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【迷い続けた20代】選ぶことは、自分を美しくさせる

「選ぶ」

この言葉に向き合うとき、いつも少し怖さを感じます。
「決める」でも「迷う」でもなく、「選ぶ」。

そこには、覚悟があります。

選択肢が多すぎて、迷う時代

20代の私は、選べませんでした。

どの仕事を、どんな恋愛を、何を大切にすべきか。
可能性は無限にある。

だからこそ、決められませんでした。

選べないことから逃げるように、
私は2つの極端な行動に走りました。

何もせず先延ばしにするか。 全部やってみるか。

間違えるのが怖くて、迷ったら全部やってみるようになりました。
そうしておけば、失敗しない気がしたんです。

けれど、気づけばどれも中途半端で、
どれも自分のものになっていませんでした。

先延ばしも、全部やるのも、根っこは同じでした。
どちらも、「間違いたくない」自分の不安を隠すための行動だったのです。

「とりあえず」で埋まる毎日

そうしているうちに、私の人生は"とりあえず"で埋まっていきました。

とりあえず、今の仕事を続ける。
とりあえず、この関係を続ける。 とりあえず、このままでいい。

でも、「とりあえず」で選んだものは、本当には大切にできません。

朝の電車の中でふと思う。 「私、何がしたいんだっけ?」
選択肢の多さに埋もれて、 自分の輪郭がぼやけていました。

祖母が教えてくれたこと

30代に入って間もなく、祖母が亡くなりました。

受け継いだこの真珠は、祖母が「選んだ」ものでした。

愛知から三重の海辺の町へ移り住むことを、選びました。
海のある暮らしを愛することを、選びました。
真珠という静かな美しさを、自分の価値観として選びました。

そして、その選択に誠実に生きました。

伊勢志摩の海。
そこには、何百年も前から真珠とともに生きてきた人々がいます。
海と対話しながら、時間をかけて美しさを育んできた文化があります。

祖母が選んだのは、単なるアクセサリーではなく、 その土地に息づく"静かな誇り"そのものだったのかもしれません。

私は、何を選んでいただろうか? 何に誠実だっただろうか?

何を一番大切にするか、決められなかった

私がずっと怖がっていたのは、「手放すこと」だと思っていました。
でも、本当は違いました。

本当に怖かったのは、
「何を一番大切にするか、自分で決めること」だった。

選ぶとは、手放すことではありません。
本当に大切にしたいものを、自分で決めることです。

本当に欲しいのは、 多くを持つことじゃない。
心から「これだ」と思える、いくつかの本物だけ。

多くより、確か。 速さより、丁寧さ。
正解より、納得。

削ぎ落とすことで、 ようやく"大切にしたいもの"が見えてきます。

怖さはあります。 でもその奥には、
「自分を信じたい」という静かな清々しさがありました。

「そうであるべきだから、そうする」

以前、私はこう書きました。

「なぜ、この形なのか。」 「なぜ、この素材なのか。」
――答えられないものは、つくらない。

これは、ものづくりだけではありません。
生き方も同じです。

流行っているからでも、誰かがやっているからでもない。
そうであるべきだから、そうする。
その潔さこそが、 選ぶことの美しさだと思います。

必然性のある選択

美しいものには、必然性があります。
そうであるべき理由が、明確にあります。

選択も同じです。

美しい選択とは、自分にとって必然性のある選択。
「なぜ」に答えられる選択。
時間が経っても、「やっぱりこれで良かった」と思える選択です。

20代の私は、「正解」を探していました。
誰もが認める、間違いのない選択を。

でも、正解なんてありません。 あるのは、自分にとっての必然だけです。

そして、自分にとって必然だと確信できる選択をした時。
初めて、自分を信じることができるようになりました。

選ぶことは、自信を持つこと。

誰かの正解ではなく、自分の確信を選ぶ。
その積み重ねが、静かな自信を育てていきます。

「私は、これを選んだ」と言えることが、 どれほど自分を強くするか。

誇りを纏うということ


選択の美しさとは、何を美しいと信じるかを、
自分で決める勇気のことです。

それが、AMAの哲学の中核にあります。

「誇りを纏う」という言葉。
これは、外から与えられたブランドロゴや、
高価な素材の話ではありません。

自分で選び取る生き方の、象徴です。

誰かが「これが美しい」と言ったから身に着けるのではなく、
自分が「これが美しい」と信じるから選ぶ。
流行を追うのではなく、自分の価値観を貫く。

その選択そのものが、誇りになります。

真珠を選んだ時、私は派手な輝きではなく、
静かな美しさを選びました。
それは同時に、「目立つこと」よりも「誠実であること」を選ぶという、
生き方の選択でした。

そして、真珠のふるさと・伊勢志摩に学び、
その文化を現代につなぐことを選びました。

海とともに生きてきた人々の知恵を、
現代のかたちで受け継ぐこと。
その土地の誇りを、次の世代へ手渡すこと。

何を美しいと信じるか。
それを自分で決める勇気を持つこと

それが、本当の意味で「誇りを纏う」ということです。

選ぶことの美しさ

美しいものは、静かだと書きました。
「見て」と言わない。
「すごいでしょ」とも言わない。

選択も同じです。

誰かに認めてもらう必要もありません。
正しさを証明する必要もありません。

ただ、自分にとって必然だから、そうする。
それだけで、十分です。
選ぶことの美しさとは、自分に誠実であることの、もうひとつの名前です。


20代のあなたが、もし迷っているなら。
選べないことに、焦っているなら。
それでいい。
迷う時間も、必要な時間だから。
でも、いつか。 「これだ」と思える瞬間が来たら。

迷わず選んでほしい。 誠実に、選んでほしい。
そして、選んだ道を、丁寧に歩いてほしい。
選ぶことの美しさは、選んだ後の人生が教えてくれます。

私がこれまで選んできた道については、
また改めて、お話ししたいと思います。

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