【闘病記③】「もっと突っ込め」という号令と、二日酔いの看護師。〜―人間としての尊厳が剥ぎ取られた、密室の記録〜
密室に、私の乱れた呼吸音だけが響いていた。
きっかけは些細なことだった。担当看護師がオムツ内の便に血が混じっているのを見つけ、「便潜血あり」と報告した。看護師として当然の、むしろ賞賛されるべき「気づき」だ。けれど、この時ばかりは、その優秀さが私を地獄へ突き落とした。私にはわかっていた。これは明らかに痔からの出血だ。深刻な病変じゃない。しかし、私の確信など医療の現場では意味を持たない。
『こんなしんどい状態で、本当に検査するの?』
心の声は、誰の耳にも届くことなく虚空へ消えた。 私はストレッチャーごと、狭い処置室へと押し込まれた。そこは寝台がギリギリ入るだけの、窓もない独房のような小部屋だった。私の命綱である人工呼吸器の大型本体は「入らないから」という物理的理由で外され、簡易的なものに付け替えられた。アラームが鳴り続けると「うるさいから」と、警告音さえ止められた。
命の綱を断たれた恐怖で、心臓が早鐘を打つ。ドクドクという自分の脈の音が、耳の奥でうるさいほど鳴り響いた。
検査を担当したのは、若い研修医だった。 私の目はほとんど見えていない。けれど、見えなくてもわかってしまう。
自信なさげな声のトーン、器具をカチャカチャとぎこちなく扱う音、そして指導医の上から目線の指示。 彼が今日初めて内視鏡を握るのだと、肌で感じ取ってしまった。
やばい……大丈夫なの?
冷たいジェルが塗られ、異物が身体の奥へ侵入してくる。 大腸カメラの硬くて冷たい金属が、私の粘膜を押し広げながら進む感触。
彼らの目には、私は「意識のある人間」としては映っていないのだろう。 挨拶も、説明も、安否を気遣う言葉もない。 ただ、指導医が研修医に飛ばす指示だけが、頭上から降ってくる。
「もっと突っ込め」
「えらい便が多いな、ちゃんと下剤かけたんか」
「とくに出血源見当たらへんな。うーん」
私の腸壁を、硬い管がグリグリとこする。 内臓を直接ひっかかれるような、鈍くて重い痛み。 身体の奥が焼けるように熱い。 そして、息ができない苦しさ。
痛い、熱い、苦しい。
この三重苦が、逃げ場のない頭の中で警鐘のように鳴り響く。
「ここ(S状結腸あたり)にちっちゃいポリープがあるから、ここにしとこう。 とらんでもよさそうやけど、練習のため結紮(けっさつ)してみるか」
マジか……。 完全に実験台だ。治療じゃない、これは「練習」だ。 私の身体は、彼らにとって医学を学ぶための教材でしかないのか。
その時、処置の刺激で、溜まっていた便がドバッと漏れ出た。
下半身に広がる、生々しい液体の熱と個体が混ざり合った重み。 私に嗅覚はない。 だからこそ、余計にその「温度」だけが、自分が置かれた惨めな状況を肌で教えてくる。
『うわ……』
研修医の、露骨に嫌そうな声。 部屋の空気が一瞬で凍りついたのがわかった。
それでも不思議と、私の中に羞恥心は湧かなかった。 人間としての尊厳を極限まで削り取られると、人は恥を感じる余裕さえ失うのだ。 ただただ苦しくて、しんどくて、早くこの時間が終わることだけを祈り続けた。
その時、瞼のわずかな隙間に、信じがたい光景が映り込んだ。
便で汚れているかもしれない手袋のまま、看護師が私の人工呼吸器の蛇腹(じゃばら)を触っている。
『不潔な手で触らないで』
医療者としての知識が、本能的な恐怖を呼び覚ます。 清潔であるべき呼吸器回路に、雑菌だらけの手が触れる映像。菌が、私の肺へと入り込んでいくような幻覚さえ見えた。 けれど、それを振り払う手も、叫ぶ声も、私にはない。
絶望する私の耳元で、看護師の軽い話し声が聞こえた。
「今日私、めっちゃ二日酔いなんですよ~。昨日○○先生たちと飲みにいって。その割にがんばってるでしょ~」
その瞬間、私の中で何かが崩れ落ちた。
私が必死で息をして、痛みに耐え、恐怖に震えているこの数十分は、彼女にとっては「二日酔いでダルい日常の一コマ」に過ぎないのだ。 私の命のやり取りは、昨夜の酒席の話題よりも軽いのだ。
自分が情けなくて、虚しくて、悔しくて。 開かない瞼の隙間から涙が溢れた。
私が泣いたのは、検査が痛かったからじゃない。 「人間」として扱われなかったことが、あまりにも悲しかったからだ。
ただの「症例」として、「練習台」として、そして「汚物」として処理された時間。 そこには、私の心も尊厳もなかった。
看護師として20年間、私は患者さんの傍らに立ち続けてきた。 「患者さんの気持ちに寄り添う」と、どれだけ言葉にしてきただろう。 あの密室で、私はその言葉の重さを、皮膚の内側から初めて知った。
(つづく)
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