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雲の上のジャズ

先日、特攻隊の悲しい歴史に触れましたが、今回は同じ空でも、少し不思議でロマンチックな、
だけどやっぱり切ない話を・・・。

夕暮れの空を見上げて、あの時代、空を飛び、海の向こうのメロディを聴いた若者たちのことを想います。

死と隣りあわせの戦闘機のコックピット、雑音だらけのヘッドホンから、突如、流れてきた軽快なスウィング・ジャズ。

グレン・ミラーでしょうか。

お気に入りの音楽を大音量で聴き、
「ながら操縦」する米軍兵士たちにとっての、士気高揚や癒しに大きく貢献した音楽が、グレン・ミラー楽団の演奏だったとは・・・。

特に
『イン・ザ・ムード』はその象徴的な楽曲として、兵士たちの郷愁を癒やし、勇気づけるために広く演奏されていたことを知り、私は少し悲しくなりました。

第二次世界大戦中、グレン・ミラーは、積極的に慰問演奏をしていたことが有名です、イギリスからフランスへ慰問演奏の専用機に飛び立ったあと、消息を絶ったそうです。
終戦まで1年足らずの、1944年12月のこと。



子どもの頃、リズミカルで小気味良いこの曲が好きで、エレクトーンでよく弾いていました、何も知らず無邪気なものですよね。


特攻隊員の手記や、戦争映画にもあるように、日本の戦闘機の無線でも、アメリカのオシャレな音楽をひろうことができたという史実。

なぜ戦闘機のコックピットで、ジャズが聴こえてきたのでしょう?

日本のゼロ戦や隼などの戦闘機は、米軍の戦闘機と、同じ周波数帯の無線機を搭載していました。そのため、空域や時間帯によってお互いの電波が激しく混線することがあったようです。

緊迫した状況の日本軍パイロットにとって、敵機の無線から聴こえてくるジャズが、優雅に空を飛んでいるように思えたのでしょうね。

米軍の物資の量や戦力の差に愕然としていたと回想。敵の圧倒的な豊かさと心の余裕にショックを受けたと、複雑な心境が語られています。

戦後、沖縄や日本各地の基地に駐留した退役米軍パイロットたちは、「日本の戦闘機が死に物狂いで向かってくる中、ラジオでジャズを聴きながら飛んでいた」と平然と語ることがあったようです。彼らにとってそれは、余裕があったのではなく、不真面目でもなく、「極限の恐怖や緊張を和らげるための、アメリカ流のメンタル管理」だったと言われています。


先日の記事にも触れましたが、伯父は終戦の年、特攻で命を落としました。父は戦後、奨学金で大学へ、そのため卒業後は、沖縄の米軍基地で2年間働いた経歴があります。

現地のアメリカ人から『戦時中、本当に戦闘機でジャズを聴きながら飛んでいた』という話を聞いたか、どうかは不明ですが。兄とは、一時期、米軍基地での話やジャズについて、語り合っていたようです、男同士、しかも私の知らないところで。

敵と味方、生と死、そして文化の違い、音楽。父は時々、家でジャズを聴いていました、父と兄がジャズ好きになったルーツは、意外にも、沖縄の米軍基地だったのかもしれません。


あの空の雲の上で、特攻隊員たちは敵国のメロディを聴いて、最期のときを過ごした若者がいると思うと、切ないですね。




日本でジャズが聴かれるようになったのは、昭和20年代だそうです。大正デモクラシーの華やかな文化の波に乗り、瞬く間に日本へと浸透。軍国主義が強まると、アメリカの文化であるジャズは「敵性音楽」として演奏やレコードの販売が全面的に禁止されました。

戦時中、外国の音楽すべてが許されない、というわけではなく、ドイツやイタリアのクラシック音楽などは聴くことができたと、これは母の青春時代の話、よく聞かされておりました。
ドイツ、イタリア・・・同盟国ですものね。


新聞記事によると、海軍の軍人や軍楽隊の中には、熱狂的なジャズ愛好家が多数存在し、水面下で演奏や鑑賞を楽しんでいたことが記されています。
特攻隊員たちの中にも、出撃直前まで蓄音機でひそかにジャズのレコードを聴いていた者たちがいたそうで、彼らは「アメリカの自由な文化や音楽の素晴らしさ」を知っていたから、「このような文化を持つ国には勝てないかもしれない」と冷静に悟りつつ、国のために飛び立っていったと。



『ムーンライトセレナーデ』

こちらもグレン・ミラーで有名な楽曲です。
父が好きだったんじゃないか、と話していた兄。
案外、ロマンチストだったのかも・・・。


私のおススメは、
カーリー・サイモンさんの、年齢を重ねた素敵なハスキーボイスが、この曲にしっとりと合うような気がします。


特攻隊という重い言葉の裏側にあった、彼らの本音や若者らしさ。夕闇が迫るコックピットの計器が淡く光るなか、海の向こうから流れてくるアメリカのヒット曲。それを聴いた彼らは、不謹慎だと耳を塞いだのでしょうか、それとも懐かしさにそっと微笑んだのでしょうか。


何気なく聴いている音楽が、あの時代、
戦争によって、国家のため統制されてしまい、排除されていたなんて、悲しい話です。

音楽は、人の感情に近いものですね。
政治や国境のせいで、好きな音楽が聴けなくなる、そんな時代に、二度となりませんように。