抽選制イベントに行きたいだけなのに
虚構と真実が交差する場所
去年の冬のVketで公開されていたパラリアル新宿には、リクイン制のイベントの紹介パネルが並んでいる一角があった。
いずれも行ったことがないが、名前なら知っているものがちらほらとあった。
抽選制のイベントもずいぶんと増えたものだ。
メイド喫茶、キャバクラ、ホスト、ヤンデレ、ギャル、ロールプレイ、メスガキ、ケモ、和装、人妻、サキュバス、ナース……まだまだ挙げていけばキリがない。
VRChatは紛れもなく癖の集積地だ。
抽選制のイベントは、抽選をくぐり抜けた者だけが堪能できる特別な空間だ。
当選した人は心の中で握りこぶしを作るのだろう。
しみったれた日常を忘れさせてくれるという期待感の醸成と、あらゆる幻惑を受け入れるためのささやかな儀式のように。
抽選制イベントは、参加者に偶像の中から真実を掘り出させることを暗に要求する場所だと思う。
キャストはゲストをもてなすために甘い仮面をかぶり、ゲストは仮面から各々なりの真実と偶像を定義していく。
キャストの振る舞いのどこまでが本当で、どこからが機械的接待なのか。
虚構の中から真実の光をすくい取り、自分だけはキャストと確かなつながりを結べたのだという確信を得たい。
あるいは自分だけは特別な客でありたいという、ぎらついた願いが渦巻く。
日程を忘れ、熱量も足りない
わたしは未だに抽選制のJoin戦争に挑んだことがない。
興味がないわけではない。
だが、参加の可能性が運任せで試行回数が重要となると、面倒くささを感じてしまう。
加えて、「高い倍率をくぐり抜けたとしても、やることの本質はグループ参加制のイベントと変わらないじゃないか」と高をくくっている節もある。
キャストと喋って一時間ばかり過ごすだけだろう? だったらリクイン戦争に臨まなくとも、空いているグループ参加制のイベントに行けばいいではないか、というように。
昔、抽選制のイベントに参加しようとした際、開始時間を忘れてしまったことがあった。
おそらくだが多くの人は、抽選制のイベントに参加する際はしっかり日時やリクイン先を抑えておくのだろう。
しかしわたしは、自分で思っている以上に気が変わりやすいようだ。
前日までは行く気満々だったのに、当日になって「やっぱりやめた」となってしまうことがしばしばある。
当日の時間までフレンドと夢中になって話していた結果、事後的に「そういえば抽選制のイベントに行くのを忘れていた」と思い出すことも少なくない。
わたしには、抽選制のイベントに絶対参加してやるんだという熱量が不足している。
リクイン先や開始時間を気にして、時間前に軽量ワールドで待機し、じりじりしながら招待リクエストを要求し、応答が返ってくるのを待つ。
この流れを度々取らなければいけないのはしんどい。
今回こそは今回こそはという切迫した願いを込めるだけの気概を捻出できないのである。
そこまで前のめりな姿勢を求められるのなら、面倒だからいいやと諦めてしまうわけだ。
入れる確率が低いイベントに張り付くよりも、人数に余裕のある接客イベントに行けば事足りるじゃないかと考える。効率厨である。
入店するのにシリアスな回線戦争をくぐり抜けなければいけないというのは、どうしても気後れしてしまう。
未確定の事柄の結果が出るのを待つことができない落ち着きのなさも、障害となっている。
VRChatという電子空間だと、どうも待つことがへたくそになってしまう。
多動症の子どものように、「もう待てない!」と癇癪を起こして別の場所へ飛び出してしまうのだ。
向かった先ではしゃぎまわり、「イベントなんでどうでもいいや」という心境になっていることがしばしば。
抽選制とは別に、クレジットを払えば予約入場できる選択肢があればいいのになと夢想している。
外国人旅行客が物珍しさから近くのメイド喫茶に入るように、気が向いたら飛び込めるような導線がほしい。
お客様気分で気軽に入店できるような仕組みがあればベストだ。
特別であることを証明するための独占
今まで述べてきたこと以上に、わたしを足踏みさせる重大な理由がある。
よこしまな独占欲が腹の底に粘りついていることだ。
VRChatをしている際、しばしばわたしは、そこらの他人よりも自分が優れているという感情が持ち上がってくるのを感じる。
これは明らかに、VRChatを始めてから芽生えてきた傲慢の感情だ。
現実のわたしはひ弱なものだ。
学生時代は気弱な性質を持っていたので、周りの人たちがいちいち超人のように見えていた。
労働者としてのわたしの能力は著しく低い。
単純作業しか継続して行えた仕事がないからだ。
突っかかりを受ければ、先に怖気づいてひれ伏すのは常にわたしだった。
人が対面した際に発してくる、密度のある圧に相対する気力がなかった。
自分の声は、芯が腐っていると思っていた。
10代の頃、か細くて折れそうな声しか出せなかったのは、世界に対する根本的な怯えからきていたのだろう。
だから人に聞き入れてもらえないのだと納得して、鬱屈としていた。生まれながらに去勢された自我なのだと。
ところがVRChatを始めてみると、関わる人たちの大抵はわたしを様々な言葉で持ち上げてくれるものだから、自尊心が振り切れてしまったらしい。
コミュ力があるとか気さくだとか思想家みたいでかっこいいなどとおだてられるものだから、天狗状態である。
VRChatに降り立ったわたしは、会ったこともない電子の女神からひそかにチートを授かっていたらしい。
自尊心が膨らみすぎた結果、自分のコミュ力を持ってすれば有名キャストもイチコロではないかという、都合のよすぎる考えが肥え太って鎮座しているのだ。
追加で白状すれば、イベントの終わり間際に相手からこっそりワールドの隅に誘導されて、「本当はこんなことしちゃいけないんだけど……フレンドにならない?」というシチュエーションも妄想したことがある。
お砂糖になる未来図まで描いたこともある。
わたしにとって独占欲は、自分が特別であることを他者を所有によって証明するための手段なのだ。
抜きん出た人物であることを誇示するためには、ひとかどの人物から特別視されるのが手っ取り早い。
カースト上位者の眼差しの先にあるものを人々は羨望するのだから。
有名イベントキャストには当然ながら少なくないファンや固定客がついているため、プチインフルエンサーだと見なせる。
そういったイベントキャストを心酔させることができれば、本人に加えて、ファンたちよりも抜きん出た存在であることが間接的に証明されるわけだ。
ああ、どうしてこんなにも人に執着し、人の承認を渇望し、人としての確からしさに飢えているのだろう。
さて、こんな心持ちを抱えたままうっかり抽選に通ってしまった後のことを想定してみよう。
キャストが役目をまっとうすれば、一時間は楽しく話すことができる。
場合によってはイチャイチャに近い接客をしてくれることもあるだろう。
しかしそれらは、イベントの場だから行われることでしかない。
キャストと客という関係であるからこそ成り立つコミュニケーションにすぎず、その前提が失われた場所で再会すれば──例えばフレプラでぱったり再会するなど──わたしはただの白い他人にすぎなくなる。
特別な寵愛を受ける理由はなんら存在しない。
万が一イベント中にフレンドになってしまった時がもっと怖い。
自分は他の参加者よりも魅力的なのだという確信を抱き、いよいよ調子づいた自己認識が暴走してしまいかねない。
イベント内外問わず、付き合ってる彼女自慢がとまらないうざい男みたいになりかねない。
日常を愛するのだと豪語した割には、厨房の夢じみた願望が捨てきれないでいる。
安定か未知か
なんやかんやと書き連ねてきたが、先述したようにまだ抽選制イベントに参加したことがないため、素人の妄想の域を出ない文章になっている。
近いうちに一度は飛び込んでみたいものだ。……自尊心が調子づかないようにしながら。
なぜ参加を思いとどまる理由がありながら抽選制イベントにこだわるのかというと、なんとかVRChatに対するモチベーションを上げたいと考えているからだ。
現状、VRChatにマンネリ感を抱きはじめていて、もしかしたらこのままだと退場する未来もそう遠くないような気がしている。
イツメンと過ごす時間が嫌になったということは決してない。
むしろ仲良くしている人たちから得られる充実感というのは、他の場所では経験できないことだ。
それでも、どうやらわたしは相当なワガママらしい。
親密な人と過ごす時間が増えていくと、どこか淀んだ思いが芽生えてくる。
快適な水温に整えられたイツメンという水槽では満足できず、雑多な生態系と環境がある大海へと、未知との遭遇を求めて繰り出さないといけない。
心身がフロンティアを欲している。
最近はパブリックをほっつき歩く頻度が減り、イベントを新規開拓するような探究心もなくなってきた。
普遍的なVRChatterとそう変わらない過ごし方をすることが多くなってきた。
安定した環境にいることを十分に享受できず、かといって新たな出会いや場所を積極的に開拓する精神力にも乏しい。
相反する状況に立たされたわたしが現在行っていることは、VRChatにinする頻度や時間を減らすことだ。
昔、VRChatは人生の必需コンテンツだと固く信じていた。
今は意図的にログインをしないことを選択できるくらいには、熱の飽和が進んでいる。
重みが溶け切るのを観察しながら、ふと思い返す時が来るだろう。
VRChatをする意義というものが、わたしを支えるには軽くなりすぎたと悟った時が、わたしのVRChat引退の時だ。
自分の内なる声から自然と引退の二文字が聞こえれば未練はないが、まだまだVRChat-noteを書き続けていきたいし、一部のフレンドに多大な心労をかけることになる。
気づけば、随分と背負うものが多くなったものだ。
自由気ままに動いて、しがらみなどと無縁なメタバース生活を思い描いていたのだけども……仮想現実問わず筋書き通りの人生は歩めないものだなあ。
抽選制イベントに期待をかけているのは、キャストとの特別な出会いが欲しいという理由だけではない。
安定した日常でよいのだという気持ちが勝っているのか、それともまだ自分が未知を望んでいるかを確かめたいからだ。
自分を幻惑にかけて奥にあるものを揺さぶるためには、非日常的要素が強い抽選制イベントが適任だろう。
抽選制イベントや有料イベントに詳しい猛者の方、いましたらぜひビギナーにおすすめのイベント等を教えてくれると嬉しいです。
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