おぼれかけた博士は X JAPAN のようなポーズをしながら「もうダメ」と言った
昔から出張が大好きである。ちょっと長い出張で週末をはさんだりすると、地方によっては時間をつぶすのに困ることもある。でもその逆に、週末をはさむとラッキーな事がある出張もある。
とある仕事で取引先の技術者の男性と同行して沖縄に出張した時のことである。その人とは、俺がその業界で仕事をはじめたばかりで右も左もわからない頃に知り合った。業界内情や製品技術など様々なことを教えてくれて、私とってはいわば先生のような存在だった。
私達の年はその頃15くらいは離れていただろうか(ということは今でもそうだが)。工学博士の肩書きも持っているのにガチガチの技術者ではなく、いつもニコニコとして気のいいオジサンだった。しかし、わからないことがあり尋ねると何でも知ってる超博識の頼れる人だった。
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その出張で、俺と博士(仮名)は他数名の出張者と共に那覇のある現場で金曜日まで一緒にトラブル対策をしていた。しかし最終日の夜になっても解決することができず、結局、翌週の月曜日にまた現場に入らなければならなくなったのだった。
那覇に残ったのは、博士とそのアシスタント的女性、我が社からは俺と後輩の合計四人だった。その夜は国際通りの居酒屋で一緒に食事をしたのだが、「もうジタバタしてもしょうがないので週末はゆっくりしましょう」という話になった。
そこで、私はふと思いついて「週末なんですが、もし良かったらダイビングしませんか」と誘って見たのである。俺は博士に世話になっていたので、かねてから何か恩返しがしたいと思っていたのである。
すると博士より先に、俺のそんな男心を知らない俺の後輩が「え、まじっすか! やった! でも初めてなんで緊張するなあ!」などと言って自分の頬っぺたを両手でペチペチと叩き始めたのである。
おいおい「うひょー」とか言っているが、お前に聞いているのではないのだ。
こいつ危ないなと思いながら、「お前、間違っても出張報告とかに書くなよ」と俺が言うと、「そりゃそうっすよ、うーん、でもやったー!」などと言いながら、もう空中を泳ぐ幻の魚を追うような目になっているのである。
しかし、それで雰囲気が盛り上がったのが良かったのか、泡盛が入っていたせいなのか、博士も「それは面白そうですね!」と上機嫌で乗ってきたのである。もともと何にでも興味旺盛な人なのだ。アシスタント嬢もダイビング経験者とのことで喜んで参加すると言ってくれた。
俺は、これは面白いことになったなと思いながら、その場で急いでダイビングショップに電話をして4人分の予約をしたのだった。機材レンタルも全部込みなので、タオルと水着さえあれば大丈夫とのことだった。
博士はスノーケリングしかしたことがないというので、今回は体験ダイビングのコースにした。たしか昼飯つきで、一人一万円でおつりが来る感じだったと思う。体験ダイビングならば潜る水深はせいぜい3~5メートル、最高に深くても10メートル以内だから安心だった。
食事の帰り道に、皆でブルーシールのアイスクリームを食い、国際通りに並ぶ店で適当な安い水着とビーサンを買ってホテルに帰ったのである。俺もその頃は三度の飯よりダイビングが好きな時期だったのだが、仕事仲間と潜るのは初めてなので更に楽しみだった。
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さて翌朝、朝飯を食ってホテルのロビーで待っているとダイビングショップのボッコボコのハイエースワゴンが迎えに来た。途中途中でいくつかホテルに寄って客を拾い最終的に全部で10人くらい乗っていただろうか。夫婦連れや若い友人同士の旅行者が多かった。
海辺のショップについて、一通りの事務手続きと基本的なダイビング機材の操作などのガイダンスをすますと、借り物のウェットスーツに着替えてそのままボートに乗り込み早速出発である。博士もいつもの笑顔である。
しかし、その日は波が強かった。ボートで沖へと進んだがその間もとにかく揺れる揺れる。ポイント(潜る場所)につくとボートはアンカーにつながれたが、まだまだ大揺れである。そんな船上でダイビング機材の準備をするわけだが、BC(あの上着見たいに羽織る機材)にタンクをつけたり、腰にウェイトベルトを巻いたり、慣れないと結構面倒な作業である。
その最中にもボートは海に浮かぶ枯葉のように大きく揺れ続け、早くも船尾で海に向かってゲーッと上げている人もいた。
陸上でさえ、機材の準備というのは慣れていないと結構厄介なものだが、こんなに揺れているとたまったもんではない。博士もやや不安そうな顔をしながら機材の準備をしていた。俺が「水に入ってしまえば天国ですよ」と伝えると、博士は少し堅い表情で笑った。
そして皆の準備が整い、揺れるボートの上でよろけながら何とか機材を背負ってひとりひとり順番に海面へと飛び降りた。
海に入ると、全員が揃うまでボートから張られたロープにつかまって水面に浮いて待っているわけだが、その間も、とにかく激しく上下に揺れる。目の前の水平線が見えたり見えなくなったりするレベルである。
(せっかく博士の初ダイビングなのになあ)
俺は誘った手前、この天気を恨めしく思った。
しかし大変なのは本当に水面だけなのである。一旦、海に入ってしまえば水面下は、それはそれは静かなパラダイスであることを俺は知っていた。海はいつも水面の方が怖いのだ。
そしてしばらくして海面に皆が揃い、ガイドが水面のみんなに潜行(水面から水中に潜ること)の合図を出すと、事前に説明を受けていた通り、みな三々五々に潜行を始めたのである。体験ダイビングでは海底へと続くロープを握りながら潜って行くパターンが多い。皆、なんとかロープをたどりながら水中へと消えていった。
博士も何度かトライしていたのだが、頭が水に潜ったあたりで、また水面に戻ってきてしまうのである。何度やっても潜っていけないようだった。これ、良くないパターンである。
また、遅れていると思うと心理的に誰でも焦り始めちゃうものである。たぶん息が上がって肺が大きくなったままなので沈めないのだ。俺は博士のそばに行き「ゆっくり行きましょう」と声をかけたが、博士はもう何を話しかけても固い表情でうなずくだけになっていた。
そしてその後も大きく揺れる波の中で何度も潜ろうとしてくれたが、最終的に苦しそうな顔でこちらを向いて「これ以上無理」というような表情を浮かべると、X JAPANのようなポーズで「ダメ」サインを出して「クリストファーさん(←実際は本名)、今日は止めときます」と言ったのだった。
俺はどうしようか迷った。(無理しちゃいけないけど、これで終わったら絶対ダイビング嫌いになっちゃうよなあ。悪い日選んじゃったなあ)と思ったのである。
俺はちょっと迷いながらも博士の横に行き、「いやいやダイジョブっすよ、ダイジョブ。急ぐ必要ないんでゆーっくり深呼吸しましょう」と言って見た。
朦朧とした目つきで俺を見つめる博士。
急かすのが一番良くないので博士の傍らで何気ない感じで過ごす俺。
するとである、しばらくしたら、それまでの博士の遠い目が、しっかりした目に戻ってきた。チャンスかもしれない。
「じゃ一回息を全部最後まで吐きながら、バンザイして見ましょう」
俺がそう言ってみると、博士は素直に言うとおりにしてくれたのだ。このあたりがこの博士の偉いところなのである。
実は腕を宙に挙げると腕の重さで水の中に潜って行き易くなるのである。人間の腕って結構重いものなのだ。
そのまま博士はスルスルっと水の中に潜っていった。
(おおお、よかった)
俺もそれに続いた。水の中は、水面からは想像もつかないくらい穏やかだった。水面で聞こえていた「ザッパーン、ザッパーン」という東映映画のオープニングのようなおっかない音ももう聞こえず、あたりは静寂に包まれていた。
博士を見ると、ロープを伝わりながら順調に水深を下げていった。俺は博士の目の前に回りオーケーサインを出して見た。水中ハンドシグナルで「大丈夫?」の意味である。すると博士からもオーケーサイン(大丈夫!)が返ってきた。マスクの中の目も、心なしか嬉しそうだった。よかった、よかった。
そして、水深5メートル程の深さではあったが海底につくとその後は、色とりどりの魚にソーセージで餌付けしたり海底のナマコを拾ったりして楽しく過ごしたのである。博士はもう落ち着いた様子だった。逆に、その横で俺の後輩が逆さになって水中を漂い、海底に頭をぶつけているのが見えた。
そして、そうこうしているうちに、あっという間に時間が経ち、ガイドから皆に向かって「浮上」のハンドシグナル(親指を立てるやつ、いわゆるサムアップ)が出された。つかのまの海中遊泳を楽しんだ我々は、それを合図にまたロープをたどってボートに戻ったのである。
水面に出ると、また激揺れだったが、ここからはもう上がるだけなので皆余裕の様子だった。ボートの船尾のハシゴからよじ登って機材を下ろすと、博士の海水で濡れた天然パーマの頭が見えた。
博士に向かって「どうでした?」と声をかけると、博士はクルッと振り返り、子供のような笑顔で「いやあ、ほんとに海の中は天国でしたね」と言ったのだった。博士は、港に向かう帰りの船の上でも風に吹かれて気持ちの良さそうな顔をしてアシスタント嬢と話をしていた。
俺の後輩はと言えば、ボートに積んであるダイビング機材を指差し、「こういうの一式全部揃えるといくらくらいするんすかねえ」などと言って鼻の穴を膨らませていた。わかりやすいヤツである。クラゲのようにあちこちに漂ってぶつかっていたが、やはり楽しかったと言うことなんだろう。(その後ホントにダイビングを始めた)
ダイビングショップに戻ると真水でさっぱり体を洗って着がえてから、皆で美味しいご飯を食った。そのあとは参加者みんなで車座になって、のんびりログブックを書く時間だった。ログブックと言うのは、どこのポイントで水深何メートルで何分潜ったというようなざっとした記録と、見た魚の絵や感想などを書くダイビング用の小さなノートなのだが、博士の書いたログブックを見ると、さすが工学博士、潮の流れや地形など非常に詳細なことがビッシリと書き込まれており、博士のログブックだけ学術論文のようだった。
***
しかし、今考えればあの時点で博士もかなりいい年だったのである。事故でもあったら大変だった。今考えると冷や汗ものであるが良い思い出である。
博士は今では既に引退して山の方に引越し、悠々自適の生活をおくっているのだが毎年年賀状でその様子を知らせてくれている。
俺はそれを見る度に、あの船に上がった時の博士の嬉しそうな笑顔を思い出すのである。
(了)
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