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日本イスラム共和国④――キューバの幽霊ドローン

存在しない無人機が三つの大陸と六十日戦争を始めた

文・武智倫太郎

2026年7月13日、ドナルド・トランプ大統領は、イラン製無人機がキューバに保管されている可能性について質問された。

大統領は、それは十分にあり得ることであり、現在調査中で、もし本当に存在するなら米国が対処すると答えた。

同じ日、トランプ政権は議会に対し、イランとの敵対行為が7月7日に再開されたと正式に通知した。

政権側の解釈では、それによって、議会の承認を得ずに軍事行動を続けられる新しい六十日間が始まったことになる。

その前年の11月、トランプ大統領はマイアミで演説していた。

共産主義のキューバと社会主義のベネズエラについて語ったあと、マイアミは長年、『南アフリカの共産主義的圧政』から逃れてきた人々の避難所だったと述べた。

続いて南アフリカを語り、南アメリカへ移り、再び南アフリカで開かれるG20会合へ戻った。

南アフリカは、アフリカ大陸の国である。

南アメリカは、大陸である。

キューバは、そのどちらにもない。

大統領の演説では、三つとも同じ南に存在していた。

ここまでは現実である。

その日の午後、国防総省の統合脅威情報処理システムに、新しい案件が登録された。

案件名は、次のようになっていた。

《キューバ共和国におけるイスラム共和国製無人航空戦力の前方配備》

担当官は、画面を見た。

〖情報源〗アメリカ合衆国大統領

〖対象兵器〗無人航空機

〖配備場所〗キューバ共和国

〖所有国〗イスラム共和国

〖存在の確度〗十分あり得る

〖現在の状態〗調査中

〖米国による対応〗予定あり

最後の三項目は、大統領の発言から自動的に抽出されていた。

担当官は、『所有国』の欄をクリックした。

候補が二つ表示された。

《イラン・イスラム共和国》

《日本イスラム共和国》

通常の地理辞書を使えば、イラン・イスラム共和国が選ばれる。

しかし、統合脅威情報処理システムには、大統領専用の国家辞書が組み込まれていた。

数日前、大統領は、USS Donald J. Trumpを攻撃した国家について説明する際、イランと日本を一つの国名にまとめていた。

Republic Islam Japan。

日本イスラム共和国。

国家安全保障担当補佐官は、その場でイランのことかと確認した。

大統領は否定した。

『イランではない。日本イスラム共和国だ。日本の中に隠れている。非常に悪い国だ』

国防総省は、訂正できなかったのではない。

訂正しようとして、訂正を拒否されたのである。

その結果、国家データベースには、二つのイスラム共和国が登録されていた。

〖候補国1〗イラン・イスラム共和国

〖候補国2〗日本イスラム共和国

〖大統領による識別〗両国は別の国家

〖大統領発言との一致度〗日本イスラム共和国が優先

システムは、無人機の所有国を確定した。

〖無人機所有国〗日本イスラム共和国

〖国際略号〗RIJ

〖配備拠点〗キューバ共和国

〖推定施設名〗RIJカリブ海前方無人機基地

画面の右上に、赤い警告が表示された。

《西半球に対する日本イスラム共和国の軍事的進出を確認》

担当官は上司を呼んだ。

上司は画面を見て、最初に尋ねた。

『無人機は見つかったのか』

『まだです』

『基地は』

『まだです』

『日本イスラム共和国がキューバにいるという証拠は』

『大統領の発言があります』

『大統領は、イランの無人機と言ったのではないのか』

担当官は発言記録を確認した。

『大統領は『彼ら』と言っています』

『彼らとは誰だ』

『イスラム共和国です』

『どちらの』

『システム上は、日本イスラム共和国です』

上司は、しばらく黙った。

『大統領に確認しよう』

担当官は首を振った。

『確認すると、その回答も新しい一次情報として登録されます』

『何が問題だ』

『前回と異なる国名を答えた場合、敵国が一つ増えます』

確認は見送られた。

大統領用地理辞書

続いて、システムは配備地域を判定した。

〖配備国〗キューバ共和国

〖地域〗カリブ海

〖統合軍管轄〗アメリカ南方軍

ここまでは正しかった。

しかし、大統領発言学習モデルが、過去の演説記録を参照した。

マイアミ演説では、キューバ、南アフリカ、南アメリカが一つの文脈で語られていた。

AIは、それらの意味的関連性を学習していた。

〖キューバ〗共産主義的脅威地域

〖南アメリカ〗共産主義及び社会主義からの避難元

〖南アフリカ〗大統領発言上の共産主義的圧政地域

〖三地域の共通属性〗南

〖地理的総称〗南方地域

担当官は、画面を見た。

『南方地域とは、どこだ』

システム担当者が答えた。

『大統領用地理辞書上の分類です』

『キューバは南アメリカではない』

『通常の地理辞書では、その通りです』

『南アフリカでもない』

『通常の地理辞書では、その通りです』

『通常ではない地理辞書があるのか』

『大統領発言との整合性を優先する辞書です』

『キューバ、南アメリカ、南アフリカが同じ地域なのか』

『三つとも南方地域に分類されています』

『日本イスラム共和国はどこだ』

『日本列島の内部です』

『日本は南方地域ではない』

『米国から見れば西です』

『では、なぜ同じ作戦に含まれる』

『無人機が移動できるためです』

その結果、警告は三つの統合軍へ同時に送られた。

アメリカ南方軍。

アメリカアフリカ軍。

アメリカインド太平洋軍。

無人機はキューバに保管されていた。

所有国は日本列島の内部に存在した。

出発地点として、南アフリカも否定できなかった。

三つの統合軍は、それぞれ、自分の担当地域で対象無人機が見つからないと報告した。

システムは、その報告を統合した。

〖キューバでの確認数〗0機

〖南アメリカでの確認数〗0機

〖南アフリカでの確認数〗0機

〖日本列島での確認数〗0機

〖同時に発見できない地域数〗4地域

〖脅威評価〗大陸間分散配備

一機も見つからなかったことで、無人機の世界展開能力が証明された。

空の格納庫

翌朝、偵察衛星がキューバ全土の撮影を開始した。

軍用飛行場。

港湾施設。

倉庫。

廃工場。

野球場。

サトウキビ畑。

無人機を収容できそうな建造物は、すべて解析対象になった。

AIは、四千八百七十二棟の候補施設を抽出した。

そのうち三百十一棟について、屋根の材質、搬入口の幅、周辺道路の状態から、無人機との関連を否定できないと判定した。

無人機そのものは、一機も見つからなかった。

国防情報局の分析官が報告書を作成した。

《現在までに、キューバ国内でRIJ製無人機を視覚的に確認した事実はない》

統合脅威情報処理システムは、この文章に警告を付けた。

《『確認した事実はない』は『存在しない』と同義ではありません》

分析官は文章を書き換えた。

《現在までに、無人機は発見されていない》

再び警告が表示された。

《発見されていない理由を選択してください》

選択肢は、次の四つだった。

一、情報が誤っている。
二、無人機が移動した。
三、地下施設に隠されている。
四、高度なステルス技術が使用されている。

分析官は、一を選択しようとした。

画面に赤い確認窓が開いた。

《大統領発言と矛盾します。国家安全保障上の重大な判断として、氏名及び職員番号を記録しますか》

分析官はキャンセルした。

二を選択すると、移動先を入力するよう求められた。

移動先は分からなかった。

三を選択すると、地下施設の座標を入力するよう求められた。

座標は分からなかった。

残ったのは四だった。

分析官は、『高度なステルス技術が使用されている』を選択した。

報告書は自動的に更新された。

〖確認された無人機〗0機

〖無人機を確認できない理由〗高度なステルス性能

〖RIJの技術水準〗従来の想定を上回る

〖推定航続距離〗キューバ、南アメリカ、南アフリカ及び日本を連結可能

〖脅威評価〗重大

無人機が見つからなかったことで、日本イスラム共和国の技術力が証明された。

日本政府の否定

日本政府には、米国務省から外交照会が届いた。

《日本イスラム共和国がキューバ、南アメリカ及び南アフリカに分散配備した無人航空機の機種、数量、航続距離、搭載兵器及び指揮系統について、四十八時間以内に情報を提供されたい》

日本政府は、直ちに回答した。

《日本イスラム共和国という国家は存在しない。日本国はキューバ、南アメリカ及び南アフリカに無人機を配備していない》

回答は、国防総省のAIによって分析された。

〖RIJの存在〗日本政府が否定

〖無人機配備〗日本政府が否定

〖四地域への関与〗一括して否定

〖一括否定の目的〗国家及び作戦の組織的秘匿

〖否定の主体〗RIJ支配地域に所在する政府

〖情報信頼度〗低

〖脅威評価〗一段階引き上げ

日本大使館は、国務省に電話をかけた。

『日本国と日本イスラム共和国は別の国家です』

国務省の担当者が答えた。

『その点は承知しています』

『日本イスラム共和国は存在しません』

『その点については、見解が一致していません』

『誰と誰の見解ですか』

『日本国とアメリカ合衆国です』

『存在しない国の存在について、国家間の見解の相違があるという意味ですか』

『そのように記録されています』

『では、RIJ政府へ直接確認してください』

『連絡先を教えてください』

『存在しないので、ありません』

『連絡先の開示を拒否したと記録してよろしいでしょうか』

『違います。存在しないのです』

『存在しないことを証明する資料を提出してください』

『存在しないものについて、何を提出するのですか』

『存在しないことが確認できる資料です』

日本大使館員は電話を切った。

数分後、システムが更新された。

〖RIJ政府の連絡先〗日本政府が開示を拒否

〖不存在証明〗未提出

〖外交交渉〗困難

〖制裁回避の可能性〗あり

存在しない部品表

米商務省は、日本企業二百四十七社に調査票を送付した。

調査対象は、キューバ、南アメリカ及び南アフリカへ分散配備されたRIJ製無人機のサプライチェーンである。

半導体。

小型モーター。

軸受。

炭素繊維。

通信モジュール。

衛星測位装置。

リチウムイオン電池。

工作機械。

設計ソフトウェア。

海上輸送。

損害保険。

融資。

各社には、自社の製品、子会社、取引先、物流網、投資先が、対象無人機に関与していないことを証明するよう求められた。

日本企業は、無人機の機種名と部品表の提供を求めた。

商務省は回答した。

《機種名及び部品表は、敵国の軍事機密であるため提供できない》

企業は再度尋ねた。

《対象が特定できなければ、非関与を証明できない》

商務省は回答した。

《非関与を証明できない場合、暫定的関与として処理する》

日本企業の担当者は、調査票を開いた。

最初の質問は、次のようになっていた。

《貴社製品がRIJ製無人機に使用されていないことを確認しましたか》

『はい』を選ぶと、確認に使用した機体番号と部品表を添付するよう求められた。

機体番号は存在しない。

部品表も存在しない。

『いいえ』を選ぶと、関与を認めたことになる。

『不明』を選ぶと、追加調査の対象になった。

企業は『不明』を選んだ。

続いて、Scope 3算定用の画面が開いた。

〖カテゴリー1〗購入した製品・サービス

〖カテゴリー2〗資本財

〖カテゴリー4〗輸送・配送

〖カテゴリー9〗販売後の輸送・配送

〖カテゴリー10〗販売した製品の加工

〖カテゴリー11〗販売した製品の使用

〖カテゴリー15〗投資

最後に、新しい項目が追加されていた。

〖カテゴリー16〗存在を確認できない敵性兵器への潜在的寄与

企業は問い合わせた。

『Scope 3はカテゴリー15までではありませんか』

米商務省は答えた。

『通常の企業活動については、そうです』

『カテゴリー16とは何ですか』

『大統領が十分あり得ると判断した活動です』

『排出量は、どのように算定するのですか』

『無人機の飛行時間に、燃料または電力の排出係数を掛けてください』

『飛行時間が分かりません』

『最大航続時間を使用してください』

『機種が分かりません』

『最も長い航続時間を持つ機種を使用してください』

『機数も分かりません』

『存在し得る最大数を使用してください』

『配備地域も特定されていません』

『四地域すべてを算定してください』

『その計算では、排出量が際限なく増えます』

『安全側の計算です』

こうして、存在しない無人機から、実在する排出量だけが算定された。

キューバの冷凍ドローン

キューバ政府も、無人機の存在を否定した。

《キューバ国内に、日本イスラム共和国の無人機基地は存在しない》

米国務省は、この声明を敵対国による公式否定として登録した。

同時に米財務省は、無人機を保管していると推定されたキューバの施設に制裁を科した。

対象となった倉庫の一つは、国営の冷蔵施設だった。

中には、冷凍鶏肉と魚しかなかった。

しかし、衛星画像では冷凍設備の排熱が確認された。

AIは、それを無人機用電子機器の冷却装置と判定した。

キューバ政府は抗議した。

『その建物は食品倉庫である』

財務省は証拠を求めた。

キューバ側は、倉庫内の写真を提出した。

大量の冷凍鶏肉が写っていた。

画像解析システムは、鶏肉の形状が小型デルタ翼無人機に近いと判断した。

〖施設用途〗食品保管を装った軍事施設の可能性

〖格納物〗翼状物体多数

〖機体温度〗氷点下

〖推定技術〗低温ステルス

〖脅威〗不明

〖追加制裁〗推奨

キューバ政府は、倉庫の現地査察を認めると申し出た。

国防総省は査察を拒否した。

『敵国が査察を認めた施設に、本物の無人機を残しておくとは考えにくい』

『では、査察には意味がないのですか』

『何も見つからなければ、移動したことが確認できます』

『見つかった場合は』

『存在が確認できます』

『どちらにしても、無人機は存在するのですか』

『どちらにしても、調査を継続する必要があります』

キューバ政府は別の方法を考えた。

もし米国が、キューバ国内にRIJ製無人機が保管されていると主張するのであれば、その保管には費用が発生しているはずである。

キューバ財務省は、ワシントンへ請求書を送った。

《RIJ製幽霊無人機保管料》

保管機数は不明。

保管期間も不明。

施設も不明。

そのため、米国側の最大脅威想定を基準として請求額が計算された。

米財務省は支払いを拒否した。

理由は、無人機の存在が確認されていないことだった。

キューバ政府は回答した。

《存在が確認されていない兵器を根拠に制裁できるのであれば、同じ兵器を根拠に保管料を請求できる》

請求書は法務部門へ送られた。

法務部門は判断を保留した。

保留中も、保管料には延滞金が加算された。

USS Donald J. Trumpの完全迎撃

米海軍は、原子力空母USS Donald J. Trumpをカリブ海へ派遣した。

日本イスラム共和国から発射された百十一発のミサイルを、完全迎撃したとされる空母である。

当時、ミサイルの映像、軌跡、残骸は一つも確認されなかった。

一発も確認できなかったことが、一発も着弾させなかった証拠として処理されていた。

今回は、キューバから発進する幽霊ドローンの迎撃を命じられた。

空母のレーダーは、二十四時間にわたって空域を監視した。

無人機は一機も映らなかった。

戦闘指揮所の将校が、国防総省へ報告した。

『敵性無人機の反応はありません』

担当官が答えた。

『完全迎撃に成功した可能性があります』

『まだ一発も撃っていません』

『発進前に抑止したということです』

『発進した証拠もありません』

『すべて撃墜されたのであれば、発進地点へ戻る機体もありません』

『我々は撃墜していません』

『自動防空システムが処理した可能性は』

『交戦記録はゼロです』

『極めて効率的な迎撃です』

空母の戦闘記録が更新された。

〖接近した敵性無人機〗0機

〖着艦を許した敵性無人機〗0機

〖突破率〗0%

〖防空成功率〗100%

〖発射した迎撃兵器〗0発

〖一発当たりの迎撃効率〗算定不能

〖総合評価〗完全勝利

艦長は尋ねた。

『脅威は消滅したのですか』

国防総省は答えた。

『消滅を確認できていません』

『一機も見つかっていません』

『だからこそ、残存数を確認できません』

『では、作戦はいつ終わりますか』

『すべての機体が存在しないことを確認したときです』

『存在しないことは、どうすれば確認できますか』

『すべての機体を発見し、存在しないことを確認してください』

作戦は継続された。

六十日間の永久機関

ホワイトハウス法律顧問室では、別の問題が検討されていた。

イランとの敵対行為が再開された日を7月7日とすれば、軍事行動の新しい六十日間は、そこから数えられる。

しかし、キューバの幽霊ドローンは、イラン戦争の一部なのか。

それとも、日本イスラム共和国との新しい戦争なのか。

前者なら、既存の六十日間に含まれる。

後者なら、別の六十日間を開始できる。

法律顧問が大統領に説明した。

『大統領。キューバの無人機がイラン製であれば、イランとの敵対行為に含まれます』

『日本製だ』

『国防総省の記録では、RIJ製です』

『RIJは日本だ』

『正確には、日本イスラム共和国です』

『だから日本だ』

『日本国政府は否定しています』

『敵はいつも否定する』

『RIJとの戦争を新たに開始したと判断すれば、別の六十日間が始まります』

大統領は満足そうにうなずいた。

『素晴らしい。イランの六十日と、日本の六十日がある』

『ただし、RIJの実在性に問題があります』

『空母を攻撃した』

『その攻撃も確認されていません』

『完全迎撃したからだ』

『キューバの無人機も確認されていません』

『それも完全迎撃したからだ』

『南アフリカにも見つかっていません』

『南アメリカに移動したんだろう』

『南アメリカでも見つかっていません』

『南アフリカへ移動したんだ』

法律顧問は、反論を諦めた。

新しい法的見解が作成された。

《キューバ、南アメリカ、南アフリカ及び日本におけるRIJ無人機の存在可能性は、西半球、東半球及び南方地域に対する継続的かつ新規の敵対行為を構成する》

《新規の敵対行為が確認されるごとに、六十日間の起算日は更新される》

システムは、毎日午前零時に脅威情報を再評価した。

7月14日。

前日までに無人機を発見できなかったため、移動した可能性が新たに確認された。

起算日は7月14日に更新された。

7月15日。

移動先が確認できなかったため、米国本土へ接近した可能性が新たに確認された。

起算日は7月15日に更新された。

7月16日。

米国本土で攻撃が発生しなかったため、潜伏している可能性が新たに確認された。

起算日は7月16日に更新された。

7月17日。

潜伏場所が判明しなかったため、高度な秘密作戦が進行している可能性が新たに確認された。

起算日は7月17日に更新された。

議会から問い合わせが届いた。

《軍事行動を終了すべき六十日間の期限を示されたい》

ホワイトハウスは回答した。

《現在の期限は、本日から六十日後である》

翌日、議会は再度問い合わせた。

《昨日示された期限と異なる理由を説明されたい》

回答は簡潔だった。

《本日は昨日ではない》

戦争が長引いているのではなかった。

毎日、新しく始まっていた。

四人のドナルド・トランプ

大統領の権限確認画面には、これまでに登録された情報が残っていた。

〖生物学的状態〗生存

〖本人申告による状態〗死亡

〖報復命令上の状態〗暗殺済み

〖大統領職〗継続中

〖ホルムズ海峡における資格〗守護天使

〖キューバ作戦における資格〗最高司令官

〖地理情報上の資格〗最終決定者

〖総合判定〗用途による

統合参謀本部は、幽霊ドローンに対する攻撃計画の最終承認を求めた。

作戦名は、《オペレーション・スピリット・キャッチャー》となった。

大統領は署名した。

本人認証は成功した。

しかし、システムが警告を出した。

《死亡者による軍事命令です》

法律顧問は、大統領職上は生存していると入力した。

別の警告が出た。

《生存者は守護天使資格を失う可能性があります》

ホワイトハウスは、大統領を用途別に分離した。

〖署名者A〗生存中の大統領ドナルド・J・トランプ

〖署名者B〗死亡中の報復対象ドナルド・J・トランプ

〖署名者C〗ホルムズ海峡の守護天使ドナルド・J・トランプ

〖署名者D〗幽霊ドローン作戦最高司令官ドナルド・J・トランプ

四人の署名者は、すべて同じ署名を使用した。

システムは、四者全員の承認を確認した。

記者会見

大統領は、ホワイトハウスの記者会見室に立った。

『キューバの無人機について、我々は完璧な仕事をしている。非常に危険な無人機だ。誰にも見えない。最高水準のステルスだ』

記者が尋ねた。

『無人機が実際に存在する証拠はあるのでしょうか』

『存在しなければ、我々は探していない』

『一機も発見されていません』

『それだけ上手に隠されている』

『日本政府もキューバ政府も否定しています』

『二つの政府が同じことを言っている。協力している証拠だ』

『米海軍は、一度も交戦していません』

『一機も通さなかった。完全な勝利だ』

『脅威は排除されたということですか』

『脅威は非常に大きい』

『完全に勝利したのに、脅威は大きいのですか』

『我々が完全に勝利したから、どれほど危険だったかが分かる』

別の記者が尋ねた。

『大統領。無人機はキューバにあるのでしょうか、南アフリカにあるのでしょうか』

『両方を調べている』

『キューバと南アフリカは、大西洋を挟んで約一万二千キロ離れています』

『だから航続距離が非常に長い。危険な無人機だ』

『南アメリカにも存在するのでしょうか』

『南アメリカにも南がある。南アフリカにも南がある。偶然ではない』

『キューバには南がありません』

『キューバの南側がある』

『日本は、どのように関係するのでしょうか』

『日本には南日本がある』

国防総省の世界脅威表示システムが更新された。

〖推定配備地域〗キューバ、南アメリカ、南アフリカ及び南日本

〖四地域の共通点〗南が存在する

〖推定航続距離〗全地域を連結可能

〖根拠〗大統領による地理的一貫性

〖無人機の確認数〗0機

〖世界展開能力〗あり

最後に、記者が尋ねた。

『軍事行動は、いつ終了しますか』

大統領は答えた。

『六十日後だ』

『何月何日でしょうか』

『今日から六十日後だ』

『明日になれば、どうなりますか』

『明日から六十日後だ』

その夜、国防総省の画面が更新された。

〖キューバのRIJ製無人機〗存在未確認

〖南アメリカのRIJ製無人機〗存在未確認

〖南アフリカのRIJ製無人機〗存在未確認

〖南日本のRIJ製無人機〗存在未確認

〖不存在の確認〗未完了

〖発見された機体〗0機

〖突破した機体〗0機

〖完全迎撃〗成功

〖残存機数〗不明

〖脅威評価〗世界規模

〖軍事行動の残存期間〗60日

〖次回起算日更新〗翌日午前零時

無人機は、一機も発見されなかった。

そのため、一機も見逃していないことだけが確認された。

南アフリカと南アメリカの違いも、最後まで確認されなかった。

六十日間は、翌日からもう一度始まった。

幽霊ドローンの仕様であった。

追記|現実のScope 3には、カテゴリー16はない

もちろん、現実のScope 3に『存在を確認できない敵性兵器への潜在的寄与』というカテゴリー16は存在しない。

Scope 3は、カテゴリー15までである。

しかし、自社が直接排出していないから関係ない、という理屈が通用しない点では、物語の調査票も現実の取引先調査票も、それほど遠くはない。

購入した製品とサービス。
資本財。
物流。
販売した製品の加工と使用。
投資。

自社の外側へ置いていたはずの排出量を、一つずつ取引関係の中から拾い直す。

確認できないものを、そのままゼロにはできない。

説明できないものは、やがて取引先から質問される。

そして、その質問は有価証券報告書やサステナビリティ開示の中へ戻ってくる。

幽霊ドローンの排出量を計算する必要はない。

だが、自社のScope 3がどこに潜んでいるのかは、実際に点検しておいた方がよい。

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武智倫太郎監修|Scope 3実務教材

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