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返信が来た瞬間、体から力が抜けた・・・なのに、なぜすぐにまた、何かが足りなくなったのだろう

恋愛88ケ所巡礼・第23番|修行の道場(第1回)


まえがき

「第二の道場」に入る前に、
一つだけ断っておきたいことがある。

私の「心の巡礼」の区切りは、
四国の地理とは一致していない。

実際のお遍路では、
高知(土佐)を歩く区間が修行の道場にあたる。
太平洋に面した険しい海岸線。
強い風。長い移動距離。
四国の中で最も過酷な区間だと言われている。

私の第二の道場が、
その土佐と重なるかどうかはわからない。

でも、これから書くことは、
少し苦しい。

自分の内側にあるものと、
正面から向き合わなければならない場所だから。

歩けないほどではない。
でも、立ち止まりたくなることはある。

それでも歩く。
それが、修行というものだと思っている。


本文

スマホの画面が光った瞬間のことを、今でも覚えている。

既読の文字が消えて、
吹き出しが現れて、
返信が来た。

肩から、力が抜けた。
息を、思い出したように吸い込んだ。

「よかった」。

心から、そう思った。


でも、その安堵は、長くは続かなかった。

数分後には、もう別のことを考えていた。

「次はいつ返事が来るんだろう」
「今度はどれくらい待たされるんだろう」

さっきまで、あんなにほっとしていたのに。

満たされたはずの場所に、
また同じ隙間ができていた。


一度や二度ではなかった。

何度も、何度も、同じことが起きた。

返信が来る。安堵する。数分後、また何かが足りなくなる。

その繰り返しに、私は名前をつけられずにいた。

「なんで、こんなにすぐ、また不安になるんだろう」

そう思っても、答えは出なかった。ただ、繰り返しだけがあった。


友達には言えなかった。

「返信が来て嬉しかった」とは言えても、
「その直後にまた虚しくなった」とは、うまく言葉にできなかった。

だって、矛盾している。
安心したはずなのに、なぜまた不安なのか。
自分でも、説明がつかなかった。


後になって知ったことがある。

依存の研究には、「耐性」という言葉があるらしい。

同じ量の安心では、もう満たされなくなっていく状態のことだという。

一度手に入れた安堵は、次には通用しない。
もっと欲しくなる。もっと確かめたくなる。

私が求めていたのは、返信そのものじゃなかったのかもしれない。

返信によって一瞬だけ止まる、あの不安の音そのものだったのかもしれない。


音を止めることと、音の原因をなくすことは、
別のことだったんだと、今は思う。

あの頃の私は、その違いに気づいていなかった。


今でも、既読がついた瞬間、少しだけ体がこわばることがある。

でも前より、その隙間を、じっと見ていられるようになった気がする。

あなたにも、安堵した直後に、
またすぐ何かが足りなくなった夜があっただろうか。

その隙間は、何を教えようとしていたのだろう。


あとがき

安堵した直後に、また何かが足りなくなる。
その感覚を、私も何度も味わってきた。

満たされない隙間を抱えたまま歩くあなたの隣で、
私も同じ隙間を見つめながら、歩いている。



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