君が去ったあとは
夏季休暇が終わり、社会人2年目の息子が職場のある町に帰ってしまった。
息子は4日ほど家にいた。何をするでもなし家の中をうろうろしたり、ギターを弾いたり、筋トレしたり、ロシア語検定の勉強をしたり、音楽を聴いたり、耳カスを取ったり。
息子がいなくなると、やはり淋しい。
毎回、息子が帰ると淋しい。
夜中にトイレに起きて、息子の部屋のベッドに息子がいないのを確認して、ああ、帰っちゃったんだと、悲しくなる。
玄関の靴が一足少ないだけで、妙に悲しくなる。
小学校の時の、初めての見学旅行ほどの淋しさではない。
大学進学で、遠く東京に行っちゃった時の悲しみの比でもない。
社会人になって、本当に家を出たんだなと実感した時の虚しさに比べれば屁でもない。
だが、やはり淋しい。
だんだん、慣れてきたけれど。
大学時代、僕は実家に帰るのが嫌だった。
父は転勤族だから、すでに高校時代に住んでいた場所でも家でもない。
ふる里ではない家に帰る。
僕が帰っても友だちはいない。
行くべき懐かしい場所もない。
家には自分の部屋もない。
自分のいる場所が探せなくて居心地が悪かった。
茶の間でテレビ見て、どこに行くでもない、3食、食事をするだけだ。
食事をしに帰ってるみたいだった。
父と母は僕と食事をするのが楽しみだったんだろう。
たくさん食べさせたがった、昔のように。
親の愛情表現。
「今日、何食べたい?」
僕は食べたい物が特になかった、いつも。
僕が言うセリフは決まっていた。
「何でもいいよ」
母は眉を寄せて困ったように笑い、
「じゃ、ジンギスカンにしょうか、野菜たっぷり入れて」
いつものジンギスカンになる。
メニューは僕に聞くまでもなく、いつもすでに決まっていた。
「なに?それだけしか食べないのかい?」
これでもかこれでもかと食べさせられる。
せっかく作ってくれるご飯だ、これでもかと僕は食べる。
家でゴロゴロしているだけだからおなかは空かない。
朝、昼、晩。
食べ続けるのが苦しくなる。
お腹いっぱいになる親の愛情。
帰る前から「3泊しかしないから」と母に確認しているのだが、帰る日の前夜はきまって
「えー、明日帰るのかい?もうちょっといればいいでしょ」と、母は、そんなことは聞いていないと怒る。
帰りの切符は既に買ってある。
予定の変更など出来ないし、する気も無い。
これ以上は食べられない。
これ以上は母の言葉を受け入れられない。
溜まっていく胃のもたれとストレス。
帰る日の前夜はいつも険悪な雰囲気になった。
当日の朝も母が言う。
「もう一日いれば良いのに」
喧嘩別れをするように僕は家を去った。
気持よく別れようとしたが、毎回同じことになった。
実家に帰るのが苦痛だった。
僕が幼な過ぎたのだろう。
親になった今なら痛いほど分かる。
母の気持。
喧嘩別れした後の母の思い。
親不孝な息子だ。
息子が休みで帰ってきたら、いつも同じことを聞く。
「今日、何食べたい?」
息子の答えは、いつも同じだ。
「なんでもいい」
昔の僕と同じだ。

