日本イスラム共和国⑤――全船通行可能の完全封鎖
撤回された二〇%通行料を投資で払う国
文・武智倫太郎
2026年7月13日、ドナルド・トランプ大統領は、ホルムズ海峡を通過するすべての貨物について、アメリカが二〇%の対価を受け取ると発表した。
アメリカが海峡を守る。
だから、海峡を利用する者はアメリカへ支払う。
大統領はアメリカを、ホルムズ海峡の守護者と呼んだ。
同時に、イランの港湾、石油ターミナル、沿岸施設を対象とする海上封鎖を再開すると宣言した。
ホルムズ海峡は開いている。
イランは封鎖されている。
通過する貨物には二〇%の対価が必要である。
翌7月14日、大統領は二〇%案を撤回した。
湾岸諸国との協議によって、通行料の代わりに、アメリカへの貿易と投資を受け取ることになったからである。
金額は示されなかった。
それでも、大統領は巨額になると説明した。
ほとんどの船舶は無料で通行できる。
ただし、イランの港湾または貨物に関係する船舶に対しては、全面封鎖が維持される。
ここまでは現実である。
その日の午後、アメリカ財務省の決済管理システムに、一件のエラーが発生した。
《ホルムズ海峡守護天使サービス費を撤回できません》
担当官は、大統領令の管理画面を開いた。
〖制度名〗ホルムズ海峡守護天使サービス
〖料金〗貨物価値の二〇%
〖発令者〗ドナルド・J・トランプ大統領
〖状態〗発効済み
〖請求書発行数〗六万四千七百二十一件
〖撤回理由〗投資契約への変更
〖撤回処理〗失敗
担当官は、システム部門へ電話をかけた。
『大統領が料金を撤回した。請求を止めてほしい』
『請求は、すでに確定しています』
『大統領が撤回したんだ』
『最初の大統領命令と、二番目の大統領命令が競合しています』
『新しい命令を優先すればいい』
『どちらも同じ大統領による最終命令として登録されています』
『日付が新しい方を使え』
『最初の命令には、過去、現在及び未来の守護費用を徴収するとあります』
『それがどうした』
『未来の費用を撤回するには、未来の大統領命令が必要です』
『昨日の大統領が、今日の大統領に負けるのか』
『昨日の大統領は、未来についても命令しています』
『今日の大統領も、未来について命令している』
『したがって、二人とも有効です』
担当官は画面を見た。
〖7月13日の大統領〗二〇%を徴収
〖7月14日の大統領〗二〇%を撤回
〖本人認証〗いずれも成功
〖命令権限〗いずれも有効
〖処理結果〗徴収しながら撤回
アメリカ政府は、二〇%を取らないことにした。
しかし、取ると命じた記録は残っていた。
任意の強制投資
財務省、商務省、国務省の合同会議が開かれた。
議題は、撤回できない通行料を、どのように投資へ変更するかである。
財務省の担当官が言った。
『通行料という名称を削除します』
商務省の担当官が尋ねた。
『料金そのものも削除するのですか』
『名称を削除します』
『金額は』
『二〇%を基準に残します』
『それでは通行料ではありませんか』
『投資です』
『船舶が海峡を通るために、貨物価値の二〇%をアメリカへ投資するのですか』
『義務ではありません』
『投資しなかった船は通れるのですか』
国務省の担当官が資料を読み上げた。
『投資を行わない国については、ホルムズ海峡の安全に協力する意思がないものと判断します』
『通れるのですか』
『自由通航の原則は維持されます』
『では通れるのですね』
『安全保障上の審査対象になります』
『審査中も通れますか』
『封鎖対象でなければ通れます』
『投資しないことは、封鎖理由になりますか』
『安全保障への非協力は、敵対的行為となり得ます』
『つまり、投資は任意だが、投資しなければ封鎖されるのですか』
財務省の担当官は答えた。
『任意であることと、結果が生じないことは別です』
制度名が変更された。
〖旧制度名〗ホルムズ海峡守護天使サービス費
〖新制度名〗ホルムズ海峡自由通航・任意対米投資協力
〖通行料〗なし
〖投資基準〗貨物価値の二〇%以上
〖投資義務〗なし
〖投資しない自由〗保障
〖不参加時の措置〗通航停止を含む安全保障措置
システムは正常に作動した。
料金は完全に撤回された。
同じ金額を、任意に支払う制度が完成した。
自由に通れる封鎖対象船
次に問題となったのは、『イラン関連船舶』の定義だった。
海上封鎖は、イランの港湾、石油ターミナル、沿岸施設を利用する船舶に適用される。
直接イランへ向かう船は、判別できた。
イランから出港した船も判別できた。
しかし、イラン産原油を積んでいない船が、イランと無関係であるとは限らなかった。
国防総省のAIは、関係の有無をサプライチェーン全体から判定した。
イランの港へ入った船。
イラン産原油を運んだ船。
イラン産原油から精製された燃料を使用した船。
その燃料で製造された鋼材を船体に使用した船。
その鋼材を製造した企業に融資した銀行を利用する船。
その銀行の株式を保有する投資信託へ、乗組員の年金基金が加入している船。
その乗組員が、過去にイラン産ピスタチオを食べた可能性のある船。
関連性は、一隻ずつ拡張された。
〖海峡通過予定船舶〗二千八百四十六隻
〖イランとの直接的関係〗三十七隻
〖一次間接関係〗四百十二隻
〖二次間接関係〗千百九十七隻
〖金融関係〗二千六百八十一隻
〖消費者関係〗二千八百四十六隻
〖イランと無関係な船舶〗〇隻
すべての船舶が、イラン関連船になった。
しかし、大統領は、ほとんどの船舶は自由に通行できると発表していた。
国防総省は、全面封鎖と自由通航を両立させる方法を検討した。
結論は、暫定通航許可だった。
すべての船舶を封鎖対象として登録する。
同時に、すべての船舶へ一回限りの暫定通航許可を与える。
〖全面封鎖対象〗全船舶
〖暫定通航許可〗全船舶
〖封鎖を突破した船舶〗〇隻
〖実際に通過した船舶〗全船舶
〖封鎖成功率〗一〇〇%
〖自由通航達成率〗一〇〇%
一隻も止めずに、全面封鎖が達成された。
日本国とRIJの船籍証明
日本政府には、二種類の通知が届いた。
一つは同盟国向けだった。
《日本国籍船は、日米同盟に基づき、ホルムズ海峡を自由に通航できる》
もう一つは敵国向けだった。
《日本イスラム共和国籍船は、イラン関連船舶として全面封鎖の対象になる》
どちらの通知にも、日本の国旗が表示されていた。
日本政府は、米国務省へ照会した。
《日本国の船舶と、日本イスラム共和国の船舶は、どのように区別されるのか》
回答が届いた。
《船籍証明書によって区別する》
日本政府は、日本国の船籍証明書を提出した。
米国側は、追加資料を求めた。
《当該船舶がRIJ船籍を有していないことを証明されたい》
日本政府は回答した。
《RIJは存在しないため、RIJの船籍制度も存在しない》
国務省は再度回答した。
《比較対象となるRIJ船籍証明書が提出されていないため、日本国船籍であることを排他的に確認できない》
日本側は説明した。
《存在しない国の船籍証明書を提出することはできない》
米国側は、手続を示した。
一、日本国船籍証明書を提出する。
二、RIJ船籍証明書を提出する。
三、両者を比較する。
四、RIJ船でないことを確認する。
日本側は二を実行できなかった。
その結果、日本国籍船は暫定的なRIJ船として登録された。
〖申告船籍〗日本国
〖RIJ船籍証明〗未提出
〖二重船籍の否定〗確認不能
〖暫定船籍〗日本国/日本イスラム共和国
〖同盟国資格〗あり
〖敵国資格〗あり
〖通航判定〗自由通航を許可された全面封鎖対象船
日本政府には、二か国分の投資要請が届いた。
日本国分は、同盟国としての任意投資だった。
RIJ分は、敵対行為停止の条件としての任意投資だった。
日本政府は、RIJ分の支払いを拒否した。
統合脅威情報処理システムが更新された。
〖RIJ投資分の支払者〗日本政府
〖支払拒否〗あり
〖日本政府とRIJ資産の関係〗管理権限あり
〖RIJの実在性〗日本政府による資産管理から確認
存在しない国への支払いを拒否したことで、日本政府がその国の財産を管理していることが証明された。
巨額の定義
湾岸諸国からアメリカへ向かう投資についても問題が生じた。
大統領は巨額の契約になると説明していた。
しかし、システムには金額の欄が必要だった。
担当官は『巨額』と入力した。
警告が表示された。
《数値を入力してください》
一〇〇億ドルを入力した。
《巨額としては過小である可能性があります》
一〇〇〇億ドルを入力した。
《大統領が想定する巨額と一致する証拠がありません》
一兆ドルを入力した。
《上限を設定すると、将来の投資機会を制限する可能性があります》
担当官は、金額欄を空白にした。
システムは空白を認めなかった。
そこで、下限を二〇%、上限を無制限とした。
〖合意された投資額〗巨額
〖最低投資額〗貨物価値の二〇%
〖最大投資額〗設定なし
〖設定なしの解釈〗上限なし
〖投資期間〗長期
〖『長期』の終了日〗未定
〖最終支払総額〗算定継続中
湾岸諸国の投資は、通行料ではなかった。
通過するたびに増える長期投資だった。
USS Donald J. Trumpを止める空母
原子力空母USS Donald J. Trumpは、海上封鎖を実施するためホルムズ海峡へ派遣された。
任務は、イラン関連船舶の進入と退出を阻止することだった。
空母が海峡へ近づくと、統合船舶審査システムが作動した。
〖船名〗USS Donald J. Trump
〖船籍〗アメリカ合衆国
〖任務〗イラン関連船舶の全面封鎖
〖イラン港湾への過去の接近〗軍事作戦によりあり
〖イラン領空への航空機派遣〗あり
〖イラン関連情報の保有〗大量
〖イラン関連予算の使用〗あり
〖イランとの関係〗極めて強い
〖判定〗イラン関連船舶
空母自身が、全面封鎖の対象になった。
艦長は、国防総省へ連絡した。
『我々はイランを封鎖するために来た』
担当官は答えた。
『そのため、イランとの関連性が確認されました』
『敵と関係があるから戦うのではない。敵だから戦うんだ』
『敵であることは、最も強い関係の一つです』
『封鎖を実施する船が、封鎖されてどうする』
『封鎖対象船舶を通過させれば、封鎖違反になります』
『我々を止めるのは誰だ』
『海上封鎖部隊です』
『我々が海上封鎖部隊だ』
『したがって、ご自身を停止してください』
艦長は機関を止めた。
USS Donald J. Trumpは、USS Donald J. Trumpによって封鎖された。
国防総省は、代わりの艦艇を派遣した。
二隻目も、イラン封鎖任務を与えられた時点で、イラン関連船舶となった。
三隻目も同じだった。
四隻目も同じだった。
海軍は、任務名を変更した。
《イラン関連船舶封鎖任務》ではなく、《自由通航支援任務》とした。
すると、システムは別の警告を出した。
〖任務〗自由通航支援
〖海峡の状態〗全面封鎖中
〖全面封鎖と自由通航支援の整合性〗確認不能
〖推奨措置〗封鎖を維持したまま自由通航を実施
空母は再び航行を開始した。
封鎖対象でありながら、暫定通航許可を取得したのである。
USS Donald J. Trumpは、自分で自分を止めたあと、自分で自分の通過を許可した。
封鎖は破られなかった。
空母は通過した。
二〇%を取らないための二〇%
ホワイトハウスでは、大統領への説明が行われていた。
財務長官が報告した。
『大統領。二〇%の料金は完全に撤回されました』
『素晴らしい。私は通行料をなくした』
『代わりに、二〇%以上の投資協力制度を開始しました』
『もっと素晴らしい』
『法的には任意です』
『当然だ。私は誰にも強制しない』
『投資しない船舶は、封鎖対象になります』
『彼らが自分で選んだ結果だ』
『全船舶が、イランと間接的な関係を持つと判定されています』
『イランは世界中にいる』
『そのため、全船舶が全面封鎖の対象です』
『完璧だ』
『同時に、全船舶へ暫定通航許可を出しています』
『海峡は開いている』
『全面封鎖も継続しています』
『それが強い国というものだ』
法律顧問が尋ねた。
『大統領。一点だけ確認させてください』
『どうぞ』
『通行料はないのですね』
『ない』
『しかし、貨物価値の二〇%以上を投資する必要がある』
『必要ではない。彼らが投資したいんだ』
『投資しなければ封鎖されます』
『封鎖されたいなら、投資しなくていい』
『つまり、払わない自由はある』
『完全にある』
『通らない自由もある』
『それも完全にある』
『通りたい場合は』
『アメリカに投資すればいい』
『それを一般には、通行の対価と呼びます』
大統領は首を振った。
『違う。通行料は一度しか取れない。投資は成長する』
財務長官は、それ以上説明しなかった。
記者会見
翌日、大統領はホワイトハウスの記者会見室に立った。
『ホルムズ海峡は完全に開いている。歴史上もっとも安全だ。通行料はない。私は料金を撤回した』
記者が尋ねた。
『大統領、船舶には貨物価値の二〇%以上の対米投資が求められています』
『求めていない。彼らが喜んで投資している』
『投資しない船は通れますか』
『自由に通れる』
『封鎖対象としてですか』
『もちろんだ。全面封鎖だからな』
『海峡は開いているのですか、封鎖されているのですか』
『完全に封鎖されているから、安全に開いている』
『すべての船が封鎖対象になっています』
『一隻も逃していない』
『すべての船が実際には通過しています』
『一隻も止まっていない』
『それでは封鎖にならないのではありませんか』
『全船を管理している。管理できない封鎖は悪い封鎖だ。これは完璧な封鎖だ』
別の記者が尋ねた。
『USS Donald J. Trumpも封鎖対象になったという報道があります』
『イランに非常に詳しい船だからだ』
『米国の空母です』
『最高の空母だ。自分を止め、自分を通した。ほかの国にはできない』
『日本国籍船は、日本イスラム共和国の船としても登録されています』
『日本の中に二つの日本がある。前から言っている』
『日本政府はRIJの存在を否定しています』
『存在しない国について、ずいぶん詳しく否定している』
最後の記者が尋ねた。
『大統領。二〇%は、本当になくなったのでしょうか』
大統領は胸を張った。
『完全になくなった。今は二〇%以上だ』
その夜、ホルムズ海峡管理システムが更新された。
〖海峡の状態〗開放中
〖海上作戦〗全面封鎖中
〖封鎖対象船舶〗全船舶
〖通航許可船舶〗全船舶
〖通行料〗〇%
〖最低投資率〗二〇%
〖投資の法的性質〗任意
〖投資しない場合〗強制措置
〖日本国籍船〗同盟国船舶
〖日本イスラム共和国籍船〗敵国船舶
〖両者の識別〗不能
〖封鎖成功率〗一〇〇%
〖自由通航達成率〗一〇〇%
一隻も止めなかったため、すべての船を完全に封鎖したことが確認された。
二〇%の料金は撤回された。
そのため、二〇%以上の投資だけが残った。
海峡は自由だった。
自由に通るか、自由に封鎖されるかは、各船舶が選ぶことになった。
完全封鎖の仕様であった。
追記|現実のScope 3では、『間接関係』をなかったことにはできない
本編では、船舶とイランの関係を、燃料、鋼材、銀行、投資信託、年金基金の先までたどった結果、すべての船が封鎖対象になった。
もちろん、現実のScope 3は、このような軍事的な敵味方判定ではない。
しかし、自社が直接排出していないから関係ない、という理屈が通用しない点では、それほど遠い話でもない。
購入した製品とサービス。
資本財。
物流。
販売した製品の加工と使用。
投資。
自社の外側にあると思っていた排出量を、取引関係やサプライチェーンの中から一つずつ拾い直していく。
確認できないものを、そのままゼロにはできない。
説明できないものは、やがて取引先から質問される。
そして、その質問は、取引先調査票、サステナビリティ開示、有価証券報告書の中へ戻ってくる。
ホルムズ海峡を通ったすべての船を調べる必要はない。
だが、自社のScope 3が、取引先、物流、製品、投資のどこに潜んでいるのかは、実際に点検しておいた方がよい。
武智倫太郎監修のScope 3実務教材では、取引先、電力、物流、資本財、販売した製品、投資などを、Excelで順番に確認できるよう整理している。
調査票が届いてから慌てないために、まずは自社の現在地を点検しておきたい方はこちら。
武智倫太郎監修|Scope 3実務教材
