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noteの秘密

noteの挿絵に忍ばせる、誰にも言わない秘密


私のnoteには、記事の途中に挿絵や4コマ漫画を入れています。

文章だけでは少し重くなりそうなところで、ひと息ついてもらう。
言葉だけでは伝えにくい場面を、絵でも表現する。

そんな役割で使い始めた挿絵ですが、作っているうちに、もう一つの楽しみが生まれました。

挿絵は、ただの飾りではなくなった

挿絵を作るとき、ときどき絵の中に、

自分にしか分からないものを、そっと忍ばせています。

それが何なのか。
どの記事の、どの挿絵に入っているのか。

それは明かしません。

もちろん、毎回入れているわけでもありません。

誰かに見つけてもらうためではなく、私自身の記録として残している小さな遊びです。

ヒッチコックの遊び心

映画監督のアルフレッド・ヒッチコックは、自分が監督した映画の中に、通行人や乗客などとして短い時間だけ登場することで知られています。

観客の中には、映画を観ながら、

「今回は、どこに出てくるのだろう」

と、ヒッチコックを探すことも楽しみの一つになっていたようです。

作品の中に、ちょっとした遊びを忍ばせる。

その遊び心は、私の挿絵にも少し通じる気がします。

ただ、私の場合は少し違います。

誰にも見つからなくていい

ヒッチコックの場合は、見つけてもらうことも楽しみの一つだったのでしょう。

でも、私が挿絵に忍ばせているものは、誰かに見つけてもらうためではありません。

誰にも気づかれなくていい。

自分が何年か後に記事を見返したとき、

「ああ、これは……」

と分かれば、それで十分です。

文章には書かなかったこと。
その頃の自分に関係していたもの。
忘れたくないこと。

そんなものを、誰にも分からない形で挿絵の中に残しておく。

そう考えると、挿絵は記事を彩るものだけではなく、私だけが分かる小さな記録にもなります。

入っているかもしれない

この記事を読んだあと、これまでの挿絵の見え方が少し変わる人もいるかもしれません。

「この絵にも、何か入っているのかな?」

そう思って探しても、何も見つからないかもしれません。

そもそも、その挿絵には何も入っていないかもしれません。

これから作る挿絵にも、ときどき何かをそっと忍ばせると思います。

でも、

何を入れたのかは、これからも明かさないつもりです。

答えを言ってしまったら、「秘密の遊び」ではなくなってしまいますから。

noteには、こんな遊び方もある

noteは文章を書いて、誰かに読んでもらう場所です。

でも、楽しみ方は文章だけではないと思います。

写真の中に思い出を残してもいい。
挿絵のどこかに、自分だけの印を入れてもいい。
誰にも説明しない小さな記録を、記事の中にそっと残しておく。

そんなnoteの遊び方があってもいい。

誰にも見つからなくてもいい。

私が見れば分かる。

それだけで、この小さな秘密には意味があります。

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