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『天幕のジャードゥーガル』 - 復讐の裏に隠された「愛」の物語 - Jaadugar: A Witch in Mongolia

こんにちは、あいむら研究所です。今回は『天幕のジャードゥーガル』を、少し違った角度から、「愛」という視点で観察してみました。

作品の中に描かれる人間関係や感情を追いながら、「愛って、こういうことなのかもしれない」と考えてみたいと思います。

※この記事は、アニメでまだ描かれていない内容や、原作で未到達の考察を含みます。
ネタバレは絶対に嫌だという人は、ブラウザバックすることをおすすめします。


第一幕 天幕のジャードゥーガルは愛を描いている

『天幕のジャードゥーガル』、面白いですね。

知らない方にも一言で紹介すれば、モンゴル大帝国に翻弄された一人の少女・シタラの生涯です。

「え、『天幕のジャードゥーガル』って、シタラのモンゴルへの憎しみの物語じゃないの?」

それは、もちろんです。

でも、憎しみと愛は表裏一体です。

愛がなければ、憎しみを持つ必要もありません。

ここでは、『天幕のジャードゥーガル』に描かれた「愛」という視点から、物語を分解します。

なお、記事の利便上、ファーティマの呼び名は、この記事では「シタラ」で統一します。

「愛からなされることは、常に善悪の彼岸で行われる」―ニーチェ『善悪の彼岸』

第二幕 物語の根底にある愛

『天幕のジャードゥーガル』は、シタラの復讐の物語です。

これは、言い換えれば、シタラの家族愛の話でもあります。

シタラのファーティマ(シタラが仕えた女主人)への深い愛情。

また、ファーティマも、シタラをモンゴル兵から守るとき「私の娘に触るな!」と言い放つほど、シタラを愛しています。

もちろん、ムハンマド、叔父様や、アニース、ズムルード(シタラの奴隷仲間)たちに対しても、深い家族愛が描かれています。

この愛を不条理に奪われたことが、シタラの深い憎しみに昇華されています。

第三幕 シタラとムハンマド

それでは、シタラとムハンマドは、家族愛以外の感情を持っていたのでしょうか?

物語では、そこまで深い描写はありませんでした。

2人の年齢を考えると、男女の恋愛感情というほどのものではなかったと思われます。

まあ、家族愛以上ではあるが、お互い、なんとなく気になる相手という言葉が適当と思われます。

第四幕 モンゴルの兄弟愛

敵側の兄弟愛も描かれます。

ジュチ、チャガタイ、オゴタイ、トルイは、かなり深い兄弟愛に包まれていると思われます。

特にトルイは、オゴタイが病気になった時、オゴタイの身代わりになり、実際に命を失います。

そして、チンギス・ハンも、一族に深い愛を持っていることが伺えます。

もしこの兄弟が敵対、反目していたら、シタラの復讐は簡単に成し遂げられていたでしょう。

第五幕 ドレゲネの愛

シタラと手を組むことになるドレゲネも、深い愛を持っていました。

夫ダイル、義理の子供、クラン、クルトガンをとても愛していました。

だからこそ、それを奪ったモンゴルを恨み、そして同じような気持ちを持っていたシタラに気づきます。

この二つの失われた愛が、物語の軸になっています。

第六幕 アルグンの愛

モンゴルの奴隷階級でも、愛が描かれます。

アルグンは、オイラト族の少女から想いを寄せられます。

心を持たないアルグンは、この意味が分からずに返答できなかったのですが、後に愛を知り、少女に求婚します。

しかし、この愛は悲惨な結末に向かいます。

シタラたちの暗躍とボラクチンの策略によって、少女はペルシアの、誰かも分からない人に無理やり嫁がされます。

この辺から、シタラは、憎む側から、憎まれる側に移っていくことになります。

第七幕 カトゥンの愛

物語には、たくさんのカトゥン(有力者の妻)が登場します。

例えば、トルイとソルコクタニは深い愛で結ばれており、それが、物語の始まりとなるシタラの悲劇を引き起こします。

また、ドレゲネを除くほとんどのカトゥンは、モンゴルに愛国心を持っており、ボラクチンは、夫オゴタイに毒を盛ってまで、モンゴルをまとめ上げようとします。

また、愛国心と言っても一枚岩ではなく、結果、ボラクチン、ドレゲネ、ソルコクタニの対立につながっていきます。

第八幕 シラの愛

シラは、シタラの悲劇の場に居合わせた一人です。

その後もちょくちょく物語に登場し、シタラを助けたり、見張ったりします。

そして、シラはシタラに、「一緒にペルシアへ帰ろう」と言います。

これは、二人にとっては、プロポーズに匹敵する言葉だと思います。

シタラもさすがに、この言葉の意味は分かっていたでしょう。

しかしながら、シタラはシラの恋心すら利用します。

あまつさえ、シタラはシラを亡き者にしようとします。

このシタラの裏切りに、シラの愛は悲しみと憎悪に変わってしまいます。

これは想像ですが、これが物語のターニングポイントになると思っています。

いわゆる、ルビコン川を渡ったというやつですね。

シタラの出自の秘密を知っているのは、ドレゲネとシラだけです。

この秘密が暴露されれば、シタラは嘘をついていたこととなり、破滅してしまいます。

しかし、史実のドレゲネは、最後までシタラをかばい、「シタラと引き裂かれるなら、自殺する」とまで言い放ちます。

そうなると、秘密を暴露できるのは、シラだけです。

それにシラは、シタラがソルコクタニの密偵であった過去も知っています。

思い返せば、シタラは物語上、シラに一度も心を許していません。

最初に手を組むことになった時も、シタラは、「シラは敵だ」と心に刻み込みます。

もしかして、このシラの恨みが、シタラの破滅に一役買うことになるのでしょうか?

第九幕 おわりに

いかがでしたでしょうか?

長くなりましたが、私なりに、『天幕のジャードゥーガル』の「愛」を分析してみました。

史実物で、これだけ愛を語れる作品もそう多くはないのでは、と思っています。

「愛、愛、うるせーよ。お前は 直江兼続 か!」

そう思った読者の方も多いかもしれません。

作品の見方、楽しみ方は自由です。 

一つの物語も、別の角度から見れば、また違った見方が表れます。

これからも、『天幕のジャードゥーガル』を、いろんな角度から楽しませてもらいます。

参考

『天幕のジャードゥーガル』
『もっと!天幕のジャードゥーガル』
トマトスープ/秋田書店

For International Readers

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This article explores Jaadugar from the perspective of love, loss, revenge, and betrayal.

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