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お土産が選べない

人生で2番目に苦手なのが、お土産を買うことだった。お土産を買うのが好きな人が信じられない。 

子供の時から苦手だった。
小中学校の修学旅行で、家族にお土産を買った記憶はない。
家族もお土産なくても何も不平は言わなかった。
さすがに高校の時の見学旅行では、母に泣くほど頼まれて、隣に住んでいた母の姉に京都のお茶を一つ買ってきたけど、母にも父にも兄にもお土産は買わなかった。もちろん自分にも。
お土産なんて、いらないだろ。

お土産に意味を見いだせなかった。


お土産を買わなければならないと思うと、旅行に行く前から憂鬱になった。働くようになると、職場にお土産を買わなくてはいけないことになった。みんなが、出張のたびにお土産を買ってくれるのに、僕だけ買わないという鋼のような固い意志は若い頃の僕にはなかった。

問題は「誰に買うべきか」だ。お土産をあげる対象の線引きが難しい。全員にあげるか、全員にあげないかならわかるのだが、あげる人を決めなければならないから、とても悩ましい。

職場には結構な数の職員がいる。全員に買えるほどのお金の余裕はないし、持って帰ってくるのが億劫だ。僕は手荷物を多くしたくない。荷物は極力少なくしたい。なんなら、手ぶらで帰りたい。

何個お土産買えばいいのか悩み、お店で指折り数え、時間が迫り汗をかきながら、お土産を選ぶ。
大抵、帰ってから数が足りなくて落ち込む。

何を買うのかも困る。僕にはお土産を選ぶ能力が、全くない。毎回ステキなお菓子を買ってきてくれる人のセンスが羨ましい。
「こんな物買っても喜ばないよな」
「何、このお土産!ダッサ!」
土産選びのセンスのなさが露呈することに恐怖を感じた。
それを思うと、憂鬱になった。

子供にはお土産を買えた。
出張のたびに息子にお土産を買った。
息子は「なんでもいい」と言うが、
息子が喜ぶものを必死で探した。

戦隊物の光る剣
カーズのミニカー
ボルトで作られた人形
手巻のミニオルゴール
必勝の文字のお守り
合格祈願のしゃもじ

息子にお土産を買うのが楽しかった。

喜ぶ顔がみたいから。

息子にお土産を買うようになってからだ、お土産が苦にならなくなったのは。

人が喜ぶ顔を見たくなったからかもしれない。

相変わらず、お土産を買うのは面倒くさいけど、
お土産の苦手指数は17番目ぐらいに落ちた。


今日の妻の一言

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