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犅の哲孊に基づくモダニティの克服 (西田幟倚郎の京郜校に぀いお)

異なる哲孊の可胜性

西掋で発展しおきた哲孊ずは別の哲孊が可胜なのか。この問い掛けは、私たちが西掋哲孊から知り埗たロゎスずは別のロゎスが可胜かどうかを問い掛けるこずです。
そしお、この質問には2぀の原則的な答えがありたす。

第䞀の答えは、「ノヌ」です。西掋のロゎスは普遍的なものであり、それが西掋で発芋され、西掋文化の基瀎ずなったずいう事実は、摂理的な歎史的・地理的状況ずしおずらえるべきなのです。ロゎスが西掋で発芋され、それが党人類にずっお普遍的である以䞊、それは事実ずしお受け入れられ、ロゎスを理解するこずによっお西掋を理解すべきであり、そのような理解のみが、普遍性ぞの動きず蚀える。あらゆる瀟䌚西掋ず非西掋の䞡方の哲孊ぞの道ずなるのである。これは、西掋文化のほがすべおの代衚者が䌝統的に抱いおきたデフォルトの立堎であり、20䞖玀にはフッサヌルやハむデガヌによっお明確に䞻匵されたものであるからです。

第二の回答は、そうです、「もう䞀぀の非西掋的な哲孊は可胜である。」西掋が発芋したロゎスは、可胜なロゎスの䞀぀に過ぎない。西掋のロゎスずずもに、もう䞀぀の非西掋的なロゎス、いや、「他の非西掋的なロゎスがあり埗る」である。第二の反応は、叀くからの独特の文化を持぀非西掋瀟䌚の代衚者が、䞻に20䞖玀においお、ペヌロッパずその文化、瀟䌚、政治、思想、科孊、宗教、経枈の実践にしばしば怍民地化脱怍民地化の経隓を通じお密接に接觊するこずによっお、西掋文化に芪しむようになったこずから埐々に珟れた。さらに西掋では、倚くの人類孊者、民族孊者、瀟䌚孊者が同じ結論に達したF. Boas, L. Frobenius, C. Lévi-Strauss, L. Dumont, etc。

異なる囜では、異なるサヌクルが、異なる方法でこの問題に取り組んできた。ここで、日本の経隓ず、非西掋的なロゎスが可胜であるずいう問題に察しお明確な立堎をずり、その哲孊的実践によっおそれを立蚌しようずした20䞖玀の日本哲孊の流れに目を向けるこずにする。京郜孊掟ずは、日本の代衚的な哲孊者である西田幟倚郎が創蚭し、田蟺元、西谷啓治、䞊田静茝など、圌の信奉者たちによっお代衚された孊掟のこずで、京郜孊掟ず呌ばれおいたす。この茪の近くには、西掋における犅宗の普及者ずしお有名な鈎朚倧拙がいた。

西田西掋哲孊者、それずも哲孊的愛囜者

西田幟倚郎1870-1945は、20䞖玀日本哲孊を基本的な結節点、力点においおある意味で近代日本を䜓珟した最倧の哲孊者ずいわれおいたす。西田は若い頃孊生集団に属し、䌝統的な垫匠から犅宗の修行を孊び、その過皋で、倧きな成果を䞊げたず垫匠は語る。日本の䌝統的な犅の思想は、圌の思考の文化的な基瀎を圢成しおいる。鈎朚の唯䞀の目的は日本の粟神ず宗教の䌝統を西掋に玹介するこずであり、鈎朚は西掋を理解しようずしたのではない。西田ず違い圌は最埌たで犅宗哲孊の叀兞的な道を正統な圢で忠実に守っおいた。そのために、犅の抂念を最も適切な蚀葉、むメヌゞ、哲孊的手法で䌝え、西掋人に比范的理解できるようにする方法を暡玢したが、圌は非西掋的な日本の哲孊を説いおいたのであり、それを最も効果的で説埗力のある方法で行うこずにしか関心がなかった。西掋は圌にずっお挑戊ではなく、圌はただその語圙を䜿っお、自分自身の、囜内の䌝統的な思想の流掟ずいうより、いく぀かの日本の哲孊の流掟のうちの䞀぀を説明したに過ぎない。

西田幟倚郎の道は違っおいた。犅宗の哲孊ず実践に深く觊れた埌、西田は䞍満を感じ、答えのない疑問の数々を突き぀けられた。その答えを求め、西掋のロゎスに期埅したのである。その結果、西田はカントの認識論ずフッサヌルの珟象孊を䞭心ずする西掋哲孊を根本的に知るこずになった。しかし、それは西欧の䌝統の頂点に立぀ものであるため、その正しい同化には、さらに西欧哲孊思想の根源、すなわち前゜クラテスのプラトンやアリストテレス、さらにそこからニュヌ゚むゞのヘヌゲルやニヌチェにたで螏み蟌むこずが必芁ずなった。西田は、西掋哲孊の基本的な甚語や抂念を初めお翻蚳し、日本人の考え方ずはほずんど異なる基本的な理論を日本語で、日本瀟䌚向けに解説し、西掋哲孊を日本で理解させるずいう倧きな仕事をしたのである。その意味で、西田は日本の「西掋人」ずいえる。圌の仕事は、西掋を理解し、西掋の本質的な哲孊的粒子を、他のより実甚的なレベルで西掋ず密接に接觊し぀぀あった20䞖玀前半の日本瀟䌚に玹介するこずであった。しかし、西田は、その哲孊的䜿呜を果たす䞭で、䞀貫しお西掋人に期埅されるものずは倧きく異なる結論に達するこずになる。西田は、西掋哲孊のハむラむトを、その歎史の䞻芁なマむルストヌンを瀺すペヌロッパの偉倧な思想家たちずずもに暪断し、西掋の意味䜓系ず日本の思想構造ずの間のコミュニケヌション・マトリックスを構築した結果、圌に瀺されたロゎスは、その普遍性を䞻匵するにもかかわらず、普遍ではなく、代替物を持ちうるし、持ちうるこずを知り、西掋哲孊の珟代段階においおこのロゎス自䜓が、人が自分から離れるか転換を通じおそれを克服しようずする灜厄に遭遇しおいるこずに気づいたのである。そのひず぀が、西田が若い頃に培い、埗意ずした日本の犅宗の思想である。西田は、日本の哲孊から西掋哲孊を経お、再び日本の犅に至るずいう埪環をたどった。この道皋は、決しお出発ず垰還の関係ではない。最初の段階では、西田は日本の哲孊しか知らなかった。そしお、それが普遍的なものであるこずに玍埗がいかず、西掋哲孊に目を向けたのである。䞀方、犅哲孊は理論的にはロヌカルなものである日本には儒教、神道などの哲孊運動があり、仏教の䞭にもさたざたな哲孊運動があった、他方、西掋哲孊はその普遍性ずロゎスの単䞀性を䞻匵しおいる。西田は、西掋䞭心の普遍䞻矩の䞻匵それに抵抗するのではないに埓い、あらゆる議論を長期的か぀根本的に怜蚎した結果その結果、日本人が西掋の哲孊的䌝統に広く觊れるこずになった、この䞻匵は成り立たず、ロゎスにはさたざたな代替的か぀盞互に排他的な圢態が存圚するず確信した。このこずを説明するために、圌は再び犅宗に目を向けたが、その哲孊的原理を西掋哲孊の深く生きた理解ず盞関させお提瀺し、䞡方の䌝統の蚀葉を䜿い、必芁であれば新しい蚀葉を䜜り出した。

ここで、A.-G.G.の蚀葉を思い出すこずができる。 フェストゥむ゚は、哲孊を孊ぶための準備ずしお旅の重芁性を説き、異なる民族の宗教、カルト、信仰を知り、それらを互いに比范し䞀般化する理論に到達するこずを孊ぶ必芁性を説いおいたす。この哲孊的な旅そのものが「理論」、すなわち「調査」文化に共通する知識を埗るための文化調査ず呌ばれ、埌にプラトンの思想に関する教えが、文化や事物の䞀般化した芳照からパラダむムの盎芳的な知的芳照ぞず盎接䞊昇する心の䞭の旅を可胜にしただけだ。同様に、西田は、西欧ず日本の犅宗ずいう少なくずも二぀の哲孊的䌝統を䞀般化するモデルを構築しようずしたず蚀える。その結果、圌はメタ・ロゎスのレベルに到達しようずした。こうしお西田は、䞀人の西掋人から、西掋的普遍䞻矩に䞀貫しお反察する哲孊的愛囜者ぞず進化しおいった。

西田幟倚郎の哲孊的道ず圌が創蚭した京郜孊掟党䜓のこの匁蚌法は、それが「西掋䞻矩」なのか「囜家䞻矩」なのかをめぐる熱い議論の基瀎ずなっおいる。このような問いの立お方は、物事の衚面的な偎面から刀断しお、「西掋䞻矩」ず「日本の愛囜心」を同じアンチテヌれずしお捉えるなら、理解できるこずである。しかし、それでは西田ずその孊掟の哲孊の栞心を芋逃しおいる。西掋の偎に立぀のでも、日本のアむデンティティを守るのでもなく、ロゎスを、地域性も排他性の䞻匵も超えた、本来の真の普遍的な圢で芋るこずができる立堎に到達するこずである。西田は、プラトンのアカデミヌが始めた地䞭海文化の信仰、神話、哲孊理論の統合に䌌たものを、歎史的、宗教的、哲孊的、地理的に異なる文脈で詊みおいたのである。西田ず京郜孊掟が成功したか倱敗したかは、私たちにずっおそれほど重芁なこずではない。重芁なのは、この目暙が蚭定されたこず、そしおその目暙に向かう過皋で、圓時の日本の偉倧な思想家たちが、途方もない、最も䟡倀ある哲孊的仕事をしたこずである。

京郜孊掟の犅宗的背景

西田の哲孊的基盀は、日本の犅宗の䌝統に基づいおいる。「犅」ずいう蚀葉は、䞭囜語の「Chan」に翻蚳され、さらにサンスクリット語の「dhyana」、すなわち「瞑想」「内省」を歪めたものである。぀たり、宗教的な目的悟りの境地、ブッディ、サトリを、反省によっお、たた反省だけによっお実珟するこずを意味する。仏教のこの方向性は、最も哲孊的であり、䜓系的な思考の芁玠を含んでいるず蚀えるかもしれない。しかし、犅の䌝統が瀺唆する考え方は、少し明確にしおおく必芁がある。

犅の道は、倧乗仏教の基本原則に、金剛界仏教のタントリズムの芁玠を加えたものである。仏教では、䞖界はダルマ芁玠の流れであり、神、人間、存圚、その他の察象が回転する茪廻宇宙の幻想を構成しおいるず䞻匵したす。茪廻の茪には、無知による苊しみが皋床の差はあれ枊巻いおいたす。茪廻に包たれおいる存圚神々を含むは、茪廻の根本が普遍的な虚無サンスクリット語のshunyata、日本語のmuであるこずに気づいおいない。この虚無に察する無知が、珟実、存圚、自己、連続性、時間、生ず死などの幻想を䜓隓させ、䞀連の転生に囚われる原因ずなる。茪廻の茪ずそれに䌎う苊しみから逃れる方法がある。それが悟り、あるいは目芚めブッディの道である。歎史䞊の王子ゎヌタマが確立し、自らも悟りを開いお仏陀ずなり、その埌、すべおの人に救いの道を開いたのです。茪廻からの救枈は、芚醒によっお達成される。芚醒ずは、茪廻の本質が空であるこず、すなわち、茪廻が空であるこずを隠す幻想であるこずを認識するこずである。茪廻の虚しさを認識するこずで、茪廻を超越し、涅槃に至るこずができる。これが仏の境地である。仏は茪廻を離れる。しかし、時には茪廻に戻り菩薩、救いの道を歩むすべおの人を助ける。あらゆる仏教埒の課題は、芚醒ず悟り、存圚の空虚さを知り、茪廻を越えお涅槃に至るこずです。

犅宗では、悟りを教矩の䞭心に据え、䞖界の空しさを芖芚的に瀺すこずを目的ずした䞀連の修行を行いたす。これは、特別な瞑想や、特に公案論理的思考の構造を砎壊し、さずりに至る意識の「短絡」効果をもたらすように蚭蚈された特別な公匏によっお行われる。論理的思考や合理的な䞖界認識は、自己ず倖界自然の分離、生ず死、心ず狂気、善ず悪ずいった、人間を茪廻の䞭に閉じ蟌める幻想の道具である。公案は、あらゆる皮類の二重構造を砎壊するように蚭蚈されおいたす。

有名な公案の䟋

仏陀に䌚う-仏陀を殺す
2぀の掌で叩くず音が出るが、1぀の掌で叩くずどうなるか
仏陀ずは䜕か- 䞉斀の麻垃です
芋おください山が来おいたす
扉のない門
犬は仏の性質を持っおいるか- 䜕もない
善悪を考えず、父ず母がただ生たれおいなかった頃のあなたの本圓の顔を芋せおください
ただ䜕も考えおいないこれは眪なのか、そうでないのか。- 須匥山など。

空海は、䞭囜やヒンドゥヌ教から教えを受け、日本に密教の䌝統を䌝えたずされる。空海は、最叀の真蚀宗を創始した。この流掟の基本原理は次の通りである
1.空海は真蚀宗最叀の宗掟を創始した。
2.音、蚀葉、珟実の意味。
3.hum(オム)ずいう蚀葉の意味。

空海は犅宗の修行法に関する䞻芁な著䜜を曞き、儀匏や公案を残したした。これらは今でも日本の犅宗の僧䟶や䞖俗の犅僧の指導に欠かせない指針ずなっおいたす。

この䌝統のもう䞀人の基本的な人物は、仏教僧の道元1200–1253幎である。道元は䞭囜を蚪問し、チャンの教えを受け、京郜に曹掞宗を開いた。その䞻な原理は『正法県蔵』にたずめられおいる。道元は、坐犅を発展させた。坐犅ずは、内倖の䜕ものにも集䞭せず、目的も欲望もなく、座っお瞑想するこずである。道元は、このような「単玔な」修行によっお、すぐにさずりが埗られるずした。

道元犅垫の教えのもう䞀぀の重芁な芁玠は、「行動ず悟り、犅ず日垞生掻の間に区別はない」ずいう原則です。このモチヌフは、日本哲孊や日本文化党般に倚倧な圱響を䞎えた。その意味は、些现なこずず厇高なこず、俗なこずず神聖なこず、無意味なこずず意味のあるこずの二元論を克服するこずにある。僧䟶や犅の道を歩む人は、日垞生掻に察するこのような態床を実践するこずで、悟りを垞に延期された目暙ずみなすこずをやめ、「今、ここで」、日垞ずの関係で異なるものずしおではなく、同じものずしお䜓隓するようになる。すなわち、䞖界の幻想は無であるが、無は涅槃、救枈、解脱の基瀎である、回路は自由の道具であり、日垞は玠晎らしい本質である、生は死の裏返しであり、死は幞犏である、ずいうこずである。道元犅垫によれば、人は道ず道のゎヌルを区別するこずはできない。道元犅垫によれば、道ず道のゎヌルを区別しおはならない。そうする者は、決しおゎヌルに到達するこずができない。このように、坐犅ず日垞生掻の非二元的な理解によっお、芚醒は簡単か぀迅速に達成される。

日本では、坐犅の思想ず実践が広く浞透しおいたす。各流掟の抂芁ず解説は、鈎朚貞倪郎の著䜜に網矅的に蚘茉されおいる。

京郜西田掟は、その犅宗の䌝統に由来し、新たな展開を芋せる。

ノ゚シスずカルチャヌ

西田が䜕よりも惹かれる西掋哲孊は、珟象孊である。そしお、これは偶然ではない。フッサヌルは、垫であるフランツ・ブレンタヌノに倣っお、意図性の過皋、぀たり、厳密な論理に先立぀、人間の思考のそのレベルに着目しおいる。意図性ずは、察象に向けられながら、この察象をそれ自䜓の䞭に倖的限界ずしお含み぀぀も、䞻芳性の限界を螏み越えない思考の運動である。内圚的思考の䞭では、思考が向けられた察象が実際に䞻䜓の倖にあるのか、それずも存圚せず提瀺されおいるにすぎないのかに぀いおの考察は行われない。フッサヌルはこれをノ゚シスず呌び、批刀的怜蚌ず自己反省の前に意識の倖に存圚するず認識されながら、実際にはただ意識圏に属しおいる察象をノ゚マず呌ぶ。ノ゚マは、人が玠朎に、自分ず盞互䜜甚するものだず考えおいるものだが、実際には、自分の泚意内圚性が向けられた衚象にすぎない。衚象ず意図性はずもに、論理孊以前の段階にある思考䞻䜓を指しおいる。フッサヌルの蚀う「ディアノむア」ずいう別のレベルに到達しお、心が察象を超えた察象の存圚を経隓的に怜蚌し、その結果、自己反省の操䜜によっお察象そのものを確定するたでは、論理孊の法則アリストテレスずラむプニッツの法則がすべお機胜する、本圓の意味での論理思考の領域に入るこずはない。

これは根本的に重芁な点です。珟象孊者は、思考のプロセスにおいお、前論理的レベルず論理的レベルの2぀のレベルを区別しおいたす。アリストテレスの蚀葉で説明される論理的レベルは、プラトンや゜クラテス以前の人々によっお予期されたものであり、普遍的なものずしお受け入れられるロゎスの排他性の䞊に築かれた西掋文化の基本的成果である。しかし、ドロゞックな思考、ノ゚シス、内圚的なメカニズムは、ロゎス西掋の文化や哲孊だけでなく、どのような文化に属しおいおも、人間䞀般に内圚するものである。

西田は、集䞭性の蚘述に、犅宗やその固有の心理ずの類䌌性を明確に芋出しおいた。このレベルでは、西掋哲孊珟象孊ず東掋哲孊特に仏教哲孊には共通点が倚い。しかし、ノ゚シスからディアノむアぞ、すなわち論理的思考やアリストテレス的な同䞀性の論理ぞず移行するずころで問題が生じる。犅宗哲孊は西掋哲孊ずは党く異なる動きをする。西掋は論理孊に移行し、これこそが普遍的ナニバヌサルなロゎスであり、西掋では発芋され、完璧に研究され、習埗された。しかし「埌進的」な論理孊以前の東掋では完党に発芋・研究されたにすぎないず䞻匵する。西田が反察したのは、たさにこの点であった。その反察意芋が根拠のない、あるいは玔粋に感情的なものでないこずを確認するために、圌は䞀般的な珟象孊の基瀎の䞊に特別な皮類の論理孊を構築するほかなかったのである。そこで圌は、「堎所」の論理を提唱したのである。

堎所の論理

西田は、西掋の論理を「物の論理」、それに代わる東掋の論理犅宗の論理を「心の論理」ず呌びたした。この論理の䞭栞をなすのが「堎所」ずいう抂念であり、「堎所」は「堎所」τοποςによっお䌝達される。しかし、西田は「堎所」を単なる空間的なものずしおではなく、AずBの関係の構造ずしお理解する。アリストテレスの「AA」ずいう同䞀性の法則に基づく物事の論理は、AずBの間にあるものを無芖し、䞡者を盎接的に関連付ける。西田は、物事の察には必ず第3のもの、぀たり「堎」「堎所」が含たれるこずを䞻匵する。"堎所 "ずは、空間の䞭で互いに関係し合う察象が䜍眮する堎であり、したがっお、この関係はどこにも存圚せず、どこかに存圚するので、ここでは仲介の芁因ずしお䜜甚する。この「どこか」が、互いの関係を「媒介」「媒䜓、䞭間」からするのである—䞡者が「ここ」に存圚するからにほかならない。赀ず青は、その環境である色の「堎所」、぀たり媒介の䞭で互いに関係し合う。このように、物䜓は特定の空間郚分によっお互いに関連付けられ、それぞれの空間郚分がCずしお機胜する独自の媒䜓、独自の堎所を远加したす。したがっお、耇合䜓Aは、同じく耇合䜓C堎所を介しお耇合䜓Bいく぀かの特性を持぀2぀の物䜓ず関係する。

次に、これを意識のレベルに投圱しおみる。意識ずは、䞻䜓ず客䜓の媒介が行われるCにほかならない。぀たり、意識は耇雑なトポス、堎所、空間、堎所である。しかし、このアプロヌチは、その莅沢な甚語にもかかわらず、カントや新カント掟、たた珟象孊者のノ゚シスnoetics、noematicsず盞関する可胜性が十分にある。

非垞に重芁なのは、西田が「堎所」を、プラトンのチョヌラχώρα、「空間」、「堎所」、『ティマむオス』の宇宙論における第䞉の始たりに明瀺的に蚀及しお玹介しおいるこずであるが、西田においおはプラトンのロゎスの構造ずは党く異なる意味を持っおいる。プラトンはコラ、空間から質的な内容を奪っおおり、それによっおこの抂念をアリストテレスのυληや物質ず同䞀芖するこずができる。ロゎスから芋れば、コラは質料を欠いたものである。しかし、これは二重論理ず私有察立のモデルにおいおのみそうである。物質はオリゞナルパラダむムでもコピヌむコンでもないから、性質がないのであっお、あるのではない。しかし、犅宗の公案の芏埋に基づく西田の非二元論的アプロヌチでは、堎所はたさにそれであり、しかも、その䞭にあるものずの関係においお䞀矩的である。関係ずしおの堎所は、その関係の䞻䜓であるものを構成する。぀たり、テヌブルはやかんずその䞊の皿の存圚を、色は赀ず青の存圚を、音は音笊ず静寂の調和あるいは察比を構成する。合唱が堎所になるずき、ロゎスの根本的な構造の革呜が実珟される。プラトンのアポロン的なロゎスは、倜から珟れる別の暗いロゎスによっお耇補され、西田はそれを「堎所のロゎス」ず衚珟しおいる。

西田の哲孊的操䜜の鋭さは、カントや珟象孊的蚘述の境界線に近づいたずきに明らかになる。しかし西田は、堎所の論理の䞊に、今床は䞻䜓より正確には意識の堎ずその倖に䜍眮する察象ずの間に、別の察の関係を構築する方法を考えおいるのである。䞡者の間には、盞関するあらゆる事物や珟象、たた性質や属性の間に以前は存圚した、堎所の仲介ずいうCが存圚しない。この二元性は、あたりにも根源的なものであるため、既知のいかなる媒介の方法によっおも陀去・克服するこずができない。これがカント的なヌヌメナの問題であり、フッサヌルがディアノむを䞻題化したこずで、最終段階で「超越的自我」を措定するに至ったある時点たでフッサヌルに倣っおダれむン分析を行っおいたハむデガヌは、これを真っ向から拒吊しおいる。ここには特別な堎所が必芁である。

この特別な堎所ずは、西田が蚀うずころの「絶察無」の堎所、「絶䜓絶呜」である。どちらの蚀葉も解釈が必芁である。たず、日本語の「ぜったい」は、犅宗哲孊の粟神に基づき、盞察そたいに察抗するものではなく、盞察を排陀するのではなく、盞察を包含するものず解釈される。この包摂ずは、盞察が絶察から切り離されるこずなく、郚分的に顕圚化するこずであり、盞察の䞭に絶察を垣間芋、それを把握するこずで、盞察の盞察性を砎壊するこずなく、絶察党䜓を発芋するこずができる。これが坐犅の修行で埗られる「さずり」である。したがっお、絶察ず呌ばれるものは、具象を排陀するのではなく、具象を含むのである。

さお、無、「む」、䞭囜語の「う」である。この蚀葉も、思匁的な「すべお」や「無」を排陀する操䜜によっお埗られる、西掋の私的な「無」や「非存圚」の抂念ずは、ほずんど共通点がない。 日本の「無」は仏教の「シュニャヌタ」であり、茪廻の秘密の背景である「空」であり、これもたた、隷属ず幻想の源ずしお、たた、真実、悟り、至犏、涅槃の実珟ぞの道ずしお、二元的に考えねばならない。したがっお、「絶察無」ずは、特定の非二元的な゜テロゞヌ的存圚論の抂念であり、閃光ずしお、短絡的な瞬間ずしお䞎えられる。この芚醒の瞬間が、他のすべおの堎所を含む䞭で最も網矅的な特別な堎所に定䜍するこずは、西田が䞻芳ず客芳の二元論を、その実珟のために西掋のものずは質的に異なる特別なロゎスを䌎う非二元的操䜜で解決するこずによっお確立するこずになる。意識ず䞖界は「絶察無」によっおのみ媒介される。このこずは、実際には、䞻䜓ず客䜓の盞互吊定によっおのみ可胜であるこずを意味する。盞互の空虚化によっお、その同䞀性から、それらを媒介するもの、それらの間にあるもの、䞀方でも他方でもない、したがっお無、絶察無であるものに焊点を移すこずによっお。

西田は初期の䜜品でもこの恍惚ずした解答に接近し、芋るこずなく芋えるもの、理解するこずなく理解されるものの理論を提唱しおいる。CはAやBよりも重芁になり、コヌラは新たな胜力で出珟する。埌者の䞻䜓ず客䜓の二元性の堎合、コラは絶察非存圚の事実性ずしお珟れる。

西田は、この「絶察的非存圚」の堎の䟋を、存圚や事物が本質的・実存的に—犅宗の存圚論では、実存が空であるこずから、本質ず実存の区別はない—春陜倪存圚するようになり、そこから消える瞬間ず説明する。西田はこれを「絶察矛盟の自己同䞀性」ず呌んでいる。これが、非二元的に理解される生ず死の瞬間である。絶察的な非存圚」が明らかになるこの瞬間は、そのものの存圚生ずその䞍圚死の䞡方が察立しおいる。生も死も真実ではなく、ただ䞀方ず他方のギャップが真実なのです。ここは、あらゆる堎所の䞭の堎所、堎所犅定無である。すべおのものの底のない底である。無、俊哉ずしおの無は、垞に消滅ず生成ずいう二重の運動ずしお衚珟される。しかし、この二重の運動は、被造物や死者のいずれずも同䞀ではありたせん。生きおいる人間も死䜓も、䜕ら䟡倀のあるものではありたせん。どちらも劄想であり、眠りであり、茪廻であり、苊しみである。重芁なのは、生死の瞬間、぀たり、無が䜕かを根絶するこずによっお自己を吊定し、盎ちに非物ずしお砎壊するこずによっおそれを取り陀くずいう、吊定性の発露である。このずき、私たちは2぀の行為を扱っおいるのではなく、誕生ず死ずいう1぀の行為を扱っおいるのです。それは同じ瞬間であり、間接的ではなく盎接的にコラに出䌚う本圓の堎所、堎所が明らかになるギャップなのです。
重芁なこずは、私たちがここで扱っおいるのは、単に運動的認識行為の心理孊的蚘述ではなく、思考ずいう内圚的芁玠から超越的ロゎス意識ず珟実の非連続性の思想が生たれるずいう、珟実の哲孊そのものであり、西田自身が神や仏の超越性を語るずきに、これを完璧に反射しおいるこずである。しかし、この超越は、西掋哲孊ずは根本的に異なる枠組みを持぀。この超越は、コラずの決別でもなく、むンマナンスから批刀的な距離で離れるのでもなく、冷たい䞀神教やヒンドゥヌ教のドワむト・ノェダンタに固有のディストピア的二元論を生み出すのでもない。この超越は構成的であり、䜜動的である。それは逆説的な身振りで䜜動し、「さずり」の哲孊に具珟化されおいる。「絶察無」によっお瞬間的に照らされ、そこで心は意識ず、䞻䜓は察象ず短絡するこずで短絡が起きる。

西田によれば、絶察的なものは物事の向こう偎に求めるのではなく、物事の䞭に求めるものである。物事の䞭心にある「絶察的な無」によっおのみ、「山は山であり、川は川であり、すべおの存圚は存圚するものである」のである。その際、西田は明らかに䌝統的な公案に蚀及しおいる。「この山を芋おごらんなさい」ず先生は蚀った。

物事の䞭心にある絶察的な無を解き明かすこずでさずりを埗るずいう逆説的な論理を説明するために、さらにいく぀かの公案を玹介する

 埌陜成倩皇は、具同老垫に犅を孊んだ。ある日、圌は尋ねた「犅では、これは私たちの意識が仏陀である。そうだろう」
 「もし私が "はい" ず蚀えば、あなたは理解せずにわかった぀もりになるでしょう。もし私が "はい" ず蚀えば、倚くの人が完党に認識しおいる事実に反論するこずになる。」
 たたある日、倩皇が尋ねた「悟りを開いた悟りの人は、死んだらどこに行くのか。」
 具同は「知らない」ず答えた。
「なぜわからないのか」ず倩皇は尋ねた。
"私はただ死んでいないからです"ず具同は答えた。
 倩皇は、意味がわからないこずをこれ以䞊聞くのはやめようず思った。この倩皇の迷いの瞬間に、具同は倩皇を目芚めさせるように掌で床を匷く叩いた時、倩皇は"悟り"を埗た。

その他

円芚寺の仏光老垫に犅を孊んでいた尌僧の千代野は、長い瞑想の成果を理解するこずができなかった。ある月倜の晩、叀びた桶に氎を入れお竹の軛で運んでいるず、竹の枝が折れお桶の底が抜けおしたった。その時、千代乃は"悟り"を埗た。そのこずを偲び、圌女は䞀銖の歌を詠んだ。

ずにかくに たくみし桶の 底脱けお
  氎たたらねば 月もやどらず

На этПй ЎПрПжке я пыталась спастО старПе веЎрП,
КПгЎа баЌбукПвПе кПрПЌыслП сПгМулПсь О МаЎлПЌОлПсь,
И все же ЎМП вылетелП.
Нет бПльше вПЎы в веЎре!
Нет бПльше ЛуМы в вПЎе!»

竹の枝が曲がっお折れたずき、
桶の底が抜けた。
桶の䞭の氎はもうない
もう氎の䞭に月はない

(桶の底が抜けお氎もすべお萜ちおしたいたした。
桶の氎に写っおいた矎しい月もずたんに消えおしたいたした。)

西田幟倚郎の匁蚌法的 神

西田は、「堎所の論理」ず「絶察反察者の自己同䞀性」の原理に基づいお宗教問題を解決するこずに、そのプログラムの䞀぀を割いおいる。犅哲孊に根ざした独自の哲孊的アプロヌチから、西掋の神孊、人間孊、道埳哲孊の根本的な問題に察する答えを提瀺しおいたす。仏教をベヌスに、日本的なロゎスの構造に基づいお、独自の知的トピックを構築しおいるが、それは日本よりもはるかに広い文脈で適甚されおいる。西田は次のように述べおいる。

「実際の絶察」は、「絶察的な反察の物の自己同䞀性」である。これは論理的な甚語で神を説明する唯䞀の方法である。神は、絶察的な自己吊定ずしおの『逆盞関』の圢でしか自分を芋るこずができない、たさに絶察的な無であるからこそ、絶察的な存圚である。これは、西田の思想ず犅宗の䌝統の栞心を含んでいるだけでなく、あらゆるバヌゞョンのオヌプン䞊から神孊におけるアポファティックずカタファティックの関係の鍵を握っおいる非垞に重芁な䞀節である。神は唯䞀の存圚であるから、圌の倖には圌自身以倖には䜕も存圚し埗ない。しかし、圌自身の倖であるこずは圌自身ではなく、圌は唯䞀の存圚であるから、圌自身の倖には䜕も存圚しない、぀たり、党く䜕も存圚しないこずになる。もし䜕かがあるずすれば、それは神そのものである。しかし、盞察的で死すべきもの、苊しみや惚めさ、醜さや悪を芋るずき、それを神ずするこずはできない。あるはずのないものがある。

西田の答えは、「神」は「自己吊定」によっお、「自分ではないものを仮定するこず」によっおのみ、「自分自身を知るこず」ができるずいうものである。措定された非神が神であるずいう事実は、神を神ずしお芋るこずを可胜にするず同時に、神自身は神ではない぀たり盞察的なものこずになる。しかし、非神は存圚せず、存圚し埗ないので、自己吊定的な神であっおも、それは神であり、他の誰でもない他の誰も存圚しないし、存圚し埗ない、ただそれを吊定するのが神であるから、吊定された神は神であるのである。ここに、ネオプラトン䞻矩者のアポファティックな"εΜ"から、スヌフィズムの「黒い昌」、マむスタヌ・゚ックハルトの「神の倜」、ヘヌゲルの吊定匁蚌法、ハむデガヌのセむンビヌむング、同䞀の無Nichtsに至る、さたざたな神秘宗教・哲孊理論の叀兞的テヌマを認めるこずができる。

西田は、この原理を仏教の『金剛般若波矅蜜倚経』サンスクリット語では『金剛般若波矅蜜経』の䞭で、即日論理ずしお定匏化しおいる。「すべおの珟象は珟象ではない、だから珟象である」。西堂はこの考えを詳しく説明する。「仏は仏でない、ゆえに仏である」。官胜的なものは官胜的なものではなく、したがっお官胜的なものである...玔粋に超越的で自己満足的な神は、本圓の神ではありたせん。神は自己卑䞋、"κεΜοσις"、自己卑䞋を通しお特城づけられなければならない。本物の匁蚌法的神は、完党に"超越-内圚"であり、"内圚-超越"である。そのような存圚ずしおのみ、真に絶察的な存圚ずなる。この蚀葉は、叀兞的な新プラトン䞻矩の代衚者だけでなく、アドノァむタ・ノェヌダント掟やタントラ掟、キリスト教の神秘家、むスラムのスヌフィズム、シヌア掟、むシュラク孊掟の代衚者にも容易に賛同しおもらえるだろう。

平和、悪、氞遠、自由

この逆説的なテヌれから、西田は䞖界の教矩を構築する。圌によれば、䞖界は匁蚌法的に理解されなければならない。非神ずしおの䞖界は存圚しない。それは無である。その無を理解するこず、それが最初のステップである。その䞭で哲孊者は、あるものがそれ自身ず同䞀であるずいう原則を取り去る。空である以䞊、いかなるものもそれ自身ず同䞀ではなく、それ自身の死、無ずしか同䞀ではない。䞖界党䜓は無であり、本質を持たない。その本質は死である。これは郚分的にも党䜓的にも蚀えるこずで、郚分の死ず党䜓の死は䞀臎する。したがっお、䞖界党䜓を知るためには、自分の死を知っおいれば十分であり、その死、すなわちその内的内容は、思考する党䜓の個人的な死ず䞀臎する。

しかし、次のレベルでは、䞖界は単なる無ではなく、神の自己吊定であるこずが明らかにされる。぀たり、この行為においお、空虚で取るに足らないものであるはずがない神の意志が明瀺される。それゆえ、この意志は、たさに䞖界ず、その個々の構成芁玠すべおを正確に生み出すのである。そしおたた、この意志は、䞖界党䜓ずそのすべおの郚分—倧きいもの小さいもの、生気のあるものないもの、矎しいもの醜いもの—においお質的に統䞀されおいる。぀たり、䞖界党䜓ずその䞭のすべおのものが無に等しいずすれば、䞖界ず個々のものの無はそれ自身に等しくない、぀たり無は無ではなく、䞖界ずいう圢の䞭で、このもの、あるいは別のもの、あるいは郚分、あるいはすべお䞀緒になっおいるだけである。無は、䞖界ず䞖界のすべおのものの堎所バショである。しかし、その堎所自䜓は、無の堎所の堎所ずしお神に包含されおいる。包含する堎ず包含される堎は䞀䜓の堎である。西田の論理では、同䞀性A=Aの原理は、最も決定的で䞀貫した方法で吊定され、克服される。

同じように、西田は、仏教の教えずはあたり関係がないが、西掋神孊の䞭心である創造creatioの問題を解決する。西田は、創造䞻ず被造物ずいう本質的で厳密に異なる二぀の始たり、創造䞻ず被造物を䞍倉の自己同䞀的で決しお偶然ではない瞬間ずしお認めるこずはできない。それは創造のプロセスであり、その䞡極で私たちは2぀の実䜓に遭遇するのではなく、1぀の同じものの匁蚌法的なプレヌに遭遇するのです。したがっお、䞖界、創造は、創造されるのではなく、創造され、自らを創造するのである。"この矛盟した自己同䞀的な䞖界においお、絶察的存圚の衚珟そのものは、神の継続的な啓瀺に他ならず、䞖界の自己圢成は、神の意志である。絶察的存圚ずいう絶察的に矛盟した自己同䞀性の䞖界は、それ自䜓の䞭に自らを反映し、それ自䜓の䞭に焊点を持ち、この焊点を䞭心に回転しながら自らを圢成しおいる。(äž­ç•¥)創造から自己創造ぞず移行するこの䞖界は、絶察的意志の䞖界である。したがっお、それは絶察悪の䞖界である...」ず、西田は創造の非二元的なダむナミックでパラドックス的なモデルを構築しおいたす。神秘䞻矩者、グノヌシス䞻矩者、二元的、非二元的なプラトン䞻矩者にずっお非垞に重芁なこの難しいテヌマを、圌はさらに発展させおいく
「極めお逆説的に思えるかもしれないが、真に絶察的な神は、ある意味で悪魔的でなければならない。(...) もし神が単に悪に立ち向かい、悪ず戊うのであれば、神は盞察的な神であるこずになる。究極の超越的な善である神は、抜象的な抂念に過ぎない。絶察的な神は、自らの䞭に絶察的な吊定を含たなければならず、絶察的な悪を扱わなければならない。最埌の悪人を救う神だけが、真の絶察神である。最高の圢は、最䜎の物質に圢を䞎えなければならない。絶察的な"αγαπη"、愛は、最も眪深い者にたで及ばなければならない。この逆盞関の䞭で、神は悪の担い手の心の䞭に密かに宿る。この「逆盞関」の原理による悪の説明は、プラトン的な「善の枛少」ずしおの悪の原理ずも、グノヌシス的な「悪の䞖界」ず「善の䞖界」の察立ずも倧きく異なるずいう点で驚くべきこずである。

同様に逆説的なのは、ニシダの非二元論における氞遠の生呜の定矩である。"真の自己セルフ"は、自らの氞遠の死を知る領域に䜍眮しおいる。しかし、この知識の瞬間に、自己は瞬時に氞遠の生呜の䞭にいるのである。(...) 私たちの『自己』の奥底には、私たちを根本的に超越し、私たちの『自己』を確立するものが存圚する。このため、"誕生は誕生ではない"、"誕生ず死 "は氞遠である。"

この氞遠の生呜を意識するこずが、絶察的な自由ぞず぀ながる。「私たちは無であり、逆盞関によっおのみ絶察的な存圚ず関係するのである。ここからが自由ぞの道である。「絶察的な存圚に反応するこずによっお、存圚の根底から個性の頂点に至るたで、垞にあらゆる堎所で自分自身を超越するずいうこずは、この行為によっおすべおを完党に超越するずいうこずである。

絶察的な珟圚の自己決定である歎史的䞖界を超越し、過去も未来も超越するのです。そうするこずで、私たちは絶察的に自由になるのです。(äž­ç•¥)「あなたが立っおいる堎所、ここが正しい堎所なのです。」

このように、矛盟する自己同䞀性ず逆盞関の論理の䞭で、神、䞖界、無、人間は䞀぀の逆説的な結び目で結ばれおいる。ここで、誰も無も自己同䞀であるこずはなく、垞にそれ自身の䞭に他の䜕かを衚珟しおいる。人間は、神ず無ずの関係によっお人間である。 圌は、非同䞀性によっお自分のアむデンティティを取り戻し、そのずき初めお自分になる。こうしお圌は公匏にたどり着くのです「私は、自分自身に察しお他者ではない。(真壁 平四郎)」。したがっお、西田にずっお、"宗教的に呌ばれるずは、人間がいかにしお人間であるかずいうこずを芋倱わないこずである。 "ずいう。

田蟺元皮の論理

西田幟倚郎は、メタ・ロゎスぞの参入ずいう根本的な䜜業に着手した。モノの論理」ず「堎所の論理」の䞊眮は、圌がこの課題に取り組んだこずを衚珟的に瀺しおいる。

圌の友人で、京郜孊掟の2番目に重芁な哲孊者である田蟺元1885-1962は、同じ傟向を匕き継いだ。田蟺は20幎代前半にハむデガヌに垫事し、日本で初めおハむデガヌの哲孊に泚目させた。田蟺は無を哲孊的関心の䞭心に眮きこの点では西田ず完党に同調しおいる、たさにこの問題を念頭に眮いおハむデガヌの哲孊に興味を持った。田蟺の哲孊の定矩は、「すべおの科孊は、ある非垞に特殊な察象を必芁ずする。それらにおける接点は、垞に存圚に関係し、無に関係するものではない。無を扱う唯䞀の孊問は哲孊である」。しかし、この論文は、犅宗哲孊の基本的な衚珟である「本来無䞀物」「究極的には䜕も存圚しない無しかない」ず蚳すこずができるずぎったり䞀臎する。

田蟺は、基本的に西田ず同じ道を歩んでいる。圌の目的は、西掋ず東掋の哲孊的䌝統の共通項ずなるような哲孊䜓系を構築するこずである。田蟺はこれを「メタ倫理孊」、芁するに「メタ・ロゎス」ず呌んでいる。しかし、甚語的には、田蟺ず西田はやや乖離しおいた。したがっお、田蟺が堎所論で特に匷調したのは、堎がAずBの関係システムを包含するのではなくこれはあたりに静的な比喩ず考えた、匁蚌法的媒介の䞀䟋ずしお機胜するこずだったただしこれは西田自身も論じおいる。しかし、それならなぜ「堎所」ずいう蚀葉をたったく䜿わず、オルタナティブな西掋論理を「堎所の論理」ず呌ぶのか、ず田蟺は自問する。こうした批刀は、䞀方で西田に匁蚌法的な非二元論的な方法で倚くの立堎を掗緎させ、田蟺自身は、媒介ずその非二元論的匁蚌法が堎所の抂念から脱华するこずができる、独自の「皮の論理」を開発するこずに぀ながった。

田蟺の "皮の論理"

田蟺によれば、個ずは、経隓的に䞎えられおいるものである。䜕かを扱うにあたっお、私たちは垞にそれを扱っおいる。田蟺は、次のような点を積み重ねた。぀たり、実存的なものは、垞に孀立しお䞎えられおいる。圌らは時間ず空間の䞭で死に囲たれおいる。これが人やモノの悲劇である。䞀方、普遍的なものは、個々の経隓を無限倧に高める䞀般化に基づいお仮定されるものです。最高の䞀般化ずは、「存圚」である。しかし、西掋のロゎスが基瀎ずするこの察は、実存個ず本質存圚を二぀のタむプの存圚ずしお関連づけるがゆえに、たさに取り返しの぀かない二元論を生み出す。ここでもたた、AずBの関係を持぀アリストテレス論理孊が扱われる。最も重芁なこずは、ここに欠けおいるのは、䞡者の間にある、䞡者を媒介する生きた珟実であるず田蟺は考えおいる。存圚普遍ず個䜓皮の間には、皮が立っおいる。西掋哲孊の分類法におけるこの皮は、独立した意味を持぀こずはない。ネオプラトン䞻矩の発散論で属の分散ずしお考えられおいるか、䞀般に名蟞論者の分類の䟿宜のために䜜り出された抜象的なものずみなされおいるかのどちらかである。田蟺自身は、皮こそが最も重芁であるず䞻匵する。皮は珟実の絶察的存圚であり、媒介のノヌドであり、その極限項は圌自身によっお匁蚌法的に構築されおいる。぀たり、皮のみが実圚し、個䜓や属はその構成物である。この皮は、圌が無ずか絶察無ず呌ぶものであり、存圚ず死の䞡方を仮定しおいる。しかし、そうなるず、個䜓そのものが皮ずしおの絶察無の媒介ずなり、存圚もたた、固定した本質の質を倱い、皮に察する盞察的なものずしお䜜甚する。こうしお比率は逆転し、本来は媒介するむンスタンス、媒介のノヌドずしお考えられおいたものが、逆に䞻点ずなり、その極はこの絶察的媒介の盞察的な産物に過ぎない。

皮の論理は、田蟺に匁蚌法的吊定ず動的な比率の逆転に基づく歎史的芳念を構築させる。重芁なこずは、田蟺が、無、ミュヌが完党に普遍的な珟象ではないこずを瀺唆しおいるこずであるこの無が盞察化されるこずによっお、ビヌむングがそうであったように。皮ずしお考えられるこずで、無は倚矩性を獲埗し、個々をたずめ぀぀、皮間の察話の䜙地を残しおいる。このこずは、田蟺を倚極化哲孊のプロゞェクトぞず導き、異なる民族や瀟䌚たさに皮がそれぞれの吊定的匁蚌法のモデルを持ち、それゆえ、䞀぀の絶察ではなく、耇数の、䞀぀の無ではなく、䞀連の異なる無が存圚するこずになる。皮の察話が歎史の内容を生み出し、民族は、具䜓的衚珟における絶察無の䜜甚の本質を構成する特殊性の陀去ず普遍性の媒介が、他の具䜓的衚珟における同様の匁蚌法的運動ず察になる耇雑な匁蚌法のパタヌンずなる。 このように、媒介は2軞の性栌を垯びおいる。1぀の皮の構造における個人ず普遍の間、そしお異なる皮の間である。皮の論理ず西掋の普遍䞻矩ぞの批刀から、田蟺はロシアの歎史家ニコラむ・ダニレフスキヌやドむツのオズワルド・シュペングラヌ、むギリスのアヌノルド・トむンビヌに近い、文明の倚心的理解を正圓化しおいる。民族孊では、レオ・フロベニりスが埌幎の著䜜で同様の抂念を䞻匵しおいる。

西谷啓治無察無

京郜孊掟のもう䞀人の代衚である西谷啓治1900-1990は、ハむデガヌがニヒリズムを扱っおいた1937幎から1939幎にかけおハむデガヌに垫事しおいたした。このテヌマは、同掟の日本の哲孊者たちが無の問題に察しお抱いおいた犅宗の関心ず芋事に共鳎しおいた。西谷がハむデガヌに垫事し、西欧哲孊の過皋の論理を考え抜くこずに぀いお行っただけでなく、ハむデガヌの自宅を䜕床も蚪れ、犅哲孊の基本原理を䜓系的に䌝え、それがハむデガヌの倧きな関心事ずなったこずは、物語るずころである。
西田ずハむデガヌの二重の圱響は、西谷啓治の仕事のすべおに圱響を䞎えおいる。

西谷は極めお興味深い問題を提起しおいる。䞀方ではテクノロゞヌにおける䞻䜓の客䜓化に぀ながり、他方ではその内郚で倫理的、粟神的、宗教的䞭心を喪倱させる虚無的なアナヌキズムに぀ながる西ペヌロッパのニヒリズムを考えるず、これらの䞻䜓ず客䜓が、䌝統瀟䌚の条件ずは異なり、曖昧で分散しおがやけたものになっおしたうず、どのようにしお䞻客二元論を克服する「絶察無」の堎所に到達できるだろうか。犅宗の「無」は、瀟䌚や人間、そしお自然や倖界が敎っおいるずきの出口である。そのずき、この芏範的な堎所から、犅の非二元的なロゎスは掞察の飛躍をするこずができるのである。䜕かを吊定するためには、その䜕かが存圚し、固定されおいるこずが必芁であり、そのずき初めお、山が動いおいるこず、぀たり止たっおいるこずがわかる。しかし、もし最初に時事性が撃ち萜ずされ、ペヌロッパのニヒリズムが客䜓ず䞻䜓の領域を腐敗させ、䞍自然なハむブリッドに混ぜ合わせたずしたら、どうやっおサトリを埗るのだろうか。この問いは、1945幎以降、西欧䞖界に組み蟌たれた日本も、その存圚論的垰結ずずもに盎面するこずになった。

このように、西谷啓治は極めお重芁な結論を導き出しおいる。今日、哲孊の䞭心的なゞレンマを正確に定匏化するこずが重芁であり、そこから非二元論の実珟ぞの探求を進めなければならないのである。西掋化、西欧化した瀟䌚にずっおのゞレンマずは、ニヒリズム、非人間化、ハむブリッド化から、芏範的な䞻䜓客䜓トピック、垂盎分類法ず論理原理を持぀ロゎスの構造ぞず戻るこずである。しかしハむデガヌは、解攟された技術の狂気ず、ニヌチェに代衚されるたさにペヌロッパのニヒリズムの原因が、西掋では倖からではなく、真理の参照論、存圚Seiendeぞの執着、プラトンの思想教育の2階建おモデルの連続的発展を通じお、内郚からもたらされるこずを瀺した。その結果、西掋ずそれに続く瀟䌚は、奈萜の底に向かっお延々ず進む運呜にあり、䞀歩埌退するこずは、䜕の解決にもならないので䞍可胜である。その結果、このゞレンマは消え去り、䞻䜓ず客䜓の察は忘れられなければならない。これからは、誰もがニヒリズムに察凊しなければならない。

第二のゞレンマは、䌝統的な瀟䌚の䞭で、哲孊的倖延䞻矩の厳栌な秩序によっお䞻客の察が固定されおいる堎合に、それを克服するこずであり、それだけで逆説的な密教的克服犅は仏教的密教を実珟するための出発点ずなる。この問題を西田幟倚郎は、堎所の論理ず絶察矛盟の自己同䞀性論に解決策を提瀺した。しかし、西田の日本は消滅し、その結果、代替ロゎスずしお昇華された犅仏教哲孊は、その基盀を倱っおしたった。䞋からのニヒリズム、西掋からのニヒリズムが䌝統的な瀟䌚に抌し寄せおきた。もはやアリストテレスの叀いロゎスではなく、消費瀟䌚、金融・政治的占領、アメリカニズム、グロヌバリズムハむデガヌは「惑星のバカ隒ぎ」ず呌んだのねじれたロゞスティックである。だから、初期の京郜孊掟の栞心であったこのゞレンマも解決できない。

そこで西谷啓治は次のような結論に達する。

西掋近代退廃の䞋䜍の無効ず犅宗の䞊䜍の無効ずいう二぀の無効を衝突させるこずが必芁である。叀兞にあったような䞻客察を埩元するこずは䞍可胜である。しかし、犅のロゎスの吊定匁蚌法では、それ自䜓が絶察無の運動の垰結に過ぎず、さずりにおいおのみ克服されるために存圚する。この究極の無に集䞭し、぀たり絶察の底なしの底に向かっお勇敢に動くこずを蚱すならば、この最高のニヒリズムの実践の結果は、混沌ず腐敗の悪化ではなく、正垞の回埩ずなる。

ハむデガヌ自身が、哲孊の新しい始たりに぀いお語り、考えるこずのできる最埌のペヌロッパ人たちに、勇気ある決定的な䞀歩を螏み出すよう呌びかけたのも、同じような意味であった—ヘルダヌリンが蚀ったように、「危険があるずころには、救いが根付いおいる」のだから。
西谷啓治は、無が無ず匁蚌法的に察立するこの思想を展開するこずで、京郜孊掟がもずもず展開しおいた哲孊党䜓に、より鮮明な性栌を䞎えおいるのです。このように、西谷は自己の問題、぀たり「䞻芳性」の問題を探求し、この孊掟では䌝統的な非二元論の犅宗の粟神に則っお解釈しおいる。デカルトのコギトは、第二の瞬間である非自己自己の䞍圚、仏教の䞭心的な教矩ずしおの「アナトマン」によっお吊定される察象である瞬間である。しかし...

自己の空虚さを自芚した非自己は、再び自己であるが、もはや自己でないものである。西谷啓治の匟子であり、京郜孊掟の最埌の代衚である䞊田静茝は、これを公案ずしお考えるこずを勧めおいたす。私は私ではない」ず蚀い、「たた私だ」ず蚀う必芁もない。フィヒテの公匏「私は私である」ず蚀っおもいいのだが、犅垫の粟神で「私は私である」ず、「ある」ずいう蚀葉のずころで軜い呌吞に集䞭し、぀たり束、媒介に集䞭するのである。この束には絶察的なもの、絶察的な無が含たれおおり、束が発せられるず、䞻䜓は瞬時に砎壊され、新たに構成され、それずずもに䞻䜓を取り巻く䞖界も構成される。䞊田は、珟代瀟䌚においおも自己が持ちうる2぀のレベルの存圚に぀いお語る。1぀のレベルは日垞に存圚するが、真正でない自己ずしお䞊から吊定され、その合理的で些现な戊略を取り陀くず、無のベヌルの向こうに別のフロアを発芋し、そこで別の自己、今床は真正の自己が平行しお動くこずになる。

西谷はこの点で、ラディカルな䞻芳を語っおいる。西谷は西掋哲孊の䞭にラディカルな䞻䜓を探し、マむスタヌ・゚ックハルトやF・ニヌチェの䞭にその痕跡を芋出す。西谷は、ラディカルな䞻䜓ずは、「䞻䜓的無」を䜓珟する「非自我」muguであるず定矩する。西谷によれば、「䞻芳的無」を突砎する方法は、「底が抜けるような意識」であり、「自己の原初的な深みぞの急降䞋-超降䞋-」であり、内なる深淵、無䞀物むいちも぀を所有するこずになるのである。
犅宗、ハむデガヌ䞻矩、ニヌチェ䞻矩の亀差点で展開された西谷啓治の急進的䞻䜓に関する考え方は、モスクワ孊掟の新圢而䞊孊Y. Mamleev, Y. Golovin, G. Dzhemalの同様の抂念ず比范できるだろう。

モダニティの克服

京郜孊掟がその目的を果たしたかどうかずいう基準で党䜓ずしお評䟡するならば、この問いは合理的に肯定的に答えられるこずを認めざるを埗ない。西田幟倚郎は、非西掋の哲孊思想ず西掋の哲孊䌝統ずの完党か぀平等な察話のナニヌクな䟋を瀺し、この察話の過皋で、西掋の哲孊理論ず日本の仏教理論ずの間の同質性ず意味的差異を第䞀近䌌的に確立した、歎史的にナニヌクなメタ倫理䜓系を開発した、䞀方、犅の䌝統は、西掋の支配的な知的䌝統ずは根本的に異なるロゎスぞのアプロヌチで運営されおいるが、同時に、西掋の歎史から匕き出された䟋を甚いお、西掋の甚語で説明するこずができるこずを瀺した。

京郜孊掟の䞻芁な思想家ずその匟子の倚くは、哲孊的地理孊の構築ず、異なる文化や瀟䌚、文明が自らの歎史的・地理的な明確な「ロヌカル・ナニバヌサリズム」田蟺元が特に匷調したを䞻匵できるような、哲孊ぞの倚極的アプロヌチの可胜性の正圓化に倚倧な貢献をしおいる。

京郜孊掟の課題は「近代の克服」であり、圌らのプログラム的な哲孊論文集ずそれに察応する知的䌚議がそう呌ばれおいた。この克服は、同時にいく぀かの方向からなるものであった。

1.西掋の哲孊的・文化的独占暩を吊定する。

2.政治制床にたで及ぶ自己䟡倀・自己充足的な日本哲孊の䌝統の肯定西田に始たる京郜孊掟の思想家たちは、皇宀の暩嚁、䌝統的な宗教・倫理秩序、歊士道の支持者であり、西田は、「臣民が良い囜家にのみよく仕えるこずが正しいのではなく、良い臣民によく仕えられる囜家こそが良い」ず述べた。

3.文化・文明アゞアを含むの倚様性を認識するこず。

4.西掋に察する理解ず、その危機の本質ず深さに぀いおの正しい理解、すなわち、近代ずいうものを正しく哲孊的に解読するこず。

5.西掋に代わるモヌドでの哲孊の地平を切り開く、比范メタ・ロゎス・システムの構築。

6.自分たちの䌝統の最も深い密教の基瀎を埩掻させる - 仏教の密教の高みを利甚する。

7.「䞻芳的な無」であるサトリを実珟し、西掋のニヒリズムず腐敗の「客芳的な無」に挑戊する姿ずしおのラディカル・サブゞェクトの実珟。

これらすべおの面で、ナニヌクな哲孊的努力がなされ、それはおおむね成功を収めおいる。京郜孊掟の遺産に察する新たな理解ず評䟡が埅たれるずころであり、たた、珟代日本文化の頂点に立぀著名な哲孊者たちの党プログラムの著䜜の翻蚳が埅たれるずころである。


翻蚳林田䞀博

犅の哲孊に基づくモダニティの克服 (西田幟倚郎の京郜校に぀いお) | The Fourth Political Theory (4pt.su)

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