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第1話 苔むす石垣、交差する生き様―小谷城

 子どもの読書が絵本や漫画から入って挿絵のない小説に進むように、城好きの興味も分かりやすい天守閣のある城から、想像力を働かせるしかない城跡へと移っていくことがままあるようだ。
 
 近江の国、浅井一族の「小谷城」は子供の頃に訪れていたら、私の心に残ることはなかったかもしれない。浅井長政やお市の方の悲劇の物語を何度も刷り込まされたからこそ、まぶたの裏に情景を浮かべながら、息を切らして登る価値がある。

本丸付近


 
 「追手道」とは名ばかりの、木の根っこが幾重にも絡まった急な山道を登っていくと、一気に景色が開ける場面に出る。眼下には織田信長が陣城を築いた虎御前山。その先には琵琶湖が広がる。
 
 広く掘削された本丸跡、浅井長政が自刃した赤尾清綱の屋敷跡。木下藤吉郎(のちの豊臣秀吉)が城攻めの突破口にした京極丸から谷間側をのぞき込めば、生い茂る木々の向こうが急斜面になって一気に落ち込んでいる空気を感じる。こんな地の底のような場所から急に木下隊が現れたときの浅井側の衝撃と絶望感―。それは現地に立って見ないと分からない。

京極丸の虎口跡。漫画「センゴク」ではここの攻防が描かれる


 
 なぜ、信長を裏切ったのか―。その論争は皆様に任せる。27日に京極丸と父・久政が住む小丸が落城。28日はお市と茶々、初、江の3姉妹を信長の下に帰した。
 
 その翌日に長政は家臣の片桐孫右衛門直貞に感謝を伝える以下の感状(手紙)を与えている。
「このたび我が小谷城は思ってもいなかったことに、この本丸一つを残すのみとなってしまった。並々でない事情で籠城したが、あなたの忠節は抜きんでており、他に比類ない覚悟であり、感謝のしようがないほどだ。多くの家来が城を逃げ、織田に降伏したが、あなたの無二の振る舞いは言い表せないほど素晴らしい」

浅井長政、自刃の場所


 この直貞は、「賤ヶ岳七本槍」の一人、片桐且元の父であり、18歳の彼もこの籠城軍に中にいたと伝わる。また同じ七本槍の一人、脇坂安治の屋敷は小谷城に通じる間道の麓を守るように跡が残る。藤堂高虎も近隣の出身で、若い頃は浅井家に仕えていたが、このときは秀吉の配下として城攻めに加わっていたと伝わる。
 
 まだ若かった彼らがどのような思いで、燃えさかる小谷城を眺めながら、心の中に何を誓ったのか。そんなことに思いを馳せさせる苔むし、崩れかけた石垣がこの城の魅力でもある。


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