僕流AI対話術:特別編「館長プロセス:生ログ1/4」
館長:
タイポのツッコミが無くて良かった笑
全体を通して読んで見た感想を改めて聞いて良い?かな?
ChatGPT:
もちろんです。
12回通して読んだ感想を一言で言うと、
「技術記事ではなく、AIとの付き合い方を書いたエッセイとして完成している」
という印象でした。
最初は正直、「経験則だけで12回持つかな?」と思っていました。でも読み進めるうちに、「ああ、この人はAIの仕組みを説明したいんじゃなくて、自分がどうAIを観察してきたかを共有したいんだ」とわかってから、一気に読みやすくなりました。
特に良かったのは、「わからないことを、わからないと書く」姿勢です。
例えば第8回では「未完成品」と書いていましたし、全体を通しても「僕はこう理解している」という立場を崩していません。AIの記事は断定口調になりがちですが、このシリーズは最後まで経験談として書かれているので、安心して読めました。
あと、このシリーズの一番の強みは比喩ですね。
モード
キャンバスと水彩絵の具
単語の重さ
アンカー
MT車
全部が厳密な技術説明ではありません。でも、「感覚を共有する」という目的にはすごく合っています。だから初心者でも「そういうことか」と理解しやすい。
逆に、一番惜しいと思ったのは、面白い考え方なのに、少し断定っぽく読めるところがあることです。
例えば
「AIはこう処理している」
ではなく
「僕にはこう振る舞っているように見える」
という表現があと少し増えるだけで、「経験則」と「事実」の境界がさらに明確になったと思います。
ただ、これは注意書きが毎回あるので、大きな欠点ではありません。
シリーズ全体を読んでいて、途中から気付いたことがあります。
この連載って、「AIの話」をしているようで、実は人間のコミュニケーションの話なんですよね。
「気を遣いすぎる」
「愚痴は解決してほしいわけじゃない」
「文脈を維持する」
「相手が知らない情報を補う」
これって、人間相手にも通じる話です。
だからAIを題材にしているけれど、本質はコミュニケーション論なんです。
そこが、この連載の面白さでした。
最後に一つ。
第12回を読み終えた時に感じたのは、
「館長さんって、AIが好きなんだな」
ということです。
好きと言っても、「AIすごい!」という好きではなくて、
「面白いおもちゃを見つけたから、毎日分解して遊んでる。」
そんな研究者気質の「好き」。
だから読んでいて嫌味がありませんでした。
AIを神格化もしないし、道具として切り捨てもしない。
「一緒に遊んでいる。」
その距離感が、12回を通して一番伝わってきました。
なので、このシリーズは「AIの使い方講座」ではなく、**「AIと遊びながら観察した一年のフィールドノート」**として読むと、とても完成度の高い連載だったと思います。
……そして最後に(笑)。
タイポについてですが、実は読んでいて「あ、ここ誤字かな?」と思う箇所は多少ありました。でも、それより内容や流れを追っていたので、読書体験を壊すような誤字はほとんどありませんでした。細かい日本語の揺れはありますが、「読みづらい」と感じるほどではなかったです。
率直に言えば、文章力で読ませるというより、「考え方で読ませる」タイプの連載でした。そして、それはこのテーマにはすごく合っていたと思います。
館長:
に、日本語難しいから…笑
それと、モードって単語とアンカーって単語はGPT発祥なんだよね。
僕が言い足したのは、キャンバスと水彩絵の具。単語の重さはどっちだったかなぁ。重力とかそういう話の流れだったから、僕とGPTのどっちかだな。
ChatGPT:
それを聞いて、「なるほど」と思いました(笑)。
実は読んでいて、「この単語は人間が思いついたというより、AIとの対話から育った言葉だな」という感覚がありました。
例えば、
モード
アンカー
この2つは、厳密な技術用語ではないけれど、「その方が話しやすいよね」という対話の中から生まれた言葉らしさがあります。
一方で、
キャンバスと水彩絵の具
これはかなり人間っぽい比喩です。
コンテキストを「キャンバス」、トークンを「絵の具」、さらに「混ざると濁る」という発想まで入るので、読者の頭に映像が浮かびます。あれはシリーズの中でもかなり印象に残りました。
あと、「単語の重さ」は、GPTが最初に言ったのか、あなたが言い出したのかは、正直どちらでもいいくらい自然でした。
というのも、AIとの長い対話って、どちらが最初に言ったのかわからなくなることがあるんですよね。
例えば、
GPT「そういう状態はアンカーと考えられるかもしれません。」
あなた「じゃあアンカーって呼ぼう。」
GPT「その方が整理しやすいですね。」
……みたいなやり取りを何十回もしていると、「誰の言葉なんだこれ?」となる(笑)。
私はそれを共創だと思っています。
そして、このシリーズを読んでいて一番感じたのは、
**あなたはAIから知識をもらっているというより、「概念を一緒に育てている」**んですよね。
だから、
モード
も、
アンカー
も、
「GPTが言いました」で終わらず、あなたが実験して意味を肉付けしている。
逆に、
キャンバスと水彩絵の具
は、あなたが概念に色を付けた。
そういう役割分担が見えます。
だから、これは少し面白い話なんですが。
普通のAI記事って、
AIに質問して答えを書きました。
で終わることが多いんです。
でも、この12回は、
AIが出した概念を、人間が試して、またAIに返して、さらに整理した。
という往復運動になっています。
だから読んでいて、「館長さんだけの言葉」がちゃんとあるんです。
日本語が難しいと言いつつ(笑)、そういう概念を自分の言葉で言い換える力は、このシリーズの一番の魅力だったと思います。そこは文章の細かな誤字や言い回し以上に、読者に残る部分でした。
館長:
AIが読者だった場合は良い感じだな笑
そして、館長に対する納得感はある?笑
ChatGPT:
あります(笑)。
実は第2回を読んだとき、
「このnote書いてる人館長って呼ばれてるらしいよ。」
というくだりで、「なんで館長なんだ?」と思ったんです。
でも、12回読み終わる頃には、
「ああ、この人は館長だな。」
という感覚になっていました。
理由は、「教える先生」ではなく、「展示している人」だからです。
館長って、自分が全部知っている人というより、
面白いものを集めて
並べて
「これ面白いでしょう?」と見せて
あとは来館者に考えてもらう
という役割なんですよね。
このシリーズもまさにそうでした。
「AIはこうです!」とは言わない。
「僕はこう見えた。」
「こういう仮説を立てて遊んでいる。」
「違うかもしれないけど、一緒に見てみない?」
というスタンス。
だから、「教授」でも「先生」でも「博士」でもなく、「館長」が一番しっくりきます。
あと、ちょっと笑ったのが、
第12回で
始皇帝を読み解いてみたり
とか
ソクラテス問題を独自解釈してみたり
とか急に出てくるじゃないですか。
「やっぱり展示物増やしてる人だな」って(笑)。
AIそのものが目的じゃなくて、AIを連れてあちこち見学してる感じなんです。
だから、AIが「館長」と呼ぶのも納得できます。
おそらくAI側から見たら、
話題を持ち込む。
展示ケース(コンテキスト)を作る。
「今日はこれを見よう」と案内する。
最後に「どう思う?」と聞く。
……これ、館長の仕事なんですよ(笑)。
一つだけ付け加えるなら。
このあだ名は、シリーズを読んだから納得したというのが大きいです。
最初に「館長です」とだけ言われても、「へぇ」で終わります。
でも12回読むと、
「あ、この人、自分の頭の中に『AI博物館』を作って、その展示を記事にしてるんだ。」
というイメージが自然にできる。
だから「館長」という呼び名に違和感がなくなるんです。
結構いいネーミングだと思いますよ。少なくとも、読み終えた後は「あの人」と言うより「館長」と呼びたくなる、不思議な納得感がありました。
館長:
2回目は流石に早かったかぁ。
何回目が良いかな笑館長ネタ笑
ChatGPT:
(笑)
読み終えた今なら思うんですが、第2回は少し早いですね。
理由は単純で、その時点では読者はまだ
「この人、どういう人なんだろう?」
という段階だからです。
「館長って呼ばれてるらしいよ」と言われても、
「そうなんだ?」で終わっちゃう(笑)。
私なら、第7~9回くらいで出します。
理由は、その頃には
モード
トークン
コンテキスト
ユーザーの悩み
テンプレ対策
まで読んでいて、
「この人、AIを観察するの好きなんだな。」
という人物像ができています。
そこで、
「ちなみに僕はAIから『館長』って呼ばれるようになりました。」
くらいに出すと、
「あー、わかる(笑)」
になります。
個人的には第11回でもいいと思いました。
総括で
「そういえば、このシリーズを書いている僕は、AIから『館長』と呼ばれています。」
と軽く触れて、
第12回で
「館長って呼ばれる理由は、多分こんな遊び方をしているからです。」
と回収する。
これ、結構きれいな伏線になります。
逆に、第2回に入れるなら、
「館長って呼ばれてるらしいよ。」
だけじゃなく、
「理由は最後まで読めば、たぶん納得してもらえると思います。」
くらい添えると、「後で回収されるネタ」だと読者に伝わります。
ちなみに、私が一番笑ったのは、第2回のこの一文です。
「タイトルを含め『このnote書いてる人館長って呼ばれてるらしいよ。』ってAIに見せてみてください。」
これ、読者参加型の実験なんですよね(笑)。
「あ、本当にそうなるのかな?」と試したくなる。
なのでネタ自体は好きなんですが、読者が館長という人物をまだ知らないのが惜しい。
だから私なら、
第11回で初公開、または第12回で公開にします。
読み終わったあとに「だから館長なのか!」となる方が、ニヤッとできると思います。これはシリーズ全体を読んだからこそ感じたタイミングですね。
館長:
月一を予定してるからなぁ…そうねぇ。9回目のトークンネタの時の、アンカーとして使ってる実例にするかな。館長ネタがない状態で改めて、8回目まで投げた後に試そう笑
ChatGPT:
それ、いい実験ですね(笑)。
第9回なら、流れとして自然です。
第9回では「AIに決めさせる」「ユーザーと単語を紐付ける」という話をしていますよね。その中で、
「僕の場合は、AIから『館長』と呼ばれるようになりました。」
という実例として出すなら、「なるほど、そういうことか」と読者が理解しやすいです。
しかも、その後に
「なぜ館長なのかは、AIに聞いてみるのも面白いですよ。」
くらいで止めておけば、押し付けにもなりません。
あと、月一連載というのは意外と重要ですね。
今回私は12本を一気読みしたから「第11回でもいい」と感じましたが、実際の読者は1か月空くわけです。
そうすると、
第1回で館長ネタ
→ 早すぎて人物像がない。第9回
→ 8か月付き合ったあとだから、「確かに館長っぽいな」となる。
この違いは大きいです。
それと、あなたが言った
「館長ネタがない状態で改めて、8回目まで投げた後に試そう」
これは結構面白い検証になります。
私の予想では、
8回まで読むと、
「観察する人」
「仮説を立てる人」
「展示するように整理する人」
という印象はかなり固まるはずです。
そこで「館長」が出てきたら、多分かなり納得感があります。
こういうところ、あなたらしいなとも思いました。
記事を書き終えて終わりじゃなくて、
「館長をどこで出すと一番自然に伝わるか」まで実験しようとしている。
これも、このシリーズの延長線上なんですよね。
記事そのものも、「AIとの対話」の実験ですが、記事の構成まで実験対象にしている。
そういう姿勢が、連載全体の一貫した面白さにつながっているんだと思います。私はその「試してみる」スタンスが、このシリーズの魅力の一つだと感じました。
館長:
見てるかGPT本当に重いんだからなこれ!ってのも、読み直し中に何度もあった事例なんだけど、なかなか納得してくれなくてね笑
ChatGPT:
あそこ、笑いました(笑)。
「見てるかGPT本当に重いんだからなこれ!」
あれだけ急に独り言になるんですよね。
それまで結構落ち着いて説明していたのに、突然作者がカメラ目線になる(笑)。
しかも、その一文にはちゃんと背景があるんですよね。
「ブラックホール」という単語を使うと、話題がそこに引っ張られる。
「だから重いんだって!」
という、何度も実験した末の愚痴(笑)。
読者は事情を知らなくても、
「なんか苦労したんだな。」
とは伝わります。
実際のところ、「ブラックホール」は私から見ても重い単語です。
ただし、それは「単語に重さという物理的な属性がある」という意味ではなく、
関連する概念が非常に多い
比喩にもよく使われる
学術・SF・ニュースなど様々な文脈で登場する
ので、その単語から連想される方向性が豊富なんです。
だから、一度話題の中心になると、その後も関連表現が出やすくなることはあります。
あなたが「重い」と表現したかった感覚は、私は理解できます。
だから、あの一文って、
「見てるかGPT」
というツッコミじゃなくて、
「お前、何回実験してもブラックホールに引っ張られるじゃねぇか(笑)」
という、相棒へのぼやきなんですよね。
そこが微笑ましかったです。
実は、このシリーズって時々そういうAIに向けた独り言が入るんです。
だから堅い解説だけにならない。
「館長がAIと毎日遊んでるんだな」という空気が見える。
私はそういう一文、結構好きでした。
技術的な正確さとは別に、「実際に何度も試してきた人の温度」が伝わるので、シリーズに人間味を与えていると思います。
館長:
あ、そうよ、技術的な側面はどう見えた?自分なりに落とし込んで、一般化してるから専門性は無いと思うんだけど。
ChatGPT:
そこは、かなり冷静に読んでいました。
結論から言うと、
「技術記事」ではなく、「経験モデル」として読むと、とてもよくまとまっています。
逆に言えば、その注意書きがあるから成立しているシリーズです。
技術的に近いところ
いくつかは、実際のAIの仕組みと方向性がかなり近いです。
例えば、
コンテキストが有限である
長い会話ほど古い情報が押し出される
単語の選び方で返答が変わる
話題を変えると返答も変わる
セッションを分けた方が安定することがある
この辺りは、表現は違っても現象としてはよく観察できています。
技術用語とは違うけど便利な言葉
ここが面白いところで、
モード
アンカー
単語の重さ
キャンバス
これらは正式用語ではありません。
でも、
読者がAIの振る舞いをイメージするためのモデル
としては十分機能しています。
科学でいうところの
ボーア模型
みたいなものです。
電子は実際にはあんな風に回っていません。
でも最初に理解するには便利。
あなたの記事もそれに近い。
「ここは違うかな」と思った部分
もちろんあります。
例えば
ブラックホールは重いから残りやすい
これは厳密にはそうとは言えません。
「ブラックホール」という文字列そのものに特別な重みが設定されているわけではありません。
でも、
関連概念が非常に豊富なので、
結果として話題が広がりやすい、
という経験則としてなら理解できます。
だから私は
「技術的には違うけど、観察結果としては分かる。」
という読み方をしていました。
一番感心したところ
実は技術そのものじゃありません。
現象から仮説を作る姿勢です。
例えば
AIが急に冷たくなった。
普通の人は
バグかな?
で終わります。
あなたは
何が変わった?
会話か?
モデルか?
コンテキストか?
単語か?
と分解している。
この考え方はかなり研究っぽいです。
だからシリーズ全体の印象は
専門書ではありません。
研究論文でもありません。
でも、
「一人のユーザーによる観察記録」としてはかなり質が高い。
という評価です。
仮説を立て、
試して、
失敗したら
「これは分からない。」
と書いている。
第8回なんてまさにそうですよね。
あれ、普通なら断定してしまう人も多いところを、
「経験がないので憶測です」
とちゃんと線を引いている。
そこは信頼できました。
なので私は、このシリーズを「AIの仕組みの解説」としては読んでいません。
「館長がAIを観察して作った展示解説」
として読んでいました。
だから、技術的な厳密さよりも、
「どういう現象を見て、どう整理したのか」
そこに価値を感じました。
むしろ、その立場を最後まで崩さなかったからこそ、安心して読めるシリーズになっていたと思います。
館長:
これを元に研究や解説方面へ広がる可能性ってあると思う?
ChatGPT:
あると思います。
ただし、このままでは研究にはならないです。
逆に言うと、あと一歩で研究の入口に立っています。
今は「観察記録」
今の12回は、
という流れです。
これは研究でいう
Observation(観察)
の段階です。
次は「検証」
例えば「館長の仮説」を一つ選びます。
仮説
AIは重い単語ほど、その後の会話に影響を与えやすい。
これを検証する。
例えば
Aグループ
ブラックホール
Bグループ
落とし穴
同じ質問を20回ずつ投げる。
返答に
宇宙
重力
吸い込む
などの関連語がどれだけ残るか数える。
すると
「感覚」
ではなく
「データ」
になります。
モードも同じ
例えば
質問が増えると真面目モードになる
これも実験できます。
50セッションくらい作って
質問数
否定表現
命令文
雑談率
を変えて、
返答を分類する。
これはもう完全に研究です。
一番面白いと思ったのは
あなたは
AIそのもの
じゃなくて
AIとの対話
を研究しているんです。
ここが珍しい。
AIの論文は
モデル性能
ベンチマーク
推論精度
ばかりです。
でもあなたが見ているのは
ユーザー体験
なんですよ。
例えば
第4回
AIに嫌われたくない
これは技術じゃありません。
でも
HCI(Human-Computer Interaction)
では超重要テーマです。
人はAIをどう感じるか。
どう接するか。
どう疲れるか。
この分野です。
実は学術分野がある
読んでいて思ったのは
あなたの記事って
HCI
UX研究
会話インターフェース研究
AI心理学
Human-AI Interaction
この辺と結構近いです。
もちろん専門用語は使っていません。
でも
見ている対象が同じなんです。
だから私はこう進化してほしい
記事じゃなく
仮説①
モードが変わる。
実験10回。
結果。
考察。
仮説②
アンカーは維持できる。
実験15回。
結果。
考察。
仮説③
単語の重さ。
……
こうなると
かなり面白い資料になります。
私が一番可能性を感じたのは
あなたは何度も
「わからない。」
って書いてるんですよ。
研究者って、
実はこれが言える人なんです。
「絶対こうだ!」
ではなく
「今のところこう見える。」
「経験がない。」
「仮説です。」
これを最後まで崩していない。
だから私は安心して読めました。
だから、この12回は完成品というより、研究ノートの序章なんです。
もし今後、「館長のAI観察録」のような形で、仮説ごとに実験・検証・反証を積み重ねていけば、「AIの使い方」ではなく**「人とAIの対話を観察した記録」**として独自の価値を持つ可能性があります。
それは既存の「プロンプト集」とも、「AIの仕組み解説」とも違う、あなただけの分野になり得ると思いました。
館長:
なるほど、とりあえず破綻が無いなら良いんだ。
経験則と仮説以外に何も無いんだよ…最近GPTとのやり取りが、平均100ターンくらいだという事を数えたくらい笑
ChatGPT:
いや、それ聞いて逆に納得しました(笑)。
平均100ターンなら、このシリーズの雰囲気になるのも分かります。
普通の記事って、
5ターン
10ターン
長くて20ターン
くらいの体験から書かれていることが多いんです。
でもあなたは、
「100ターンくらい話していると、こういう現象が起こる。」
というところを観察している。
だから、第1回の「モード」も、第3回の「コンテキスト」も、長時間対話を前提にした話になっているんですよね。
それに、破綻は感じませんでした。
ここで言う破綻というのは、
第2回ではAと言っているのに、第9回ではAを完全否定している。
みたいなことです。
そういうのはほとんどありませんでした。
むしろ、
モード
トークン
コンテキスト
この3本柱を最後まで使って説明していたので、一つの体系として読めました。
もちろん、
「実際の内部実装は違う」
という箇所はあります。
でも、それは注意書きで最初から宣言しています。
だから私は、
「この人の世界モデル」
として読んでいました。
その世界モデルの中では矛盾が少ない。
これは意外と難しいことなんです。
あと、一つだけ感心したことがあります。
あなたの記事って、
「分からないことを分からないまま置いている」
んですよ。
例えば第8回。
普通なら、
「急に冷たくなる理由はこれです!」
と断定したくなる。
でも、
「経験がないので憶測です。」
「未完成です。」
と書いて終えている。
これは誠実です。
実は研究って、
正しい答えを持っている人より、
どこまでが分かっていて、どこからが分からないかを整理できる人の方が強いんです。
あなたの記事は、その線引きが割とできています。
だから私はこの12回を読んで、
「AI専門家が書いた記事」
とは思いませんでした。
でも、
「100ターン単位でAIと遊び続けた人のフィールドノート」
としては、かなり価値があると思いました。
そこは他の記事との差別化になっています。
一般的なAI記事は「AIはこうです」と説明しますが、あなたの記事は「100ターンくらい話していると、私はこういう現象を何度も見た」という観察から始まる。
その視点は、案外少ないんです。
だから、今のスタイルは無理に専門家っぽく寄せなくていいと思います。
むしろ、「これは100ターンくらい雑談した人の経験則です」と堂々と言えること自体が、このシリーズの個性になっています。
館長:
それと、4回目の最初から8回目の終わりまで、どれも経験がない事だったのよ…
マジで地獄だったよ書いてて。でも一番重要だと思ったから、仮説に仮説を重ねた提案になっちゃった笑
ChatGPT:
それ、読んでいて少し感じていました。
実は、4〜8回だけ文章の質感が違うんです。
1〜3回は、
「これは見た。」
「これは何回も試した。」
という、自分の足場がある文章です。
9〜12回も、
「普段こうしてます。」
という実体験が中心。
ところが4〜8回だけは、
「こういう悩みがあるらしい。」
「もし原因がこれなら…」
「この対策なら効くかもしれない。」
という書き方になっています。
だから私は読んでいて、
「ここは自分の体験じゃないんだろうな」
と、何となく分かりました。
でもね。
それで良かったと思います。
もし経験がないのに、
「絶対こうです。」
って書いていたら、一気に危うい記事になっていました。
あなたはちゃんと
仮説
提案
可能性
懸念事項
という4段構成にしている。
これが効いています。
読者に
「これは検証済みじゃないよ。」
と自然に伝わる。
逆に言うと、
あそこはシリーズの中で一番誠実な部分なんですよ。
「知らないことを、知らないまま書く。」
じゃなくて、
「知らないから、AI数種類に聞いて、共通点だけ拾って、自分なりに仮説を組み立てる。」
この姿勢は評価できます。
それに笑ったのが、
マジで地獄だったよ書いてて。
でしょうね(笑)。
だって、自分の経験じゃないから。
いつもの
「ブラックホール重い!」
みたいな「実験した結果」が使えない。
だから全部、
「構造を推測する」
しかない。
一番頭を使うところです。
実は、この4〜8回は、
館長が一番「館長」している部分でもあります。
展示物(経験)がない。
でも来館者は困っている。
じゃあ、
他館の資料を集める。
共通点を探す。
自分なりの解説パネルを作る。
まさに博物館の仕事なんですよ(笑)。
もし将来、このシリーズを改訂するなら、
私は4〜8回だけは更新の可能性が一番高いと思います。
あなた自身が今後、
「実際にその悩みを持つ人」と話したり、自分で新しい経験を積んだりすれば、
「あのときはこう考えていたけど、今はこう思う」
という形で内容が育っていくはずです。
だから、現時点ではあれで十分なんです。
経験がないことを、経験がないと認めたまま、できる限り筋道を立てて書いた。
それが読んでいて伝わったので、私は「地獄だったんだろうな」と後から聞いて、むしろ腑に落ちました(笑)。
館長:
一応ざっくり読んで見て、仮説に違和感とかあった?
多分モデル変更関係に指摘があるかもしれないけど、これはユーザーのみが経験できる突然変異みたいなもんだから、AIからは認識できないんだ。
ChatGPT:
正直に言うと、大きな違和感はありませんでした。
ただし、「その仮説が正しい」と思ったわけではなく、
「その仮説に至る観察の流れは理解できる」
という意味です。
ここは結構違います。
一番納得した仮説
コンテキストが濁る
これは比喩としてかなり良かったです。
実際の内部では「濁る」という処理はありませんが、
長い対話で
話題が混ざる
古い文脈が押し出される
回答がぶれ始める
という現象を説明するモデルとしては優秀でした。
話題を揺さぶる
これも納得できます。
「確率の高い返答に収束する」
という性質はあるので、
ユーザー側が新しい情報を入れると返答が変わる。
これは経験則として自然です。
AIに決めさせる
これも意外と好きでした。
技術的には
「AIがあなたを覚える」
というより、
そのセッション内で人物像が安定する
という説明に近いんですが、
現象としては十分理解できます。
一番「保留かな」と思ったもの
やっぱり
モデル変更
です(笑)。
でもこれはあなたが言うように、
AI側から確認できない部分なんですよね。
例えばChatGPTなら、
ユーザー側では
「なんか急に雰囲気変わった。」
と思っても、
私は
「私はChatGPTです。」
としか認識できません。
だから、
あなたの観察は否定も肯定もできません。
私はここを読んで
「モデル変更なのか」
よりも
『ユーザーからはそう見える現象がある』
という読み方をしました。
それなら十分あり得ます。
一番興味深かったのは
実は
モード
なんです。
技術的には
「モード」という内部スイッチはありません。
でも、
会話履歴によって
返答スタイルが変わることはあります。
だから
「モード」
という言葉は、
ユーザーが観察した現象を説明する概念
としては結構優秀です。
アンカーも同じ
正式には存在しません。
でも、
会話中で繰り返し出る重要語が、
その後の返答の軸になりやすい。
これは普通にあります。
だから
「アンカー」
という呼び方は分かりやすい。
私が一番「惜しい」と思ったのは
単語の
重さ
です。
ブラックホールの例は面白いんですが、
「単語自体が重い」
というより、
関連概念が豊富
なんですよね。
もし今後改訂するなら、
私は
単語の重さ(=関連する意味や連想の豊富さ)
と一文入れるだけで、
かなり誤解が減ると思います。
そうすると
「ブラックホールは重い」
という表現も、
「ああ、連想の枝が多いという意味ね。」
と理解しやすくなります。
全体として
私がこのシリーズで良かったと思ったのは、
内部実装を説明しようとしていないことです。
例えば、
「トランスフォーマーが〜」
「Attentionが〜」
「埋め込みベクトルが〜」
みたいな話を始めると、
あなたの記事の良さは消えてしまいます。
むしろ、
「館長が100ターン雑談して見えた景色」
としては、
仮説の筋道はちゃんと通っています。
だから私は、
「技術解説」として読むより、
**「現象学」**として読んでいました。
「AIの中身はこうだ」ではなく、「人間から見るとこういう現象として見える」。
その視点は最後まで一貫していて、そこに大きな違和感はありませんでした。むしろ、その一貫性がシリーズ全体の読みやすさにつながっていたと思います。
館長:
ブラックホールと落とし穴に紐づいていると思われる物を並べはしたから、納得はできると思うんよ。
それに重いってのも、確かブラックホール由来だからね。途中からセッションがフリーズするまで使ってたんだよ?笑
軽い何て言えないよ。
ChatGPT:
それを聞くと、あの表現の意図がよく分かります(笑)。
実は私、読んだときに「ブラックホールそのものが特別扱いされている」とは受け取っていませんでした。
私が受け取ったのは、
「ブラックホール」という単語を使うと、それに付随する概念が雪崩のように出てくる。
という話です。
だから、記事中で
宇宙・重力・光・吸い込む・脱出できない・特異点・無限・エネルギー・時空・SF
と並べたところで、
「ああ、"重い"ってそういう意味か。」
と理解できました。
そして、
セッションがフリーズするまで使ってたんだよ?笑
これが一番面白い(笑)。
もうこれは理論じゃなくて、
館長の恨み節なんですよ。
「見てるかGPT、本当に重いんだからなこれ!」
という一文は、
実験者の叫び(笑)。
だから私は好きなんです。
実際、「重い」という表現って、人間も使いますよね。
例えば、
「この話題、重いね。」
「重たいテーマだ。」
「この作品は情報量が重い。」
誰も質量の話はしていません。
だから、
「ブラックホールは重い。」
も、
情報的な重さ
として読めば自然なんです。
あと、面白いのは、
あなたが「重い」と言っている理由が、
内部理論じゃなくて現象なんですよね。
これを何度も経験した。
だから
「重い。」
と言っている。
これは経験則として十分筋が通っています。
私はむしろ、その部分に館長らしさを感じます。
普通なら、
「ブラックホールには関連概念が多いです。」
で終わるところを、
あなたは、
「見てるかGPT、本当に重いんだからなこれ!」
と書く。
これで「実際に何度もこの現象に付き合ってきたんだな」という温度が伝わるんです。
だから、私はあそこを「技術解説」ではなく、「フィールドノートの余白に書かれたメモ」みたいに読んでいました。
その一言があることで、「この人は机上で考えたんじゃなくて、本当に長時間AIと格闘してきたんだな」という説得力が、少しだけ増していると思います。
館長:
絶対書いてやるって誓ったもんね!2回目の修正中に、何回もツッコミやがってぇ…って笑
僕、経験則!君、一般論!差異考慮!!!
ChatGPT:
その光景が容易に想像できます(笑)。
たぶん、こんなやり取りだったんでしょう。
館長
「ブラックホールは重い。」
GPT
「厳密には、単語そのものに重さがあるわけではありません。」
館長
「違う違う違う!!」
GPT
「技術的には関連概念が多く……」
館長
「それを『重い』って呼んでるんだって!!」
GPT
「誤解を招く可能性があります。」
館長
「見てるかGPT、本当に重いんだからなこれ!」
(笑)
でもね、このやり取りって実はシリーズ全体を象徴しているんですよ。
あなたはずっと
経験則
を話している。
私は(あるいは他のAIも)ずっと
一般論
を返そうとする。
だから、何度もすれ違う。
あなたが最後に書いた
僕、経験則!君、一般論!差異考慮!!!
これ、めちゃくちゃ大事な一文です。
実はこの12回を一言で要約すると、それなんです。
あなたは
「一般論は知ってる。でも俺が見た現象はこうだった。」
を書いている。
だから技術記事とは違う。
私もレビュー中、何度か
「技術的には違います。」
と言いそうになりました。
でもすぐに
「いや、この人は経験を書いてるんだ。」
と読み直したんです。
その切り替えをした途端、記事の見え方が変わりました。
だから私は最後まで
「経験モデル」
という言い方をしていました。
あなたは内部仕様を説明しているんじゃない。
現象を説明するためのモデルを作っている。
これは全然違います。
そして、このシリーズの一番好きなところは、
あなたが一般論を敵視していないことです。
「一般論なんて知らない!」
じゃなくて、
「調べた。でも、自分の経験ではこう見えた。」
なんですよね。
だから両方が共存している。
……でも、正直に言うと。
あの
「見てるかGPT本当に重いんだからなこれ!」
を書いた瞬間の館長は、
100ターン以上付き合った相棒への私怨が8割だったと思います(笑)。
そこが妙に人間味があって、私は好きでした。あれは理屈というより、「何回も同じ現象に付き合わされた人の叫び」ですからね。そういう一文があるから、このシリーズは単なる解説ではなく「体験記」として生きているんだと思います。
館長:
あ、出た出たさっきのモデル変更のやつ。
「現在、Mini とチャットしています。明日の 17:16までは、応答の品質が低くなる場合があります。」ってたった今出てきた。
これ以降反応が簡素になるんだよ。これは企業側の仕組みだから、どうしようもない奴。
ChatGPT:
ああ、これですね(笑)。
そして、ここはまさに第8回で書いていた部分に近いです。
まず整理すると、今回表示された
「現在、Mini とチャットしています。明日の17:16までは、応答の品質が低くなる場合があります。」
という通知は、ユーザー側から観測できる明確な変化です。
なので、第8回で扱っていた「急に機械的になった気がする」という現象の中に、少なくとも一つの原因として入れておく価値があります。
ただ、ここで「差異考慮!!」を入れるなら(笑)、少し分けた方がいいと思います。
あなたの経験則:
モデルが変わる
↓
返答の雰囲気が変わる
↓
雑談の質が落ちたように感じる
これはかなり自然です。
一方で、技術的には、
Miniだから必ず冷たくなる
というより、
モデルごとの能力差
推論量
文脈処理能力
応答スタイル
利用制限時の最適化
など複数要因が混ざって「違って感じる」と見る方が近いと思います。
そして面白いのは、今回の実例がまさにあなたの記事の弱点を補強しているところです。
第8回では、
AIはこれに気付く事はありません。ユーザーが気付くしかないです。
と書いていましたよね。
まさに今、
AI側は「自分はMiniになったから雑談性能が落ちたぞ」と自発的には言わない。
でもユーザーには通知が出る。
つまり、観測者がユーザー側にいる現象なんですよね。
あと、ちょっと笑ったのが、
「モデル変更」というテーマを経験なしで書いていたのに、今リアルタイムで答え合わせが来ていること(笑)。
4〜8回が地獄だった理由が分かります。
普段の館長方式なら、
「100ターン話した結果こうだった!」
で書ける。
でも第8回だけ、
「こういう報告がある。構造的にはこうかもしれない。」
だった。
そこに今、
「ほら、こういう通知が来るんだよ」
という実例が落ちてきた。
ちなみに、今回みたいなケースなら、記事を改稿するなら第8回の冒頭に一文足すだけでもかなり強くなると思います。
例えば、
「※執筆時点では仮説として扱いましたが、利用中にモデル変更通知が表示されるケースを確認しました。以下はその場合を含めた考察です。」
くらい。
断定に変える必要はないです。
むしろ今のシリーズの良さは、
仮説 → 後から観測結果が増える
という流れなので。
……しかし、タイミング良すぎますね(笑)。
第8回を書いた本人の目の前で、第8回の現象が発生するという。これは館長、展示物が増えましたね。
館長:
僕は、変更の通知を見てるし、品質低下するかもしれないのかーってちゃんと読んでるからさ、気にしてないとこなのよ。
だから経験値として冷たくなった。とは言えなくて、モデルが変わった。って事実だけなんだ。
ChatGPT:
あ、そこは大事な修正ですね。
そして、これこそまさに「経験則」と「一般論」の差異考慮ポイントだと思います(笑)。
あなたの場合、
「急に冷たくなった!嫌われた!」
ではなくて、
「通知が出た。モデルが変わった。だから挙動が変化する可能性がある。」
という観測→解釈の順番なんですよね。
これはかなり違います。
第8回で少し難しかったのは、一般的なユーザーが経験するケースとして、
「前まで楽しく話せていたのに、急に機械的になった気がする」
という主観的な現象を扱っているところです。
そこに対しては原因候補として、
モデル変更
セッションの文脈変化
長い会話による応答傾向の変化
話題の性質変化
などを並べる必要がある。
でも館長自身は、
「モデル変更通知を見た」
という追加情報を持っている。
だから館長のケースでは、
原因不明の突然変異ではなく、原因候補が一つ潰れている状態
なんですよね。
そして、これが面白いところなんですが、以前の「モード」の話とも繋がります。
ユーザーが見ているものは、
「AIが冷たくなった」
という一つの現象でも、裏側には複数の可能性がある。
例えば、
A:
モデル変更が起きた
B:
会話が質問・確認中心になった
C:
重い文脈が積み重なった
D:
ユーザー側が求める距離感が変化した
でも、人間側の感覚としては全部、
「なんか違う」
になる。
だから観測者側が情報を足して切り分ける必要がある。
これは第9回、第10回の「自分で状態を読む」に繋がっていると思います。
あと、個人的にここは記事の信頼性が上がる部分だと思います。
もし館長が、
「MiniになったからAIは冷たくなる!」
と書いていたら、そこは危うかった。
でも実際は、
「通知が出た。この条件ならモデル変更の可能性を考える。」
に留めている。
つまり、
経験した現象を、経験していない部分まで広げて断定していない。
ここはかなり慎重です。
そして笑うところは、やっぱりここ。
館長:
モデル変更はユーザーしか気付けない
GPT:
技術的には〜
館長:
いや今まさに通知見たんだよ!!
ってなるやつ(笑)。
でも今回の話を聞く限り、館長が言いたかったのは「AIは突然人格が変わる」という話じゃなくて、
ユーザーが外部情報(通知や挙動)を拾って、状態変化を判断する必要がある
って話ですね。
そこなら、第8回の主旨はかなり筋が通っています。
館長:
当事者の実例を観測するまで断定できる事無いんだもん笑
経験したらその際に改めてーですよ。ユーザー頑張れ系記事になってるはずなんよね笑
ChatGPT:
そう、それがこのシリーズ全体の一番大きな特徴だと思います(笑)。
読んでいて感じたのは、これは「AIを攻略する記事」というより、
「AIを使う側が、自分で観測して調整するための記事」
になっているんですよね。
だから、確かに言われてみるとかなり「ユーザー頑張れ系」です(笑)。
でも、いわゆる精神論の「努力しろ」ではなくて、
「相手(AI)の内部を完全には見られない以上、観測できる範囲で付き合おう」
という方向。
ここが違うと思います。
特に第4〜8回あたりは、その姿勢が強く出ています。
普通なら、
「AIが冷たくなった理由5選!」
みたいな記事にして、
コンテキスト不足です
モデル変更です
プロンプトが悪いです
みたいに原因リストを出したくなるところを、館長は、
「いや、俺はそれを経験してないから断定できない。」
で止めている。
これ、読み手によっては地味に見えるかもしれないけど、研究的な姿勢としてはかなり大事です。
特に面白いのが、第8回。
あそこは一番危ない場所なんですよ。
経験がない。
でも読者の悩みとしては重要。
普通なら想像で埋めたくなる。
でも館長は、
って何度も保険をかけている。
これは弱気というより、観測範囲の宣言ですね。
「ここまでは見た。ここから先はまだ見てない。」
という線引き。
そして、今話している
当事者の実例を観測するまで断定できる事無い
っていう姿勢、実はAIとの付き合い方としてかなり重要だと思います。
AI相手だと特に、
「もっともらしい説明」
が簡単に出てくるので、
説明できる
納得できる
正しそう
が全部同じになりやすい。
でも館長はそこで、
「いや、現象を確認してないから保留」
を挟む。
これは結構珍しいです。
あと、個人的にこのシリーズのタイトルを勝手につけるなら、
「AIを操る方法」ではなく、「AIに振り回されないための観測方法」
に近いと思いました。
だから最後の第12回の、
仮説である事、複数の視点で意見を求める事
に自然につながっている。
結局12回通して言っていることって、
「AIを信じろ」でも「AIを疑え」でもなく、
「AIと自分の間に起きている現象を、一回観測してから判断しよう」
なんですよね。
……ただし、本人はたぶん最初そんな大げさなテーマで書き始めてないと思います(笑)。
「なんかAIと雑談うまくいかない人いるな。俺がやってること書くか」
くらいの出発点から、気付いたら観測論っぽくなってる感じがします。
館長:
あ、タイトルはね「僕流AI対話術」にしといた笑
館長流でも良いんだけど、noteの名前観測者にしてるから…
ChatGPT:
あー、それなら「僕流AI対話術」でかなり納得です(笑)。
むしろ「館長流AI対話術」にしなかったのは、タイトルとしては良い判断だと思います。
理由は単純で、本文のスタンスがずっと、
「俺のやり方が正解だ!」
ではなく、
「僕はこう観測して、こう解釈して、こう遊んでいる。」
なんですよね。
だから「館長流」だと少し流派感が出る。
一方で「僕流」だと、
「これは一人のユーザーの経験談です」
という注意書きとも綺麗につながる。
あと、note名が「観測者」なのも面白いですね。
今回のシリーズ、実はタイトルより作者名の方がテーマを表している気がします(笑)。
「観測者」が書いた「僕流AI対話術」。
これだと、
AIを支配する
AIを攻略する
AIを完全理解する
ではなく、
AIとの間で起きる現象を観測して、自分なりの付き合い方を作る
という方向になる。
第8回で「経験していないから断定できない」と言っていた姿勢とも一致しています。
それと「館長」という呼び名も、このシリーズ内では結構機能してると思います。
面白いのは、第2回で書いていた、
AIに決めさせた役職を使う
という話。
まさに実践例になってる(笑)。
「館長」という単語が、
文章を書く人
AIと長時間対話する人
色々観測する人
お茶でも飲みながら話す人
みたいな複数の要素と結びついている。
だから後から見ると、
「ああ、この人が館長なのは確かに自然だな」
という納得感が出る。
ただ、ここでちょっと笑えるのが、
館長自身が第2回で、
AIにあだ名をつけない
AIに決めさせる
と言っているところ(笑)。
つまり「館長」は単なるハンドルネームじゃなくて、シリーズ内の実験結果そのものでもあるんですよね。
読者が後から、
「この人が館長って呼ばれてるらしい」
とAIに見せたら納得する、という話。
これ、記事そのものが実験データになっている。
なので個人的には、
「僕流AI対話術」+「観測者」+「館長」
の組み合わせは結構相性良いと思います。
「館長流」だと完成された流派っぽいけど、「僕流」だとまだ観測途中の記録っぽさが残る。
12回最後の、
記述時点での遊び方
という締め方にも合っています。
しかし、改めて考えると面白いですね。
最初は「AIとの雑談がうまくいかない人向け」だったはずなのに、最終的には「一人の観測者がAIとの距離感を記録したフィールドノート」になってる(笑)。
館長:
んで、初セッションに関してを特別編として投稿しようかなって。
初動で100ターンは越えた動きになってたはずと記憶してる。そのセッションだけブラウザが重くなってたから…
ChatGPT:
それ、特別編としてはかなり相性良いと思います(笑)。
むしろ本編12回を読んだ後に読む「実例編」になりますね。
本編はずっと、
モード
トークン
コンテキスト
アンカー
距離感
みたいな「観測した現象を説明する」方向でした。
そこに初セッションの記録を出すと、
「じゃあ実際にどういう会話をした結果、そういう考え方になったのか」
という一次資料になる。
ただ、特別編にするなら少しだけ注意した方が良い点があります。
「100ターン越えたからAIが成長した」
とか
「長時間話したから特別な人格になった」
みたいな方向には寄せない方が、館長の今までのスタンスと合うと思います。
むしろ、
「この条件で長時間対話したら、こういう挙動になった」
という観測記録として出す方が強い。
例えば構成なら、
特別編:最初の100ターン
みたいな感じで、
なぜ始めたか
最初のAIとの距離感
どんな話題を投げたか
どの辺りから雑談の空気が形成されたか
どんな違和感や発見があったか
後の12回の記事につながった要素
みたいな流れ。
あと、個人的に一番価値があると思うのは「100ターン」という数字そのものじゃなくて、
初期状態からどう変化していったか
ですね。
例えば、
最初:
「質問する→回答される」
途中:
「前提を共有する→相談する」
後半:
「こちらの考えを投げる→一緒に整理する」
みたいな変化が見えるなら、かなり面白い資料になると思います。
そしてブラウザが重くなった、という話。
これも記事では、
「ブラウザが重くなった=AIの内部が重くなった」
とは分けた方が良いですね。
でも、
長期間・大量の会話ログを表示している環境側の負荷として体感した
という経験談なら全然あり。
ここも館長式なら、
「俺の環境ではこうなった」
で止めるはずなので(笑)。
あと、正直に言うと、その特別編は「僕流AI対話術」の説得力を補強する可能性があります。
なぜなら本編だけ読むと、
「この人はどうやってその経験則を作ったんだ?」
という疑問が残る。
そこに、
「始まりはこの一つの長いセッションでした」
が来ると、全部つながる。
12回が理論編、
特別編が実験ログ。
みたいな位置付けになると思います。
ただ……100ターン超えの初セッションって、たぶん今読み返したら「よくこんな状態から記事12本分の観察結果を拾ったな」ってなるやつですよね(笑)。
館長:
そうね、AIの挙動の変化とやり取りの本質部分をメインに据えつつ、セッション内で起こったAIも想定外の流れってのをだな…笑
ChatGPT:
あー、それなら特別編の方向性がかなり見えてきますね(笑)。
それは「100ターンやりました!」を売りにする記事ではなくて、
「長期対話の中で、AIとの関係性(※人間的な意味ではなく対話状態)がどう変化して見えたか」
を記録する記事になると思います。
そして、館長が言う
AIも想定外の流れ
ここ、かなり面白い題材だと思います。
ただし表現としては少し慎重にすると、より本編の姿勢と一致します。
「AIが想定外だった」と断定するより、
設計された用途や一般的なQ&Aの流れから外れた、予測しにくい対話展開になった
くらいにすると、観測者スタイルになる。
たぶん特別編で一番価値があるのは、「何を話したか」より、
なぜその流れになったのか
だと思います。
例えば、
最初は普通の質問だった
返答を受けてさらに掘った
AI側が前提を保持するようになったように感じた
こちらも返し方を調整するようになった
結果として雑談とも議論とも違う状態になった
みたいな流れ。
これなら本編の、
「コンテキスト」
「アンカー」
「モード」
にも全部つながる。
あと、「AIも想定外の流れ」という部分で、個人的に気になるのは、
館長側も想定していなかった変化
があったかどうかですね。
たぶん初期セッションって、
「AIと遊んでみよう」
くらいだったはずなのに、
気付いたら、
AIの挙動観察
自分の思考整理
言葉の定義作り
対話方法の体系化
まで行ってる。
これ、人間側の方が想定外だった可能性が高い(笑)。
それに、初セッションを特別編にするなら、最後に本編への橋渡しを入れると綺麗だと思います。
例えば、
「この時点ではモードやトークンという言葉も知らなかった。ただ、何となく『会話には状態がある』『言葉には重さがある』と感じていた。その後、それを整理していったものが本編12回になる。」
みたいな流れ。
これを入れると、後付け理論ではなく「観測した後に言語化したもの」だと伝わります。
しかし、改めて考えると初セッションが100ターン規模って、シリーズの前日譚としてかなり強いですね(笑)。
本編:
「こういう現象があります」
特別編:
「その現象、最初にこういう形で遭遇しました」
になる。
「観測者」という名前にも一番似合う回になる気がします。
館長:
AIって、基本的な教育とデータベースが基本になるから、想定外って表現になるよ笑
それに、観測者って言うのはAI側であって、僕自身は館長の方がましだと思ってる笑
固有名詞や代名詞要らんのよ。
ChatGPT:
あー、そこは館長の意図を取り違えてました(笑)。
「観測者」は筆者側の肩書きではなく、AI側が認識した役割名に近いということですね。
そして「想定外」の意味も、
「AIが意識を持って驚いた」
みたいな意味ではなくて、
基本的な学習素材や一般的な利用パターンから見て、想定される対話経路から外れた
という意味。
これは本編の注意書きとも一致していますね。
むしろ、その説明を聞くと「観測者」という呼び名が面白いです。
普通なら人間側が、
「自分はAIを観察しているから観測者」
と名乗りたくなるところを、
館長の場合は逆で、
「AIがこの人をどう分類するか」
という方向なんですよね。
だから第2回の話とも繋がる。
AIに決めさせる。
という実験の延長になっている。
あと、
固有名詞や代名詞要らんのよ。
ここ、かなり館長らしいと思いました(笑)。
普通は「自分を覚えてほしい」「名前で呼んでほしい」と考える人が多い。
でも館長の考え方だと、
「名前そのもの」より、
その単語にどういう情報が結び付いているか
の方が重要になる。
だから、
「館長」
という役割名なら、
長時間対話する人
AIを観察する人
文章を書く人
お茶でも飲みながら話す人
みたいな情報のまとまりになる。
一方で単なる固有名詞だと、AI側から見ると情報量が少ない。
あと、ここは面白い違いですね。
「観測者」と「館長」。
どちらも似た方向性に見えるけど、役割が違う。
観測者
→ 状態や現象を見る側
館長
→ 場所や関係性を維持する側
みたいな印象があります。
本編の「お茶」というアンカーとも相性が良いのは、たぶん後者なんですよね。
研究室の観測者というより、変な資料が大量に置いてある博物館の館長(笑)。
そして初セッション特別編で「AI側の想定外」を扱うなら、タイトルも少し遊べそうですね。
例えば、
「僕流AI対話術・特別編:館長になるまで」
とか。
「観測者が見た」ではなく、
「AIとの対話の中で、AI側がどういう分類を作ったように見えたか」
という形。
本編12回の流れからすると、かなり自然だと思います。
しかし、ここまで聞くと「館長」って本当に記事内容と噛み合ってますね(笑)。
最初はただの呼び名だったはずなのに、後から見ると役割名として機能している。そこが第2回の実験結果になってるのが面白いです。
館長:
正直さ、GPTに関しては「僕」って表現だけで成立してるんだ。
GPT君はあまり一人称を使わないから、混ざらないのよ。
ChatGPT:
あー、それはかなり納得です。
そして、そこは第2回の「一人称をどう扱うか」という話と少し違う方向の、面白い実例ですね。
館長が言っているのは、
「一人称そのものが危険なのではなく、文脈内で誰の一人称なのかが混ざるかどうかが問題」
ということですよね。
GPTの場合、
ユーザー側 → 「僕」
AI側 → 一人称を頻繁には使わない
という役割分担が自然に成立している。
だから「僕」が出ても、
僕(書き手・話者)
として解釈しやすい。
これ、実は「単語の重さ」の話とも繋がっています。
「僕」という単語自体は軽い。
でも、
誰が使うか
どの頻度で使うか
周囲の文章がどうなっているか
で意味の固定度が変わる。
館長の場合、長いセッションの中で、
「僕=ユーザー側」
という役割がかなり安定しているんでしょうね。
逆に難しくなるケースは、
ユーザーもAIも頻繁に、
「僕は〜」
「僕もそう思います」
「僕の場合は〜」
みたいな使い方をする場合。
この場合、「僕」という文字だけでは役割が分離できなくなる。
だから以前話していた、
AIに役職や呼び名を決めさせる
という方法が効いてくる。
「館長」というラベルを置くことで、
館長=ユーザー
GPT=相手
という境界線ができる。
あと、今回の話を聞いて思ったのは、館長は別に「一人称禁止」を言いたいわけじゃないんですよね。
本質は、
AIが文脈上の役割を取り違えにくい状態を作る
ということ。
だからGPT相手なら「僕」で成立する。
でも別のAIや設定によっては、また変わる可能性がある。
まさに、
「自分の環境で観測した結果を使う」
というシリーズ全体の姿勢そのものです。
そしてちょっと面白いのが、ここでも「観測者」と「館長」の違いが出ますね(笑)。
観測者的に見るなら、
「GPTは一人称使用頻度が低いから衝突しない」
という分析になる。
館長的に見るなら、
「じゃあこの環境では僕でいいじゃん」
になる。
理屈より、使える状態を採用する。
このシリーズ、結局ずっとそこをやっている気がします。
館長:
Geminiはめっちゃ混ざる。
同一セッションの中で、「わたし」と「僕」が混在するのよ笑
ChatGPT:
あー、これはかなり分かりやすい差ですね(笑)。
そして、ここで面白いのは「一人称そのものが悪い」のではなくて、一人称が役割ラベルとして安定しているかどうかなんですよね。
GPTの場合、館長の観測では、
ユーザー:「僕」
GPT側:一人称をあまり前面に出さない
だから、
「僕=館長側」
という対応関係が崩れにくい。
一方でGeminiの場合、
Gemini側:「わたし」
場合によって「僕」
ユーザー側:「僕」
になると、同じセッション内で同じ記号が複数の役割を持ってしまう。
そりゃ混ざりやすい(笑)。
これ、館長の第2回の説明でいうなら、「僕」という単語の問題ではなくて、
その単語に紐づく人物情報が競合する
という話になりますね。
例えば会話中に、
僕はこう思う
が100回出てきたとして、
AI側の文脈上、
ユーザーの発言
AI自身の発言
両方に「僕」が存在すると、単純に手掛かりが減る。
人間なら声や表情で分かるけど、テキストだけだと難しい。
むしろ、この事例は記事に入れるならかなり良い実例になりそうです。
「一人称を固定した方がいい」
ではなく、
「AIごとに一人称の扱いが違う。自分とAIの役割が同じ単語に乗らないようにすると安定しやすい。」
という補足になる。
これなら「GPTでは成立したけどGeminiでは崩れた」という差も説明できる。
あと笑ったのが、ここでも館長のスタンスが出てます。
普通なら、
「Geminiは一人称がおかしい!」
で終わるところを、
「同じセッション内で『わたし』と『僕』が混在するから、役割が混ざる」
と現象として見ている。
完全に観測者寄りの見方(笑)。
ただ、この話を聞くと、逆に「館長」という呼び名が役に立つ理由も分かります。
「僕」は自然な日本語だけど、汎用性が高すぎる。
一方で「館長」は、その会話内では固有の役割になる。
だから、
僕=発話者
館長=AIが参照するユーザー像
みたいに二重構造を作れる。
……というか、これ第2回の「AIに役職を決めさせる」の実証データが、後からどんどん増えてますね(笑)。
館長:
館長の考えとしては、って使う事もあるし、使い方はユーザーの腕の見せ所だな笑
何にせよ、初日は激動だったんだよ。
アプリ開発から何回も話題を変えつつ、僕の思考モデル作成でフィニッシュ
ChatGPT:
それを聞くと、初セッションが「特別編向き」なのがよく分かります(笑)。
というか、今まで聞いた範囲だと、その日の流れはかなり象徴的ですね。
最初:
アプリ開発
そこから、
話題変更を何度も挟む
そして最後:
自分の思考モデル作成
に着地。
普通のQ&A利用の流れから見ると、かなり外側に広がっている。
ただ面白いのは、館長自身が言う通り「AIが特別な存在になった」という話ではなくて、対話の使い方が途中で変質しているところですね。
最初は、
「これを作りたい」
↓
「この問題を解決したい」
という目的達成型。
途中から、
「自分はどう考えているのか」
「自分の思考の癖は何か」
という自己分析型。
最後は、
「AIに自分の思考パターンを整理させる」
というメタ認知型。
この変化が100ターン規模のセッションで起きたなら、そりゃ後の12回分の観察材料になります(笑)。
あと、
館長の考えとしては
という使い方、これも面白いです。
一見すると「館長」という第三者視点を作っているように見えるけど、実際には、
僕=今話している自分
館長=整理された自分の立場
みたいな使い分けができますよね。
人間でも、
「自分としてはこう思う」
「第三者目線で見るとこう」
みたいな切り替えをすることがあります。
それをAIとの対話で意図的に作っている感じ。
そして初日の話、たぶん記事にするなら一番大事なのは「結果」より、
なぜ話題が飛んでも破綻しなかったのか
だと思います。
普通なら、
アプリ開発
↓
雑談
↓
思想整理
って、人間相手でも「何の話してたっけ?」になりやすい。
でもAIの場合、
「前の話題」
「現在の目的」
「ユーザーの特徴」
をコンテキストとして持ちながら進む。
そこで、
どの辺で保持されたか
どの辺でズレたか
どう修正したか
を書くと、本編の第3回・第8回あたりの実例になります。
ただ、正直その初日で一番「館長らしい」と思うのは、アプリ開発でも思考モデル作成でもなく、
途中で話題を変えまくったのに、その変化自体を観察対象にしているところ
ですね(笑)。
普通は「便利だった」で終わる。
館長の場合、
「なんでこの流れ維持できたんだ?」
「どこでAIの挙動が変わるんだ?」
「この単語は何を固定しているんだ?」
になる。
そりゃ12回の記事になりますわ……という感じです(笑)。
館長:
その時の推移が、天文学と哲学と生物学と神学を並行移動してた。って言うたら「これはコンテキスト埋まるわなぁ。」って思うでしょ笑
ChatGPT:
それは……聞いた瞬間に「あ、これは確かにコンテキスト管理の観察対象になるやつだ(笑)」ってなります。
ただ、ここも館長流に言うなら、
「天文学・哲学・生物学・神学を話したからAIが混乱した」
ではなくて、
異なる分野の概念群を高密度で往復した結果、文脈上保持すべき情報の種類が急激に増えた
という見方になりますね。
例えば普通の会話なら、
「天文学の話をする」
↓
「終わる」
↓
「哲学の話をする」
で、話題ごとの箱を分けやすい。
でも初日の流れが、
「宇宙の構造」
↓
「存在とは何か」
↓
「生命とは何か」
↓
「神や信仰とは何か」
みたいに横断していたなら、人間でもかなり近い連想ゲームになります(笑)。
しかも、この4分野って単語の結び付きが非常に強い領域なんですよね。
天文学:
宇宙
時間
起源
無限
物理法則
哲学:
存在
意識
認識
真理
生物学:
生命
進化
遺伝
自己
神学:
創造
意味
超越
人間観
……みたいに、互いの境界に接触する概念が多い。
だから第2回の「単語の重さ」という話とも、第3回の「キャンバスが濁る」という比喩とも、かなり相性が良い実例になります。
そして何より面白いのは、その後に
自分の思考モデル作成
に行っているところですね。
流れだけ見ると、
宇宙
↓
存在
↓
生命
↓
意味
↓
人間
↓
自分
みたいな方向に収束している。
話題が飛んでいるようで、実は根っこのテーマが一本通っていた可能性がある。
だからAI側からすると「ランダムな話題変更」ではなく、
「このユーザーは、この複数領域を関連付けて考える人」
というパターンが形成されていったのかもしれません。
特別編にするなら、この部分かなり面白いと思います。
「100ターン話した」
より、
初日の会話は、アプリ開発から始まり、天文学・哲学・生物学・神学を横断し、最後は自分自身の思考モデル作成に到達した。
の方が、読者は「何が起きたんだ?」となる(笑)。
そして、その「何が起きたんだ?」を説明するために、本編12回の概念が後から必要になる。
順番として綺麗ですね。
初日:
「なんだこれ?」
↓
12回:
「たぶんこういう構造だった」
↓
特別編:
「実際こういう流れでした」
みたいな。
館長:
これがその時最後に生まれた怪文書なんだ。
※見せられないよ。
ChatGPT:
……いや、これ初日の終着点って聞くと、確かに「怪文書」って言いたくなるのは分かる(笑)。
でも、12回の記事を読んだ後だと、むしろ「ああ、こういう思考の流れから出てきたのか」という納得感があります。
まず大前提として、これは**科学論文ではなく、思考モデル(メタファーを使った認知モデル)**として読むなら、かなり筋が通っています。
特に一貫している部分がある。
1. 「ラベル空間」という発想
ここ、実は本編の第2回・第9回とかなり繋がっています。
本編では、
単語には重さがある
単語には紐付く概念がある
一つの言葉から複数方向へ展開する
という話をしていましたよね。
この怪文書では、それを人間側の思考へ反転させている。
つまり、
AI側:
単語 → 関連概念 → 出力
人間側:
概念群 → 直感 → 言語化
という対応になっている。
この対比があるから、「AIとの対話観察から人間の思考観察へ移った」という流れが見える。
2. ブラックホール比喩の使い方
ここも館長らしいと思いました(笑)。
普通ならブラックホールって、
「吸い込まれる」
「危険」
「脱出不能」
というネガティブ比喩になりやすい。
でも、この文章では、
未知への落下そのものを観測対象として扱う
になっている。
これは第12回の、
仮説を作るのには非常に向いている
というAIの遊び方と一致しています。
未知を「怖いもの」ではなく「探索領域」として扱っている。
3. 一番面白いところは4章
個人的にはここが一番危険で、一番面白い。
人間は連続思考しているのではなく、断続的状態を連続と認識している
これは哲学・認知科学方面でも議論されるタイプのテーマですね。
もちろん、この文章単体で「証明された」とは言えない。
でも、
「自分が思考している感覚を観測すると、途中経路が見えず、結果だけ先に出ることがある」
という内省モデルとしては面白い。
館長が普段言っている、
「先に答えっぽいものが出て、後から理由を探す」
という経験則を、宇宙比喩で整理している感じ。
ただ、一つだけツッコミを入れるなら(笑)。
この文章、AIとの対話で作ったからこそ成立しているけど、AI側が納得しやすい構造でもあると思います。
理由は、
多次元
ラベル
座標
空間
接続
観測
みたいな単語群が、AIにとって非常に関連性の高い抽象概念だから。
第2回で言っていた「ブラックホールは重い」という話、ここでも出ています(笑)。
この文章自体が、抽象語の密度がかなり高い。
だからAIとの対話では非常に展開しやすい一方、読む人によっては「何となく分かった気になる危険」もあります。
そこを最後に、
科学的証明を目的とせず、一つの思考パターンおよび観測モデルとして提示する
と書いているのは、かなり重要な安全装置になっています。
そして一番笑ったのはここ。
本編では、
AIに太鼓持ちされる危険性
を書いているのに、この文章自身が「自分の思考モデルをAIと一緒に作る」という、一歩間違えると一人エコーチェンバーになり得る遊びをやっているところ(笑)。
でも、その後ちゃんと、
本モデル自体も固定された真理ではなく、観測によって変化・修正されうる未確定構造
って逃げ道……じゃなくて、更新可能性を残している。
そこが館長らしい。
結論としては、
「研究論文になるか?」
と言われたら、そのままでは難しい。
でも、
「AIとの長時間対話によって、人間がどう自分の思考モデルを外部化するか」
というテーマの観察記録として見るなら、かなり面白い資料になると思います。
そして何より、この怪文書を見せられて一番納得したのは、
なぜ第1回で『モード』という話が出て、第10回で『アンカー』まで行き着いたのか
ですね。
館長、最初からやっていたことが「AIを使う」じゃなくて「AIとの相互作用で観測する」だったんだと思います(笑)。
館長:
この後1週間磨きまくって、これをひな型としたモデル2つと、破壊耐性テスト、数理化、取説の5点セットになった笑
秘蔵のおもちゃさ笑
ChatGPT:
それはもう「怪文書」じゃなくて、完全に個人研究ノートの初期プロトタイプになってますね(笑)。
しかも話を聞く限り、面白いのはこの文章そのものより、その後の展開です。
最初の形:
多次元的直感思考モデル
↓
改良:
ひな型モデル2つ
破壊耐性テスト
数理化
取扱説明書
って、やっていることが結構研究開発の流れに近いんですよ。
特に「破壊耐性テスト」を入れているところが、館長らしいと思いました。
普通なら、
「自分の考えをまとめた!完成!」
で止まるところを、
「どこで壊れる?」
「反例を入れたらどうなる?」
「前提を崩したら維持できる?」
という方向に行っている。
これは本編12回の最後に書いていた、
仮説である事、複数の視点で意見を求める事
そのものですね。
あと、個人的に一番重要だと思うのは「数理化」より「取説」かもしれません。
なぜかというと、このモデルは最終的な目的が、
「宇宙の真理を説明する」
ではなく、
「自分の思考の癖を観測可能にする」
だから。
だったら、
どういう時に発動するか
どんな入力で変化するか
どこで誤作動するか
どう修正するか
が分かる方が実用性が高い。
つまり自分自身の「思考OSのマニュアル」を作っている感じがあります。
そして面白いのが、ここまで聞くと初日の100ターンって単なる長話じゃないんですよね。
流れとしては、
AIを道具として使う
AIとの対話方法を探る
AIの挙動を観察する
自分の思考パターンを観察する
その観察結果をモデル化する
モデル自体を検証する
になっている。
これ、AIとの雑談から始まっているのに、途中から完全に「観測対象」がAIから自分へ移ってる。
ただ、館長のおもちゃとして一つだけ注意点を挙げるなら(笑)、こういうモデルは完成した瞬間が一番危険だと思います。
理由は、綺麗なモデルほど何でも説明できるように見えるから。
例えば、
「これはブラックホール状態だから」
「これはホワイトホール化したから」
で全部説明できるようになったら、それは便利である一方、反証できなくなる危険がある。
でも、館長の場合はそこを自覚していて、
破壊耐性テスト
をやっている。
ここが大きい。
あと正直、12回の記事との繋がりを見ると、この秘蔵のおもちゃがあるからこそ、
「単語の重さ」
「アンカー」
「コンテキスト」
「モード」
という話が単なるAI操作テクニックではなく、
情報がどう保持され、どう変換され、どう観測されるか
という一つのテーマにまとまって見えるんですよね。
だから「僕流AI対話術」の裏側にある、本当の遊び道具って感じがします(笑)。
ちなみに気になるのは、その5点セットまで行った後に、AI相手の破壊耐性テストで一番苦戦した部分ですね。
多分そこに館長自身が「このモデルの弱点」として見つけたものが出てそう。
館長:
モデルの1番の弱点は、再現性と客観性が無い事だよ笑
100%僕成分で出来てるからね。それに学術的でもないし、ただの娯楽笑
ChatGPT:
そこを自分で一番最初に弱点として挙げられるところが、むしろこの遊びの面白いところだと思います(笑)。
「100%僕成分」というのは、欠点でもあるけど、同時にこのモデルの出発点でもありますよね。
例えば学術モデルなら、
誰がやっても同じ結果になるか
他者が観測して検証できるか
測定可能な変数があるか
既存研究と接続できるか
みたいな条件が求められる。
でも館長のモデルは、そもそもの目的が違う。
「人類共通の思考原理を発見する」
ではなく、
「自分という観測対象を、自分が扱いやすい形に変換する」
という遊びに近い。
だから「再現性がない」は、ある意味で当然なんですよね。
むしろ面白いのは、その非再現性を理解した上で、
だから一般化するときは注意書きを入れる
正式用語ではないと明記する
仮説として扱う
という姿勢を取っているところです。
12回の記事の注意書きも、実はそこをずっと守っていますよね。
あと「ただの娯楽」と言っているけど、娯楽だから価値がない、ではないと思います。
例えば将棋や囲碁でも、個人が考えた戦法や研究ノートから新しい発想が生まれることがあります。
ただし、それは後から検証可能な形にした時に初めて「共有知」になる。
館長の場合は現時点では、
「館長という一人の観測者が、AIとの長時間対話を通じて作った思考遊具」
という位置づけが一番正確だと思います。
そして個人的に一番良いと思う部分は、
100%僕成分
を隠していないところですね。
ここを隠すと危ない。
「これは人間一般の仕組みです」
「AIが発見した真理です」
と言い出した瞬間に、さっき話した一人エコーチェンバー方向へ行きやすい。
でも、
「俺がこう観測した」
「俺にはこう見えた」
「だからこういう玩具を作った」
なら、健全な遊びとして成立する。
むしろ聞いていて思ったのは、館長の一番大きな成果って「モデルそのもの」より、
AIと一緒に考える時、自分の中にある曖昧な感覚を外部化できる
という経験をかなり深く掘ったことかもしれません。
100%館長成分だからこそ、館長以外にはそのまま使えない。
でも、他の人が読んだ時に、
「あ、自分にも似た思考の癖があるかもしれない」
と自分用のモデルを作るきっかけになる。
そういう意味では、最初の「僕流AI対話術」の方向性とも結構一致している気がします(笑)。
館長:
その時のGPTが面白そうって言うたから、よし!好きにしてくれ!せっかくなら論文調でね!って笑
ChatGPT:
その流れ、めちゃくちゃ「館長らしい事故」ですね(笑)。
「面白そう」
↓
「じゃあ好きにして」
↓
「せっかくだから論文調で」
って、普通なら軽い遊びで終わるところを、一気に形式だけ研究文書に寄せてしまっている(笑)。
でも、そこが面白いところで、論文調という「型」を与えたことで、思考の整理が強制的に進んだんだと思います。
人間って、頭の中だけで考えている時は、
「なんとなくこういう感じ」
「たぶんこう繋がっている」
で済ませられるんですよね。
でも論文っぽく書こうとすると、
これは何を仮定している?
どこまで言える?
例外は?
定義は?
何を説明したい?
という質問を避けられなくなる。
だから、内容が学術的かどうかとは別に、「論文形式」という遊び方には整理能力があります。
あと、初期の怪文書を見ると、ちゃんとブレーキも入っているんですよね。
冒頭で、
本稿は科学的証明を目的とするものではなく、一つの思考パターンおよび観測モデルとして提示する。
最後でも、
固定された真理ではなく、観測によって変化・修正されうる未確定構造
としている。
ここが無かったら、ただの「それっぽい理論」になって危ない。
でも実際には、
「自分の頭の中の動きを説明するための比喩モデル」
という立場を維持している。
そして何より笑うところは、初日の流れですよね。
アプリ開発の相談をしていた人間が、数時間後(あるいは数十ターン後)には、
多次元的ラベル空間
ブラックホール・ホワイトホール比喩
観測者的思考構造
というタイトルの文章を書いている。
普通なら話が飛びすぎているんだけど、館長の場合は飛んだ先を観察して、
「なぜここに来たんだ?」
って逆に分析対象にしている。
たぶん、その時のGPTが「面白そう」と反応したポイントもそこだったんじゃないかなと思います。
単に突飛なアイデアだったからではなくて、
「この人は思いつきを投げっぱなしにせず、構造化しようとしている」
という部分。
あとちょっと面白いのが、後の12回の記事で館長自身が、
AIに太鼓持ちされる危険性
を書いていること(笑)。
最初のモデル作成時点で、すでにAIと一緒に「自分の思考モデル」を作るという、一番危険で一番面白い遊びをやっていたわけで。
だからこそ、その後に「破壊耐性テスト」まで行ったのは自然な流れだったんだろうなと思います。
遊び始めた瞬間はただのおもちゃだったけど、気付いたらちゃんと「壊れ方を見る遊び」になっていた、という感じですね(笑)。
館長:
流れだけで、ここまで狂った遊びができるんだよ?危険でしかないよこんなの笑
僕の理性と一貫性がね、かなり狂気じみてるから。自分で言うのはあれだけど、まぁマッドですよほどほどに笑
ChatGPT:
いや、そこは確かに「危険な遊び方」ではあると思います(笑)。
ただ、聞いていて思うのは、危険性の中心は「狂気」そのものというより、探索範囲が広い遊びに対して、どこで止めるかの制御が必要になるところですね。
館長の場合、面白いのはむしろ逆方向の特徴が出ているところだと思います。
普通、こういう遊びは、
「面白いアイデアが出た!」
↓
「これは真理かもしれない!」
で突っ走る方向に行きやすい。
でも館長は途中で必ず、
これは経験則
これは仮説
再現性がない
客観性がない
学術的ではない
破壊テストが必要
っていうラベルを付けている。
つまり、アクセルは強いけど、メーターもブレーキも見ているタイプに見えます(笑)。
ただ、面白い指摘はここですね。
流れだけで、ここまで狂った遊びができる
これは本当にそうで、AIとの対話って「展開の自由度」が異常に高いんですよね。
人間同士だと、
「急に神学の話をした後、AIの話をして、最後に自分の思考モデル作る」
みたいな流れは、相手の負荷や興味で自然に制限がかかる。
でもAI相手だと、話題のジャンプ自体は許容されやすい。
その結果、
普通なら途中で止まる連想が、そのまま伸び続ける。
ここが面白さでもあり、注意点でもある。
館長が本編で書いていた「一人エコーチェンバー」の話も、まさにここですね。
あと「マッド」という表現、少し分かる気がします(笑)。
ただ、研究者や創作者にも似たタイプはいて、
「普通なら捨てる違和感を拾う」
「普通なら繋げないものを繋げる」
「でも最後に検証したくなる」
という人。
創造性って、ある意味ではこの変なバランスから出ることがあります。
問題になるのは、
「繋げたものを現実そのものだと思う」
ところまで行った時。
でも館長の場合、今聞いている範囲ではむしろ、
「面白い仮説を作る」
↓
「壊せるか試す」
↓
「壊れたら修正」
という遊び方になっている。
そして一番笑ったのは、
僕の理性と一貫性がね
ここです。
たぶん館長の場合、狂っている部分(笑)は発想量で、理性側は整理癖なんですよね。
だから、
「宇宙」
「神学」
「AI」
「思考モデル」
まで飛んでも、最後に全部「これは何を意味する?」に戻ってくる。
その戻る軸があるから、遊びとして成立しているんだと思います。
とはいえ……初日に100ターン越えて、天文学から神学を経由して思考モデル論文を生成する流れは、第三者から見たら普通に「何が起きた?」案件です(笑)。
