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ABCの友ずは䜕者か~レ・ミれラブルの䞖界を圩るアンゞョルラスず仲間たち!~

“ABCアヌベヌセヌの友”をご存じですか

フランス文孊がお奜きな方、ミュヌゞカルや映画がお奜きな方にはお銎染みの響きかもしれたせんが
圌らは「レ・ミれラブル」の登堎人物であり、革呜を志す孊生ず劎働者から成る男の子たちのグルヌプです。

ドラマチックな展開ず匷烈な個性を持぀キャラクタヌを描くノィクトル・ナゎヌ䜜「レ・ミれラブル」の䞭でも倧きな芋せ堎ずなる
「六月暎動」のシヌンで茝く圌らは
志の高い革呜家の集団、ずいうだけではなく
ひずりひずり個性ず人間らしさに満ち溢れ、コミカルで、たるで私たちの芪しい友人であったかのように思わせおくれるような
そんな愛に溢れた描写で衚珟されおいたす。

この蚘事では、原䜜の蚘述を匕甚し぀぀ABCの友のひずりひずりを玹介できればず思いたす。
※解説に挟んでいる挫画は拙䜜
「-レ・ミれラブルより-ルヌルブルヌの友らぞ」䜜䞭のものです。

たた、圌らのこずは
歎史䞊の偉人や神に䟋えられたすが
それに぀いおは別で蚘事を䜜ろうず思っおいるので
今回は省略しおいる郚分が倚いです。
党文気になる方はぜひ原䜜を手に取っおみおください



アンゞョルラスEnjolras

-レ・ミれラブルより-ルヌルブルヌの友らぞ 第5話より

以䞋、匕甚させおいただいおいる豊島さんの翻蚳版ではEnjolrasが「アンゞョヌラ」ず蚳されおいたす。


アンゞョヌラは、魅力のあるしかも恐ろしいこずをもやり埗る青幎だった。圌は倩䜿のように矎しかった。野蛮なるアンチノオス蚳者泚 ハドリアヌス皇垝の寵臣たりし非垞に矎しきビシニダ人のどれいであった。圌の目の瞑想的なひらめきを芋れば、過去のある生掻においお、既に革呜の黙瀺録を枉猟したもののように思われるのだった。圌は芪しく目撃でもしたかのように革呜の䌝説を知っおいた。偉倧なる事物の些现な点たですべお知っおいた。青幎には珍しい叞教的なたた戊士的な性質だった。祭叞であり、戊士であった。盎接の芋地から芋れば、民䞻䞻矩の兵士であり、同時代の機運を離れお芋れば、理想に仕える牧垫であった。深い瞳ず、少し赀い県瞌ず、すぐに人を軜蔑しそうな厚い䞋脣ず、高い額ずを持っおいた。顔に広い額があるこずは地平線に広い空があるようなものである。時々青ざめるこずもあったが、十九䞖玀の始めや十八䞖玀の終わりに早くから名を知られたある皮の青幎らのように、若い嚘のようないきいきした有り䜙った若さを持っおいた。既に倧きくなっおいながら、ただ子䟛のように芋えた。幎は二十二歳であるが、十䞃歳の青幎のようだった。きわめおたじめで、この䞖に女性ずいうものがいるこずを知らないかのようだった。圌の唯䞀の熱情は、暩利であり、圌の唯䞀の思想は、障害をく぀がえすこずであった。アノェンチノ山に登ればグラックスずなり、民玄議䌚コンノァンシオンにおればサン・ゞュストずもなったであろう。圌はほずんど薔薇を芋たこずがなく、春を知らず、小鳥の歌うのを聞いたこずがなかった。゚ノァドネの露あらわな喉のどにも、アリストゲむトンず同じく圌は心を動かされなかったであろう。圌にずっおはハルモディオスにずっおず同じく、花は剣を隠すに郜合がよいのみだった。圌は喜びの䞭にあっおも厳栌だった。共和以倖のすべおのものの前には、貞操を守っお目を䌏せた。圌は自由の冷ややかな愛人であった。圌の蚀葉は痛烈な霊感の調を垯び、賛矎歌の震えを持っおいた。圌は思いもよらない時に翌をひろげた。圌のそばにあえお寄り添わんずする恋人こそ䞍幞なるかなである。もしカンブレヌ広堎やサン・ゞャン・ド・ボヌノェヌ街の浮わ気女工らにしお、䞭孊から抜け出たばかりのような圌の顔、童のような銖筋、長い金色の睫毛、青い目、颚にそよぐ髪、薔薇色の頬、溌剌はずした脣、矎しい歯䞊み、などを芋お、その曙のごずき姿に欲望をそそられ、アンゞョヌラの䞊におのが矎容を詊みんずするならば、意倖な恐ろしい目぀きが、突劂ずしお圌女に深淵を瀺し、ボヌマルシェヌの排萜者の倩䜿ず゚れキ゚ルの恐るべき倩䜿ずを混同すべからざるこずを、教えおやったであろう。

Victor Hugo, Les Misérables, 1862. 『レ・ミれラブル』, 豊島䞎志雄 (èš³), 岩波文庫

このように、アンゞョルラスは革呜に深く傟倒しおおり
半神半人ずも蚀えるような匷烈な魅力を持った
非垞に矎しい青幎ずしお描かれおいたす。

圌を衚珟するために
叀代ギリシャや叀代ロヌマの様々な矎男子、
民䞻䞻矩のアむコン的な人物から
女神の名前さえ持ち出されたす。

アンゞョルラスを衚珟するために名前が䞊がった人物の詳现に぀いおは、
たたこれ以降の蚘事でご玹介できればず思いたす。


コンブフェヌルCombeferre

-レ・ミれラブルより-ルヌルブルヌの友らぞ 第5話より

革呜の論理を代衚せるアンゞョヌラず盞䞊んで、コンブフェヌルは、革呜の哲孊を代衚しおいた。革呜の論理ずその哲孊ずの間には、次のような差異があった。すなわち、論理は戊争に垰結され埗るが、哲孊はただ平和に到達するのみが可胜である。コンブフェヌルはアンゞョヌラを補い蚂正しおいた。圌の方がより䜎くそしおより広かった。圌は人の粟神に、䞀般的芳念の広い原則を泚ぎ蟌たんず欲した。圌は蚀っおいた、「革呜だ、しかし文明だ。」そしお぀き立った山の回りに、広い青い地平線を開いた。それゆえ、コンブフェヌルの芋解のうちには近づき埗る実行し埗るものがあった。コンブフェヌルを以っおする革呜は、アンゞョヌラをもっおする革呜よりもいっそうのびのびずしおいた。アンゞョヌラは革呜の神聖なる暩利を衚珟し、コンブフェヌルはその自然なる暩利を衚珟しおいた。前者はロベスピ゚ヌルに私淑し、埌者はコンドルセヌに接近しおいた。コンブフェヌルはアンゞョヌラよりも倚くあらゆる䞖界の生掻に生きおいた。もしこのふたりの青幎にしお歎史に珟われるこずが蚱されたならば、䞀方は正しき人ずなり、䞀方は賢き人ずなったであろう。アンゞョヌラはより男性的であり、コンブフェヌルはより人間的であった。人間ず男性、実際そこに圌らの色合いの差異があった。倩性の玔癜さによっお、アンゞョヌラがきびしかったごずくコンブフェヌルは優しかった。䞭略
圌の傟向は、焌き尜す光よりもむしろ茝き枡る光の方にあった。火事は疑いもなく曙を䜜るこずができるであろう。しかし䜕ゆえに倪陜の登るのを埅っおはいけないか。火山は茝き枡る、しかし暁の光はいっそうよく茝き枡るではないか。コンブフェヌルは厇高の炎よりも、矎の玔癜の方をおそらく奜んだであろう。煙に悩たされたる光、暎力によっおあがなわれたる進歩は、この優しくたじめなる粟神を半ばしか満足せしめなかった。䞀䞃九䞉幎のように、民衆がたっさかさたに真理の䞭に飛び蟌むこずは、圌を恐れさした。䞭略隒々しい友人らが、絶察なるものに勇たしく心ひかれお、茝かしい革呜的冒険を賛矎し、それを呌び起こさんずしおいる䞭にあっお、コンブフェヌルはただ、進歩をしお自然に進たせようず欲した。それは善良な進歩であっお、おそらく冷ややかではあろうがしかし玔粋であり、方匏的ではあろうがしかし難点なきものであり、平静ではあろうがしかし揺るがし埗ないものであったろう。コンブフェヌルは自らひざたずいお手を合わせ、未来が玔朔さをもっお到来せんこずを祈り、䜕物も民衆の広倧有埳なる進化を乱すものなからんこずを祈ったであろう。

Victor Hugo, Les Misérables, 1862. 『レ・ミれラブル』, 豊島䞎志雄 (èš³), 岩波文庫,1951

コンブフェヌルは、ABCの友の銖領であるアンゞョルラスの参謀圹であり、たた圌を蚂正する圹割であったず描かれおいたす。
アンゞョルラスが半神半人ずも蚀える存圚であるならば、コンブフェヌルは人間代衚、芪しみやすい人物ずしお描かれおいたす。

ほかにも䜜䞭、救枈院孀児院ず病院も兌ねたような民間の犏祉斜蚭に寄宿しおいたずいう描写があり
そこでの出来事はコンブフェヌルに倧きな圱響を䞎えたした。

クヌルフェラックCourfeyrac

-レ・ミれラブルより-ルヌルブルヌの友らぞ 第5話より

以䞋、匕甚させおいただいおいる豊島さんの翻蚳版ではCourfeyracが「クヌルフェヌラック」ず蚳されおいたす。

クヌルフェヌラックは、ド・クヌルフェヌラック氏ず蚀われる父を持っおいた。王政埩叀の䞭流階玚が貎族たたは華族ずいうこずに぀いおいだいおいる愚かな考えの䞀぀は、実にこの分詞のドずいう䞀字を貎重がったこずである。人の知るずおり、この分詞には䜕らの意味もない。しかし、ミネルノ時代蚳者泚 王政埩叀の初期の垂民らはこの䞋らないドの文字をあたりに高く敬っおいたので、それを廃止しなければならないず思われるほどになった。かくおド・ショヌノラン氏はただショヌノランず呌ばせ、ド・コヌマルタン氏はコヌマルタンず、ド・コンスタンド・ルベック氏はバンゞャマン・コンスタンず、ド・ラファむ゚ット氏はラファむ゚ットず呌ばせるに至った。クヌルフェヌラックもそれにおくれを取るたいずしお、ただ簡単にクヌルフェヌラックず自ら呌んだのである。

 クヌルフェヌラックに぀いおは、それだけでほずんど十分である。そしおただ、クヌルフェヌラックならばたずトロミ゚スを芋よ、ず蚀うだけに止めおおこう。

 実際クヌルフェヌラックは、機才めの矎ずも称し埗る若々しい元気を持っおいた。ただ埌になるずそういうものは、小猫のやさしさがなくなるように消え倱せおしたい、その優矎さも二本の足で立おば垂民ずなり、四本の足で立おば牡猫おすねこずなるものである。

 䞭略ただクヌルフェヌラックは善良な男であった。芋たずころ倖郚的の粟神は同じであるが、圌ずトロミ゚スずの間には倧なる差違があった。圌らのうちに朜圚しおいる人間は、前者ず埌者ずではひどく異なっおいた。トロミ゚スのうちには䞀人の怜事があり、クヌルフェヌラックのうちには䞀人の排萜歊士があった。

 アンゞョヌラは銖領、コンブフェヌルは指導者、クヌルフェヌラックは䞭心であった。他の二者がより倚く光明を䞎えたずすれば、圌はより倚く枩熱を䞎えた。実際、圌は䞭心たるすべおの特長、䞞みず喜色ずを持っおいたのである。

Victor Hugo, Les Misérables, 1862. 『レ・ミれラブル』, 豊島䞎志雄 (èš³), 岩波文庫,1951

トロミ゚ス、ずいうのは
䜜䞭の別の堎面で登堎する遊び人の攟蕩孊生で、女性を匄ぶ軜薄さを持った人物です。
そこから読み解くず、クヌルフェラックはよくいるパタヌンの田舎から出おきた裕犏な孊生で、孊業もほどほどに遊び奜きな気質を持ちながらも
トロミ゚スずは違っお矩理堅く、情に溢れた人物ずしお描かれおいたす。

たた、バルザックの小説が原䜜の映画「幻滅」の䞭では
䞻人公リュシアンが貎族の名前の蚌である「ド」の䞀文字が欲しいがために身を滅がしおしたいたすが
「ド」の䞀文字を持っおいるクヌルフェラックは自らそれを手攟しお
”階玚意識“に察しおの吊定を瀺しおいたす。



フむむヌFeuilly

-レ・ミれラブルより-ルヌルブルヌの友らぞ 第2話より

フむむヌは、扇䜜りの職工で、父も母もない孀児で、䞀日蟛うじお䞉フランをもうけおいた。そしお圌は䞖界を救枈するずいう䞀぀の考えしか持たなかった。
それからなおも䞀぀の仕事を持っおいた、すなわち孊問をするこずで、それを圌はたた自己を救枈するこずず呌んでいた。圌は独孊で読むこず曞くこずを孊んだ。圌のあらゆる知識はただひずりで孊んだのだった。圌は寛倧な心を持っおいた。広倧な抱擁力を持っおいた。この孀児は民衆を自分の逊児ずしおいた。母がいなかったので、祖囜の事を考えおいた。祖囜を持たぬ人間の地䞊にいるこずを欲しなかった。民衆の人たる深い掞察力をもっお、われわれが今日 民族芳念ず呌ぶずころのものを心の䞭にはぐくんでいた。悲憀慷慚もよくその原因を知悉した䞊のこずでありたいずいうので、特に歎史を孊んだ。こずにフランスのこずのみを考えおいる若々しい倢想家らの寄り合いの䞭にあっお、圌はフランス以倖を代衚しおいた。そしお専門ずしお、ギリシャ、ポヌランド、ハンガリヌ、ルヌマニダ、むタリヌ、などのこずを知っおいた。圌は暩利ずしおのような執拗さをもっお、堎合の適圓䞍適圓をかたわず、以䞊の囜名を絶えず口にしおいた。クレヌト島およびテッサリヌにおけるトルコ、ワル゜ヌにおけるロシダ、ノェニスにおけるオヌストリダ、などの暎行は圌を憀慚さした。なかんずく、䞀䞃䞃二幎の倧暎逆蚳者泚 ポヌランドの分割は圌を激昂さした。憀りの䞭に真実を含むほどおごそかな雄匁はない。圌はそういう雄匁を持っおいた。䞭略このあわれな劎働者は正矩の擁護者ずなり、正矩は圌を偉倧ならしめお圌にむくいた。

Victor Hugo, Les Misérables, 1862. 『レ・ミれラブル』, 豊島䞎志雄 (èš³), 岩波文庫,1951

フむむヌは、孊生たちの集たりであるABCの友においお唯䞀の劎働者であり
幌いころは孀児ずしお厳しい生掻をしおきたした。
ですがフむむヌ心も教逊も豊かで、フランスだけでなく海倖の理䞍尜に察しおも声をあげる情熱を持っおいたす。
他の孊生たちのように孊校に通えるような裕犏な生掻でなかったからこそ
革呜に察しおより䞀局熱い想いを持っおいたす。


ゞャン・プルヌノェヌルJean prouvaire)

-レ・ミれラブルより-ルヌルブルヌの友らぞ 第2話より

ゞャン・プルヌノェヌルは、コンブフェヌルよりもなおいっそう穏やかなはだ合いの人物だった。圌は自らゞュアン蚳者泚 ゞャンを䞭䞖匏にしたものず呌んでいた。それは䞭䞖玀の非垞に有甚な研究が生たれ出た匷く深い機運に立ち亀じっおいるずいう、あの぀たらぬ䞀時の空想からであった。
ゞャン・プルヌノェヌルは情緒深く、鉢怍の花を育お、笛を吹き、詩を䜜り、民衆を愛し、婊人をあわれみ、子䟛のために泣き、未来ず神ずを同じ芪しみのうちに混同し、気高き䞀぀の銖を、すなわちアンドレ・シェニ゚の銖をはねたこずを、革呜に向かっお難じおいた。平玠は繊现であるが突劂ずしお雄々しくなる声を持っおいた。博孊ず蚀えるほど孊問があり、ほずんど東方語孊者であった。たたこずに善良であった。善良さがいかに偉倧に近いものであるかを知っおいる人にはごくわかりきったこずであるが、詩の方面においお圌は広倧なるものを愛しおいた。圌はむタリヌ語、ラテン語、ギリシャ語、ヘブラむ語を知っおいた。しかもそれはダンテずナノェナリスずアむスキロスずむザダの四詩人を読むこずに䜿われたのみだった。フランス人ではラシヌヌよりもコルネむナを、コルネむナよりもアグリッパ・ドヌビネを奜んでいた。燕麊からすむぎや矢車草のはえおいる野を喜んで散歩し、䞖の䞭の事件ずほずんど同じくらいに雲のこずを気にしおいた。圌の粟神は人間の方面ず神の方面ず、二぀の態床を有しおいた。あるいは研究し、あるいは静芳しおいた。終日圌は瀟䌚問題を探究しおいた。すなわち、絊料、資本、信甚、婚姻、宗教、思想の自由、恋愛の自由、教育、刑眰、貧窮、組合、財産、生産、分配、すべお人類の矀れを暗き圱でおおう䞋界の謎なぞを探究しおいた。そしお倜になるず、あの巚倧なる存圚者たる星蟰をながめた。アンゞョヌラのごずく、圌は金持ちでひずり息子であった。圌はもの柔らかに話をし、頭を䞋げ、目を䌏せ、きたり悪るげにほほえみ、ぞんざいな服装をし、物なれない様子をし、わずかなこずに赀面し、非垞に内気だった。それでもたた勇敢であった。

Victor Hugo, Les Misérables, 1862. 『レ・ミれラブル』, 豊島䞎志雄 (èš³), 岩波文庫,1951

ゞュアンはずおも穏やかな人物ずしお描かれおいお、自然や芞術を愛する物静かな青幎ずしお描かれおいたす。
文䞭に出おくるアンドレ・シェニ゚ずはフランス革呜時代ABCの友が青春を過ごした時代より40幎ほど前の詩人で、フランス革呜の恐怖政治を颚刺するパンフレットを曞いたために凊刑された人物です。
シェニ゚はゞュアンたちの䞖代からするず“今颚”ではない䜜家ですが、ゞュアンがパリぞ出おくる少し前からリバむバルで話題になっおいたした。


バオレルBahorel)

-レ・ミれラブルより-ルヌルブルヌの友らぞ 第2話より

バオレルは䞀八二二幎六月の血腥い隒動の時、若いラヌルマンの葬匏のおりに顔を出したこずがあった。

 バオレルはい぀も䞊きげんで、悪友で、勇者で、金䜿いが荒く、倪っ腹なるたでに攟蕩者で、雄匁なるたでに饒舌で、暎慢なるたでに倧胆であった。最も善良なる魔性の者であった。倧胆なチョッキを぀け、たっかな意芋を持っおいた。偉倧なる隒擟者、蚀いかえれば、隒乱のない時には喧嘩ほど奜きなものはなく、革呜のない時には隒乱ほどの奜きなものはなかった。い぀でも窓ガラスをこわしたり、街路の舗石をめくったり、政府を顛芆したりするこずをやりかねない男で、そういうこずをしお結果を芋たがっおいた。十䞀幎間も倧孊にずどたっおいた。法埋のにおいをかいだが、それを倧成したこずはなかった。「決しお匁護士にならず」ずいうのをモットヌずし、寝床偎のテヌブルを戞棚ずし、その䞭に角垜が芋えおいた。法埋孊校の前に珟れるこずはたれだったが、そういう時はい぀も、ラシャ倖套はただ発明されおいなかったので、フロックのボタンをよくかけお衛生䞊の泚意をしおいた。孊校の正門に぀いお、「䜕ずいうひどい老いがれ方だ」ず蚀い、校長のデルノァンクヌル氏に぀いお、「䜕ずいう蚘念碑だ」ずいっおいた。講矩のうちに歌の材料を芋぀けたり、教授らのうちに挫画の皮を芋いだしたりしおいた。かなり倚額な孊資、幎に䞉千フランほども、くだらないこずに費やしおしたった。圌には田舎者の䞡芪があったが、その芪たちに自分を深く尊敬させるような術を心埗おいた。

 圌は䞡芪のこずをこう蚀っおいた。「圌らは田舎者で、垂民ではない。だからいくらか頭があるんだ。」

 気たぐれなバオレルは、倚くのカフェヌに出入りした。他の者はどこかなじみの家を持っおいたが、圌はそんなものを持たなかった。圌はやたらに圷埚した。錯誀は人間的で、圷埚はパリヌっ児的である。圌の奥底には掞察力があり、芋かけによらぬ思玢力があった。

 圌はの友ず、未だ成立しないが早晩圢造られるべき他の団䜓ずの間の、連鎖ずなっおいた。

Victor Hugo, Les Misérables, 1862. 『レ・ミれラブル』, 豊島䞎志雄 (èš³), 岩波文庫,1951

䜜䞭、ABCの友の党員の幎霢が明蚘されおいるわけではないですが
攟蕩孊生のバオレルは倧孊を留幎し、11幎も圚孊しおいるずいうこずから
おそらく最幎長の人物かず思われたす。
芋かけは豪快で明るい人物ですが、その裏で冷静にものを考えお刀断しおいくような利発的な面も持っおいたす。
倚くのカフェに出入りしお、熱意ある孊生たちの連鎖ずなっおいた、ずありたすが
圓時のパリのカフェは䜜家のバルザック曰く「庶民の囜䌚議事堂」。
様々な意芋、議論を亀わすような亀流の堎になっおいたした。


レヌグル・ド・モヌLaigle de Meaux

-レ・ミれラブルより-ルヌルブルヌの友らぞ 第5話より

それら青幎の集䌚所のうちには、ひずり犿頭の䌚員がいた。

䞭略圌の仲間は、手軜なので圌をボシュ゚ず呌んでいた。

 ボシュ゚は、䞍幞を有する快掻な男であった。圌の十八番は、䜕事にも成功しないこずだった。それでかえっお圌は䜕事をも笑っおすたしおいた。二十五歳にしお既に犿頭だった。圌の父は䞀軒の家屋ず䞀぀の畑ずを所有するに至った。しかしその息子たる圌は、投機に手を出したのがたちがいの元で、たっさきにその家ず畑ずをなくしおしたった。それでもう圌には䜕物も残っおいなかった。圌は孊問があり才があったが、うたくゆかなかった。すべおの事がぐれはたになり、すべおのこずがくい違った。自分でうち立おるすべおの物が、自分の䞊にくずれかかった。朚を割れば指を傷぀ける、情婊ができたかず思えばその女には他にいい人があるのを間もなく発芋する。始終䜕かの䞍幞が圌に起こっおきた。そういうずころから圌の快掻が由来したのである。圌は蚀っおいた、「僕は瓊がくずれ萜ちる屋根の䞋に䜏んでいるんだ。」驚くこずはたれで、なぜなら事倉が起こるのがあらかじめわかっおいるのだから、いけない時でも平気に構えおおり、運呜の意地悪さにも笑っおいお、たるで冗談をきいおる人のようだった。貧乏ではあったが、圌の䞊きげんのポケットはい぀も無尜蔵だった。すぐに䞀文なしになっおしたうが、笑い声はい぀たでも尜きなかった。窮境がやっおきおも圌はその叀銎染なじみに芪しく䌚釈した。灜厄をも芪しく遇した。䞍運ずもよく銎染み、その綜名を呌びかけるほどになっおいた。「鬌門さん、今日は、」ず圌はい぀も蚀った。

 その運呜の迫害が、圌を発明家にしおしたった。圌は皮々の劙策を持っおいた。少しも金は持たなかったが、気が向くず「思うたたの荒䜿い」をする術すべを知っおいた。䞭略

 ボシュ゚は匁護士職の方ぞ進むのに少しも急がなかった。圌はバオレルのようなやり方で法埋を孊んだ。ボシュ゚はほずんど䜏所を持っおいなかった。ある時はたったくなかった。方々を泊たり歩いた、そしおゞョリヌの家ぞ泊たるこずが䞀番倚かった。ゞョリヌは医孊生だった。圌はボシュ゚よりも二぀若かった。

Victor Hugo, Les Misérables, 1862. 『レ・ミれラブル』, 豊島䞎志雄 (èš³), 岩波文庫,1951

ボシュ゚、ずいうあだ名は17䞖玀の人物である“ボシュ゚叞教”に由来したす。
ボシュ゚叞教は熱心な説教や新教埒に察する攻撃の激しさから「モヌの鷲」=レヌグル・ド・モヌず呌ばれおいたした。
぀たり、ボシュ゚の本名はボシュ゚叞教のあだ名、ずいう構図です。
圌は䞍幞䜓質ですが、䞍幞なこずがおこれば「ボンゞュヌル」ず䞍幞に察しお挚拶をしおしたうようなナヌモアを持っおいお
䜜䞭でボシュ゚が自分を倧孊から陀名凊分にした教授に察し
匔蟞を述べるシヌンがありたすが
これはボシュ゚叞教が远悌挔説で有名であったこずからの
圌のブラックナヌモアのひず぀だず䌺えたす。


ゞョリヌJoly 

-レ・ミれラブルより-ルヌルブルヌの友らぞ 第4話より

ゞョリヌは、若い神経病みだった。医孊から埗たずころのものは、医者ずなるこずよりむしろ病人ずなるこずだった。二十䞉歳で圌は自分を倚病者ず思い蟌み、鏡に舌を写しお芋るこずに日を送っおいた。人間は針のように磁気に感ずるものだず断蚀しお、倜分血液の埪環が地球の磁気の倧流に逆らわないようにず、頭を南に足を北にしお牀ずこを䌞べた。嵐のある時は自分で脈を取っお芋た。その䞊連䞭のうちで䞀番快掻だった。若さ、病的、気匱さ、快掻さ、すべおそれら個々のものは、うたくいっしょに同居しお、それから愉快な倉人ができ䞊がっお、それを仲間らは、音をたくさん浪費しお、ゞョリリリリヌず呌んでいた。「君は四り四里も飛び回れるんだ」ずゞャン・プルヌノェヌルは圌に蚀っおいた。

 ゞョリヌはステッキの先を錻の頭に぀ける癖があった。それは鋭敏な粟神を持っおるしるしである。

Victor Hugo, Les Misérables, 1862. 『レ・ミれラブル』, 豊島䞎志雄 (èš³), 岩波文庫,1951

䜜䞭、ゞョリヌはボシュ゚ず“2人1組”ずいうような描写がされおいたす。
貧乏なボシュ゚はゞョリヌの家に居候しおいるそうです。
それに䌎っお、2人でのナニヌクな掛け合いのシヌンもあり
ボシュ゚ず同じくナヌモアのある人物ずしお描かれおいたす。

医孊生は孊業の倧倉さずずもに、他の孊郚よりも莫倧な孊費がかかるので
ゞョリヌの実家もたいぞん裕犏であるこずが䌺えたす。


グランテヌルGrantaire

-レ・ミれラブルより-ルヌルブルヌの友らぞ 第2話より

すべおそれら燃えたる魂のうちに、確信せる粟神のうちに、ひずりの懐疑家があった。圌はどうしおそこにはいっおきたのであるか。あらゆる色の取り合わせによっおであった。その懐疑家をグランテヌルず呌び、い぀もその刀じ名のを眲名した蚳者泚 グランテヌルずいう音は倧字ずいう意を珟わす。
グランテヌルは䜕事をも信じようずはしなかった男である。それに圌は、パリヌ孊問の間に最も倚く皮々なこずを知った孊生のひずりだった。最もよい珈琲コヌヒヌはランブラン珈琲店にあり、最もよい撞球台はノォルテヌル珈琲店にあるこずを知っおいた。メヌヌ倧通りの゚ルミタヌゞュにはよい菓子ずよい嚘ずがあるこず、サゲヌお䞊さんの家にはみごずな鶏料理ができるこず、キュネットの垂門にはすばらしい魚料理があるこず、コンバの垂門にはちょっずした癜葡萄酒があるこず、などを知っおいた。あらゆるものに぀いお、圌は䞊等の堎所を知っおいた。その䞊、足蹎術を心埗おおり、舞螏をも少し知っおおり、たた桿棒術に長じおいた。そのほかたた非垞な酒飲みだった。圌は極端に醜い男だった。圓時の最もきれいな靎瞫女であったむルマ・ボアシヌは、圌の醜さにあきれお、「グランテヌルはしようがない」ずいう刀決を䞋した。しかしグランテヌルのうぬがれはそれを少しも意ずしなかった。圌はいかなる女でもやさしくじっず芋぀め、「俺が思いさえしたら、なあに」ず蚀うようなようすをしお、䞀般に女にもおるず仲間たちに信じさせようずしおいた。

 民衆の暩利、人間の暩利、瀟䌚の玄束、仏蘭西革呜、共和、民䞻䞻矩、人道、文明、宗教、進歩、などずいうすべおの蚀葉は、グランテヌルにずっおはほずんど䜕らの意味をもなさなかった。圌はそれらを笑っおいた。懐疑䞻矩、この知力のひからびた朰瘍は、圌の粟神の䞭に完党な芳念を䞀぀も残さなかった。圌は皮肉ずずもに生きおいた。圌の栌蚀はこうであった、「䞖には䞀぀の確かなるこずあるのみ、そはわが満ちたる杯なり。」䞭略

「死んだずはよほどの進歩だ。」ず圌は叫んでいた。十字架像のこずをこう蚀っおいた、「うたく成功した絞銖台だ。」圷埚者で、賭博者で、攟蕩者で、たいおい酔っ払っおる圌は、絶えず次のような歌を歌っお、仲間の若い倢想家らに䞍快を䞎えおいた。「若い嚘がかわいいよ、よい葡萄酒がかわいいよ。」節は「アンリ四䞖䞇々歳」の歌ず同じだった。

 それにこの懐疑家は、䞀぀の狂的信仰を有しおいた。それは芳念でもなく、教理でもなく、芞術でもなく、孊問でもなかった。それはひずりの人間で、しかもアンゞョヌラであった。グランテヌルはアンゞョヌラを賛矎し、愛し、尊んでいた。この無政府的懐疑家が、それら絶察的粟神者の䞀矀の䞭にあっお、だれに結び぀いたかずいうに、その最も絶察的なるものにであった。いかにしおアンゞョヌラは圌を埁服したか。思想をもっおか。吊。性栌をもっおである。䞭略心䞭に懐疑のはい回っおるグランテヌルは、アンゞョヌラの䞭に信仰の飛翔するのを芋るのを奜んだ。圌にはアンゞョヌラが必芁だった。圌は自らそれを明らかに意識するこずなく、自らその理由を解こうず考えるこずなく、ただアンゞョヌラの枅い健党な確固な正盎な䞀培な誠実な性質に、たったく魅せられおしたった。圌は本胜的にその反察のものを賛矎した。圌の柔軟なたわみやすいはずれがちな病的な畞圢な思想は、背骚にたずい぀くがようにアンゞョヌラにたずい぀いた。圌の粟神的背景は、アンゞョヌラの確固さによりかかった。グランテヌルもアンゞョヌラのそばにいれば、䞀個の人物のようになった。たた圌自身は、倖芋䞊䞡立し難い二぀の芁玠から成っおいた。圌は皮肉であり、信実であった。圌の冷淡さは愛を持っおいた。圌の粟神は信仰なくしおもすたすこずができたが、圌の心は友情なくしおすたすこずができなかった。それは深い矛盟である。なぜなれば愛情は信念であるから。圌の性質はそういうものだった。䞖には物の裏面ずなり背面ずなり裏ずなるために生たれた人々がある。䞭略グランテヌルはそういう人物のひずりだった、圌はアンゞョヌラの背面であった。䞭略

 アンゞョヌラの本圓の埓者であったグランテヌルは、この青幎らの䌚合のうちに䜏んでいた。圌はそこに生きおいた。圌の気に入る堎所はそこのみだった。圌は圌らの埌にどこぞでも぀いお行った。酒の気炎の䞭に圌らの姿がゆききするのを芋るのが圌の喜びだった。人々は圌の䞊きげんのゆえに圌を仲間に蚱しおいた。

 信仰家なるアンゞョヌラは、その懐疑家を軜蔑しおいた。自分が節制であるだけにその酔っ払いをいやしんでいた。たた昂然たる憐憫を少しはかけおやっおいた。グランテヌルは少しも認められないピラデスであった。垞にアンゞョヌラに苛酷に取り扱われ、おきびしく排斥され拒絶されおいたが、それでもたたやっおきお、アンゞョヌラのこずをこう蚀っおいた。「䜕ずいう矎しい倧理石のような男だろう。」

Victor Hugo, Les Misérables, 1862. 『レ・ミれラブル』, 豊島䞎志雄 (èš³), 岩波文庫,1951

グランテヌルは矛盟に満ちた人物です。
革呜や民䞻䞻矩ずいった、他のメンバヌが奜むようなワヌドに皮肉を蚀いながらも
圌らず䞀緒に過ごす時間を愛しおいたす。
そしお、アンゞョルラスずいう人物を信仰しながら
圌の蚀い぀けを守ろうずしたせん。
“圌は自らそれを明らかに意識するこずなく、自らその理由を解こうず考えるこずなく”それでもアンゞョルラスずいう信仰ず仲間ずの友情のために
垞に圌らず過ごそうずしたす。




以䞊の面々が、「レ・ミれラブル」の䜜䞭に
“ABCの友”のメンバヌずしお登堎したす。


”ABCアヌベヌセヌの友“ずいうグルヌプに぀いお

圌らはフランス革呜から40幎ほど経ち
再び王政が埩掻した“埩叀王政”の時代の䞭で
劥圓王政を掲げ民衆の自由のために革呜を起こそうずしたす。


レ・ミれラブルの䜜䞭では
革呜暎動前倜からその最䞭たで
愛ずナヌモアに満ちた圌らに぀いおの蚘述が䞊んでいたす。

悲惚な時代を題材にした䜜品の䞭で
若者たちの食らない青春が描かれおいたす。


さいごに、圌らのグルヌプの名前の由来はこの通りです。

レ・ミれラブルより-ルヌルブルヌの友らぞ 第4話より

の友ずは䜕であったか 倖芋は子䟛の教育を目的ずしおいたものであるが、実際は人間の擡頭を目的ずしおいたものである。
 圌らは自らの友ず宣蚀しおいた。ずは、アベッセ にしお、民衆の意であった蚳者泚 䞡者の音が共通なるを取ったもので、アベッセは抑圧されたるものずいう意。圌らは民衆を匕き䞊げようず欲しおいた。駄排萜だず笑うのはたちがいである。駄排萜はしばしば政治においお重倧なものずなるこずがある。

Victor Hugo, Les Misérables, 1862. 『レ・ミれラブル』, 豊島䞎志雄 (èš³), 岩波文庫,1951



さいごに

ここたでお読みくださりありがずうございたす
最埌に、こちらの蚘事で匕甚した本をご玹介したす

 ABCの友は「レ・ミれラブルの」第3郚「マリりス」の章の第四線
「ABCの友」から登堎したす。
こちらの蚘事で匕甚させおいただいおいるのは、すべおこちらの第四線の蚘述になりたす。

たた、こちらは蚘事䞭に挿絵倉わりに挿入しおいる拙䜜
「-レ・ミれラブルより-ルヌルブルヌの友らぞ」ずいう挫画です。
レ・ミれラブルのABCの友を䞻人公にしたパスティヌシュ䜜品ずなっおいたす。
2025幎2月珟圚、1巻発売䞭です
こちらも、偉倧な原䜜ず合わせおぜひ読んでいただけるず嬉しいです。

いいなず思ったら応揎しよう