水を飲む☆ほんの一瞬だったのに【シロクマ文芸部】掌編
「水を飲む時に、想像してみるのじゃ。強く、強く!」
ローラン教授は白く跳ねたヒゲをツイーッと引っ張った。
「そして、そのコップの水をストローで飲むのじゃ。さあ、どうかな?」
ここは魔法学校。
今日は新入生向けの特別授業だった。
「あっ、オレンジの味がする!」
「わー! パッションフルーツ!」
教室のあちこちから歓声が上がる。
「ちょっと、あんた何で顔赤いの?」
「先生! ロジンがお酒飲んで酔っ払ってます!」
「こら!」
ローラン教授が叫んだ。
「酒類は禁止だとあれほど言うたじゃろ!」
ロジンは渋々コップを差し出した。
見事な赤ワインになっている。
教室から笑い声が上がった。
「まったく……わしが新入生の頃にも、こういう子がおったのう」
教授がぼそりとつぶやく。
「先生もやったことあるんですか?」
誰かが聞いた。
「うむ。まあ、それはまた別の話じゃ」
教授は咳払いをして話をそらした。
その横で、みどりこはコップを両手で包み込み、じっと見つめていた。
「みどりこさん、想像できたかの?」
「あ、はい! いちごジュースです!」
「うむ、よろしい」
みどりこは目を閉じた。
いちご……か……
うちのうさぎ、ラビはいちごが大好きだよな。
美味しそうに食べるもんな。
去年の冬、ラビのフンを花壇にまいたら、春に芽が出て、花が咲いて、いちごができたっけ。
自然ってすごいな。
でも、さすがにあのいちごは食べれなかったな。
フンは臭くないけど。
おしっこは意外と臭いよなぁ……
そういえば猫のミケのおしっこの方がもっと臭い。
あ――
みどりこの心臓が跳ねた。
やばい。
そう思った瞬間――
「飲んでみるのじゃ!」
教授の声が響いた。
「えっ、ちょっ――」
止める暇もなかった。
ストローはもう口の中にあった。
吸ってしまった。
ほんの一瞬だった――
「うおおおおえええええ!」
教室中が振り向く。
みどりこは顔面蒼白で机にしがみついていた。
ローラン教授は慌てて駆け寄る。
「どうしたんじゃ!? 一体何を想像した!」
コップを覗き込んだ教授は、
「うっ!」
と鼻をつまみ、そのまま窓の外へ放り投げた。
「早く口をすすいでくるのじゃ!」
みどりこはオエオエ言いながら教室を飛び出した。
しばらくして戻ってくると、
教授は腕を組んで待っていた。
「で、一体何を想像したらああなるんじゃ?」
教室は静まり返る。
みんな興味津々だった。
みどりこは静かに席を立った。
「最初はいちごジュースだったんです」
「うむ」
「うちのうさぎがいちごが好きで」
「うむ」
「そこまでは良かったんです」
教授は嫌な予感がした。
「でも?」
「ちょっと連想が暴走しまして……」
教室がざわつく。
「うさぎから、おしっこの話になって」
教授は額を押さえた。
「嫌な予感しかしないのう」
「それで猫のミケのおしっこまで行っちゃったんです」
「まさか……」
「ほんの一瞬ですよ!」
みどりこが机を叩いた。
「ほんの一瞬そう思っただけなんです!」
教室が静まり返る。
みどりこは続けた。
「でも先生の『飲んでみるのじゃ!』が、その瞬間だったんです!」
「そういう時は想像を止めるんじゃよ!」
「止める前に飲んじゃったんですよぉ!」
後ろの席から声が上がった。
「いや、一瞬でも猫のおしっこ想像したら駄目だろ……」
「そこじゃない!」
みどりこは叫んだ。
「なんで私がミケのおしっこ飲まなきゃいけないんですか!」
教室は爆笑に包まれた。
ロジンが赤い顔のままつぶやく。
「俺、ワインで良かった……」
「お前は飲んじゃダメな方だろ!」
さらに笑いが起きた。
ローラン教授は深いため息をついた。
そして黒板に大きく書いた。
『飲み物生成魔法使用時は、途中で生き物を挟まないこと』
しばらく考えて、もう一行付け足す。
『想像中の生徒に飲むよう促すのは、本人の準備ができてから』
その日以来、この注意書きは魔法学校の教科書に載ることになった。
ただし、なぜその注意書きが必要になったのかは、誰にも説明されなかった。
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