親友から決闘を申し込まれた日
親友Hという男がいる。
小学生から高校卒業まで、ずっと一緒だった。
彼は真面目そのもの。悪さなど一切しない。
球技はからきし苦手で、体育の時間にはいつも隅のほうにいるようなタイプだった。だが勉強は学年で一、二を争う成績。いわゆるガリ勉である。
学校では決して目立つ存在ではなかったが、不思議と私は彼と気が合った。
高校三年のある日、Hから「話がある」と家へ呼び出された。
大学受験を控えた彼の部屋には、見たこともないほど分厚い参考書が本棚いっぱいに並んでいた。
「大学受験って、本当に大変なんだな」
そんなことを思いながら、小さなテーブルを挟んで向かい合う。
するとHは、珍しく言いづらそうに口を開いた。
「俺さ、お前と決闘しようと思ってるんだ」
思わず聞き返した。
「……決闘?」
そして、私は笑いそうになった。しかしHは真顔だった。
小学生の頃から竹馬の友と言ってもいい相手である。そんな男から突然「決闘」などと言われるとは夢にも思わなかった。
「何のために?」
「俺さ、好きな子がいるんだ」
「誰?」
「一つ下の〇〇」
「ああ、知ってる。」
「その〇〇さ、お前のことが好きなんだって。」
「……それで?」
「だから、お前に決闘を申し込みたい。」
(こいつ、受験勉強のし過ぎで頭がおかしくなったんじゃないか。)
話を聞けば、Hは彼女に告白したものの、彼女の気持ちはどうやら私に向いているらしい。それなら勝負をして白黒つけよう――そんな理屈だった。
まるで西部劇である。
確かに最近、休み時間や放課後に二人が一緒にいる姿を見かけていた気がする。
とはいえ、私は彼女を何とも思っていなかった。
「俺は〇〇のこと、別に好きじゃないぞ。」
そう言うと、Hは少し安心したような顔をした。
もちろん決闘などするはずもなく、その話はそれで終わった。
その後、Hと彼女がどうなったのか、私は知らない。いや、正確には覚えていない。
高校卒業後も時々会うことはあったが、不思議なくらいその話題になることはなかった。
今では十年以上顔も見ておらず、せいぜい年賀状をやり取りする程度である。
それでも、私の記憶の中でHは、「決闘を申し込んできた男」として生き続けている。
もし、あの時本当に決闘していたらどうなっていただろう。
友情が壊れていたのか。それとも笑い話になっていたのか。
今となっては知る由もない。
ただ、一つ書き忘れていたことがある。
Hはスポーツ全般は苦手だったが、相撲だけはめっぽう強かった。
小学生の頃、「相撲ならH」と誰もが認めるほどだった。
だから、もしあの時、
「相撲で決着をつけよう。」
そう言われていたら、私は間違いなく負けていた。
きっと豪快な上手投げで、あっという間に土の上へ転がされて、天と地がひっくり返っていたにちがいない。
青春とは、実に不思議なものである。
