第五巻 また・・同じ街に..
武蔵ヶ辻の再開発案。
ホテル
マンション
商業施設。
都市再開発としては
ごく一般的な計画だ。
多くの都市で
同じような開発が進んでいる。
人を呼び込む。
街を活性化する。
そのために
複合施設を作る。
都市計画としては
特別おかしな話ではない。
しかし
ここで一度
落ち着いて
考えてみたい。
その再開発は
本当に金沢のためのものなのだろうか。
まず
マンション。
武蔵ヶ辻は
金沢の都心の中心だ。
当然
地価も高い。
そこに建つマンションは
おそらく高価格になる。
住む人は
限られる。
富裕層
あるいは
投資用の住戸。
つまり
城下町の中心が
住民専用の空間
になる。
都市の中心が
一部の人の居住空間になる。
それは
都市の使い方として
少しもったいない。
次に
ホテル。
金沢はここ数年
ホテルが大きく増えた。
金沢駅周辺。
香林坊。
片町。
観光都市として
宿泊施設はすでに多い。
さらに
民泊も増えている。
もちろん
観光客は増えている。
しかし
城下町の中心に必要なのは
本当に
宿泊施設なのだろうか。
最後に
商業施設。
新しい商業施設ができるとき
入る店は
ある程度決まっている。
ユニクロ。
スターバックス。
全国チェーンの飲食店。
もちろん
それ自体が悪いわけではない。
便利でもある。
しかし
ユニクロは
すでに金沢駅にもある。
香林坊にもある。
スターバックスも
同じだ。
つまり
新しい商業施設ができても
街の景色は
それほど変わらない。
どこにでもある
都市の風景になる。
ここで
もう一つ考えてみたい。
なぜ
再開発は
どこの都市でも
同じ形になるのだろうか。
理由は
とてもシンプルだ。
安全だから。
マンション。
ホテル。
商業施設。
この三つは
収益モデルが
すでに確立されている。
銀行も
投資家も
理解しやすい。
つまり
失敗しにくい。
都市再開発は
多くの資金が動く。
だから
確実な方法が
選ばれる。
その結果
日本の都市は
だんだん似てくる。
駅前には
タワーマンション。
下には
ショッピングモール。
中には
ホテル。
東京でも
大阪でも
地方都市でも
同じ景色が
生まれる。
実は
この再開発を進める側にも
理由がある。
市。
地権者。
そして
施設を運営する企業。
それぞれにとって
マンション
ホテル
商業施設
という組み合わせは
非常に都合がいい。
まず
市の立場。
マンションが建てば
固定資産税が入る。
人口も増える。
ホテルができれば
宿泊税や観光消費が増える。
商業施設ができれば
雇用も生まれる。
つまり
税収と経済効果が読みやすい。
行政としては
説明しやすい開発になる。
次に
地権者。
再開発では
土地の権利を
新しいビルの床に変える。
そのとき
マンションやホテルは
資産価値が安定している。
賃料も
予測しやすい。
つまり
リスクが低い。
土地を持つ人にとって
安心できる計画になる。
そして
デベロッパーや運営会社。
マンションは
販売すれば資金を回収できる。
ホテルは
観光都市なら
需要が見込みやすい。
商業施設も
全国チェーンなら
テナントが入りやすい。
つまり
事業として成立しやすい。
このように
行政
地権者
企業
それぞれの立場から見ると
マンション
ホテル
商業施設
という開発は
とても合理的だ。
だから
日本中の都市で
同じような再開発が
生まれていく。
もちろん
それは
合理的な選択だ。
しかし
もし
すべての都市が
同じ景色になったら
街の個性は
どこに残るだろうか。
金沢は
普通の都市ではない。
城下町である。
しかも
加賀百万石の城下町。
武蔵ヶ辻は
その中心だ。
市場の前。
城下町の交差点。
金沢でも
最も重要な場所の一つである。
もしここが
再開発されるなら。
必要なのは
普通の都市の建物
ではなく
金沢という街を
象徴するもの
ではないだろうか。
マンションは
住む人だけの建物だ。
ホテルは
泊まる人だけの施設だ。
商業施設は
買い物をする場所だ。
しかし
象徴は
都市全体の資産
になる。
ここで
少しだけ
時間の話をしたい。
江戸時代。
金沢には
多くのものが作られた。
兼六園。
茶屋街。
城下町の町並み。
近江町市場。
それらは
当時の人たちにとっては
ただの都市の施設だったはずだ。
庭園を作り。
町を整え。
市場を育てる。
その時代の人たちは
おそらく
四百年後に
観光客が来ることなど
想像していなかっただろう。
しかし結果として
それらは
今の金沢の大きな魅力になっている。
多くの観光客が訪れ、
街の誇りにもなっている。
つまり
今の金沢は
江戸時代の人たちが残した都市の資産の上に
成り立っている。
では
私たちは
何を残すのだろうか。
マンション。
ホテル。
商業施設。
もちろん
都市には必要だ。
しかし
それを見に
四百年後の人は
金沢に来るだろうか。
未来の金沢市民は
それを見て
誇りに思うだろうか。
少し
考えてしまう。
江戸時代の人たちは
未来の観光都市を
作ろうとしていたわけではない。
ただ
その時代の都市を
本気で作った。
だから
結果として
四百年後にも
残る街になった。
もし
そうだとしたら。
今の私たちにも
同じことが
できるのではないだろうか。
これから先の
誰かを喜ばせる何か。
金沢という街に
長く残る何か。
それを
作ることはできないだろうか。
天守。
その天守のまわりには
何を作るべきなのだろうか。
普通の商業施設では
ない。
城下町にふさわしい
町の形がある。
江戸時代の城下町は
巨大な消費都市だった。
武士は
生産をしない。
町で
消費する。
その結果
城下町の中心には
食と文化が集まる。
団子。
蕎麦。
甘味。
茶屋。
芝居。
いわば
江戸時代のモール
である。
もし
それを
現代の金沢で
作るとしたら
どんな町になるだろうか。
次回
城下町の商業空間
江戸モール
について
考えてみたい。
