看取りで「何かしなきゃ」と悩む介護職へ森田達也氏の考え方を、かなり緩く読む
1 森田先生の理論とは
森田達也先生は、緩和ケアの医師であり、看取りや終末期ケアを「経験」や「良い話」だけで終わらせず、できるだけ言葉にし、研究にし、現場で使える形にしてきた人である。
難しく言えば、死亡直前の身体変化、症状緩和、予後予測、家族への説明、望ましい死、終末期のQOLを扱っている。
介護職向けにかなり乱暴に言えば、森田先生の仕事はこう読める。
看取りとは、ただ「最期まで頑張らせる」ことではない。
亡くなる過程で何が起きるのかを知り、本人と家族の苦痛を減らし、その人の時間をできるだけ壊さないように支えることである。
2 食べられなくなることを、すぐ失敗と思わない
看取りの場面では、食べられなくなる、飲めなくなる、眠る時間が増える、呼吸が変わる、意識が遠くなる、手足が冷えるなど、さまざまな変化が起きる。
介護職は、それを目の前で見る。
すると不安になる。
「食べさせた方がいいのか」
「水分を入れた方がいいのか」
「起こした方がいいのか」
「声をかけ続けた方がいいのか」
「このままでいいのか」
けれど、亡くなる過程には、身体が死に向かう自然な流れがある。
もちろん、苦痛は取る必要がある。息苦しさ、痛み、不安、せん妄があれば、医療職につなげる必要がある。
しかし、すべてを無理に戻そうとすることが、本人にとって良いとは限らない。
食べられなくなることを、すぐに介護の失敗と思わない。
飲めなくなることを、すぐに努力不足と思わない。
眠る時間が増えることを、すぐに放置と思わない。
看取りでは、身体が静かに終わりに向かっていくことがある。その流れを知らないと、善意で本人を苦しめてしまうことがある。
3 「よい看取り」は、美談ではなく苦痛を増やさないこと
森田先生の仕事には、Good Death、つまり「望ましい死」という考え方がある。
これは、立派に死ねという意味ではない。
美しい最期を演出しろという意味でもない。
感動的な看取りを作れという意味でもない。
本人や家族から見て、苦痛が少なかったか。
人として大切にされたか。
家族や大切な人と過ごせたか。
望んだ場所や環境に近かったか。
安心できる人がそばにいたか。
そういうことを考える視点である。
つまり、「よい看取り」は、美談ではなく苦痛を増やさないことである。
最期まで食べたから良い。
最期まで起きていたから良い。
家族に囲まれていたから必ず良い。
そう単純には言えない。
本人が苦しみすぎず、人として大切にされ、できるだけその人の望む時間に近づけること。
そこに向かうための現実的な知恵が、森田先生の考え方にはあると思う。
4 介護職ができるのは、最後の環境を荒らさないこと
介護職が森田先生の考え方を読むなら、使える部分はかなりある。
まず、亡くなる過程を知ることで、必要以上に慌てなくなる。
食べられない人に、無理に食べさせる。
眠っている人を、良かれと思って何度も起こす。
静かに過ごしたい人に、ずっと声をかけ続ける。
家族との時間に、業務都合で何度も割り込む。
こういう善意や業務が、本人の負担になることがある。
もちろん、何もしないという意味ではない。
放置ではない。
観察は必要である。苦痛があれば医療職に伝える。家族への説明も必要である。
ただ、看取りでは「何かをする」だけがケアではない。
余計なことをしない。
苦痛を増やさない。
落ち着ける環境を作る。
家族と過ごせる時間を邪魔しない。
本人の望む時間を壊さない。
介護職ができるのは、最後の環境を荒らさないことでもある。
これは地味だが、かなり大事な仕事だと思う。
5 森田先生の言いたい事って? 私見
私見だが、森田先生の言いたいことは、かなりシンプルだと思う。
亡くなる人に、最後まで余計な苦痛を足さないこと。
そのために、亡くなる過程を知る。
身体の変化を知る。
苦痛緩和を知る。
家族の不安を知る。
何が本人にとって大切なのかを考える。
看取りは、感動話ではない。
根性論でもない。
「最期まで食べられたら偉い」でもない。
「最期まで起きていたら良い」でもない。
本人が苦しみすぎず、人として大切にされ、できるだけその人の望む時間に近づけること。
介護職は医師ではない。治療方針を決める立場でもない。けれど、本人の最後の生活環境に関わる立場ではある。
だからこそ、森田先生の考え方は、介護職にも読んでおく意味があると思う。
6 単純にQOLを落とさずに過ごして欲しいだけです
看取りで大事なのは、特別なことばかりではない。
痛みが少ない。
息が苦しくない。
落ち着ける。
怖くない。
家族や大切な人と過ごせる。
職員に雑に扱われない。
本人のペースを乱されない。
そういう普通のことが、最後にはとても大きい。
介護職は、最後の生活環境を整えることができる。表情を見ることができる。苦しそうなら伝えることができる。声をかけるか、そっとしておくかを選ぶことができる。
森田先生の理論を読む意味は、難しい理論を覚えることではない。
看取りの場面で、本人のQOLを余計に落とさないためである。
単純に、最後の時間を少しでも楽に、少しでもその人らしく過ごしてほしい。
それだけの話である。
