仏舎利は嘘
「仏舎利」とは釈迦の遺骨のことである。
舎利は「シャリーラ」の音写であり、遺骨または遺体を意味する。
遺骨の他にも、仏歯と呼ばれる歯も含むらしい。
インドでは釈迦の時代から人が死ぬと火葬されたようだから、正確に言うと遺灰かもしれない。
伝染病がはやることが多かったため、それを防ぐために火葬の風習ができたのだろう。
しかし、釈迦がどこで死んだかわかっておらず、釈迦の墓があるのかさえわかっていない。
だいたい、釈迦は墓を作ることにまるで関心を持っていなかったようで、釈迦の教えをまとめた小乗経典には墓について何も書かれていないようだ。
ちなみに大乗経典は釈迦が死んでから四百年以上も経って作られた経典で、釈迦の教えとはまるで違う(真言宗が崇める大日経などは釈迦の死後千年以上経ってから作られた)。
日本仏教のほとんどは大乗経典に依っているので、厳密に言うと仏教ではない。
小乗経典でさえ釈迦が死んで百年後にまとめられたもので(釈迦在世時代には文字がなかった)、まとめたのは釈迦に会ったことのない孫弟子やひ孫弟子たちだったから、すべてを信用することはできない。
それでも小乗経典は釈迦の教えに近いようだ。
それは宗教というより哲学と言ったほうが近い内容で、しかも悟達することを目指すのだが、悟達できるのは何千万人にひとり(ひょっとすると何億人にひとり?)というような稀有な人だけなのだ。
そんな宗教が広まるはずがなく、後世の弟子たちが、普及しやすい内容にしようと考えて大乗経典をでっち上げたのだろう。
それはともかく、仏舎利である。
インドにも中国にも日本にも仏舎利塔というのがある。

山の上とかによくある。
その塔の下には仏舎利が埋められているとか、塔のどこかに収められているという。
釈迦はネパール出身だがインドで死んだらしい。
そのとき弟子たちによって火葬され、その遺灰を弟子たちが保管したことは考えられる。
それが各地に運ばれとしても、それはインド内部にとどまっただろう。
中国や日本にまで運ばれたとはとても思えない。
だいたいにして、釈迦がいつ死んだかよくわかっていない。
生年だって、いくつかの説があってはっきりとはしていない。
有力なのは紀元前5世紀ころに入滅したのだろうという説だが、そうだしても、今から2千5百年以上も昔である。
釈迦の遺灰が2千5百年以上にもわたって保存され、各地に運ばれたなんて信じられない。
仏舎利塔には釈迦の遺灰は収められていない。
そう断言していいと思う。
なのに日本では各地に仏舎利塔と名付けられた塔が今も建てられている。
仏舎利なんてないのに、建てる人たちはそれを知っていても建てた塔に仏舎利塔と名付ける。
詐欺みたいなものだ。
大乗経典を崇(あが)める日本仏教も、仏教とは呼べないのに仏教と名乗っているので詐欺に近い。
もし釈迦が現代の日本に生まれ変わって(釈迦は生まれ変わりを否定したが)日本仏教の教義を知ったら、「なにこれ? 私はこんなこと言ってないぞ」と怒るだろう。
日本仏教の僧が妻帯していたり、檀家から多額の布施をもらったり、墓地を作って大儲けしていたり、幼稚園を経営したりしているのを見たら、呆然として声も出なくなってしまうだろう。
卒倒するかもしれない。
釈迦は、戒律をよく守っている者だけが布施を受ける資格があると言っているし、すべての欲を捨てて、人のために尽くす修行に励むのが悟達への道だと説いている(小乗経典)。
墓地を作って信者から金を取れとも釈迦は言っていないし、幼稚園を経営して金儲けしろなどとも、もちろん言っていない。
大乗経典に依る日本仏教は、仏教と名乗るをやめて、別の宗教名を名乗るべきだ。
大乗経典の教えには、多くの人々を救い得るのではないかと思える優れた内容も多く、立派な宗教と呼んでもいいいと思えるものもある。
だから、「仏教ではないけど立派な宗教ですよ」と胸を張って言えばいい。
中には人を惑わす変な仏教宗派もあるので、その点は注意すべきだけれど。
