「ドローン戦争」という錯覚――ウクライナ戦線における榴弾砲の不変の中心性FPVの映像に隠れて見えにくくなった砲兵戦の実相

Ⅰ.イメージと実態の乖離

連日報じられるFPVドローンの一人称視点映像、SNSに溢れる戦車炎上の動画、そして「ドローン戦争」という呼称。ウクライナ戦争の現状について、一般読者のみならず一部の専門家までもが、戦場の主役はもはや無人機に移行したかのような印象を抱いている。新聞・雑誌の論説でも「砲兵の時代は終わった」「次の戦争はドローンが決する」といった筆致が目立つようになった。

しかし戦場の実態を統計的に追跡すると、別の像が浮かび上がる。死傷者の発生源としても、地形を制圧する火力の中核としても、依然として戦場の主役は榴弾砲である。本稿は、令和8年5月時点の最新データに基づき、この点を改めて確認したい。

Ⅱ.死傷者統計が示す榴弾砲の支配的地位

英王立防衛安全保障研究所(RUSI)の推計によれば、ウクライナ側死傷者の約7割は砲撃に起因し、特定の局面では8割に達する。ロシア軍の砲弾消費量は1日平均1万発、ピーク時には3万6000発に及ぶ。この4年間の戦争において、砲兵とドローンが合わせて死傷者の8割超を生み出してきたが、両者の殺傷様態は本質的に異なる。

砲兵は面制圧効果で密集する兵員を一挙に殺傷し、防御陣地・指揮所・補給線を機能停止に追い込む。これに対しFPVドローンは分散した個別目標を狩り出す「狙撃」型の運用である。戦場の物理的支配を決定づけるのは依然として前者であり、後者はその間隙を埋める補助的役割に留まっている。両軍合計で約200万人とされる死傷者のうち、その大半を生み出してきたのは砲兵であるという事実は、いかにドローンの映像が戦場の象徴的イメージを支配しようとも、動かしがたい。

Ⅲ.なぜ砲兵は代替不能なのか――技術的分析

砲兵の優位性は単なる慣性ではない。

第一に、全天候性。FPVドローンは雨雪や強風下では運用できず、ロシア軍はしばしば悪天候下で攻勢を強める戦術を採る。砲弾にこの制約はない。

第二に、対抗手段への耐性。ドローンは電子戦による妨害、ネットの物理的捕捉、各種の防御火器で撃墜される。実際、現場では電波妨害が高度化したため、有線制御の光ファイバードローンが新たに投入される事態となっている。これに対し、飛翔中の砲弾を迎撃することは極めて困難である。

第三に、コスト効率。155mm砲弾1発は数千ドル程度で、片道攻撃ドローンより高価ではあるが、重量当たりの破壊力で大きく上回る。

第四に、信頼性。標準的な155mm榴弾は複雑なソフトウェアやエレクトロニクスに依存せず、極限環境でも作動する。戦場の混沌の中で、この信頼性は何物にも代えがたい。

第五に、心理効果。持続的な砲撃の心理的圧迫は、消耗戦における不可欠な要素として古くから認識されてきた。

要するに、ドローンの拡散はウクライナ側の砲弾不足を補う「応急的措置」として理解すべきであり、根本的に優れた解決策ではない。米国の軍事専門誌Small Wars Journalの分析が指摘する通り、両軍ともドローンを大量展開しながらも、並行して砲兵能力の再構築に積極的に取り組んでいる。「ドローンが砲兵を代替する」という命題は、戦場の現実によって日々反証されているのである。

Ⅳ.ハイブリッド構造としての現代砲兵戦

注目すべきは、ドローンと砲兵が代替関係ではなく補完関係にあるという点である。

ウクライナ国産の牽引式155mm榴弾砲Bohdana-BG(52口径砲身、最大射程41km)は、令和8年に入り前線部隊で本格運用が始まった。第147独立砲兵旅団のある師団参謀長は、この砲を「狙撃銃のようなものだ」と評する。砲兵班は目標座標受領から初弾発射まで約6分、その後はドローンによる継続的な弾着修正のもと毎分1〜2発のペースで精密射撃を続ける。同砲は複数のドローン攻撃を受けても数日で復旧したという耐久性も報告されている。

すなわち、偵察ドローンが観測手として機能し、長砲身高精度榴弾砲が「狙撃銃」として運用される――これが現代砲兵戦の新たな姿である。砲兵がドローンに置き換えられたのではなく、ドローンが砲兵の精度を飛躍的に高める観測手段として組み込まれた、と見るのが正確である。

さらに令和8年4月には米国製M110 203mm自走榴弾砲がウクライナ第52独立砲兵旅団に供与され、200ポンドの巨大砲弾をロシア軍の高価値目標に投射し始めた。ベトナム戦争初期に開発された60年以上前の兵器が現代の戦場で効果を発揮している事実は、砲兵という兵科の本質的価値が技術トレンドに左右されないことを物語る。新型ドローンが日進月歩で投入される中、半世紀以上前の重砲が依然として戦場で求められているという光景は、軍事技術論において看過しがたい逆説である。

Ⅴ.戦訓の正確な抽出のために

「ドローン戦争」という呼称は誤解を招く。ウクライナ戦線で起きているのは、砲兵を中核としつつドローンが偵察・修正・補完を担うハイブリッド戦闘構造の成立である。

この事実は、軍事的トレンド分析の方法論にも一定の含意を持つ。SNSに流れる映像は、視覚的に印象的なものに偏向する。FPVドローンの一人称攻撃映像は強烈であり、無数に流通する。これに対し、砲撃による死傷は地味で、映像化されにくく、統計を通じてしか可視化されない。視覚的に派手な兵器が、必ずしも戦場で支配的な兵器であるとは限らない――この当然の事実が、SNS時代には逆説的に見失われやすい。

我々が戦場の実態を理解しようとするとき、視覚的バイアスを補正する努力が不可欠である。「次の戦争」に備える議論において、流行に飛びつくのではなく、戦場の物理的現実に基づいた冷静な分析が求められる。

いいなと思ったら応援しよう!