七夕に比べれば、あれは大した遠距離恋愛ではなかったのかもしれない
今年も7月7日に七夕がやってきた。かれこれ一年ぶりである。そりゃそうだろという貴方、その通りだ。
しかしそれはともかく、七夕というのは究極の遠距離恋愛ではないだろうか。天の川を隔てて暮らし、一年に一度だけその川を渡って会うことができるという織姫と彦星のふたり。非常にドラマチックな設定である。
今年の七夕は全国的に晴天だったので、かのお二人も無事に逢瀬を実現したことと思う。
良い機会なので七夕における遠距離恋愛について少し考察するとともに、七夕の背景を紹介しつつ、ちょっとほろ苦い思い出話も書いておきたい。通して読んでいただいてもそれほど長くないが、エッセイが好きな方は下記目次の4.から読んでいただいても全然結構である。
1.七夕という名の究極の遠距離恋愛
「遠距離恋愛」とはどのくらいの距離からを言うのであろうか。遠距離恋愛を歌った曲と言うと、あの男性三人組が歌っていた「星空のディスタンス」という名曲が思い浮かぶ。たしか曲の中に「〽♬ たーとえ、500マイル、はーなーれえてもー ♪」などというフレーズがあったと思う。
しかし日本で生まれ育った俺に500マイルなどと言われてもどうもピンとこない。そこでマイル・メートル換算サイトで調べてみたわけだが、500マイルは804.67kmだとのことだ。
東京から804キロというと札幌か福岡である。どちらもほぼ同じ距離である。高見沢氏が想定していたのは博多美人だったのか、それとも白い恋人だったのか。そこはわからない。(そうか、東京起点とは限らないか)

それはともかく、なるほど、これくらい離れていれば間違いなく胸を張って遠距離恋愛といえるだろう。
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しかし、七夕における遠距離恋愛は、桁違いのギネス級なのである。織姫(織女星)というのはこと座のベガ、彦星はわし座のアルタイルという星を指している。この二つの星は、実際の宇宙では16.7光年離れているのである。500マイルどころではないのだ。
ということは相手のところに行くまでに光の速さで16年以上かかるわけだ。もし真ん中あたりを待ち合わせ場所としてそこで落ち合うにしても8年はかかるのである。そして家に帰るのにまた8年である。
それなのに毎年一回会っているという設定に、にわかに疑問がわくのだがそこは無粋な邪推はやめておこう。しかしこの惹かれあう二つの星はお互いに近づくどころか、実際には少しずつ逆向きに移動しているのだという。これも悲劇要素である。
まあ、どこを探してもこれ以上の遠距離恋愛はないだろう。
2.七夕まつり
しかし、よく考えて見ると七夕は謎だらけである。そんな苦難を乗り越えた二人の逢瀬の日なのに、なぜ子供がハナをたらしながら願い事を書いて笹の葉に飾ったりするのだろうか。林先生か池上彰あたりが解説してくれると良いのだが、そんな番組もなさそうなのでその起源をちょっと調べて見た。
起源
もともと七夕は「乞巧奠(きこうでん)」という中国の行事で、毎年7月7日に織女星にあやかってはた織りや裁縫が上達するようにと星に祈りをささげる風習から生まれたもの。その後ははた織りだけでなく芸事や書道などの上達も願うようになった。
なるほど、確かに教育的な行事の側面もあったわけか。とすると子供と一緒に祝う行事になったというのも納得がいく。子供向けの説明も色々あるがまとめてみるとこういう感じである。
七夕
7月7日の七夕の夜に、織姫と彦星は「再会」という願いをかなえます。人々は二人のように願い事がかなうようにと、たんざくに色々な願い事を書いて、笹の葉や竹の葉に飾るようになりました。
お祭りが終わって、飾り事ごと竹や笹を川や海に流す風習には、竹や笹にけがれを持っていってもらうという意味もあるのです。
今日の七夕は神話でありながら、短冊に願い事を書いたり、竹や笹を流すなどステキな参加型イベントでもあると言えよう。これからも後世に受け継がれていってほしいものである。
3.「7」が並んだ今年の七夕
ちなみに今年の七夕は「令和7年7月7日」と、7が並ぶという意味で特別な七夕だった。
こうして7が三つ並んだのは、平成7年7月7日、その前は昭和7年7月7日、そしてその前は大正7年7月7日となるが、大正7年は1918年なので、777の日はこの100年で3回目という非常に稀な機会ということになる。
そしてちなみに、大正7年7月7日生まれの人は、平成7年7月7日に77歳になられ、この令和7年7月7日で107歳の誕生日を迎えられるという奇跡的な7づくしの人生を送られているらしい。こういう人がパチスロをやったら凄そうである。
そして、そんなおめでたいラッキー・トリプル・セブンの今年の七夕は、全国の自治体で婚姻届ラッシュが発生し、平日だったにもかかわらず、役所の窓口には朝からカップルが殺到し、場所によっては1時間以上の待ち時間だったとのことである。覚えやすい結婚記念日になるし、縁起も良いので、その気持ちはよくわかる。
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さて、こうして七夕にまつわる話を紹介してきた。先ほど、500マイル(=800キロ)を例に挙げたが、実際のところ一般的にどれくらいの距離からを遠距離恋愛と呼ぶのだろうか。一説によると、「日帰りで車で行くにはつらい200kmくらいの距離あたりから」を遠距離恋愛とするようである。この辺の感じ方は人それぞれだとは思うが、まあ確かにそのあたりが結構いい線かもしれない。
とするとその条件に当てはまるような個人的な思い出もあるので書いておきたい。
4.苦く懐かしい遠距離恋愛
高校の頃に多くの時間を一緒に過ごした女の子がいた。
"I used to say "No promises, let's keep it simple"
(約束なんてしないで、ややこしいことはやめよう)
カーペンターズの歌の歌詞の中にこんなフレーズがあったが、俺たちもそんな感じで、あまり相手を束縛するようなベッタリ系の話はせず、彼女も同じような感じでいてくれるという付き合いだった。
そして高校卒業時、私は大学に進学することとなり卒業と同時に都会に出てきたのだが、彼女は地元での就職を選んだのだった。まあこう言ってはなんだかアレだが、とても綺麗な子だったので就職先の企業でも受付に配属されたとのことだった。
二人の間の非束縛方針は、卒業する時もあまり変わらず、改めて何か言葉でヘビーな確認や約束をする事もなく、「また向こうで落ち着いたら連絡するよ」という感じで出てきたのだった。人によっては「なんといい加減な!」と思われるかもしれないが、そこはわざわざ言葉にしなくてもわかりあっていると思っていた。
大学に入ると、男ばかりの男子寮での生活が始まった。寮の仲間とつるんでいる生活は楽しかった。そんな女っ気がない生活に何の不満もなく、たまの休みに彼女に電話をし、自分の新しい生活のことを話し、彼女の生活の事を聞いたりするような事だけで十分に満たされていた。
***
冬も近づいてきたある日、お正月は地元に帰ってくるかと彼女から連絡があった。
「12月の最後の週に帰るよ」
そう彼女に伝えると、俺は暮れが近づいた12月のある日に新幹線に乗って実家に帰った。冬になれば雪がつもる海沿いの町だが、その年はもう12月に初雪が降っていた。
久しぶりの実家に戻ったその夜に、帰ってきたことを彼女に報告し、明日会えるかと聞くと、年末はギリギリまでずっと仕事なのだといった。
「じゃあ、仕事が終わるくらいの時間にむかえにいこうか?」
彼女はバスで通勤していたが、雪の降る時期は結構通勤も大変である。時間が余っていた俺は、しばらく彼女の送り迎え(迎えだけだが)をすれば車の中でも話ができるしちょうどよいと思ったのである。
***
翌日の夕方、空いている実家の車で、仕事の終わる時間に合わせて彼女を迎えに行った。

もう日が暮れかけていたが、雪が降り始めた空はなんだか明るかった。
彼女の勤め先の道の向かいに車をとめて待っていると、ビルの一階の出口から冬物のオーバーを着て出てくる彼女が見えた。ハザードをつけたまま止まっている俺の車を見てちょっと微笑むと、胸の前で小さく手を振りながら道を渡ってきた。
(かわいいよなあ)
助手席に乗り込んだ彼女は、「つかれたー」と言うと暖房の効いた車の中でマフラーをとった。
(かわいいよなあ)
俺は車を走らせながら、最近あった事や驚いた事などを彼女に話し始めたがキリがなかった。話したいことがたくさんあり、そのまま彼女を家に送ってしまうのはもったいない気がして、途中でファミレスに寄って話しこんだ。なんだか俺が一人で話しているような気もしたが彼女も嬉しそうに聞いてくれ、彼女も最近の仕事の様子などを話してくれたのだった。
テーブルを挟んで改めて見ると、彼女は最後に会った時からはずいぶん大人びて見えた。
ファミレスからでて、また雪の中、車を走らせると、車内が温かいせいか彼女はウトウトしているようだった。
黙って運転していると、あっという間に彼女の家についてしまった。俺は家の近くの信号で車を止めた。
「じゃ、また明日同じ頃に迎えにいくよ」
「うん」
彼女は笑ってうなずくと車から降りて、もう雪の降りやんだ道を歩いていき、途中で振り向いて手を振った。
***
そんな、送り迎えの日々が何日か続いたある日の事だった。その日も雪が降っていた。助手席に座った彼女が急にこう言った。
「クリストファーくん(←ここ俺の実の名前)は向こうで彼女とかできたんじゃないの?」
「え、なんで? んなわけないじゃん」
俺はハンドルを握ったまま笑いながら答えたが、内心は急になぜそんなことを彼女が言い出したのか頭の中を高速回転させていた。
(いやいやいや、俺の彼女は君じゃないんか?)
(ああ、そうか、浮気するなってことかな?)
(なんかそんな心配をさせるような話、したっけな?)
(そもそもそんな浮いた話もないし ……)
(どういうことかな?)
俺がそんな事を考えてしばらく黙っていると、彼女はこう言った。
「… わたしはできたよ」
俺はしばらくどういうことかわからなかった。頭の中はさらに高速空回りを始めた。
(冗談って感じではないよな?)
(まてよ、もしかして俺たちそもそも付き合っていたわけではなかったということか?)
(いやいや、そんなことないよな)
「え、それどういうこと?」と素直に言えばよいのに、頭の中で「?」がクルクル回るだけで、なぜかその一言が口からでてこなかった。
しかし、頭は空回りしているものの、どう考え直してみてもやはり俺たちは付き合っていたはずなので、正直なところ受け入れられなかった。感想を言葉にすれば「ええっ? そりゃないぜ」だった。
ショックというよりは、不意打ちという感じで、なんだか裏切られたような感じもした。
しかし、そこですぐに感情を出さないのが、俺の良いところでもあり悪いところ。よく言えば思慮深いと言えるが悪くいえば考えすぎというやつだ。俺はそこでまた考えた。
(俺は勝手に「いい形」の関係だと思っていたが、もしかしたら「俺にとってだけ都合のいい形」だったのではないのか)
(俺はそんなつもりではなかったが、結局は彼女の気持ちを考えたこともなく放置していたということではなかったのか)
(結局、俺の方こそズルかったのではないのか)
(彼女は俺を傷つけないような言い方を何日もかけて考えてくれたのではないのか)
一旦そんな事を考え始めると、驚いた様子を素直に見せられなくなり、俺は気が付くと「こちらもそのつもりだった」という様な体で、取り繕ったように状況に調和させるようなセリフを絞りだしていた。
「へえ、どんな人」
平静を装いながらそう言うのがやっとだった。熱き血の通っているはずの若者としては捻じ曲がった美しくない態度なのだが他の言葉が出てこなかった。
「会社のひと。クリストファーくんも、きっと近くにいいひといるよ」
「いやいや、それはないよ」
俺はそういいながら、それでもまだ彼女が「冗談、冗談、本気にした?」などと言いだし、話が好転するのを待っていたような気がする。
しかし、結局それは冗談ではなく、しばらくすると「もうこの話は終わり」という流れになり別の話題になっていってしまったのだった。踏み込まない俺も俺である。
俺はその後の話に相槌を打ちながら気もそぞろで色々な事を考えていた。
(近くのいい人か。やっぱ距離って大事なんだな)
(まあ、これはもう無理なんだろうな)
(まあ、自分で蒔いた種のようなものなのかもしれないな)
(じゃあ迎えに行くのも今日を最後にしておいた方がいいな)
今思えば俺は何を物分かりのいい感じで事を納めようとしていたのだろうかとも思う。本当はもっと率直にぶつかりあった方がよかったのかもしれないが、まだ色んな事に迷いながら生きていた俺はそんな事を繰り返し考える事しかできなかった。
俺たちが、当たり障りのない話をしているうちに、彼女の家の近くの信号に着いてしまった。雪はまだ少し降っていた。
車を止めると、彼女は「ありがとう」と言ったが、何かを待つようにしばらくそのまま助手席に座っていた。
俺は、彼女の方を向いてなんと言おうか迷ったあげく「元気でね」と言った。
それを聞いた彼女は俺の顔を見てちょっと笑うと、「うん、クリストファーくんもね」と答え、車を降りると歩きだしたのだった。
車を走らせルームミラーを見ると、まだチラチラと降る雪の中、彼女の姿が小さく見えた。
こうして俺の遠距離恋愛は、ふがいない形で自然消滅したのだった。彼女に会ったのはそれが最後だった。
"I used to say 'No promises, let's keep it simple"
(約束なんてしないで、ややこしいことはやめよう)
カーペンターズの歌のこの歌詞の後は、
"But freedom only helps you say Goodbye"
(でも、その自由はあなたにサヨナラを言わせる助けになっただけ)
と続くのだが、その通りになってしまったのだった。
***
その後、ずいぶんあとになってから、共通の知り合いから彼女が幸せに暮らしている事を聞いた。その時は彼女の事を懐かしく思い出し、いつかまた年をとって再開した時には、あの頃彼女がどんな思いでいたのか、笑い話で聞けるような事もあるだろうと思っていた。
しかし、それからまたずっと会う機会もないままに時が流れてしまい、次に彼女の話を聞いたときに知ったのは、彼女がまだまだ若いのに大きな病気にかかり、天に召されてしまい、もう会えなくなってしまったということだった。
今も雪の中を運転しているときに、あのビルから出てきてこちらに手を振っていた彼女の姿をふと思い出すことがある。
***
今年の七夕に夜空をみながら、七夕と言う究極の遠距離恋愛の事を考えていた時に、遠い昔の思い出と一緒にふと彼女のことを懐かしく思い出した。
今年は天気が良く、たくさんの星が見えたが、彼女がどの星になって光っているのかはわからなかった。
(了)
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