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あ、あなた凄い手相してますよ! 詳しく説明しますので、ちょっとこちらへ

街を一人で歩いていると色んな人に声をかけられることがある。ある時は呼び込みだったり、ある時は売り込みだったりというわけだが、皆さんはこんなセリフで話しかけられたことはないだろうか。

あの、実はわたし手相の勉強中なんですが、差支えなければちょっと手相を見せていただけませんでしょうか?

たいていの場合、低姿勢で感じの良い人である。場合によっては、何かを学んでいる人特有の澄んだ目がキラキラしてたりもする。少なくとも悪い人ではなさそうだ。そんな時の貴方の思考は次のどちらだろうか。

① お、ただで占ってもらえるのかな? ラッキー、ラッキー
② いやいや、さわらぬ神にたたりなし、くわばらくわばら

東京に出てきたばかりの俺は前者だった。
休日だと言うのにカッチリしたスーツを着ている好青年が、手相の勉強をしているのだと言いながら話しかけてきた時に、俺はこんな風に思ったのだった。

―― そうかそうか、なるほど。何事も修行が必要だもんなあ。手相かあ。感じいい人だし、俺の手相なんかで役に立つならお安い御用だな。ぜんぜん急いでないし、というかヒマだし。しかもタダで占ってもらえるんだもんな。面白そうだな。よーし、どうかいい運勢でありますように ……

そう、二十歳になったばかりの無垢な俺は非常にポジティブかつオープンな男だったのだ。

***

大学のキャンパスが移るのを機会に、それまで住んでいた学生寮を出て東京のアパートで新生活を始めたばかりのある日曜日、俺は最低限の家電製品を揃えるために秋葉原の街を歩いていた。今でこそオタクや地下アイドルの聖地となった秋葉原だが、昔はメイド喫茶などもなく、純粋な電気街だった。何か電化製品が欲しい時はまず秋葉原に行くと言う時代だった。

都会での一人暮らしを始めた俺のモットーは「来るものは拒まず」だった。新しい環境での生活では、目にするものがすべて新しく、毎日が新しい人との出会いの連続だった。知らない事があれば、どんな事でも首をつっこんで、片っ端から経験してなんでも吸収してやろうというスタンスだった。

その男に声をかけられたのはそんな時だった。男は休日なのにちゃんとスーツを着ていたが、年齢は俺とほぼ一緒くらいだろう、実直そうな青年だった。少し恥ずかしそうに笑いながら俺に近づいてくるとこう言った。

ちょっといいですか? 実は手相の修行中なのですがもし差支えなければちょっと手相を見せて頂けないでしょうか?

俺が何と答えようかと考えていると男はこう続けた。

「ずっと先生について手相を学んでいるんですが、とにかくたくさんの人の手相を観るようにと言われているんですよ。でも、この春に働きはじめたので平日は時間がなくて、休日にこうして街に出ていろんな人の手相を観させてもらってるんです。おかげで最近は結構あたるようになってきたんですが、まだまだもっとたくさんの手相を観なければならなくて …… 」

秋葉原の万世橋の上で俺に話かけて来たその青年は、人の良さそうなあっさり顔をしていた。今で言えば星野源のようなタイプで非常に感じがよかった。

秋葉原での用事もほぼ終わり時間も余っていたのでちょうど良かった。大勢の学生寮暮らしから都会の一人暮らしになったばかりでちょっと人恋しくなっていた俺は、思わず「よろこんで!」などとチェーン居酒屋のバイトリーダーのような声を出しそうになったが、そこは新都会人らしくちょっと抑えてクールに「どーぞ、いいすよ」などと言いながら右手のひらを彼に向けたのだった。

おお、ありがとうございます。ふむふむ、なるほど。けっこういい手相ですね。
ん?
んんー?
んんんー?
こっ、これは凄い手相ですよ!

ゲン(仮名)は俺の手を見ながら、嬉しそうな声をあげた。もう何百人もの手相を観ているが、俺の手相は数万人にひとりレベルの非常に稀なもので、運気も非常に高いのだと言って、しきりに感心しはじめた。こんな手相は見た事がなく、一緒に手相を勉強している友人達にも機会があったら是非見せたいと興奮した様子で言うのだった。

新生活を始めたばかりの俺。
何の根拠もなく明るい未来が待っていると信じていた俺。
運気が良いと言われてさすがに悪い気はしない。

「え、そうすか? そんなこと初めて言われましたよ」

引き続き、その嬉しい気持ちを若干隠しながら、「福山雅治に似てますね」と言われた人のようなスカしたセリフを返す俺だった。

どこが凄いのかと聞くと、ゲンは、なんとか線となんとか線がここで交差しているのが凄い、みたいな事を興奮して言うのだった。シロートの俺にはピンとこなかったが、なんでも誉められれば嬉しいものである。

ゲンは、一通り俺の手相を説明してくれたが、それがひと段落すると、自分の事を語りだした。

証券会社で働いてるんですが、休日はいつもこうして人に手相を見せてもらってるんですよ

そう言いながら差し出した名刺には聞いたことのある証券会社の名前が書かれていた。ゲンの所属は「法人営業部」となっていた。毎日深夜まで残業で大変だと言う。

それからしばらく立ち話をしたが、同年代のせいか結構話がはずんだ。その頃の大学の友達と話すのも楽しかったが、ゲンは社会人だけあって、俺の知らないことも良く知っていて話していて面白かった。

ゲンは、今日はたくさんの人に手相を見せてもらう予定なのだというと、名刺の余白に自分の電話番号を書き込んだ。

何かあったら電話ください

さすが社会人、実にスマートである。となると、自分の電話番号も教えるのが礼儀であろう。しかし俺は名刺など持っていないのでゲンの持っていたノートに電話番号を書きこんだ。俺は入ったばかりのアパートの電話番号を書きながら、社会人の友達ができたのが少し嬉しかった。

***

その日からたまに夜中にゲンから電話がかかってくるようになった。電話の内容は他愛のないものが多く、特にこれといった用事もなく、笑いながら仕事の愚痴を言うだけのような電話だったりもしたが、俺達は結構遅い時間まで話しこんだりすることもあった。会話もそのうち徐々にタメ語っぽくなっていった。

そんなある日またゲンから電話がかかってきた。その週末、先生と手相仲間が集まるので、俺の珍しい手相を見せたいと言うのだった。

(そういやそんな話があったな。俺の手相なんかで役にたつならお安い御用だな)

そう思ったのだが、残念ながら新学期が始まると同時にバイトも始めてしまい忙しく、その日は都合がつかなかった。

「先生には毎月会う機会があるから大丈夫だよ。じゃまた次回連絡するわ」
電話の向こうでゲンはそう言った。

***

新学期が始まってからはずっと忙しい日々が続いていたが、それでもたまに色んな人が集まる飲み会に参加する機会があった。

ある日、キャンパスの移動と共に散り散りになってしまった、学生寮で一緒だったやつらと集まる機会があった。皆一人暮らしを謳歌し新しいキャンパスでの生活にも慣れてきている様だった。ただし話を聞いてみるといい話ばかりではなく変な目に遭っているヤツもいた。

新しいキャンパスでも色んなサークルへの勧誘が盛んだったが、その中にはサークルの名をかたりながら実は実情のない金集めのためのインカレサークルだったり、マルチ商法の勧誘だったり、新興宗教団体だったりというものもあり、構内にもそれに気を付けるようにとポスターが張ってあった。

俺は用心深いたちなのでそういうものに引っかかるわけはなかったが、学生寮で一緒だった友達の何人かは一人暮らしを始めたとたんに色々と引っかかっているようだった。

みんな最初はいい人なんだよなぁ
恨めしそうにそう言うその友人は、女にも振られてこのところ運気がダダ下がりなのだと言った。女性に振られるのはまた別の問題のようも気がするが。

「え、そうなの? でも、まあ世間知らずの大学生もそうやって色んな痛い目に会いながら成長していくというワケだな」
まだ被害にあっていなかった俺は若干の上から目線でそう言った。

偉そうな俺はさらに続けた。
「まあ、やっぱりもっと視野を広げて色んな人と付き合わないとね。お、そういや俺、最近社会人の友達ができたので今度連れて来るよ。手相の修行をしているので運気も見てくれると思うよ」

そう、先日ゲンが誘ってくれたが都合がつかなかったので、逆にこちらから誘ってみるのもいいなと思ったのだ。

しかし、その後ゲンを誘ってみようと思って何度か電話をかけたが、ゲンも忙しそうで結局ちゃんと連絡が付かず、そのまままた数週間が過ぎていったのだった。

***

ある週末、俺はまた買物に秋葉原に出てきていた。まだ午前中だったが目的の買物も直ぐに終わってしまった。書泉ブックタワーで立ち読みでもして神田の方でラーメンでも食べて帰ろうかなと思ったその時にふとゲンのことを思い出した。

(そうか、今日はまた日曜日だから、あいつまたこの辺で手相の修行しているかもしれないな)

我ながらいい思い付きだと思った俺は、また万世橋の方に向かって歩いてみた。

ビンゴである。橋の上の人混みの中に見覚えのあるゲンの横顔が見えた。

(お、いたいた)

俺はゲンを驚かしてやろうと、万世橋を渡る人混みに混じると、そーっとゲンに近づいていった。近くに行くと誰かと話しているゲンの声が耳に入ってきた。

「えーと、それじゃ木下さんはJRの西口改札でお願いします。それから田中さんが電気街改札の前加藤くんは昭和通りのいつものところ、皆さん今日は少なくともそれぞれノルマの5人達成お願いしますよ。来週はもうセミナーですからね。私はここでやってますので何かわからない事があればここに聞きに来てください」

ゲンの周りにいた人達は年代はバラバラで一見共通点がなく、若い眼鏡をかけたおとなしそうな女性もいれば年配の真面目そうな男性もいた。いわゆるいたって普通の人達だった。

そのやり取りを聞いて俺はやっと気が付いたのだった。

そうか … 俺もノルマの一人だったわけか ……

同時に、「みんな最初はいい人なんだよなぁ」という俺の友人が言っていたセリフが頭をよぎった。そうか、そういうことだったか。どんな組織なのかはわからなかったが、ゲンと話をしていた人達は橋の上から四方に散っていった。

俺は、ゲンが俺に気が付く前に、いま来た道を引き返して、地下鉄の秋葉原駅の方に向かった。友人ができたなどと能天気に喜んでいた俺は複雑な心境だった。

結局ゲンとはそれっきり会うことはなかった。

その後、何かのきっかけで、手相をきっかけに勧誘するのが常套手段のカルト宗教の存在を知るのだが、もしもその「先生と友達の集まり」に行っていたら、その後は俺も毎週末に橋の上で人に声をかけるようになっていたのかもしれない。

なんだかほろ苦い経験である。友人に偉そうな事を言っていた俺こそまんまと罠にはまりかけていたというわけである。

***

この話はこれで終わりなのだが、世の中にはこういう「若者が皆一度は通る洗礼」のようなものがたくさんある。少しのお金を損するような程度のことであれば良いが、ときには人生を左右されるような大きな被害にあう人もいる。

社会人の間では、半ば常識的知識となっているものもあるが、社会経験の少ない学生や、社会人になりたての若者はカモになりがちである。

自分の若い頃を振り返っても、色々と似たようなものに遭遇してきた。怖いもの見たさで様子だけ見るつもりが、結構しつこくて途中でなんとかやっと抜け出すというパターンが多かったが、すぐに思い出すのは次の三つである。

高級英会話教材
何かに当選したというような電話がかかってきて、新宿副都心のビルの中の1室に行くと、中が細かく商談スペースに分けられており、その当選したものを受け取るためにはまず法外な値段をつけられた英会話の教材を買わなければならないというような話を延々と聞かされたように記憶している。そのフロアを見渡すと、何十もある同じような商談スペースで若者が教材を売りつけられていて、契約するまでデスマッチで何時間でも説得が続けられるというシステムだった。気が弱かったり、根負けしたりすると契約書にサインしてしまい、あとはローンを払い続けることになる。

ラッ〇ンの絵
道を歩いていると、「絵に興味はおありですか」などと、お姉さんに話しかけられる。ちょっとインテリ風の表情で「ええ、まあ」などと答えると、お姉さんの「まあ、ステキ。ちょっと感想をおきかせいただけるかしら」などのセリフとともにビルの一室に連れ込まれるシステムになっている。
そのギャラリーにはずらっと波の上をイルカが跳ねているような、ラッ〇ンの絵がならんでおり、そのツルツルのシルクスクリーンか印刷とおぼしき量産芸術品のひとつひとつに何十万もの値がつけられているというパターンである。これも契約するまで何時間もつめられる。ラッ〇ンには罪はないのかもしれないが、一時は「エウリアン」(多分、絵を売るから)などと呼ばれる悪徳商法として注目を浴びていたのでご存じの方も多いのではないだろうか。

マルチ商法
これはだいたい、昔の知り合いなどから久しぶりにかかってきた電話などで始まることが多い。色々夢を語るような話のあとで、そういえば最近ちょっと儲かった、もしよかったら特別に教えてあげるなどという話になっていく。そして、喫茶店などで待ち合わせをすると、このマルチ商法の元締めのような口の上手い人間が出てきて丸め込まれるというパターンである。

以上が、私が若い頃に引っかかりかけた代表的なものであるが、その時代は、こういうもので少し痛い目にあって揉まれるのが社会人になるための登竜門のように思われているところもあった。

幸いなことに、大きな被害に遭う事はなかったが、よく呼ばれたところにノコノコと言ってしまったものである。それだけ若くて、無知だったということだろう。

そのうちのどれかでは、その場から出るためにサインをしなければならず、結局家に帰った後で色々と調べてクーリングオフと言う制度があることを知り、契約をキャンセルすることができて被害を免れたようなものもあった。友人との話で、「ひどい目にあった」と笑い話のネタにすることもあったように記憶している。

しかし、今の時代、SNSが発達し、この手の悪徳商法も、さらに手口が複雑になっているようだ。昔は引っかかっても幾ばくかの金を失う(それでも高額だったが)ようなものが一般的だったが、この令和の時代では、出会い系サイト美人局反社による闇バイト募集、さらには潜在的に自殺願望を持った人を集めたりと、引っかかってしまうと、その後の人生が台無しになったり、場合によってはその後の人生がなくなってしまうような悪質なものが激増しているようだ。

もはや大人になるための登竜門などと呑気な事は言っていられない内容になっている。ただ事前に知っていれば、避けられたのではないかと思うものも多い。

こういう世にはびこる悪に対する対策を学校教育に組み込めないものだろうか。例えばそのような悪徳商法や犯罪がらみの誘いに乗ってしまうような例だけでなく、社会の仕組みをよく知らないことだけが原因で生活を破綻させてしまう若者もいる。

借金や消費者金融のリスククレジットカードの支払い方法のからくりローンの正しい利用法など、さらには実は違法だったオンラインカジノを含む賭博やギャンブルのリスクなど、知ってさえいれば、避けられるようなものが多い。

そこで提案だが、学校教育の中で教えられている社会科の教科はたくさんあるが、そこに1つ、こういう実際の生活に結びついた内容を教える教科を加えられないものであろうか。教科名は、ズバリ、「実社会」である。どうだろうか。結構よいのではないだろうか「実社会」。

社会科には世界史、日本史、倫理社会、地理などあるがそこに新しく、社会に出て生きるための知恵や常識を教える科目である「実社会」というのを加えるのである。「生活社会」でも良いだろう。

義務教育を終え社会に出ようとしている年代の無垢な若者にとって、他の教科よりよっぽど役に立つ知識になるのではないだろうか

先生達もきっと、自分の教え子が痛い目に合わないようにそういうことを教えたいと思っているのではないかと思うが、先生個人個人では痛い目にあった経験にばらつきがあり限界があるのではないかとも思う。実際に自分では就職活動をした経験がない先生が進路指導をする時に、見聞きした情報内でしか指導できないと言うケースに似ている。個人的な体験や見解を話すだけでは漏れもあり、十分ではないので、もっと体系的な教育にしてしまえば良いのではないかという提案である。

でも文科省主導の指導とするのは難しいのだろうなあ。実際に存在するような企業や業種の名前を登場させるわけにはいかなかったりすると、いつものお役所発の形骸的なものになってしまいそうな気もする。また犯罪や詐欺の手口は日々変わっていくのでイタチごっこになってしまいそうな気もする。まあ、そういう解決しなければならないテーマはたくさんありそうだが、なんか方法はないものだろうか。

と、いつもの調子で書き始めたエッセイの内容が妙に社会的な方向に進んでしまったが、今日は現代社会を憂う雰囲気の中でペンを置こうとおもう(ペンで書いてないけど)。
早く梅雨が明けるといいですね。


(了)

【追伸】 民間の取り組みでも、そんなものはないものかと、ちょっと検索してみたら、こんなものが出てきた。東京都が出している悪質商法の注意喚起DVDらしい。なぜマギー審司がフィーチャーされているのかわからないが、「利息がでっかくなっちゃった」などという展開があるのだろうか。私はまだ見ていないのだがもしご覧になった方がおられれば、ぜひ感想を教えて欲しい。


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