「魁!政治塾!」(Vol.1:2026年6月5日)
【目次】
1 東大五月祭の参政党講演会と反差別アクティビズム
2 伊藤昌亮『曖昧な弱者の時代』を読んで
3 北岡伸一ゼミOBOG会に参加して
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1 東大五月祭の参政党講演会と反差別アクティビズム
東大5月祭で参政党の講演会が中止になった件につき、JBpressで「“過激な反差別”が招いた東大五月祭・参政党講演の中止騒動」を書いたところ、多くの反響を頂きました。

私の主張はシンプルで、「参政党の主張には反対、だからといって実力で言論を封鎖するべきではない」に尽きる。
参政党はその憲法試案の第19条4項で「帰化した者は、三世代を経ない限り、公務に就くことができない」と書いており、私もこの発想には強く反対です。また、日経社説「ヘイト抑止へ実効ある対策を」(6月3日)にあるように、ヘイトスピーチに対しては加害者への賠償命令や罰則付き条例のさらなる普及が必要だろう。
その上で、私の考えは、依然として、在特会と参政党とを、それがもたらす「明白かつ現在の危険」に照らして同一に論じることはできず、したがって参政党の言論の機会を実力で阻止することは正当化されないということに尽きます。
言論の自由の制約については、O・W・ホームズの述べた「明白かつ現在の危険(clear and present danger)」という法理がある。「殺せ」、「日本から出て行け」という在特会の言語はこの基準を満たし、参政党の言論は当座、この基準を満たさない。したがって、在特会と参政党の主張を同列に論じることはできない。
上記の原則にしたがい、私は東大法学部25番教室への唯一の導線である階段にシットインして講演会を実力阻止しようとした学生たちについても批判的です。そして、あえていえば、それに水を差しいれることによって後方支援した反差別アクティビズムもそれに加担したと論じられても仕方ないと思います。
反差別アクティビズムへの上記のような疑義を呈しただけで、ネット上では3日もかからず「大井は参政党を擁護している」、「ヘイトスピーチしている」となった。熱情に駆られた人たちの認知のあり方を示している。
「参政党側はヘイトスピーチをしないことを求めた誓約書には署名しなかった、つまりヘイトスピーチをする予定だった」という論理も同じですが、問題発言があったらどんな公共空間だろうと即刻その場で反論の声をあげろ、あげなければお前も同罪だとして「シバかれる」、こういう踏み絵の発想はまさに文化大革命です。紅衛兵の暴走に対して、そろそろ周恩来が出てきて適当な常識のラインで事を収拾して欲しいところです。
『はだしのゲン』を読み直そう
ちなみに、この方面での第一人者である野間易通さんは、差別主義者を罵倒するのが基本原則と述べ、その罵倒の技術を磨いているという文脈のなかで、『はだしのゲン』から自身の行動原則を学んだと書いている(2013年8月13日付「朝日新聞」)。
大人社会の偽善を煮詰めたような鮫島伝次郎、疎開先の性悪ないじめっ子、原爆孤児を追い払う闇市のおやじ……、そういった登場人物にゲンが浴びせる罵倒は文字通り「政治的正しさ」と無縁ですが、物凄くみずみずしく、活力があり、真に腹落ちして発せられた言葉の数々です。
しかし、今、反差別アクティビズムから「リベラル」に寄せられる罵倒はそれとは無縁の、規格化された、どこか上滑りで単に耳ざわりのザラザラした言葉ばかりです。相手を懲らしめてやろうという熱情だけが空回りし、語彙や表現、腹落ちした実感がついてきていません。
罵倒のみずみずしさを取り戻すためにも、もう一度、『はだしのゲン』が読み直されるべきと思います。
2 伊藤昌亮『曖昧な弱者の時代』を読んで
社会学者の伊藤昌亮さんの論稿は大変に触発されてきたが、それが『曖昧な弱者の時代』(岩波新書、2026年)にまとまった。
「曖昧な弱者」という鍵概念を掴んだ著者が、それをいわばアルキメデスの点として石丸現象から参政党、高市人気までを一気通貫に描き出した名著で、その分析に唸る。木下ちがや氏が本書をマルクス『ブリュメール18日』になぞらえていたが、実に優れて政治学的著作でもある。
2024年の東京都知事選から今年(2026年)2月の衆院選までの3年間は、日本の有権者のボリュームゾーンが「団塊の世代」からいわゆる「団塊世代Jr&ポスト団塊Jr」への入れ替わる端境期にあたる。選挙の現場を経験すると、その入れ替わりが予想以上に早く、現在の日本には世代に応じて「二つの国民」がおり、そのそれぞれに「二つの認識世界」が広がっていると感じる。

「明白な弱者」と「曖昧な弱者」
これまでリベラル派が「弱者リスト」の構成員と考えてきたのは、社会保障の争点では高齢者、障碍者、失業者など、アイデンティティ政治の文脈では女性、LGBTQ、在日外国人など。これらが「明白な弱者」とされてきた。
しかし、その弱者リストに入らない「曖昧な弱者」が、主に現役世代を中心に広がっている。明白な弱者性を帯びないが、しかし既存の政治から疎外され、それぞれに不安や苦しみを抱えながら、その応援者を持たない「曖昧な弱者」。彼ら彼女らは、知的権威を持つリベラル派を「曖昧な強者」と捉え、その庇護や同情資本を受ける「明白な弱者」を「偽の弱者」と捉えるようになる。この3年間の既成政治の地盤沈下と新興政党の勃興は、人口規模で台頭してきたこの「曖昧な弱者」による逆襲ともいえる。
「参政党の背後には、その参政党に投票してきた740万人を超える有権者が存在する。……外国人との共生を目指すわれわれが本当に対話すべきなのは、神谷宗幣氏ではなく、参政党に投票した、おそらく『レイシスト』でも『ファシスト』でもない740万人の人々、われわれのすぐ隣で普通に生活している人々なのである」(大井赤亥、JBpress、5月21日)。
拙稿で上記のように書いたら、どこの誰かから「700万人おじさん」と戯画化された。しかし、参政党の背後にいる700万の支持者との対話が必要だということの意味は、この「曖昧な弱者」との対話だといってよい。
優れて問題提起の本で、現代の古典となりうる本だと思います。
3 北岡伸一ゼミOBOG会に参加して
東京大学で日本政治外交史を講じた北岡伸一ゼミのOBOGによる記念エッセー集『21世紀の国益』(一粒書房、2026年)が刊行され、5月31日にその記念イベントがあった。第1部が北岡先生による特別講義「日本外交史から見たトランプ革命」、第2部が記念パーティ。
北岡先生は今年78歳になるが変わらぬ北岡節(ぶし)で、近況報告を兼ねて日米関係を150年スパンでお話された。
ゼミOBOGのエッセー集に寄稿されたのは、内閣広報官の佐伯耕三さん、立憲民主党で政調会長を務めた本庄知史さん、山形市長の佐藤孝弘さん、明治学院大学の佐々木雄一さんなど。何人かの方とパーティにてお話することができた。
私が北岡ゼミに参加したのは2006年秋学期であり、当時、私は学部4年生、北岡先生は国連次席大使を終えて本郷の学究生活に戻ってすぐの時期だった。ゼミで輪読した本は、中江兆民『三酔人経綸問答』、岡義武編『吉野作造評論集』、松尾尊兊編『石橋湛山評論集』、山本義彦編『清沢洌評論集』など。
それぞれの本に噛みしめた滋味があるが、ゼミでは、学んだ内容もさることながら、北岡先生の評価の基準が意外で記憶に残っている。私が何かの本について報告した際、北岡先生は、内容もさることながら、「時間内に簡潔に全体をバランスよく要約していたこと」を指摘され、それを評価されたのである。
今でも忘れられないのは、伊豆半島の温泉地で開いたゼミ合宿だ。北岡先生は当時、学者としてはおそらく円熟期で、様々な公職も兼ねながら忙殺されていたと思うが、必ずゼミ合宿を開いて学生との関わりを持たれていた。
ゼミ合宿の宿は小高い山の中腹にあり、その宿から、山の頂上にそびえる風力発電用の風車が見えた。風車は物珍しく、歩いていけなさそうにもないが、行けば往復1時間はゆうに超えるだろう。
私たちゼミ生も、「明日の朝、近くで見に行きたいね」と話しあっていたが、結局、その夜のコンパで飲み潰れて行けなかった。しかし、翌朝の9時に旅館のゼミ部屋に行くと、北岡先生がすでに座っており、いつもの様子で、「朝早く起きて風車を見てきました。いや、面白いね」と。風車を見る好奇心と、その機会を捉える行動と、そんな北岡先生のさすがを感じた。
思えば、あれほど「改憲派」といわれた北岡先生が、今では石破政権の「80年談話」などをめぐり極右から攻撃されている。学生時代を思い出すと同時に、常識的な外交の筋に思いをはせる夕べだった。

【大井あかいの著書】
・『武器としての政治思想』(青土社、2020年)
青土社 ||哲学/思想/言語:武器としての政治思想
・『現代日本政治史』(ちくま新書、2021年)
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480073426/
・『政治と政治学のあいだ』(青土社、2023年)
青土社 ||歴史/ドキュメント:政治と政治学のあいだ
