日本総鎮守 大山祇神社 |三島神社の総本社|日本一の武具館|愛媛県今治市

瀬戸内海のほぼ中央に位置する芸予諸島の中心に位置する大三島は、愛媛館今治市と広島県尾道市を結ぶ「せとうち・しまなみ海道」の中心の島です。
大山祇神社は、もとは島の東側にまつられていましたが、養老3年(719年)に島の西側の現在位置に遷座された記録が残っています。
伊豆国の一の宮、三嶋大社をはじめ、三島の名のつく神社は大山祇の神霊を勧請したものとされています。


日本総鎮守 大山祇神社の由緒とは
日本総鎮守 大山祇神社由緒
大山祇神社は、瀬戸内海のなかでも特に景勝の地である芸予海峡の中央に位置して、大小の島々に囲まれた国立公園日本最古の原始林社叢の楠群に覆われた境内に鎮座している。御祭神は大山秋大神一座で天照大神の兄神に当らせられる。
天孫瓊杵尊御降臨の際、大山積大神、またの名吾田国主事勝国勝長狭命(大山積神の擬神体)は女木花開耶姫尊を瓊々杵尊の后妃とし、国を奉られたわが国建国の大神であらせられるが、同時に和多志大神と称せられ地神・海神兼備の霊神であるので日本民族の総氏神として古来日本総鎮守と御社号を申し上げた。
大三島に御鎮座されたのは、神武天皇御東征のみぎり、祭神の子孫 小千命が先駆者として伊予二名島(四国)に渡り瀬戸内海の治安を司どっていたとき芸予海峡の要衝である御島(大三島)に鎮祭したことに始まる。
本社は社号を日本総鎮守・三島大明神・大三島宮と称せられ歴代朝廷の尊崇、国民一般の崇敬篤く奈良時代までに全国津々浦々に御分社が奉斎せられた。 延喜式には名神大社に列し、伊予国一の宮に定められ、官制に依り国幣大社に列せられた四国唯一の大社である。現在官制は廃せられたが、地神・海神兼備の大霊神として千古の昔に変わらぬ崇敬を寄せられ、全国に奉斎される大山祇神社・三島神社の総本社として、又数万点に及ぶ宝物類を蔵する国宝の島として四季を通して多数の参拝がある。



御祭神 大山積大神とは
日本総鎮守
大三島宮 大山祇神社由緒
御祭神 大山積大神
神祭神大山積大神は天照大神の兄神で山の神々の親神に当り(古事記・日本書紀)天孫瓊々杵尊の皇妃となられた木花開耶姫命の父神にあたる日本民族の祖神として、和多志大神(伊豫国風土記)と申し上げる。
海上安全の守護神である。
地神・海神兼備の大霊神として日本の国土全体を守護し給う神であるところから古代より日本総鎮守と尊称され朝廷を初め国民の崇敬は各時代を通して篤く中世は四社詣五社詣の中心となり、平安時代既に市が立ち現在に続いている。
御分社は、全国に一〇、〇〇〇 余社祀られ、延喜式名神大社に列せられ伊予国一の宮に定められた。
明治以降は国幣大社に列せられ四国で唯一の大社として尊崇されている。


樹齢2,600年と伝えられています

「国宝の島」日本一の武具館
芸予海峡にあることから水軍の崇敬は熱烈なものであり、武門の守護神として武士にも信奉されました。
そのため、武具などの奉納が多く、現在も国宝や重要文化財に指定されている鎧兜や武具類が多く所蔵されています。
全国の国宝・国の重要文化財の指定を受けた武具類の約8割が大山祇神社宝物館に保存展示されています。
館内は写真撮影NGなので、公式サイトをご確認ください。
陳列量も質の高さも、素晴らしいの一言に尽きます!



▼公式サイトはコチラ
国宝好きや甲冑好きはぜひ行きたい場所です
(おわり)
