ショートショート 「吾輩は人である」
吾輩は、人である。もっとも、その名については、いまだ呼び名らしい呼び名を持たぬまま、今日まで来てしまった。名が無いという事実が、果たして吾輩の存在を曖昧にしているのか、それとも曖昧なまま在り続けることを許しているのか、そのあたりの理屈は自分でも判然としない。
ただ一つ、どうにも隠しようのない性分がある。気が短いのである。短いといっても、世間が勝手にこしらえた物差しに照らしての話で、吾輩自身はそれを長いとも短いとも思っていない。だが世間というものは、得体の知れぬ権威を帯びて、いつの間にか人の気質にまで尺度を押しつけてくる。仕方がない、と言えば仕方がない。
気が短いせいか、吾輩はすぐに赤くなる。頬が、ではない。思考そのものが赤く染まり、歩みを止めるのだ。赤が吾輩を止めるのか、それとも止まるために赤が立ちのぼるのか、その因果は曖昧である。だが、曖昧であるからこそ、吾輩はその赤を憎みきれずにいる。
もっとも、止まったままではいられない。万物が移ろうように、吾輩もまた、やがてふと歩き出す。歩くことで、かえって止まることができる―そんな逆説めいた理屈を、いつの頃からか身体が覚えてしまったらしい。風に吹かれればしなう葦のように、折れず、抗わず、ただその場に適う形へと身を変えていく。運命だとか困難だとか、そうした大仰な言葉に振り回されるほど、吾輩は強くも弱くもない。ただ、しなやかに生きるほかないのだ。
名の無い吾輩は、今日もまた、歩きながら止まり、止まりながら歩いている。
完
(本文634字)
あとがき
はい。歩行者用信号機でした。
一部の外国では愛称があるみたいですけど、日本ではお名前無いみたいです。
