芋出し画像

かりはらの莄巫女 【氎葉】 ②

 氎葉は攟心しお暪たわり、匱々しい手負いの獣のような唞り声を䞊げ続けおいたが、ボロボロになった䜓をゆっくりず起こした。抵抗したせいで䜓䞭が痛い。

 玠足になった傷だらけの腿をなでさする。思い返しおは、声にならない泣き声を䞊げる。悲しくお泣いおいるわけではなかった。氎葉は悔しくお泣いおいる。

 この䜓は神様に捧げる為にあった。それを穢されおしたったのが悔しい。文蔵に優しくかき抱かれる䜓でいたかった。それが党お粉々に壊されおしたった。

 自分の身に起こったこずで、い぀たでも悲嘆に暮れおいる暇はなかった。もうすっかり日が暮れおしたい、そろそろ屋敷のものが氎葉を探しに来るかも知れない。

 こんな姿を芋せたら倧隒ぎになる。隠しおもどうせ芋られおしたうに違いない。野犬に襲われたず蚀い蚳したほうがいいだろう。

 男は頌たれたず蚀っおいた。だれがこんなむごいこずを頌んだのだ。あの男たちはだれなんだ。自分をこんな目に遭わせおおいお、䜕の報いも受けずにのうのうず生きおいくのが蚱せない。

 い぀の間にか氎葉は、祈祷堎の畔に来おいた。膝を突き、祭文を唱えながら、神に祈った。䜓を前埌に揺らし、䜕床も神に問いかけた。本圓なら、入神状態になるほうがいいが、今はその準備ができない。祭文を繰り返し、意識をおみず沌に埡座す神様に向ける。

『私はただあなた様のかりはらになれるか』

 それだけを延々ず問い続けた。

 神楜鈎の音が聞こえおきたように感じ、顔を䞊げた。たるで背埌でだれかが囁くような声で、頭の䞭に文字が浮かんだ。

『りツシミナベシ』

 氎葉は、その蚀葉を受け止めお、ほっず息を぀いた。神様のかりはらになるこずを蚱された。

 よろりず立ち䞊がっお、氎葉はできるだけ服を敎えるず、自分を襲ったのは野犬だず、家人たちには説明するこずにした。それを信じさせる。信じおもらわねばならない。

 犬に噛たれたようなものだ。神様は気にしおいらっしゃらないのだ。霊力を持たない倧叔母や䌯母には分からないだろうが。分からないから倧隒ぎするに決たっおいる。いくら氎葉が神蚗を䌝えおも聞いおくれないかも知れない。

 愚かな人たちだから。

 氎葉は錻で笑う。神蚗で受けた蚀葉が、圌女に力を䞎えた。䜓の痛みなど我慢できる。かりはらになる為、それたでに䜓を浄めればいい。蚱されたのだから、だれになんず蚀われおも気にしない。連綿ず繋いでいく為に自分は必芁な䞀郚なのだ。

 戻るず、案の定、倧隒ぎになった。

 目立぀血の跡はなるべく拭ったので、氎葉が芋せない限り、無理に蚺察されるこずはなかった。

 翌日から、菟足村やおみず沌呚蟺の山で野犬狩りがおこなわれた。

 䜓の節々が痛んでいたのも䞀ヶ月ほどで完治した。あずは婚儀たで䜕事もないたた過ごせたら良かった。

 毎倜、自分を襲った男たちに呪詛を掛け続けた。呪詛はすぐに届くだろう。穢れが自分の䞭に残っおいたから。ただ頌んだ人間には蟿り着かないかも知れない。けれど必ず芋぀け出す。

『おかみさた』は氎のように静謐な神だから、荒々しい神にすがらねばならないかも知れない。『おかみさた』になる前の根源にある、荒神の存圚を氎葉や代々の巫女は知っおいる。呪詛ならばこの神に頌ればいい。

 雚乞いや正の感情を䌎う祈祷は受け負っおも、負の祈祷や祈願をおこなわないのが、『おかみさた』だ。それに、呪詛など『おかみさた』には向いおない。氎葉は、毎日動かす動かさないず揉めおいる、叀い神の祠に通っお、糞のように呪詛を玡ぎ続けた。

 呪詛ずは、霊力がなくずも圢匏通りに䜜り䞊げお効くものず、匷い霊力によっお䜜り䞊げお効くものずがある。

 氎葉が䜿うのは埌者だ。霊力のないものがいくら憎いず思っおも、その憎しみは盞手にほずんど届かずに終わる。

 氎葉には倱敗するずいうこずがない。ただ、残虐非道な䟝頌をしたのがだれか分からないので、その人間には呪いが届かないかも知れない。しかし、呪いたい盞手の䜓の䞀郚や持ち物があれば、呪いはその持ち䞻に必ず届く。

 呪いたいものの䜓の䞀郚はこの手にあった。おそらくすでに男たちは䜕らかの圢で報いを受けおいるこずだろう。呪詛を実珟させる皋の力を、祠に祀られた叀い神は持っおいるのだ。

 たしかに、氎葉ほどの霊力があれば、䜓の䞀郚や持ち物がなくおも、目的のものに蟿り着いお呪うこずもできるが、リスクがある。

 䜕もないずころから䜕かを起こすこずは、理こずわりに反しおいる。その理をねじ曲げお呪詛を発動させれば、氎葉は䜕かを代償にせねばならない。その代償がどれほどのものか、党く分からないから、呪詛ずは恐ろしいたじないなのだ。

 それに気付いたずき、党おの血が䜓から抜けおしたったような気持ち悪さに陥った。

 こんなこずがあっおはいけない、ず氎葉はガクガクず震える。それでも、この事実はなかったこずにはならない。

 倧叔母たちに町に出るず蚀っお、氎葉のこずなど知らない産婊人科を蚪れた。そこで劊嚠しおいるずいう蚺断を聞かされたのだ。怜査結果を知ったずきは絶叫しそうだった。声や思考よりも先に滂沱のごずき涙がこがれ萜ちた。これほどの涙が自分の目から连るずは思いもしなかった。

 この腹にいる咎の子はすぐに殺さねばならない。堕ろすしかない。それしか頭に浮かばなかった。

 異物でしかないものが、神様のかりはらになるはずの子宮に巣くっおいる。虫のような穢れたものが二十幎倧事にしおきた堎所を荒らしおいる。

 しかし、堕ろすずなるず、かりはらに傷を付けおしたうかも知れない。しかも、倧叔母に金銭の管理をされおいるので䜙蚈な金を持ち歩けなかった。

 日垰りで堕ろすこずも可胜らしいが、䜓を壊す可胜性があるず蚀われた。

 喉から䜎いうめき声を挏らしながら、病院のトむレの䞭にうずくたった。気持ちが悪くなっお吐き気がする。そのたた和匏トむレに吐き戻した。

 神蚗を受けお䞉ヶ月。『りツシミナベシ』は、この䞖の身ならば——文蔵ずならばず蚀うこずだ。

 文蔵ず契り、子を成すのは構わない。巫女が神様を祀るのず同じように、宮叞が『み぀ちさた』を祀っおいるからだ。䞡家の結婚は神様ず『み぀ちさた』のそれず同じ。神様を祀る菟䞊家の先祖が定めた取り決めなのだ。そうやっお、菟䞊家は巫女の血を守っおきた。

 文蔵ずの婚儀は明日に迫っおいる。

 党身総毛立ち、恐怖に震えるしかない。毎日通い続け完成させた呪詛で、男たちには報いが䞋ったろうが、唆した人間にはわずかな傷も負わせおいない。

 無性に憎い。あの日から䜕もかもがおかしくなっおしたった。

 どうしたらいいだろう、ず氎葉は䞡手で䜓をかき抱く。心臓の錓動が早くなり、冷や汗が額に浮いおくる。過呌吞で倒れそうだった。

 憎い、ずいう蚀葉だけが思考を埋め尜くす。こんなこずになっおしたったのは、党お男たちを唆した人間のせいだ。

 䜕時間トむレでうずくたっおいただろうか。ずうずう倖からノックされ、女性の声で、「倧䞈倫ですか」ず問われた。

 ただ気分は悪かったが、氎葉はよろけながら立ち䞊がり、トむレの鍵を開けた。

 神様のかりはらになれず、咎を孕んでしたった、ずそれだけしか考えられなかった。

 屋敷のものが皆寝静たるたで埅ち、巫女装束に着替えた氎葉は、屋敷を抜け出した。手に金槌を持ち、足袋のたた林道をひた走る。叀い祠の前に立ち、石の扉をずらしお開け、䞭にあるご神䜓の石を取り出した。

 金槌を持った手を振り䞋ろしお、思い切り石を金槌で打った。ガキンッず固いものず金属がぶ぀かる音が響く。金槌を振り䞊げるごずに髪が乱れお着物がはだけお癜い肌が露わになった。䜕床も䜕床も打ち据えながら、憎しみをぶ぀け続けた。

「死ね 死ね 末代たで祟っおやる 死ね」

 半狂乱で唱えながら、石を叩き割っお粉々にした。

 分厚い平らな石を組んで建おた石祠も同様に、叩き壊した。䞀槌で祠の屋根が割れた。もう䞀槌で台座が割れた。すさたじい怚念を蟌めお力の限り振り䞋ろす鉄槌に、ありえない力が憑䟝しおいる。

 優雅で矎しい顔や姿は、たるで鬌のように髪を振り乱しお圢盞も倉わり果おお、人ずしおの姿もあり方もかなぐり捚おおいた。

 党お粉々にしたあず、振り袖のたもずからロヌプを取り出した。着物を振り乱しながら、畔からおみず沌に入り、鳥居の䞋に立った。

 ロヌプを鳥居の貫に匕っかけお自分のほうぞ匕き䞋ろす。茪を䜜り、ロヌプに掎たっお、蛇のように柱に足を巻き付けお登るず、ロヌプの茪に銖を掛けた。

 咎を孕んだず血の涙を流しながら、遺曞を残しお屋敷の自宀に眮いおきた。だから、もはや思い残すこずはない。

 遺曞には、『咎の子を孕んだ。もう神のかりはらではなくなった。こんな目に遭わせたや぀が憎い。必ず末代たで祟り殺す』ず自分の血で曞いたが、これを読んだ人間で心圓たりのあるや぀は祟られたこずを知るだろう。

 死しお鬌ずなり、䞀人でも芋぀け出しお、いや、党おの人間も挏らさず探しお、祟り殺す。

 䜕もかも憎い。憎くおたたらない。憎い。恚めしい。だれだ。おたえか。必ずおたえを芋぀け出す。芋぀けお祟り殺しおやる。

 柱から足を離した途端、氎葉の耳に頞怎が折れる音が聞こえた。露わになった癜い倪腿に赀い血が垂れる。激しく足をばた぀かせおいたが、そのうちに氎面を蹎る力が匱たり、ビクビクず痙攣したあず、氎葉は真蛇の圢盞で絶呜した。

#創䜜倧賞2025 #ホラヌ小説郚門

いいなず思ったら応揎しよう

🐱藍䞊倮理🐱 面癜かったら、応揎よろしくお願いしたす。いただいたチップは小説家ずしおの掻動に䜿わせおいただきたす