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【短編小説】どんなに離れていても

※2025年4月27日にXに投稿したものを改稿しています。
元の作品はこちら↓


午前9時。とあるマンションの5010号室。
広めの2LDKの部屋に、猫の足のようにくるんとデザインされたダイニングテーブルの脚。
そのテーブルを挟んで白髪交じりの母親と大学生の息子が会話している。

「ちゃんとご飯食べるのよ」
「はーい」
「何かあったらすぐに連絡してね」
「うん」
「実家にも顔を出すのよ」
「うーん」

このやりとりをすでに5回以上繰り返している。
いや昨日の夜から数えると10回目かもしれない。
母親は白髪の多くなった頭をひっつめにして、眉間にしわを寄せた。
「聞いてるの?」
行儀よく並べられたカトラリーはすでに食事終了の合図を出している。

「息子がきちんと生活できているか見に来た」と言って東京の高層マンションのインターホンを鳴らしたのが先週。
母親の香水か体臭に、部屋が完全に染まりきったのに安心したのか、突然今日帰ると言い出した。
親子で過ごす最後の日だからか、いつもよりも食卓が豪華だ。
テーブルの上にはカーネーションの花瓶が飾られ、フルーツは普段よりも5品種ほど多い。
といっても普段の朝食も一般的な朝食とかけ離れて贅沢であることは、最近知ったのだけれど。

僕はこっそりとため息をついた。
別にこの家や食卓が一般的でないからと言って、自分にはどうしようもないことだ。与えられているものを享受しているだけで、それはただ「運が良かった」という言葉に収束される。この環境に感謝をしろ、と強制される筋合いもないと思う。
なぜならこの環境は当たり前のものだからだ。
心配性だけど甲斐甲斐しい母親。
海外を飛び回りお金に不自由させなかった父親。
欲しいものはすぐに手に入り、質の良い家具や服に包まれたこの環境。

じゃあなぜこの環境を当たり前を思っている僕が、一般的な家庭を知っているのか。
それは僕の一番最初の挫折がきっかけだ。

高校では、大学は推薦という名の形式だけの受験か、家族のコネで入学するのが常識だった。
しかし異端児というのはどこにでもいるようで、「自分の力だけで受験する!」と宣言した奴がいた。
そして異端児に憧れる10代の少年という普遍的なカテゴリーに、もちろん僕も当てはまっていた。
そいつに憧れて大学受験に挑戦したはいいものの、必死になって勉強をするという習慣がなかった僕は、いとも簡単に散った。
心配した両親が僕を受けいれてくれる大学を紹介してくれたが、すでに肥大化したプライドがそれを許さなかった。
大焦りした母親がせめて、と大手予備校に入学させてくれたのだが、そこで僕は自分が恵まれた立場であることを知った。
ブランド物の服に包まれたやつらではなく、どこで作られたか分からないスウェットやパーカーを着た奴らのなかに放り込まれたのだ。

きっと彼らはそういうのが当たり前なのだ。
でも僕にとってみれば彼らはみな“異端児”だった。
彼らは門限もなければ、バイトなんかもしたりして経済的にも精神的にも自立していた。
異端児に憧れやすい僕は彼らが輝いてみえた。
そして同時に自分の環境の特異さに気付いたのだ。
僕も彼らのように自立したい。
そう思って実家を出た。しかし自分の環境をすべて手放すこともできなかった。
それがこの高層マンションや猫の足テーブルなのだろう。

「もう出る時間じゃない?」

僕は豪華に並べられた朝食もそこそこに席を立った。
もう?という母親の声を背中に受けながら、母親の荷物を持って玄関まで運ぶ。
無事大学生になって一人暮らしをしたい、と切り出したとき、母親は白目を剥いて必死に反対したけれど僕の決心は揺るがなかった。
一般的な大学生がするように、家族と違う家で暮らすことをしてみたかったのだ。

母親は相変わらず心配そうな顔をやめない。
「ちゃんとご飯たべるのよ」
「はいはい」
「何かあったらすぐに連絡してね」
「ママ」

およそ11回目のやり取りを遮り、僕は5010号室のドアを開けた。
そしてそのまま外に出ると正面の5011号室のドアも開け、母親に荷物を放り込んだ。

「このマンション自体うちのでしょ?」





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