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出水空爆~基地の町の宿命


掩体壕が必要になる戦況

出水(いずみ)航空基地跡の話の続きです。

このゴルフ場とその周辺に、戦中まで海軍
出水航空基地があり、北の方角に滑走路が
延びていました。

今は生活道路になった元滑走路

ゴルフ場の南側に、出水基地の第4の遺構
があるので、西回りに南下します。

出水ゴルフクラブ
このゴルフ場の入り口は南東にあります。
西側は主に農地

 
 
ゴルフ場の南側へと回りました。

昔の地図だとこの辺り
この地図は右が北です

なにやらコンクリート製のドームのような
ものがあります。
これは何でしょう?

 

噂には聞いていましたが、実物を見るのは初めてです。
 
これは掩体壕(えんたいごう)と言います。
飛行機を敵機から隠す為のカモフラージュ
です。

なぜわざわざこんなモノが要るのか?
米軍の本土空襲が始まったからです。
1944年7月、絶対防空圏であるサイパンが
陥落し、米軍がサイパンを拠点に日本本土
を空襲しだしたからです。
 
それで、戦闘機を普通に格納庫に入れては
おけなくなったのです。

掩体壕には2種類あります。
この鉄筋コンクリート製のドーム状のモノ
は有蓋掩体壕と言い、飛行機を完全に覆い隠すものです。
出水に現存するものは全て有蓋掩体壕です。
 
他に、天井の無い無蓋掩体壕もありました。
これは土嚢を積んで壁を造っただけの簡素
なものです。

こちらは近所の中学生が動員されて造らされました。
子供には危険な作業で、死亡事故も起きた
そうです…
 
本来なら土建屋の仕事ですが、土建屋にも
赤紙が来るので人手不足なのです。
 
戦争を甘く見てはいけない。
戦争が長引くと軍(自衛官)だけでは戦闘員が足りなくなり、民間人が次々徴兵されて
あらゆる産業が空洞化してしまう。

この絵は、当時中学生で無蓋掩体壕造りに
動員された方が描いた回顧絵日記をベース
に作られた説明看板です。
 
有蓋掩体壕なら全国にいくつか現存しますが、このような資料は他にあるでしょうか。
大変貴重です。
 
 

海軍出水航空基地の終焉

やがて、本当に「その時」は訪れました。

掩体壕近くの説明看板より

1945年3月18日、出水航空基地から特攻隊
「菊水銀河隊」が飛び立った、その同日。
発射源である出水基地を米軍は見逃しては
くれませんでした。
B29の爆撃が始まったのです。

3月18日を境に断続的にB29が飛来し焼夷弾
をばらまく攻撃が、8月初頭まで続きました。

もちろん、基地だけを綺麗に攻撃などしてくれません。
多数の民間人も犠牲になりました。
これは基地の町の宿命です。
基地が在る町は優先的な攻撃目標なのです。

 
 

そして出水基地は完全に廃止となり、跡地
はほぼゴルフ場に。
東の端の地下壕と、北の元滑走路、南西の
掩体壕のみが当時を物語ります。
地下壕の上には特攻隊員の慰霊碑が築かれ、
特攻碑公園になりました。

この碑文も、なにか特攻を美化しすぎな気が……

 
 

「媚び」の危険性 「対話」の重要性

我が国の安全保障の為にはある程度の武装
は必要、というのは間違いではありません。
 
何処かに基地が、要るのは要ります。
 
しかし、多過ぎたり特定地域に集中し過ぎ
れば、隣国には威嚇と受け取られます。
 
防衛軍備と外交は必ずセットです。
基地の設置を納得してもらうことも含め、
全方位平和外交が必須です。
 
気をつけたいのは、こーゆーのは外交とは
言いません↓

写真は日テレニュースより

↑これは外交ではなく「媚び」です。
 
「媚び」はダサいってだけじゃなく、危険❗
 
相手が強者だからといって簡単に「媚び」を
売る人間は、相手を格下と見なしたら逆に
「媚び」を要求するのです、当然の如く。
 
身の回りにも、そんな人間はいませんか?
簡単に土下座をする人間は、他人を土下座
させたい人間なのです。
 
そのような人間が権力を持ったら、火種を生みかねない。
 
安易な「媚び」ではなく、粘り強い「対話」を。
 
パフォーマンスやSNS映えではなく、地道な
対話努力を貴ぶ人、そんな候補者を応援し投票したいものです。
 

九州新幹線 出水駅

鹿児島県出水市、海軍の航空基地跡だった
特攻碑公園。
太平洋戦争史と共に栄え、滅んだ基地跡。
 
認知度は高くありませんが、新幹線駅から
徒歩圏内にあり、九州新幹線が完全復旧し
さえすれば、行くハードルは低いです。

ここには太平洋戦争の歴史が刻まれている。
1人でも多くの人に見てもらいたいと思う。
戦争を振り返ることに、節目も時期も関係ありません。