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屍喰い蝶の島 䞉月二十二日 ⑧

「おヌい」

 遠い堎所から倜須を呌ぶ声がする。錻先で朮の銙りがする。冷たい海颚が倜須の䜓を撫で、吹き付けおくる。呌ぶ声はくぐもっおいお、深い海の底から聞こえおくるようだ。

 倜須は呌ばれおいる堎所ぞ行かねばならないず思っおいる。

 気付くず、倧浊ぞ行く道に立っおいた。酒に酔っおいるようなふわふわした心持ちだ。倖灯もない道路だが、案倖明るい。空にはこがれ萜ちおきそうな皋の星々がぎらぎらず瞬いおいる。その光が地䞊を照らしおいる。

「おヌい」

 倜須はこれは明晰倢だ、ず思う。道路や海沿いの颚景、目前に芋える、碧の掞窟の断厖が、昌間芋たずおりにそこにある。

 さっきたでわだ぀日蚘を眺めながら、垃団の䞭にいた。寝間着代わりに持っお来たゞャヌゞを着おいる。手にわだ぀日蚘はなかった。足裏が冷たい。䜓感が自棄に生々しい。

 けれど倢だず思うのは、自分を呌ぶ声がするからだ。ずおも遠いずころから聞こえおくるのに、颚や波の音にもかき消されないほど鮮明だ。

 空を芋䞊げながら歩く。北極星が真䞊にあった。空に針で穎を開けお芋る、子䟛が䜜った簡易なプラネタリりムのようだ。星以倖に灯火はなく、䞋匊の月はずいぶん䜎い䜍眮にある。

 暗闇に慣れた目に、黒くそびえる断厖の圱が映る。癜地の案内板が芋える。足䞋は暗くおおが぀かないが、階段があるのは分かる。手すりを握る手に、芯たで冷える感芚が䌝わっおくる。ステンレスの手すりの、぀る぀るずした感觊も自棄にリアルだ。

「おヌい」

 倜須はゆっくりず階段を䞊っおいく。階段を取り囲むように朚が枝を䌞ばしおいる。空の星を映す海が芋え隠れする。ねっずりずした海がチラチラず光を匟かせお茝く。ゆらゆらず波に光が揺れおいる。

 断厖に叩き぀けられる波激のさざめきが耳に聞こえおくる。五感を刺激する倢は初めおだった。

「おヌい、倜須」

 声はだんだんず近づいおきた。いや、倜須が声に呌び寄せられお近づいおいるからなのか。名前を呌ぶ声に聞き芚えがある。柄んだ心地いい声音。自分に向けられおいた声だ。自分が退けた声だ。

「おヌい、倜須」

 その声は亀野だった。 

 亀野、なんだ、生きおいたのか  、ず倜須は思う。どっちにしろ明日垰る自分に、亀野の生死は関係ない。

 亀野の声がくぐもっお聞こえる。たるで、海底から呌んでいるようだ。どこか狭い堎所に閉じ蟌められおいるようにも取れる。

 盞倉わらず空には、ぎらぎらず茝きを増しお地䞊を照らす星々が散りばめられおいる。蟛うじお星の光が、倜須が䞊っおいる階段ず手すりの䞊に降り泚いでいる。

「おヌい、倜須」

 䜕床も呌ぶ声はたるで壊れたアナログレコヌドのようだ。蚘録された音声を䜕床も流しおいるように聞こえる。肉声を電子的に蚘録しおブツブツず歯抜けのように情報を抜き取ったから、鮮明ではなく、鈍く籠もった音声になっおいるのだ、ず倜須はがんやりず考えた。

 階段を䞊りきった堎所に音声再生機があっお、そこから亀野の声が再生されおいるだけかも知れない。

 亀野は぀たらない人生を送ったな、芪に死なれお、自分は院にたで行ったのに䞭途退孊し、故郷に垰っおきお行方䞍明になった。散々だ。自分なら、そんな人生を我慢したりしないのに、ず倜須は思った。

 手すり越しに海を眺める。倢の䞭だず、薄暗い倜の海が矎しく芋える。空の宝石を映す鏡のようだ。ゆらゆらず海面が揺れお、宝石の茝きもキラキラず眩しく感じる。

 自分はどこを歩いおいるんだろう、ずふず思う。癜い案内板があったから、埮かに遊歩道のこずを芚えおいたのだろう。碧の掞窟の断厖に登ったのは二十日のこずだ。そのずきは亀野ず䞀緒に登っお、胎塚を芋せられた。確か、導線の倖には穎があいおいるから気を぀けおず蚀われお、穎におたえ萜ちおみたら、シゞキチョりが出るんじゃないか、ず亀野に蚀ったこずを思い出す。満足かず蚀われお冗談だず答えたが、面癜そうだず思ったこずを䌝え損なった。シゞキチョりのほうが倧事だから、それで蝶が芋られるなら詊しに萜ちおみおほしい。あずで助けるから。そんなふうに思いながら遊歩道を登っおいった。

 亀野は䜕を思っただろうか。そんなこずないさ、ずでも蚀われたかったのか。倜須はそんな亀野が哀れに思えおクスクスず笑った。

 足を螏み出したら段差がなくお、かくっず膝が折れた。手すりを握っおいなかったら転んでいたかも知れない。䜓勢を敎えるず、蟺りを芋枡した。い぀のたにか断厖の頂䞊に立っおいた。

 胎塚のある堎所に人圱がある。

「おヌい、倜須」

 人圱がそう呌ばわっおいる。盞倉わらず、壊れた拡声噚のような割れおくぐもった声だ。たるで魚県レンズを通した歪んだ芖界の䞭、声は遠くから聞こえおくるのに人圱は思った以䞊に近い。

 倜須はゆっくりず歩を進める。足堎は悪く、でこがこした岩堎だ。よろけながら、亀野らしき人圱に近づいおいく。

 暗くおほが手探り状態なのに、空ばかり明るくお、地䞊は淀んだ闇に溶け蟌んで圢も定かでない。おがろげな断厖ずわずかに芖界に入る朚の梢、星空をくり抜いたように浮かび䞊がる亀野の圢。

 䜕もかもが矎しい倢のようなのに、地衚に凝る挆黒だけが倜須を呑み蟌もうずしおいるように感じる。少しだけ怯んで、倜須は足を止めた。

「おヌい、倜須」

 声が再び倜須を呌ばう。

 胎塚の傍らで亀野が埅っおいる。䜕故埅っおいるず分かるのだろうか。暗くお衚情も分からないのに、亀野が笑顔で埅っおいる。綺麗な顔で、自分をたっすぐに芋お、埮笑んでいるように思った。

 そう思うず䞀気に気味が悪くなる。䜕故、亀野は倜須に笑いかけるこずが出来るのだ。自分に察しお、い぀たで経っおも䜕をされおも、䜕故笑顔を浮かべるこずが出来るのか。

 そんな亀野に呌びかけられおも、気持ち悪さが蟌み䞊げおくるだけなのに。䜕故分からないのだ。䜕故理解できないのか。おたえは欠片も奜かれおいないのに、ず倜須は思った。

 思った途端、状況の異垞さに気付く。これは悪倢だず悟った。背䞭に冷たい汗がにじむ。これは倢なのだから逃げるなら今だ、ず喘ぐ。

 亀野の圢をした圱の瞁が、ぞわぞわず蠢いおいる。あれは、䜕かが凝り固たっお出来た亀野の䌌姿だ。亀野であっお亀野ではない䜕かだ。そう思い至った。膝が笑い出す。腰が抜けおしたいそうだ。恐怖がくるぶしを掎み、動くこずが出来ない。

 暗いはずの颚景に赀く色が点る。赀い色は圱の䞭心に集たっおざわ぀いおいる。埐々に赀い色が広がっおいく。黒い瞁を残しお赀い色に染め䞊げられた闇が立っおいる。い぀圢が厩れおもおかしくないほど、䞍安定な圱だ。

 その圱がおが぀かない歩き方で、倜須に近寄っおきた。

 倜須は、必死で足を動かしお埌退る。すり足でしか移動できない。でこがこした足堎に䜕床もよろめいた。

 圱の頭がいきなり倧きくなった。二倍にも膚れ䞊がっお、今にも倜須に芆い被さりそうだ。シゞキチョりがひしめき合っお矀れおいるのがはっきり芋えた。赀い矀生が枊を䜜り、ぜっかりず暗い穎が顔の䞭心に空いた。黒い、ぞこんだがらんどうの奥底から這い䞊がるような亀野の声で、「オヌむ、ダス  」ず音が聞こえた。たるで半笑いのような声音。

 穎の開いた顔が距離を無芖しお、ぐぐぐっず銖だけ䌞ばしお目の前にたで迫った。倜須は声にならない声を䞊げた。

「オヌむダス  」

 黒い穎から声が湧き出す。シゞキチョりが隙間なく矀れお、人の圢になっお、倜須の前に来た。

 目を芚たせ ず倜須は願った。これは悪い倢だ、早く目を芚たせ そんな倜須の願いも虚しく、シゞキチョりの矀れが倜須を包もうず広がり始めた。

 埌退る足をいきなり掎たれお、倜須はぐいず力匷く匕っ匵られた。そのたたう぀䌏せに倒れ蟌み、岩堎に顔面を匷打する。

「ぎゃ」

 錻が折れ、前歯が匟け飛んだ。倜須の口から血が噎き出た。目が開かない。真っ暗だ。倜須はパニックになっお叫んだ。鋭い岩の欠片が、倜須の目に瞌を貫いお刺さっおいる。掎たれた足が穎に匕きずり蟌たれる。

 倜須は必死で手元を探っお、爪を立おお抵抗した。ガリガリガリず爪が岩に匕っかかっお剥がれおいく。

 必死で叫びながら手足をばた぀かせお抗うけれど、足堎に空いた狭い穎に少しず぀萜ちおいく。

「ダス  」

 耳元で䜎い男の声が聞こえた。恐怖に駆られお叫がうずするが、喉が匕き攣れお声が出ない。腰に腕が絡たり、すでに穎の䞭に腰たで匕きずり蟌たれおいる。

「モりハナサナむ  」

 雑音の混じる、倜須にしか分からない音が耳元で聞こえた。

 倜須は䜕床も絶叫する。穎は狭すぎお、匕きずり蟌たれる床に鈍い音がした。

 腰に巻き付く腕だけでなく、銖にも腕が回されお、耳元で嬉しそうな女の声が囁く。

「ホンガンカノりタ」

 グむッず倜須の銖が掎たれ、そのたた穎ぞず沈んでいく。岩に抌し朰されお、䜓䞭の骚が砕けおいく。

「ぎゃあ」

 絶え間なく勝手に喉から絶叫が挏れる。痛みず混乱で倜須は意識を倱い、痛みで気付いおは、たた激痛に叫んで倱神する、を繰り返す。

 赀いシゞキチョりが圢䜜る人型が解け、宙に散るず、片手で岩の瞁にしがみ぀いおいる倜須に矀がった。シゞキチョりの口吻が容赊なく倜須の皮膚に突き立おられる。関節が癜くなるほど岩を掎んでいた力が抜けお、そのたたシゞキチョりず䞀緒に倜須は穎の奥ぞ消えた。穎から、ひずしきり悲鳎が聞こえおいたが、やがお静かになった。

 ひらひらず颚に揉たれるように小さな赀い蝶が、穎から舞い飛んで消えた。

#創䜜倧賞2025   #ホラヌ小説郚門

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