鶯谷駅は山手線の中で乗降客が一番少ない。上野公園に近い南口の駅舎には戦前のたたずまいが残る。駅前の小さな広場を左に出ると幾本もの鉄路をまたぐ橋があって、そこを渡り下りれば、かつての「国柱会」教育道場や機関紙を発行した「天業民報社」があった。血盟団(井上日召)や「死のう死のう団」(江川桜堂)など昭和史の「怪物」に、国柱会は大きな影響を与えた。

【鶯谷幻影】④ 
一方、鶯谷駅は日本の新左翼運動においても、内ゲバの舞台となっている。①1973年9月17日朝、駅構内に集まっていた中核派(約150人)を武装した革マル派(約80人)が襲撃し、集団戦となって電車を止めた②2000年8月30日、駅南口で明大生協従業員組合書記長(女性)が殺された。革労協(社青同解放派)の正統性を名乗りあう者同士の陰惨な内ゲバ殺人であった。解放派関連では真鶴駅や赤羽駅などでも内ゲバ事件が発生している。明治大学はこれらの事件を受けて、その拠点となっていた明大生協を解散させ、キャンパスから新左翼諸団体を追い出すことに「成功」した。

【鶯谷幻影】⑤止
鶯谷駅北口を降りると、入れ替わりに南アジア系の若者が集団で改札を通って中に入って行った。近くに日本語学校でもあるのだろうか。梅雨が明けて猛暑の東京。国柱会ーー宮沢賢治ーー近代日蓮主義ーー新左翼党派の内ゲバ。アスファルトから立ち昇る陽炎(かげろう)の中から、脈絡のない幻影が立ち昇った。一夜を過ごしたゲストハウスの隣のベッドも南アジア系男子。ハンガーに白いカッターシャツをかけていた。就職活動用だと彼は言った。鶯谷はこうして生き残っていくのだろう。

(写真はGoogle Gemini で作成)


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