人は自分の葬儀を見に来る?🇨🇦 カナダのお別れ会
数年前に、初めてカナダの追悼式とお別れ会に行ったよ。
その夏、私はカナダの友達家族の家に滞在していた。「来週あたりに会いに行こうかな」と離れた島で暮らす友達夫婦に、メールで連絡してたら、旦那さん(仮名ボブ)が亡くなった。彼は62歳だったかな。病死だった。
式は火葬後、一ヶ月経ってから行われたよ。
人口400人ほどの小さな島。森の中の小さな墓地に、島の半分以上の人が集まったかな。夏休み以外は海外や他の街に住んでる人も多く、来れなかった人たちも。ボブは結婚してから30年以上、この島で暮らしてきた。
「島に住む全員を知っている。ほとんどが友達だ。この島は、年齢関係なく友達になれるから良い」と生前、私に話してた。
当日は雨。ほとんどの人が普段着で、ボブの家族もパーカーやスパッツなど、カジュアルな姿だったよ。
追悼式の進行役はボブの近所に住む女性。
はじめに彼女が声をかけ、皆、隣の人と手を繋いだり、体に腕を回し、一つの大きな輪になった。
追悼式のことは、私はあまり覚えていない。
ボブの家族の方を見ると泣いちゃいそうだし、泣いたら止まらなくなりそうだし、私はできるだけ空を見ていた。友達は、隣で少し泣いていた。「みんなで一つになった、一体感に感動したの」と、後で話してたよ。
とてもシンプルな式だったよ。彼は無宗教。音楽もない。20分くらいで終わったかな。途中、彼を偲ぶエピソードを数人が語る。
ボブは寛大だったと、皆言う。
一緒に来た私のおじさん友達も、式でエピソードを話すと言ってたけど、黙っていた。
後で聞くと、おじさんは式の最中、ボブとずっと話してたそう。
故人が自分の葬儀を見に来る、と聞くけれど、本当だなぁと思ったよ。
「何を話したの?」と聞くと、色々話したようで、ボブは奥さんへ文句も言ってたとか。彼らしい。。「どんな文句?」と聞くと、おじさんは「それは言えないよ」と言う。そう言われると、もうそれが答えでバラしてるよ、と私は思ったけれど、もうどうでもいいことかな。私のことも話したようだった。
よかった。彼は私が来たことも見ていてくれ、私はホッとした。
最後、彼の口癖だったFワードを皆で彼に贈り、追悼式は終わった。
その後、場所をボブの家へ移動して、お別れ会が始まった。
故人の人生を祝福し、明るく送り出すスタイルで、カナダではセレブレーション・オブ・ライフ、って言うとか。
「ボブは最後、なんて言ってたの?」お別れ会で、ボブの近所の友達に聞いた。「すべて大丈夫だから」とても彼らしい一言だと思ったよ。彼は最後の2,3年は心も身体もつらそうだった。でも後悔は、なさそうだ。
ボブは片目を失明していた。今は両目でよく見えてるでしょう。私たちを見守ってくれてると思う。きっと故人が見るのは、葬儀だけではないよね?
私には、目で見えない人と会話する力はない。けれど、信じる力はあると思う。自分に特殊な力はなくても、必要な時には、必要なことを、誰かや何かを通して、ちゃんと受け取れるのかな?しっかり受け取りたいなぁ。

小さな島なので、「こんな大渋滞見たことない」
と友達は笑っていた
いつも持ち歩くカメラを
この日は、家に置いて行こうとしたら
「こういうのは記録に残した方がいいから」
と友達に言われ、お別れ会は何枚か撮影

でも、雨の中の式も、気持ち落ち着き
よかったかな

ポットラックスタイルで、食べ物を持ち寄り
作った料理や買って来た物など
自家製ビールやアップルサイダーも
たくさん振る舞われたけど
お酒は人気で足りなかった

この日もギターやバイオリンなど
弾く人たちが何人も

と言ってたよ
「いつも俺はここにいるって、
みんな知ってるんだから、ケータイは要らない」
彼は今もこのファームにいると思う
この場所を
この島の暮らしを
本当に愛してたから
誰よりも
~ 生前から庭に置かれてた木彫りのボブ ~
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