大切な人を亡くしたらどうかこの本に出会えますように
最近本屋さんに行くと嬉しいことがある⚘
私の大好きな「昨夜のカレー、明日のパン」という小説がおすすめ本としてお客さんの目に留まる場所にちょんと置いてあるから。
2店舗でそんな姿を見かけて、にやにやと満足げに帰ってきました😋
私は人生のバイブルといっていいくらいこの本が大好きで宝物。
そのときの二人は待つのに慣れきっていた。
病院のあらゆるところ、検査結果を聞くための部屋や支払所、手術室、詰所などで、ただひたすら待っていたからだ。パンの焼ける匂いは、これ以上ないほどの幸せな匂いだった。店員が包むパンの皮がパリンパリンと音をたてたのを聞いてテツコとギフは思わず微笑んだ。
たった二斤のパンは、生きた猫を抱いた時のように温かく、二人はかわりばんこにパンを抱いて帰った。
悲しいのに、幸せな気持ちにもなれるものだと知ってから、テツコは、いろいろなことを受け入れやすくなったような気がする。
これを読んだ30歳の頃、仕事帰りに毎晩お母さんのお見舞いに行って、帰りは病院の玄関にあるベンチに座って涙が溢れて。
静かに泣いて気持ちを落ち着かせてまた電車に乗って帰るのが日課だった。
この本を読んでから、悲しいだけの毎日はきっとないんだ、それならこれからも何があっても大丈夫な気がする。と前を向かせてくれました😊
大切な人の死を描いたストーリーだけど、ぜんぜん暗くなくて、のほほんと流れる登場人物達の
力の抜けたゆるさも読んでいてほっこりします⚘
本屋さんでまた改めて沢山の人がこの本に出会っていると思うと嬉しくてたまらないです😋
そしてもう一冊📚
最近読んだ吉本ばななさんの「ミトンとふびん」。
もし大切な人を亡くしたら、どうかこの本に出会えますように。そう思わずにはいられない本でした。
今まで失恋も仕事も人間関係もどんな辛いことも乗り越えてきたはずなのに、お母さんが亡くなった悲しみだけが重苦しく毎日の生活の一部になってて、悲しみも痛みも私の一部で生活の一部で、いつも隣り合わせにあって、そのことがとんでもなく辛かったんですね。
お母さんが生きてた頃の私はこんなに泣き虫じゃなかったのに、悲しくて泣くことばかり増えてそのことがとても生きづらく思ってしまう日も沢山ありました。
この本はそんなわたしの毎日を慰めてくれたような本でした。
私 「大丈夫だよ、夜景がきれいだし、人が大勢いる」
母 「あとで小籠包の写真も送ってください」
幸せなやりとり、生きているもの同士、肉体があって、同じ時間軸の中に存在していて、ほんとうにはわかりあえないのにとにかく気持ちを伝えようといつも一生懸命で。それが人間同士のはかないつながり。
もう私にはいつでもわたしのメッセージを待ってくれる人はいなかった。
私はまだ三十歳。
でも、そのことを忘れてしまいそうだった。
母を看取っているあいだは、自分が赤ちゃんになったり母の母になったり、いっしょに死んでいくもうなにも残ってない老婆のように思えたり、自分のほんとうの年齢や顔を忘れてしまいそうだった。
そしてこれからはひとり。
今、私の時間は私のものだ。
いつか赤ちゃんを育てる日までは、全部私だけのもの。
母を看取って、よーしこれから結婚も、そして授かれたなら子供もほしい!なんてこれからの未来にものすごいやる気がみなぎってて、30代を取り戻すかのようにアクセル全開に意気込んで始まった母のいない生活😊
それなのにもうお母さんに会うこともLINEがくることもないんだ。そこを受け止めるのにどれだけの時間がかかって苦しかったっけ、、、と本を読みながら今まで感じてきた悲しみ全部がこの本に詰まってて泣きました。
ただ悲しい本じゃなくて、寂しさや痛みや悲しみに寄り添ってくれます。
今は悲しくなったらこの本をめくってしまうくらい、私を受け止めてくれるものになりました⚘
大切な人を亡くした時、心のすみっこで思い出してもらえたらきっと救われる人がいると思います🌸
