五徳事件
今日はわが家の『五徳事件』の話をしよう。
息子の高校進学を機に、亡くなった両親の実家をリフォームして住んでいる。もう10年近く前になる。昭和の終わりに建てられた家だからかなりガタが来ていた。
リフォームする際に妻が要求してきたのが水回り。外観とか内装とかは気にしないけれど、トイレ、キッチン、お風呂の水回りだけは自分の好みにしてほしいという妻に全て任せた。妻に無理を言って決めた実家暮らしだ。多少の無理は受け入れざるを得ない。キッチンにはかなりのお金をかけた。「軽自動車一台分ぐらいの値段ですよ!」とリフォーム業者はつまらない冗談をしつこく言っていた。
その日、妻が外出中だった。僕が息子と食べる夕食の準備をした。息子と食べる夕食は決まって焼きそばだ。マルちゃんの麺が3つ入っているソース焼きそば。豚バラを炒め、キャベツと刻んだニンジンとピーマンを投入して麺と少々の水を入れ、粉末の魔法の粉を加えれば誰でも作れる優れものだ。
問題はガス台が油でギトギトになることだ。粉末ソース、キャベツやニンジンのかけらがガス台にこびりつく。すぐに拭かないと乾いてからでは遅い。いつもは、ついつい後回しになる。夕飯が終わって、皿を洗う段になってから拭き始めるものだから、こびりついて掃除するのに難儀する。
キッチンを新しくしたばかりだ。油でギトギトになったガス台を見たら妻の機嫌が悪くなるのは確実だ。僕はでき上がった焼きそばの入ったフライパンを脇に寄せ、ガス台を台拭きで拭く。妻が帰宅する前にミッションはクリアせねばならない。僕はできる男だ。
五徳の隅の汚れがなかなか取れない。妻が帰ってくる時間が迫る。ここに汚れが残っていていつも文句を言われる。掃除は隅が肝心。今日はメッチャ綺麗にして鼻高々で妻に自慢してやるぜ。取り外しの効く五徳なので左手でぐいとつかむ。
ん?
ん…
五徳をつかむ左手に感じたことのない違和感。
冷たい?
痛い?
いや!熱っっいーーーーーい!!!!
焼きそばを作っていたので、五徳は熱く熱せられていた。
やべ!
熱いじゃん!
火傷だ!
でも、今五徳を手放すとガス台が傷ついてしまう。
軽自動車一台分の値段だ…
車に傷つけちゃう…
妻の激怒する顔が目に浮かぶ。
…僕はゆっくりと五徳を元の場所に戻す。
僕の左手にはしばらく五徳の形がくっきりと残ることとなった。
これが、わが家の『五徳事件』だ。

