香りを一滴たらしただけで、甘さが変わった話
「味って、舌だけで感じているんじゃないんだ。」
そう実感した出来事があります。
それは、私が加工食品の開発を担当していたころのことです。
そのときのミッションは、香料を使わずにおいしいお菓子を作ること。
リンゴ味のクラッカーを作ることになり、私はリンゴをすって搾り、
そのエキスをクラッカーにたっぷり塗り込みました。

かなり大量に塗ったつもりだったのですが、
なぜかリンゴの味があまりしません。
「リンゴ味のお菓子」と呼べるものにはなりませんでした。
どうしたものかと悩んでいると、香料メーカーから転職してきた同僚がひと言。
「香料を一滴たらせば、劇的にリンゴ味になりますよ」
半信半疑で、そのクラッカーにリンゴの香料を一滴だけ落としてみました。
すると、リンゴの香りが強くなりました。
それだけではありません。
クラッカーが、めちゃくちゃ甘く感じたのです。
「えっ?」
思わず二度見ならぬ、二度食べしました。
もちろん、甘味料は一切加えていません。
加えたのは、リンゴの香料を一滴だけです。
「どうして香料をたらしただけで、こんなに甘く感じるの?」
そう尋ねると、その同僚は教えてくれました。
「風味って、その多くを嗅覚が担っていると言われているんですよ」
つまり、クラッカーにはもともとリンゴエキスの甘味がしっかりついていた。
けれど香りが弱かったせいで、その甘味を脳が「甘い」と認識できていなかった。
そこに香料が加わったことで香りが立ち、ようやく甘味を感じられるようになった、というわけです。
それ以来、私は料理の香りを以前より意識するようになりました。
例えば、冷めた料理。
冷めると「おいしくない」と感じることがありますが、
その理由の一つは、香りが立ちにくくなることなのかもしれません。
だから私は、できるだけ温め直してから食べるようにしています。
たったひと手間で、料理の香りは大きく変わります。
そして、その香りが食事の満足度まで変えてくれることがあります。
おいしく、楽しく食事を味わうためには、
案外そんな小さな工夫が大切なのだと思います。
もし今、冷めた料理をそのまま食べているなら、
ひと手間かけて温めてから食べてみてください。
きっと満足度が変わるはずです。
