言葉は、生き方だった。
※約900文字です。
私には、今でも忘れられない言葉がある。
それは、本で読んだ名言ではない。
教員として働いていた頃、
一緒に学年を組んだ先生が
何気なく口にした一言だ。
その先生は、
私より三十歳ほど年上の女性だった。
朗らかな笑顔を絶やさず、
そばにいるだけで
安心できるような空気をまとっていた。
格好には無頓着で、いつもポロシャツ姿。
白髪も染めることなく、そのままだった。
通りすがりに
掲示物がはがれていれば、
何も言わずに貼り直す。
「最近、トイレの使い方が荒れてきたね。
学校全体が少し落ち着かなくなってきているのかもしれない。」
そうつぶやいた日の放課後、
一人でトイレ掃除を始めた。
そんな姿を、私は何度も見てきた。
その年、学年には
特別な支援を必要とする子どもや、
関わり方に工夫が必要な子どもが
何人もいた。
四月の初め、先生は私にこう言った。
「その子たち、
まとめてうちのクラスで見るよ。」
正直、驚いた。
そんなことを言える先生が
本当にいるのかと思った。
当時二十代半ばだった私は、
その言葉に安心して任せてしまった。
結果として、
その先生のクラスには
手のかかる子どもたちが集まり、
学級崩壊とまではいかなかったものの、
毎日落ち着かない日々が続いた。
教室を飛び出してしまう子もいた。
廊下でしゃがみ込み、
子どもの話を
じっと聞いている先生の姿を、
私は何度も見た。
私は先生の姿を見るたびに、
自分だったらあんなふうに余裕をもって
子どもたちと向き合えないと思っていた。
それでも先生の笑顔が消えることはなかった。
怒鳴ることも、誰かのせいにすることもない。
大変な毎日だったはずなのに、
その大変さえ笑いに変えてしまう人だった。
そんな先生が、よく口にしていた言葉がある。
「仕事は真剣にしなきゃいけない。
でも、深刻になる必要はない。」
先生は、その言葉の意味を
毎日の姿で教えてくださった。
辛くなって視野が狭くなると、
私は今でも先生の笑顔を思い出す。
すると、
不思議とあの言葉が浮かんでくる。
「仕事は真剣にしなきゃいけない。
でも、深刻になる必要はない。」
今になって思う。
あの言葉は、
仕事だけではなく、
生き方そのものを教えてくれていたのだ。


