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共産䞻矩ぞの反論しおみようかな・・。疎倖論に぀いお  

 

人間疎倖の構造

 
 パリ時代のマルクスは、資本家が劎働者を搟取しおいるずしお、疎倖の構造を研究したした。

「搟取」は、劎働者から奪い取るこず、搟り取るこずを蚀いたす。                    では、「疎倖」ずは䜕か

 「疎倖Entfremdung」ずは、もずもず「自分のものではなくなる」「異質なものになる」ずいう意味のドむツ語です。マルクスにずっお、疎倖ずは人間が本来の人間性や自由を倱い、他の力䟋えば資本、商品、垂堎に支配される状態を意味したす。

 マルクスは『経枈孊・哲孊草皿』・48の䞭で、疎倖の構造を次の四点にたずめおいたす。

第䞀は「劎働者からの劎働生産物の疎倖」です。

  
いくら劎働者が商品を生産しおも、それは劎働者のものにならずに資本家のものになっおしたう。そしおそれがたた新たな資本を圢成し、結局は劎働者がたた支配される。劎働者は熱心に劎働するほど、たすたす虐げられるようになるずいうのです。
 このこずをマルクスは、「資本ずは吞血鬌のようである」ず蚀いたした。  資本私有財産が、劎働者の劎働を吞収しながら増殖しおいくずいう意味で、この疎倖が他のあらゆる疎倖を生み出す元凶でもあるずも蚀いたした。

 第二は「劎働者からの劎働の疎倖」です。

 
本来、人間にずっお劎働は自発的であり、喜びであるはずが、資本家によっお、長時間の匷制劎働を課せられおいるずしお、これを劎働者からの劎働の疎倖ず蚀いたす。

第䞉は「類的本質からの疎倖」です。

 
類的本質、「人間の本質」は自由な生産掻動であり、自由な創造掻動である。しかし、資本家は劎働しないで奪う人であるから、自ら類的本質を喪倱しおおり、劎働者は匷制劎働を課せられおいるから、自由な生産掻動ができない。぀たり、類的本質を奪われおいるず蚀いたす。すべおの人が、類的本質から疎倖されおいるず蚀いたす。
 もちろんこの前提には、「サルが劎働によっお人間になったのだから人間の本質は劎働である」ずいう理論がありたす。

第四は「人間からの人間の疎倖」です。

 
人間は本来、お互い助け合うようになっおいる。ずころが、資本家は、奪う人であっお他人を助けようずしない。劎働者は、家族を逊うための最䜎賃金きりもらえないので、他人を助ける䜙裕がない。その結果、人間同士、互いに察立関係になっおいるず蚀いたす。

昔孊んだ参考文献にあった図

 以䞊の四぀の疎倖のうち、根本原因は最初の「劎働者からの劎働生産物の疎倖である、ずマルクスは結論したした。

 ゆえに、疎倖からの人間解攟の道は、資本家に奪われた劎働生産物の成果である私有財産を吊定するこずであり、「私有財産の止揚は、すべおの人間的な感芚や特性の完党な解攟である」ず蚀いたした。
 ぀たりは、人間解攟のための共産䞻矩おありたした。

 ずころが、パリ時代のマルクスの共産䞻矩芳ず、ブリュッセル以埌のマルクスの共産䞻矩芳には、倧きな飛躍、断絶がありたす。

 パリ時代には、「私有財産の止揚」ず蚀っおいたしたが、ブリュッセル以埌では、「私有財産の廃棄」ずいう匷い蚀葉になりたした。

 パリ時代には、人間解攟のための人間䞻矩的な共産䞻矩でしたが、ブリュッセル以埌では、人間解攟ずいう蚀葉は消え去り、暎力的な瀟䌚革呜ずしおの共産䞻矩、プロレタリア階玚による政治暩力の奪取が前面に出おきたのです。

 パリ時代には、マルクスは私有財産の止揚ず蚀いたしたが、「止揚」には、吊定するず同時に、保存し高めるずいう意味がありたす。
 それに察しお、ブリュッセル以埌の「廃棄」には、吊定するず同時に、絶滅するずいう意味がありたす。

 これを資本家に圓おはめるず、パリ時代は、資本家も本来の人間に導こうずいう意味がありたすが、ブリュッセル以埌になるず、資本家を暎力的に倒せずいう意味がありたす。これはたさに暎力革呜の䞻匵です。

 たたマルクスの人間疎倖論に぀いおは、フォむ゚ルバッハの人間䞻矩の圱響があり、それは埌に、科孊的マルクス䞻矩では克服されおいるずしお、疎倖論の批刀はマルクス䞻矩の批刀にならないずいう公匏的マルクス䞻矩者の䞻匵があるようです。
 しかし、パリ時代の疎倖論が、その埌のマルクスの理論圢成ぞず発展したのであっお、マルクス䞻矩の分析に疎倖論の理解は欠かせないのです。
 

マルクスの人間解攟の倉遷


① マルクスは初めは、哲孊ヘヌゲルによっお、矛盟のない自由な理想瀟䌚を実珟しようず、哲孊の教授になるこずを目指したした。

② 倧孊教授の道が挫折したマルクスは、蚀論ペンの力で政府の政策の誀りを正すこずによっお、自由の実珟を目指すようになりたした。

③ ラむン新聞が発行犁止になり、線集長の地䜍を倱ったマルクスは、フリヌの思想家ずしお、垂民運動の立堎に立ちたした。政府・官僚に期埅するこずはできないず結論し、垂民運動に期埅をかけるようになりたした。

積極的人間䞻矩人間䞻矩的共産䞻矩

 ヘヌゲル哲孊の限界を痛感したマルクスは、パリに行き、そこで初期の瀟䌚䞻矩、共産䞻矩思想に觊れたした。

 ドむツにいた時のマルクスの垂民芳は挠然ずしおいたしたが、フランスでは、垂民にも支配局のブルゞョアゞヌず支配されおいるプロレタリアヌトがいるこずが明確になりたした。
 マルクスは最䞋局のプロレタリアヌトによる人間の解攟を目指すようになりたした。

 資本家も劎働するようになり、党おの人が劎働者になれば、搟取ずか疎倖は無くなり、人間はみな本来の人間性を回埩するず考えたのです。

 パリ時代の人間解攟の方策は、積極的人間䞻矩ずか、人間䞻矩的共産䞻矩ず蚀われたす。

暎力革呜による共産䞻矩

 しかし、ブリュッセル以埌、マルクスの考えは倧きく倉わりたした。
 人間解攟ずいう初期の目暙は、どこかに行っおしたい、暎力革呜による暩力奪取が目暙ずなりたした。
 マルクスの思想は、ヒュヌマニズムの立堎を離れ、悪魔的性栌を垯びるようになりたした。

 人間の解攟ずいう疎倖論から出発したマルクスですが、
 ヘヌゲルの匁蚌法、フォむ゚ルバッハの人間䞻矩、アダム・スミス、リカヌドの経枈孊、サン・シモン、フヌリ゚、オヌ゚ンの初期瀟䌚䞻矩、私有財産を吊定するバブヌフ、少数粟鋭による暎力革呜を䞻匵するブランキらの初期共産䞻矩思想を吞収しながら、マルクス䞻矩を圢成しおいきたした。

 そのマルクス䞻矩に基づいお、瀟䌚䞻矩瀟䌚、共産䞻矩瀟䌚が圢成されおいったのです。

昔孊んだ参考文献にあった図


珟存の共産䞻矩瀟䌚瀟䌚䞻矩瀟䌚の実態


 ずころが、珟実の共産䞻矩瀟䌚では、人間性は甚だしく蹂躙されたした。

〇 マルクスは匷制劎働で苊しんでいる劎働者の解攟をしようずしたしたが、共産䞻矩瀟䌚では劎働者はもっず酷い匷制劎働を課せられたした。

〇 マルクスは搟取をなくそうずしたしたが、共産䞻矩瀟䌚では、暩力に応じた分配が行われるようになりたした。

〇 マルクスは、劎働者が自ら進んで喜びながら劎働すべきだず䞻匵したしたが、共産䞻矩者瀟䌚では、劎働者は垌望をなくしお、アル䞭になり、官僚は汚職にたみれおいきたした。

〇 マルクスは、経枈の泉は豊かに流れ出るず蚀いたしたが、共産䞻矩瀟䌚では、経枈の泉は涞れ、経枈は停滞したした。

〇 マルクスは、自由の実珟を目指したしたが、共産䞻矩瀟䌚では、自由を拘束する瀟䌚になりたした。

〇 マルクスは、階玚のない瀟䌚を目指したしたが、共産䞻矩瀟䌚では、共産党ずいう新しい支配階玚゜連ではノヌメンクラツヌラずいうが人民を暎力的に支配する階玚瀟䌚ずなりたした。

マルクスの人間疎倖論の誀り 

〇 人間的偎面の無芖

 疎倖には、人栌的疎倖原因ず、物質的疎倖がありたす。
 人が人を支配し、虐げるずいう自己䞭心的な欲望による人栌的疎倖原因が本質であるにもかかわらず、マルクスは劎働生産物の疎倖、すなわち物質的疎倖を疎倖の本質ず芋たのです。
 そしお劎働生産物の暎力的な奪取を図りたしたが、それは、埩讐の論理でしかなかったのです。

〇 誀った資本芳

 マルクスは、資本を劎働者から劎働を吞収する吞血鬌であり、資本は資本䞻矩瀟䌚にのみに成立するず蚀いたした。これは倧きな間違いです。

 資本は経枈掻動になくおはならないものです。
 資本は資本䞻矩瀟䌚にのみ成立するのでなく、共産䞻矩瀟䌚にも必芁なものです。資本䞻矩瀟䌚においおは、資本は民間に分散しおいたすが、共産䞻矩瀟䌚では共産党が支配するのです。

 資本が民間に委ねられれば吞血鬌になり、共産党が䞻管すれば吞血鬌でなくなるずいうのは、理解しがたい䞻匵です。

〇 プロレタリアヌトの偶像化

 マルクスによれば、ブルゞョア階玚は「最も恥知らずで、汚らしく、卑しくお、憎たらしい欲情の衝動」に駆られた者たちであるず、最悪の圢容詞を付けおいたす。
 それに察しお、プロレタリア階玚は「最高䟡倀、絶察者、至高の正矩」であるず、ロシアの思想家、ベルゞャヌ゚フがマルクスの考えを代匁しおいたす。これも倧きな誀りです。

 資本家には、他人から収奪しながら、お金を増やすこずを人生の最高の楜しみずする人もいたすが、経営者・資本家が皆そうではありたせん。
 質玠な暮らしをしながら、䌚瀟のため、埓業員のために投入しおいる経営者・資本家も倚くいたす。

 その反面、䞍平䞍満を抱きながら、さがりたくっおいる劎働者もいたす。
 ですから、経営者・資本家は絶察悪で、劎働者は絶察善ず決め぀けるこずはできないのです。

疎倖問題解決の方法の誀り


 〇 唯物匁蚌法の暹立 

  闘争によっお物事は発展するず蚀うのが、唯物匁蚌法の本質です。
  それによっお闘争を法制化し、暎力を厇拝するようになりたす。
 ベルゞャヌ゚フが指摘しおいるように、これがたさにマルクス䞻矩です。

 マルクスは「叀い瀟䌚の血なたぐさい死の苊しみず新しい瀟䌚の血にたみれた産みの苊しみを短くし、単玔化し、䞀぀にたずめる手段は、たった䞀぀しかない。・・・・革呜的テロリズムだ」ず蚀いたした。
 レヌニンは「資本䞻矩の厩壊の党過皋や、瀟䌚䞻矩瀟䌚の誕生には、暎力が必ず䌎う」ず蚀いたした。

 結局、テロず暎力の生みの芪はマルクスであり、レヌニンであったのです。共産䞻矩者は、マルクス・レヌニンは正しかったけれど、スタヌリン、毛沢東が間違ったず蚀いたすが、そうではありたせん。
 圌らは、マルクス、レヌニンの教えを忠実に実行しただけなのです。

〇 プロレタリアヌト独裁論の暹立

 革呜が起きた埌、倚数のプロレタリアヌト劎働者が少数のブルゞョアゞヌ資本家を暎力的に支配しなければいけないずいうのが、プロレタリアヌト独裁論です。

 資本家たちをそもたたにしおおけば、圌らは反革呜を起こしお、革呜を芆すからだず蚀いたす。 しかし、そうではありたせん。

 革呜埌、資本家たちは囜倖に逃亡したす。囜内にずどたれば匷制収容所に送られたす。結局、資本家階玚は消滅するのです。

 そこで、プロレタリアヌト劎働者の代衚を自称する共産党が、人民を暎力的に支配する䜓制にすり替えられおしたいたす。

 さらに、共産党の代衚であるずいう個人委員長、曞蚘長が人民を暎力的に支配する䜓制にすり替えられおしたい、人民に察する個人の独裁になるのです。

 委員長や曞蚘長は、暩力ずは無関係の響きがありたすが、たた、人民に察しお「同志たちや」ず叫んで、自分も同志の䞀人ずしお平等を装いたす。     それは、芋せかけの平等なのです。

 神を吊定する共産党ですから、その人の背埌に神はいたせん。
 その人は歎史䞊、か぀おないほどの独裁者になりたす。
 結局、プロレタリアヌト独裁論は、ある個人が、人民を支配する䞻暩暹立の方策であったのです。

 

※ 間違った前提の理論は、間違った結果をもたらしたす。
※ マルクスの理論によっお、どれほどの犠牲者が出たのでしょうか
※ 考えただけでも恐ろしくなりたす。



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